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【小説】感情操作実験

「……ん……? あ、あれ……わたし、寝ちゃってた……?」


ぼんやりとした頭が少しずつ覚醒していく。

わたし、何してたんだっけ?

たしかさっきまで普通に学校から帰る途中だった気がする。

けれど、今わたしがいる場所は自分の家でも帰りの電車の中でもなかった。

薄暗くてよく見えづらいけれど、パソコンのモニターの光で少しだけ辺りが照らされているのがわかる。

何かの研究室のようにも見えるけど、どうしてわたしがこんなところに……?

わたしは周りの様子を探るために、いつの間にか座っていた椅子から立ちあがろうとした。


「……って、何これ!? 手が、動かせない……あ、足も……」


けれど、何故かわたしの手足は椅子に括り付けられていて身動きが取れなかった。

かなりしっかりと固定されていて、冗談の類には思えない。

もしかして、わたし何か大変なことに巻き込まれてる……?


「あー、起きたんですかー? いいタイミングでしたねー。ちょうど準備が終わったところだっので」


すると、奥の方から誰かの声が聞こえてきた。

思わず声の方に首を向けると、そこにはパソコンに向かいながらキーボードを叩いている男の人がいた。

髪の毛はボサボサで着ている白衣も皺がよれている。

なんとも気味の悪い雰囲気の人だけれど、もしかしてこの人がわたしをここに……?


「あ、あなた、誰ですか……? こ、ここはいったいどこなんですか……!?」

「うーん、そうですねー。教えてあげてもいいんですが……いや、僕になんのメリットもないんでやっぱやめます」


男の人はこちらを向くと薄気味悪い笑みを浮かべた。

そしてそのまま立ち上がると、カツカツとこちらに近寄ってくる。


「まー簡潔に言うと、君は僕がここに連れてきたんですよ、原宿奈々ちゃん」

「っ!? な、なんでわたしの名前知ってるんですか……?」


いきなり名前を呼ばれてわたしは困惑した。

当然だけどこんな人をわたしは知らない。

相手に一方的に自分を知られている状況というのは軽い恐ろしさを感じる。


「そんなの、調べたからに決まってるじゃないですかー。原宿奈々。私立の学校に通う高校二年生。身長は160センチ。体重は48キロ。家族構成は中学生の弟と両親の四人暮らし。学校ではテニス部に所属。大人しい性格で控えめながらも友達は少なくない。得意科目は国語で不得意なのは体育。基本的に運動が苦手で部活に所属しているのは体力作りを意識してのこと。好きな食べ物はおせんべい。スリーサイズは上から77・58・80。平均的なスタイルで自分の体には特に不満を抱いてはいない。仲のいい友人は同じテニス部の矢沢小枝、佐藤真美で部活帰りに三人で遊ぶこともよくある。家族仲もいたって良好で……」


そのままぺらぺらとわたしに関する情報を喋り続ける男の人に、わたしはただ絶句していた。

この人、いったいなんなの?

どうして、こんなわたしの周りにいる人じゃなきゃ知らないようなことを知っているの?

段々とわたしの中の恐怖心が大きくなっていき、わたしは体の震えが止まらなくなっていた。


「とまあ、そんな感じで君に関することはだいたい知り尽くしていますよー」

「ど、どうして……? わたしのことを、そんな……」


狂気的なストーカーでもなければここまではしないだろう。

今まで自分がそんな対象になるなんて思ってもなかったわたしにとっては完全に未知の恐怖だった。


「あ、勘違いしないでほしいんですけど別に僕はストーカーじゃないし君のことも別に好きとかじゃないですよー」

「だ、だったらなんで……」

「君のことを実験に使いたいんですよー。今回の実験に君は丁度いい素体だったんで、連れてきたってわけです。君自身にはなんの興味もないしどーでもいいんですけど」


訳がわからない。

わたしを、実験に使う?

この人はいったい何を言っているの?

ただただ理解不能な状況にわたしの恐怖心は大きくなるばかりだった。


「ところで、気づきませんか? 君の後頭部についているものに」

「……え?」


突然の問いかけにわたしは間の抜けた返事をしてしまった。

後頭部?

そんなことを言われても手足を拘束されているわたしには確認のしようがない。


「ほら、ここにあるものですよー」


そう言うと、男の人はわたしの後頭部に手を伸ばしてきた。

わたしは思わずビクッと震えて目をつぶってしまう。

すると、男の人の指が私の後頭部にそっと触れた。

わたしの頭の肌……ではなく、何か硬いものが触られているような感覚がする。

わたしの後頭部に、何かが張り付いている?

……いや、違う、これは、もしかして埋め込まれて……。


「君が寝ている間に今回の実験用のプログラムの送受信機をつけさせてもらいましたー。脳にまで埋め込まれているのでもう外せませんが」

「え、そんな、うそ……いや……!」


何か取り返しのつかないことが起きている。

それだけはわかるけれど、逆に言えばそれしかわからない。

わたしの心の中は完全に恐怖で埋め尽くされていて、ポロポロと溢れる涙が止まらなかった。


「お、いい感じにパラメーターが出てますねー。ほら、見てください」


男の人がこちらにモニターを向けてくる。

そこには棒グラフのようなものが表示されていた。

これが、なんなの?


