みなさま、いつも私どんちゃの作品を見て下さってありがとうございます。ご支援・コメント・イイネ! 感謝しています。社畜の身ですが(休み少ないの・・( ノД`))時間をこじあけて絵を描く励みになっております。
さて先日アップした「明治学生男色」マンガが思った以上の反応をいただけてびっくりしております。やはり設定が実際にあった出来事からの物語というところが、よりエロく感じられたのでしょうか?明治時代の寄宿舎で上級生が下級生を夜ばいするのが流行っていたときいただけで、「ふぁっ!? (|| ゚Д゚) 、え・・エロい!!」ってなりますよね。ボクも興奮しました。笑
日本はむしろ男色の国だった
日本は戦国時代からすでに男色の文化がありましたが、今の同性愛とは少し違う側面がありました。
昔は成人が15 歳でした。(元服といいます)
元服を迎えてはじめて一人前の男として認められます。
成人前の少年を(美童や若衆といいました)成人男性が兄弟のように面倒を見て育て、武術を教え鍛え、そして愛(め)で、契りを結ぶ(性行為をする)ことは深い信頼関係の意味があったのです。(双方が望む関係が多かった)
そして契りを結んだ信頼関係は生涯を通して続いたというのですから、なんだか崇高な話ですよね。
江戸時代には若衆歌舞伎や陰間茶屋など、美しい少年が、女性と同等(もしくはそれ以上)にもてはやされました。男色・女色 どちらも当たり前にうけいれられていました。※長くなるので詳しくはまた別の機会に。
明治時代に入ると、政治的な意図や西洋の価値観の流入により男色は徐々にすたれていきます。それでも西日本(薩摩)では根強く残っていました。
薩摩では男らしさの価値観が突き抜けていて、男同士の絆、年上・年下の信頼関係が強固であり、加えて男尊女卑が根強いため、男性同士(それも特定の兄的存在)との男色は尊いという価値観でした。男性同士>女性 という感じです。(女は男の世界に口を挟むな!的なことがよくあった)
それはともかく、明治時代、学生寮ではそれまでの男色とはまた違った、若い男性だけの集団特有のハイテンションな男色文化が流行したようです。上級生は夜な夜な油の入った竹筒を腰にぶらさげて、下級生の部屋を尋ねたとか。(アナルセックスの潤滑油のかわりです)
寄宿舎では上級生の4 年生(もしくは5 年生)は特権的に1 年生を襲う権利があったなどいろいろルールがあったようです(2 年、3 年は同級生としていたようです・・)。
なんてエロい掟なんでしょう。ここに入学したいです・・笑
三條と弥彦は何歳?
さて、Twitter で質問をもらいました。「三條と弥彦は4 年生と1 年生とあるけど、いったいいくつなの?」というような内容です。
明治時代の学校制度は現在とは違っていました。以下の図は文部科学省のホームページから抜粋した「学校系統図」です。
日本で義務教育が始まったのは明治19 年(1886 年)です。その後 何度も学校制度が変更され、複雑に系統割れしていきます。さてこの物語の舞台になったのは明治30~40 年頃、中学校、もしくは師範学校(教員育成を目的とした学校ですが、授業料が無料でしたので貧しい生まれの子はここを目指すことも多かった)を想定しています。
「明治41 年」の「師範学校」であれば1 年生の弥彦は15~16 歳、4 年生の三條は18~19 歳と想定されます。
しかしあまり決め込んでしまうのもおもしろくないので、この資料だけ公開してあとは読者様のお好みにおまかせしようとおもいます・・(もしかしたら中学校かもしれませんよね その場合、弥彦は12~13歳!? 1年生たちはたしかに体毛薄いですよね・・あわわ・・)
学生服はいつから・・・?
さて、弥彦たちは着物を着ているようですが、弥彦の回想にでてくる三條は学生服にマントを羽織っています。明治30 年代に学生服にマント、高下駄という出で立ちの「バンカラ」という格好が流行りました。(ただし三條はバンカラをしているわけではなく、ただコートとしてマントをしているだけです。)
学生服は明治19 年に制定された「東京帝国大学」の制服が起源となっているそうです。
その後、師範・中学・高等中学・帝大・大学などでも採用し始められました。当時、洋服はまだ高価でしたので、あいかわらず 着物・袴姿で帽子だけ学生帽という学生の姿も見られました。明治時代の写真では、着物・袴の生徒と学生服の生徒が一緒に写っていたりします。
学生服を着ている三條は、名字からして家柄がいいのでしょうか?(ちょっと品がありますよね)
ちなみに三條という名字はもともと朝廷に仕える公家の名字です。
当時の気になる言葉
今回、明治30~40年代を想定して描いたので、セリフまわしに少し気をつかいました。
いろいろ調べてみると、当時はまだ「先輩・後輩」というような呼び方はされていなく「さん」づけだったようです。
またドイツ語が一部のインテリ学生の中で流行りましたが、英語はそれほど定着していなかったようです。ですのでセックスやキス、フェラチオやアナルセックスなどの言語もまだ一般的に使われていなかったようです。アナルセックスは肛交や鶏姦、キスは接吻、フェラチオは口交や一節切(ひとよぎり)・・・などと言っていたようです。あと「イクっ!」という言葉は江戸時代からすでにあったようです。(極楽浄土へ行く!という思想からきているとか・・)
それと調べていて意外だったのが、「ヤバい」や「マジで」、「びびる」という言葉が明治はおろか江戸時代から使われていたということでした。これ、若者言葉ではあるんですが、100年以上使われている若者ことばって・・・何?すごいな(汗)
さて乱筆になりましたが、また「明治学生男色」の続きや、他のマンガの続き・新作も描いてまいりますので応援してくださいね。みなさまに楽しんでいただけるイラストやマンガが提供できるようがんばります、どうぞよろしくお願いします。