「これは、今の奈々ちゃんの感情のデータです。その後頭部につけられた送受信機によって、今の君のリアルタイムの感情をモニターに表示しているんですよー。今は恐怖や不安といったマイナスの感情がかなり上がってます。逆に喜びなどのプラスの感情はほぼ0ですねー」


男の人の見せてきたモニターには、極端に伸びている棒が何本かあり、それ以外はほとんど0の状態になっていた。

これが、今のわたしの感情?


「さて、それじゃあ早速始めていきましょうかねー」


そう言うと男の人はモニターの前に置かれていた、テレビのリモコンのようなものを手に取り、わたしに向けてピッ、とボタンを押してきた。

するとその瞬間、わたしの心に異変が起きた。


「……え? あれ、なんで……急に、怖くなくなって……?」


先ほどまであれほどわたしを埋め尽くしていた恐怖心がサーッと引いていった。

溢れんばかりだった涙もいつの間にか止まっており、とても落ち着いた心境になっていた。

どうなっているの?


「このリモコンで君の感情を操作しました。今の奈々ちゃんの感情は普段のデフォルト状態に固定されています。これでもう怖くはないでしょー?」

「はい、たしかにいつもの感じです……」


異常事態であるはずなのにあまりに気分がいつもと変わらないので、ついこの怪しい男の人にも普通に受け応えてしまった。

モニターを見ると、それぞれの棒が先ほどとは全く違う長さになっていた。

どうやらこれが普段のわたしの感情らしい。


「こうして記録してあった感情のデータを参照することで君はいつでも平常心を保てるようになったんですよ。便利でしょー?」

「たしかに、そうですね。緊張して失敗とかはなさそうですけど……」


何を言われても全く感情が動かない。

この男の人に対する警戒心も、言動に対する反感も、全くない。

少なくとも普段のわたしだったらこんなことを言われたらもっと他に思うことがありそうだけど、今のわたしは何も感じることができない。


「もちろんできるのはこれだけではありません。特定のパラメーターを指定して数値を調整すれば……」


男の人がピッ、ピッ、とリモコンを操作する。

するとその瞬間、わたしの胸の内が徐々がじんわりとあたたかくなってきた。


「え、これ……なんで、私……嬉しい……?」


何かとても嬉しいことがあったかのように心がぽかぽかしてきて、自然と顔もほころんでしまう。

何も嬉しいことなんてないのに、なんでこんなに嬉しいの?


「今奈々ちゃんの喜びの数値を上げました。いい笑顔じゃないですかー。喜んでもらえたようで何よりです。この数値、さらに上げていけば……」

「え、やだっ……なにこれ、すごい……嬉しすぎて、おかしくなりそう……!」


あまりの嬉しさに声が震え始める。

まるで感極まったかのように目には涙も浮かんできた。

こんな嬉しい気持ちになるの、生まれて初めて……!

受験で第一志望の高校に合格できたときよりも、友達にわたしの誕生日をお祝いしてもらえたときよりも、今まで体験してきたどんな嬉しい瞬間よりも何倍も嬉しい……!


「見てください、喜びのパラメーターだけがどんどん伸びていきますよー。気分はどうですかー?」

「す、すごいのっ……! こんな、うれし、うれしすぎてぇ……ぐすっ、お、おかしいのにぃ……わけわかんなくてぇ……あっ、ああっ……ありがとうっ、ありがとうございますぅっ……」


あまりの感激で頭の中がぐちゃぐちゃだった。

もう自分でも何を言っているのかよくわからない。

でも、この破壊的な幸福感をとにかくなんとかしようという思いからわたしの口は止まらなかった。


「次は。そうですねー……複数の感情を弄ってみましょうか。こんなのはどーです?」


男の人がピッ、ピッ、とリモコンのボタン押すと、それまでわたしを満たしていた嬉しさは嘘のようにパッと消え失せ、代わりに別の感情が湧き起こってきた。


「こ、今度は何……? 何が、起きてるの……? わからない……私なんかには……わからない……わかるわけないよ……どうせ、私なんて……」


徐々に、自分がちっぽけで大したことない存在だという思いが頭の中で大きくなってくる。

さっきも、こんな状況だというのにこの犯人らしき男の人にお礼まで言ってしまったし、本当にわたしはダメな子だ。

なんでわたしってこんななんだろ……。

いつもいつも肝心なときに何もできやしない。

自分で自分のことがどんどん嫌になって気分が落ち込んでくる……。


「嫌悪と悲しみの数値を上げました。とある学説ではこの二つの感情が組み合わさることで自責の感情になると言われていますが、どーですかー?」

「そう、なんですね……。ごめんなさい……わたしなんかにわざわざ説明までさせてしまって……教えてもらわないと、わたし、なんにもわからないから……うっ、ううっ……ぐすっ……」


目頭が熱くなってくる。

自分という存在が嫌で嫌で仕方がない。

どうしてわたしは生まれてきてしまったのだろう。

この人の言うように感情を操作されたせいでこんな風に思ってしまうのかもしれないけれど、わたしという存在がそこらの羽虫よりも劣る存在だというのは間違いのない事実だ。


「ああ……なんで、わたしは生きているの……? なんの価値もないのに……この世界にマイナスでしかないのに……早く、死なないと……呼吸に使う酸素がもったいない……息、止めなきゃ………………」

「おっと、やりすぎましたねー。まだ死なれたら困るので、一旦デフォルトに戻しますよ」


息を止め、少しずつ意識が薄れそうになる中、ピッ、というリモコンの音が聞こえた。


「……っ、ぷはあっ! はあっ、はぁっ……わたし、なんで、あんなに死にたがっていたの……? はぁ……別に、急いで死ぬ理由なんてないのに……」


大きく息を吸うと脳に酸素が行き渡るのを感じた。

一呼吸つくと、次の瞬間にはもう私はいつも通りの気分で冷静になっていた。

先ほどまで自ら命を断とうとしていたのに、そのことにすら特に何も感情が動かない。


「感度良好ですねー。これなら問題なく実験を行えます。とりあえず、感情の固定は解除しておきますか」


男の人が、ピッ、とリモコンのボタンを私に向けて押した。

その瞬間、ようやくわたしの感情は自由になった。


「い、いやっ……なんなの、これ……私が、私じゃないみたい……勝手に、変な気持ちになって……」


最初に消え失せた恐怖心が、わたしの中にぶり返してきた。

それも、最初の数倍になって。

こんなの、恐ろしくて仕方がない。

わたしの感情がこんなオモチャみたいに操作されるなんて、気が狂いそうだ。


「お、お願いです……もう、家に帰してください……お願いします……」

「ダメですよー、実験はまだまだこれからなんですからー」


わたしの懇願はあっさりと却下された。

男の人はあくまで私の感情を弄ぶつもりらしい。

すでに私はかなり絶望的な心境になっていた。


「もう奈々ちゃんにもわかっていると思いますが、今回は君の感情を操作する実験です。さっきのはかなり単純な感情操作でしたが、あんなのは僕の研究の触りに過ぎないのでー。本当に面白いのはここからですよー?」


男の人がリモコンを私に向けて操作し始める。

先ほどとは違っていくつもボタンを押して何かを入力しているようだ。

今度はいったい何をするつもりなの?


「人間の感情というのは基本的に外的要因に対して取られる内的な反応のことを指しています。特定の事象を身体が受けた際に取られる脳の処理機能の一種ですねー。感情はその人間の認知、思考に大きな影響を与えているので、情緒の発達によってその人間の行動方針を決定づける大きな要因にもなっています」


男の人が何やら難しいことを言い始めた。

えっと、つまり人は何かをされると感情っていう形で自分の気持ちを表して、それがその人のいろんな行動に繋がる……ってこと?


「嬉しいことをされれば喜びが、嫌なことをされれば嫌悪が、それぞれトリガーとなって感情を発現させ、その後の行動に影響を与えるわけですねー。では、そのトリガーがあべこべになってしまったら、その人間はどうなると思います?」

「そ、それって……」


わたしが考えるより先に、男の人が私に向けてリモコンのボタンを押した。

その瞬間、私の中で何かが変わった気がした。


「さて奈々ちゃん、今どんな気分ですか?」

「えっと、そうですね……なんだかとってもいい気分で……手足が動かせたら小躍りしたいような気持ちです……!」


わたしは目を輝かせながら男の人の質問に答えた。

不思議なくらいにテンションが上がっている。

ワクワクした気持ちで胸の鼓動が抑えられない。


「僕のことはどー思いますか?」

「怖くて気味が悪いはずなんですけど、なんだか見惚れてしまって……今なら何を要求されても応えてしまいそうです……!」


わたしは思っていることを正直に答えた。

この得体の知れない男の人が愛おしくて仕方がない。

ずっと目を離したくない。

いつまでもわたしのそばにいてほしい。


「なるほどなるほど……では、データもいい感じに取れたので、君を解放しておうちに返してあげることにします」

「……なんでそんなこと言うんですか? 私、早く家に帰りたいんですけど……家に帰してくれるって、なんで……ああ、もうっ、イライラするっ! ふざけないでくださいよっ!」


今度はわたしの中に激しい感情が湧き起こってきた。

こんな急に家に帰してもらえるなんて本当なら安心して喜ぶところだというのに、とにかく不愉快でたまらなかった。

わたしは思わずガシャガシャと拘束されてる手足を激しく動かしてしまう。


「嘘ですよー。まだ帰すわけないじゃないですかー。実験は始まったばかりなんですから」

「……ぷっ、あははっ! 嘘!? 嘘だったんですかあ!? くっ、ふふっ……あっはっは! う、嘘って、くくっ、そんな私、家に帰れな……ぷふっ……あっはっは、ひいっ、だめ、おなか痛い……!」


突然笑いのツボを押され、わたしは吹き出してしまった。

笑いすぎて目からは涙が出てしまい、息もうまくできない。

こんな子供騙しみたいな嘘をつかれて怒るべきところなのに、とにかくおかしくて仕方がない。


「なかなか面白い反応が見れましたねー。本来の状態であれば不安や恐怖に偏りやすい状況ですが、それぞれの感情がチグハグになっているおかげかいろんな感情が観測できますねー。内向的な筈の奈々ちゃんも少し饒舌になってますし、行動への影響も大きいようですねー」

「はぁ、はぁ……ふふっ……あー、笑いすぎて少し疲れました。でも、なんかわけがわからない感じがして面白いですね」


わたしは穏やかな気持ちで男の人に笑いかけた。

自分が自分でなくなってしまったかのような事態に直面して、わたしはとても安心していた。

ここに来てから一番心が安らかに感じている。


「いいデータが取れました。さて、次の実験に入る前に、一旦戻しておきますか」


男の人がピッ、と私に向けてリモコンのボタンを押す。


「っ! あ、ああ……また……」


わたしは正気に戻った瞬間、それまでの反動で深い絶望に襲われた。

あまりの恐ろしさに体がガタガタと震える。

おかしくなった自分と正気の自分を何度も行ったり来たりするこの瞬間は確実にわたしの心に深い傷を与えてきている。

けれど、おかしくなっている間はそれすらもわからなくなってしまう。

どうやってわたしは自分の心を守ればいいの?


「それじゃあ今回の実験の助手に入ってきてもらいましょーかねー。12番、来てください」


男の人が部屋の奥に向かって呼びかける。

すると、カツカツと音を立てて誰かがこちらに近寄ってきた。

少しずつ見えてきたその制服姿の人物は、私のよく知る女の子だった。


「ま、真美ちゃん!? ど、どうしてこんなところに!?」

「…………」


わたしの言葉に真美ちゃんは全く反応しない。

まるで機械のように無表情でそこに立ち尽くしていた。


「これは僕の実験で使っている素体番号12番です。元の名前は奈々ちゃんも知っている通り佐藤真美ちゃんですよー」

「そ、素体って、どういうこと……?」

「そのままの意味ですよー。今日まで君はこれを自分の友達の佐藤真美だと思って接していたと思いますが、実はそれ全部僕の作った仮想人格だったんですよー。これにはもう本来の人格は残っていません。ただ僕の入力したプログラムの通りに動くだけのただの素体です」


男の人の言っている意味がわからない。

真美ちゃんがプログラムで動いている?

そんなわけあるはずがない。

昨日も一緒に部活をしたし、帰りも一緒に電車に乗った。

いつも通りの他愛のないやりとりは至って普通の人間らしいものだった。

きっと、あの人の怪しい機械で真美ちゃんもおかしくされているに違いない。


「まー説明するのもめんどーなんで、一旦仮想人格を起動させますかねー。12番、人工人格データ1番起動して」

「はい、人工人格データNo.1、起動します」


真美ちゃんは抑揚のない声で呟くと、急に目をパチパチとさせ人間らしい仕草で動き始めた。


「あ、あれ? 私、何して……」

「真美ちゃんっ! 大丈夫!?」


わたしは真美ちゃんに声をかけた。

すると、真美ちゃんはこちらを見て驚いたような顔をした。

その姿はわたしのよく知る真美ちゃんそのものだった。


「奈々!? あんた、なんでそんな椅子に拘束されて……っていうかここどこ!?」


真美ちゃんはこの状況に困惑しているようだけれど、どうやら正気を取り戻したようだ。

よかった……。

すると、真美ちゃんの背後で男の人が私に向けてリモコンを操作していた。

背筋がゾッとしたわたしは声を上げて男の人を止めようとした。

しかしそれより先にピッ、と音が鳴り、わたしの中で何かが変わった。


「奈々、あんたはここがどこか知ってるの!? というか、そもそもあんた大丈夫!? いったい何があったの!?」

「……はぁ。大丈夫だよ、真美ちゃん。大丈夫だからさあ、そんなことでいちいち騒がないでよ。煩わしいなあ……」

「え……? 奈々……?」


わたしのことを心配してくれている真美ちゃんを見ていると、なんだかイライラしてくる。

これは、きっとまたわたしの感情のトリガーがあべこべになってしまっているに違いない。

わたしの心がおかしくなってしまっている現状を思うと胸の内がすっとして安心できるけれど、目の前の真美ちゃんに対する不快感の方がずっと強くて落ち着かない。


「奈々……あんた、急にどうしちゃったの……?」


真美ちゃんが困惑したような顔でこちらを見てくる。

急にぞんざいに扱って、彼女を少し傷つけてしまったかも知れない。

そう思うとなんだか自分が誇らしく思えてきた。


「わたし、今ので真美ちゃん傷つけちゃった? どう? 真美ちゃん、傷ついた!?」


わたしは身を乗り出しながら真美ちゃんに尋ねた。

真美ちゃんが嫌がってないか考えるととても気分が高揚してくる。

傷つけちゃってたら可哀想だから、もっと傷つけたくなっちゃう。


「な、なんなの!? 奈々、あんたほんとどうしちゃったの!? おかしいよ!」

「そうなんだよ、わたし今おかしいの。ふふっどう思う? 友達がおかしくなっちゃったの。面白いでしょ?」


わたしはとても幸せそうな笑顔を真美ちゃんに向けた。

真美ちゃんはそんな私の反応を見て絶句していた。

ああ、また困らせちゃった。

友達を嫌な気持ちにさせて喜んでいるこの状況に、わたしの中で込み上げるものがあった。


「ぷっ、あっはは! 真美ちゃん、そんな、呆然として……くっ、ふふっ……何も言えなくなっちゃって……ぷふっ、あっはっは! だめ、おかしっ、こんな、我慢できな……あっはっは!」


堪えきれず、わたしは大声を上げて笑ってしまった。

こんな愉快な気持ちになるのもそうそうない。

ひとしきり笑い終えると、いつの間にか真美ちゃんがわたしの方に近づいてきていた。

もしかしたら怒ってわたしのことをぶつかもしれない。

そう思うとどんな痛みがわたしを待っているのか気になって仕方がない。

けれど、真美ちゃんの行動は違った。


「あんた、この変な場所で何かされたのね? とにかく、今はここを出ないと……」


真美ちゃんはそう言いながらわたしの手の拘束具を外そうとし始めたのだ。

真美ちゃん、もしかしてわたしのことを助けようとしてるの?

そのことに気づいた瞬間、わたしの中にブワっと感情が溢れた。


「う、ううっ、ぐすっ……うあああんっ! 真美ちゃん、わたしを、助けてくれようと……うああんっ! なんでぇっ!? なんで助けてくれちゃうのぉっ!? ひどいよぉっ!」


かつてないほどの深い悲しみ。

大好きな真美ちゃんがわたしのことを助けてくれている。

さっきまであんなに自分を傷つけようとしていたわたしのことを心から心配して助けようとしてくれている。

その事実がただ悲しかった。

こんなに酷い仕打ちを受けたのは生まれて初めてかもしれない。


「う、ううっ……もうやだ……やだよぉ……なんで……助けてくれて……ひどいよ真美ちゃん……」

「奈々、大丈夫だからね、私が絶対助けるから……」

「うーん、そこまでですねー。12番、人格リセット」


すると、それまで黙って後ろで見ていた男の人が急に言葉を上げた。

その瞬間、真美ちゃんの動きがビクッと止まった。


「っ! ……はい、人格リセット完了。素体No.12、基礎人格へ移行しました」


完全にそのままの姿勢で固まったまま真美ちゃんが無機質な声を発した。

さっきまでわたしを助けようと必死になっていた真美ちゃんは、また機械のように無表情になってしまった。


「うう、ぐすっ……ま、真美ちゃん? また、おかしくなっちゃったの? ……そっかぁ。はぁ、よかった……」


真美ちゃんがまたおかしな状態になってしまったことでわたしはようやく安心できた。

わたしの中で渦巻いていた深い悲しみも、今の真美ちゃんの様子を見ているとだんだん晴れやかな気持ちになっていく。

今のわたしとはまた違った異常を抱えている真美ちゃんには少し羨ましいような気持ちもある。


「いー感じにコミュニケーションエラーが起きてましたねー。思っていたよりも12番の状況把握能力が高かったですが、まーそれなりに面白いデータが取れましたね」

「いやあ、そうですね。この感じじゃ普通の生活は無理ですね、あははっ」


わたしは楽しくなってつい笑ってしまった。

こんな他人とズレた感性をしていたら、とてもじゃないけどまともに他人と交流なんてできるわけがない。

今のわたしならきっといろんな人と仲良くなれない。

そう思うともっとたくさんの人とお話したくなってくる。


「さて、それじゃあまた一旦戻して、と」


男の人がリモコンを操作すると、わたしの中に絶望が帰ってきた。


「っ……いや、いやぁ……もう、やめてください……こんなの、わたし、おかしくなる……」


わたしは溢れ出る涙が止められなかった。

もう自分のことがわからなくなってくる。

わたし、どんなことに喜びを感じていたんだっけ。

少なくとも、あんな他人を傷つけて喜ぶなんてことはなかったはずなのに、さっきまでの感覚が強烈すぎて正気に戻っていてもおかしくなりそうだった。


「12番、姿勢を戻して」

「はい、姿勢モード、デフォルトに移行します」


真美ちゃんはその場に立ち上がるとピンと背筋を伸ばした直立姿勢になった。

相変わらず無表情で無機質な声を発している。

その微動だにしない直立姿勢は人間というよりマネキンに見える。


「さて、さっきの実験で本来起こり得ない感情によってその後の行動にも変化が起きていたのは身をもってわかってもらえたと思うんですけどー」


男の人がわたしの方に語りかけてくる。

わたしは少しだけ顔を上げて男の人の方を見た。


「生じる感情をコントロールできれば、それはすなわちその人間の行動をコントロールできるに等しいわけですよー」

「…………」


わたしは何も言わなかった。

だって、流石にそれは言い過ぎだと思ったからだ。


「そんなのあり得ないって顔ですねー。まーたしかに完全なコントロールは無理でしょーね。でもある程度行動方針を絞らせることは可能ですよ。それを今から試しましょー」


男の人がリモコンを操作し、ピッ、とわたし向けてボタンを押した。

また、わたしがおかしくなってしまう。

そう思いながらわたしはキュッと目を閉じた。

けれど、それほど大きな変化が起きたようには感じられなかった。


「……? わたし、何か変わったの?」


疑問を口に出してみてもよくわからない。

ただ、何か違和感があるのはたしかだった。

きっと何か起きているに違いない。

それがなんなのかはわからないけれど。

自分の違和感の正体を探ることに集中していると、男の人が静かに告げた。


「12番、服を脱いで裸になって」

「はい、了解しました」


すると、男の人に言われた通り真美ちゃんは着ていた制服を全て脱いで生まれたままの姿になってしまった。

わたしはその姿に思わず目を見開いてしまう。


「さて、奈々ちゃん。君はこれからこの素体番号12番に欲情して犯してしまいます」

「……は? 何言ってるんですか? そんなことするわけないでしょ。頭おかしくなったんですか?」

「いいえ、君は必ず12番のことを犯します。その拘束も解いてあげますから、あなたの好きにしてください。何をしても構いません、ご自由にどーぞ」


そう言うと男の人はわたしの手足の拘束を解いてしまった。

この人馬鹿なんだろうか。

そんなことしたらここから逃げるに決まってる。

わたしは立ち上がり、出口に向かおうとして。


「…………」


……その前に素っ裸になっている真美ちゃんのことをじっくりと観察した。

胸も股間も丸出しのその姿は、見ているだけでそそられる。


「……わたしの好きにしていいんですよね?」

「ええ、もちろん」


男の人はニヤニヤと笑っている。

そのふざけたにやけヅラが気に入らないけれど、好きにしていいと言うのならば好きにするまでだ。

どうせ逃げられるなら今しかできないことをやってからでも遅くはない。

わたしは目の前の真美ちゃんに手を伸ばした。

真美ちゃんの胸の脂肪を乱暴に鷲掴みすると、柔らかい弾力が手に伝わってきて興奮する。


「真美ちゃんの胸、意外と気持ちいいな……ていうか、真美ちゃんって結構可愛いよね。わたし、真美ちゃんなら抱ける気がする……」


わたしが語りかけても真美ちゃんは無表情のまま反応を示さないので少しつまらない。

まあ、変に抵抗されないのはいいけれど。


「しっかし、なんだろう……この違和感。なんかしっくりこないっていうか……」


真美ちゃんの胸を揉みながらわたしは考えていた。

こんな上玉を好きにできる機会が手に入ってラッキーなことこの上ないのに妙なモヤモヤのせいでなんだか楽しみきれない。


「あのー、ちょっといいですかー?」

「チッ……なんだよ、今集中してんだから邪魔すんなよ!」


男の人に声をかけられわたしは思わず声を荒げてしまった。

ただでさえ妙なモヤモヤにイラついていたというのに、その不快な声を聞かされればキレそうになるのも仕方ないだろう。


「さっきまで僕には敬語でしたけど、もう使わないんですかー?」

「あァ? ……あれ、そういえば……」


無意識のうちに乱暴な口調になっていたが、のんだかこっちの方がしっくりくる。

そうか、これが違和感の正体か。


「そうか、口調に違和感があったんだな。かしこまった敬語も、女みてえなナヨナヨした喋り方も、自分で言ってておかしくって仕方がねえ」


わたしはようやくスッキリすることができた。

と、そこでもう一つの違和感に気づいた。


「このわたしっつーのも変だな。……俺。俺! おおこれだ! これが一番しっくりくるじゃねえか!」


俺は気を取り直して真美の方を向いた。

まだ若い女の体を好き勝手できると考えるだけで涎が出てくる。


「へっ、いやらしい体しやがって……黙ってるがてめぇも本当は友達に体弄られて興奮してるんだろ? オイ、どうなんだよ真美」


返事をしてこない真美の体を俺は弄っていく。

マンコの筋に指を這わせて擦りあげても無表情で立ち尽くしているその姿はなんとも滑稽で俺の情動を駆り立てる。


「ああ、いい姿だなぁ真美。俺もチンコが勃起して……って、あ? 俺、チンコねえじゃねえかよ。いや、女なんだから当たり前か。ちくしょう、なんで俺は女なんだよ……こいつのマンコにチンコぶち込んでやろうと思ったのに……クソがっ!」


俺はイラつきながら自分の股間に触れた。

ここにチンコさえあれば。

そう思ったところで、別の考えが頭に浮かんだ。


「待てよ、マンコがあるならこっちで楽しめばいいだけじゃねえか。……そうだな……オイ! そこの男! こいつを床に寝かせろ!」


俺は後ろに立ってこちらを見ている男に向かって叫んだ。


「ええ、構いませんよー。12番、床に寝て」

「はい、了解しました」


真美は男に言われた通りその場に仰向けで寝転んだ。

それを確認しながら俺は着ていた制服を脱ぎ捨て、尻を真美の頭に乗せて覆いかぶさるように横になった。


「オイ! 真美に俺のマンコを舐めさせろ!」

「はいはい。12番、目の前の女の股間を舐めて」

「はい、了解しました」


すると、真美は俺のマンコをペロペロと舐め始めた。

瞬間、電流のような快感が全身を駆け巡った。


「んッ!? へっ、いいじゃねえか、この感じ。マンコの快感も悪くねえな。……真美、俺もお前のこと気持ちよくしてやるよ」


俺は真美の股間にむしゃぶりつき、舌を使って股の割れ目をこじ開けた。

マンコの入り口をそのまま舐め続けていると、少しだけヒクッ……真美の体が震えたのがわかった。


「なんだよ、ロボットですみてえな顔してるくせに感じてんじゃねえか。んっ……オラどうした、どんどん愛液が溢れてんぞ、オイ! んっ、はぁ……」


ただ機械のように俺のマンコを舐め続けている真美を、俺が感じさせている。

それだけで俺の興奮は高まり、マンコはどんどん濡れていった。

やはり女を犯すのは最高だな。


「んっ、あっ、ああッ! やべっ、俺、もうイキそうだ……んくっ……」


マンコを舐められる快感、目の前の女を犯す快感。

それらが重なって俺のマンコは限界を迎えそうになっていた。


「んっ、んんッ! いいぞ、真美、もっと舐めろ……んっ、やべっ、もう、俺、イっ……」

「そろそろ戻してあげますかねー」

「……あ?」


ピッ、という音が俺の耳に届いた。

その瞬間、わたしの顔は一気に絶望に染まった。


「いやっ、やだあっ! なんでわたしこんな……んんッ!? あっ、ダメッ! まみちゃ……そん、な、ああッ、あッ、んっくッ、んんんうぅぅ!!?」


わたしの体が、快感に打ち震えた。

ビクッと強く痙攣して、うまく息を吸うことができない。

まるで、わたしの体がわたしのものではなくなってしまったみたいに。


「12番、姿勢を戻して」

「はい、姿勢モード、デフォルトに移行します」


すると、わたしの下にいた真美ちゃんがわたしを振り払って立ち上がり、元の直立姿勢に戻った。

床に投げ出されたわたしは、息も絶え絶えになりながら自分の行いに絶望していた。


「ねー、言った通りだったでしょー? 12番に欲情して犯すって」

「いや、あんなの、わたしじゃない……」


わたしはただ小さい声でそう呟くしかできなかった。

でも、男の人の言ったことは事実だ。

別に操られたりしてたわけじゃないのに、わたしはただ感情に流されて真美ちゃんを……。


「奈々ちゃんの感情トリガーを、暴力的で、頭が悪くて、自分の欲望に正直だった素体番号5番の感情データに参照させることで、実質的に奈々ちゃんの行動をコントロールしてみました」


まさか、自分でもこんなに変わってしまうとは思わなかった。

普段のわたしとは、感情の発露の仕方が全く違った。

男らしく振る舞わない自分への違和感や苛立ち、目の前の女の子を好きにしたいという暴力的な気持ち、それらがわたしという存在を完全に破壊してしまっていた。


「さて、今回の実験はここまでですねー」


男の人の言葉にわたしは思わず顔を上げた。

やっと終わる?

この地獄のような時間がやっと終わるんだ。


「せっかくなんで、奈々ちゃんにも人格を削除してもらって新しく素体になってもらいましょーかね」

「……え?」


けれど、わたしの僅かな希望は一瞬にして砕かれた。

わたしの人格を、削除する?


「実験用の素体は多いに越したことないですから。安心してください。奈々ちゃんは真美ちゃんと同じように元の人格を削除した後、君を再現した仮想人格をインストールしておうちに帰してあげますから。君のことは誰も心配しませんよー」


真美ちゃんと同じようにって……。

わたしは真美ちゃんのことを見上げた。

何も言わずに無表情で裸のままその場に立ち尽くすマネキンのような真美ちゃん。

まさか真美ちゃん、本当に人格を消されてしまってるの?

今までわたしが接してたのも全部再現された仮想人格だったの?

……わたしも、そうなっちゃうの?


「おっ、恐怖のパラメーターがどんどん上がっていきますね。人格の削除は疑似的な死ですからねー。やはり死への恐怖というのはどんな人間でも非常に高くなる傾向がありますねー」


男の人の言葉にわたしの血の気は一気に引いた。

死。

それまで全く意識してなかった言葉が今まさにわたしに降り掛かろうとしていることに、わたしは完全に錯乱状態に陥ろうとしていた。


「お、お願いですっ! 助けてくださいっ! なんでもしますからっ!」

「そうですか、では最後にもう一つ実験に手伝ってもらいましょー」


そう言うと男の人はわたしにリモコンを向けてピッ、とボタンを押した。

その瞬間、今日一番の変化がわたしに起こった。


「僕の言うことを実行してください。いーですかー?」

「あ、ああ……はいっ、はいぃっ!」


わたしは喉を震わせて答えた。

それだけで、わたしの頭の中にはかつてないほどの喜びが溢れた。

きっと今わたしは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら恍惚とした顔をしていることだろう。

ああ、幸せすぎるぅ……!

この人の言うことを聞こうとするだけで、頭の中の血管が切れてしまいそうになるぐらいの多幸感が爆発的に大きくなっていく。


「奈々ちゃんは今、僕の言うことを聞くだけで喜びの感情が通常の限界値の10倍まで跳ね上がるようになってます。……おー、すごいですねー、喜びのパラメーターがオーバーフローして計測できていません。では奈々ちゃん、今からそこのパソコンの前まで行ってデスクトップに表示されている人格デリートプログラムを実行して人格を削除しておいてください。僕はちょっとコーヒーを飲んでくるので」

「はいっ! わかりましたぁっ!」


わたしは大きな声で返事し、男の人が指差したパソコンの前まで移動した。

この人の言うこと聞くの、すっごい幸せ!

今まで体験してきたどんな瞬間よりも何百倍も幸せ!

今のこの数秒間に幸せ具合に比べたら今までのわたしの人生なんて全部カスみたいに思える!


「あ、あった! これっ!」


わたしはデスクトップに表示されている『人格デリートプログラム』のアイコンをダブルクリックした。

すると、画面に『対象:原宿奈々 本当に実行しますか?』と表示された。

それを見た瞬間、わたしの中にほんの少しだけ恐怖心が湧いた。

けれど、今わたしはその何倍もの幸福感に満たされていた。

迷う理由なんてない。

だって、わたしの人生なんてこの幸福感に比べたらちっぽけすぎて消してしまってもなんの問題なんかないんだから!

わたしは画面の『はい』をクリックした。


「ッ、あ、ああ、わたしが削除される……ああっ、しあわせぇっ!」


画面にはわたしの人格削除プログラムの進行を示すバーが表示された。

少しずつそのバーが進んでいく。

30%……40%……50%……。


「あ、わたしが、消えて、いく……しあわせ……でも、こわい……なんで、しあわせなのに、こわい……あれ、なんで……」


自分の中で相反する感情が湧いてきて混乱する。

男の人の言う通りに自分の人格消すのが、今まで人生全てを投げ打っても余りあるくらい喜ばしいことのはずなのに、とても恐ろしくて仕方がない。

あれ、そもそもなんでこんなことしてるんだっけ?

なんだかよくわからなくなってきた。

しあわせってなんだっけ?

わたしってなんだっけ?


「……し……しあ、わ……やだ、きえ、たく……な……あっ……わ、た……し……………………」




────────




「ふー、やはり安いインスタントのコーヒーはいーですねー。頭が冴えてきます。さて、奈々ちゃんの方は終わりましたかねー?」


「お、ちゃんと終わってますねー。脳内の人格データは0。人格削除プログラムは正常動作したみたいですねー」


「最期の感情データの動きを見ておきましょーか。……喜びは変わらずオーバーフローですが、恐怖も限界近くまで増大してますねー。自殺願望のない人間に疑似的な自死をさせるとこれだけの恐怖が観測できるんですね、いいデータが取れました」


「さて、それじゃあ仮想人格のインストールを始めましょうかねー」


……仮想人格プログラム、インストール完了。

基礎人格を構築。

仮想人格ver1.12の指定ルーチンを実行。

基礎人格起動確認。

システム正常に起動。

行動フェイズに移る。


「システム、正常動作を確認しました。仮想人格ver1.12起動しました」

「インストール完了ですねー。さて、マスターコード、X34QJ157A64D2。君の識別コードを31番に設定します。」


マスターコードX34QJ157A64D2を実行。

認証設定を起動。

対象をマスターに設定。

識別コード認証。

これより本機を素体No.31に設定。

認証設定完了。

行動フェイズに移る。


「はい。これより素体No.31はマスターの指示に従います」

「設定完了ですねー。では12番と一緒にデータの収集に勤しんでもらうとしますか。12番、31番、制服を着て二人で外に出て人工人格を起動してください。次の定期報告は一か月です」


マスターからの指示を確認。

行動指定ルーチンを実行。


「はい、了解しました」

「はい、了解しました」


制服の着衣を実行。

下着、ワイシャツ、スカート、ブレザー、リボン、順に着衣完了。

マスターからの指示を再履行。

現在の建造物からの離脱を実行。

マスターからの指定により、素体No.12を僚機に設定。

一定の距離を保ったまま建造物から離脱する。

……離脱完了。

マスターからの指示を再履行。

人工人格データNo.9原宿奈々ver.1.00起動。

設定人格の指定ルーチンを実行。

人工人格データNo.9原宿奈々ver.1.00起動確認。

システム正常に起動。

原宿奈々への擬態を開始する。


「……ん、あれ? ここ、どこ? わたし、何してたんだっけ……」

「……奈々? あれ、そもそも私たちなんでこんなところにボケっと立ってるの……? まあいいや。早く帰ろう?」

「うん、真美ちゃん……。……うーん、なんだろう、何か忘れてる気が……」


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