SakeTami
cozukaton
cozukaton

fanbox


『とおぼえアフターリード!』 ep-01

<ゴメン、今仕事上がれたとこ~!> <あと30分はかかるから先にお茶してて!おごる!!>  謝罪のメッセージに次いで、豆腐に手足が生えたようなキャラが「ごめんよ……」と項垂れているスタンプを送る。  数秒後、マナーモードのスマホが振動する。予想した通り、可愛らしくデフォルメされた青虫が「ええんやで」の文字を背負ったスタンプが即座に返ってきた。 <今日は外も暖かいし、緊張をほぐすためにも軽く散歩して待ちますね>  空手の黒帯を正面から接写したアイコンが、寛容な返事を返してくれる。  おれはスマホを胸ポケットにしまい、額の汗をハンドタオルで拭った。  季節は春と初夏の境目。駅前から電車内までダッシュしたら汗ばむのも無理はない。最近ジム通いをサボってバー巡りにハマっているからでは決してない。  車内ディスプレイで乗り換え駅までの時間を再確認していると、スマホに新着メッセージが届いた。 <お土産どっちがいい? 1.食べれるもの 2.食べれないもの>  マスコットキャラとツーショットで映る女の子のアイコンからのメッセージだ。おれは少し考え、 <食べれるものならびに美味しいもので!>  末尾にサムズアップの絵文字を付けて送信すると、「まかせろ!」のスタンプが3種類連打された。同じ文言のスタンプを連続で使うのが妹の中でブームらしい。  妹のゆきのは今、友人達とフィジーでバカンス中だ。大学の英語科を卒業後、ウェディングプランナーを志して就職、留学で鍛えた語学力で国際結婚をプロデュースした回数は数知れず――という、なんとも輝かしい日々を送っている。  兄に彼女を作ろうとお節介を焼いていた経験が生きているんだろうか。その必要がないことを打ち明けてからも、家族仲は良好だ。  スマホが振動する。半ば反射的に画面に目を向けた。 <福澤さんの好きそうな店ありました。もうチェック済だったり?>  添付された写真には、1軒のバーが映っていた。周囲は薄闇に染まり、店先では黒々とした金属製の蓮華をオレンジ色の照明が浮かび上がらせている。洋風なバーなのに蓮華か。妙に印象的だ。  2枚目の写真にはメニューが映っている。文字が細かくて読みにくいが、ピンチアウトさせると卵料理が売りの店だと分かった。 <外装のセンスいいね! その辺結構入れ替わり激しいから、ちょっと見ないとどんどん別の店に変化するんよ> <夜はアルコールも充実してる模様です> <飲みて~! 今日はNGだと思うとなおさらだわ> <自分は遠慮なくいただこうかなぁ> <のぐっちゃん is デビル……>  送信ボタンをタップした直後、電車ががたりと停車した。目的の駅名を表示するドアが開くと、味噌ダレを焼いたような香りが車内へ雪崩れ込んだ。 <駅着いた。駅前めっちゃ飲み屋街ね>  腹減ったなぁ。昼に食べた糖質オフのベーグルサンドは、やはり持ちが悪い。  黒帯アイコンに「もうすぐ着くぜ」スタンプを送ると、上りエスカレーターの横の階段を爪先立ち&2段飛ばしで上がる。ジムをサボった罪へのせめてもの償いだ。 <東口出て右手の、大きな銅像の前にいます>  時刻は6時半を回ろうとしている。金曜日の駅では、行き交う人々もどことなく浮き足立っている。  おれもその一人。このところ人との食事は仕事としてだけで、気の置けない相手との夕食なんて本当に久しぶりだった。その物足りなさを埋めるべくバー巡りをしていた節もある。  のぐっちゃん、どんな格好してるかな。Pacebookで最後に投稿してた写真だと、人前に出ることに慣れてきたからか随分派手目なファッションだったけど。  改札口へ出ると、万年筆をアイコンにした「のぐち」からのメッセージが届く。 <今改札から出るの見えました>  黒帯のアイコンからもメッセージが届いた。 <そろそろそっちに移動しますね>  別々の窓でメッセージをやりとりしている2つのアイコンが、上へ行ったり下へ行ったり。その様子が妙におかしくて、待ち合わせ場所にいた人へ満面の笑顔を見せることになった。 「オッス、のぐっちゃん!」 「こんばんは、福澤さん。お久しぶりです」  のぐっちゃん――野口唯志は、銅のモニュメントを背後に立っていた。グレーのスプリングコートは下ろしたてのようにぴかぴかだ。 「久しぶり~。思ったより元気そうじゃん。Twipperだと締め切りに脅かされる呟きばっかで、半分死人な感じだと思ってたわ」 「あれはそういう用のアカウントなんです。今日はしっかり寝てきたし、体調も万全ですよ」  のぐっちゃんは空手の「押忍」の動きで元気をアピールした。銅像前で待ち合わせをしているらしきご婦人がそれを見て微笑んだことに、のぐっちゃんは気付いていない。 「頼もしいね。あと一人ももうじきに来るよ」 「あの、既に来ています」  のぐっちゃんの背後のモニュメントの更に背後から、黒い影が踊り出た。 「……なんで隠れてたの?」 「いえ、隠れてたわけじゃないんですが、でも結果的に隠れてましたね。ただちょっとその、緊張してしまいまして」  もう一人の待ち合わせ相手である少年は、わたわたと手を振った。少年といっても身長は俺とそう変わらない。動きはちょこまかと幼い印象を受けるが、それは緊張ゆえだと俺は知っている。  太くてボサボサの眉をへにょん、と下げる少年に、のぐっちゃんは歩み寄った。 「こんばんは、初めまして。野口といいます」  のぐっちゃんが手を差し出すと、少年は電気を流されたように全身の毛を逆立てた。念入りに自分の手をスラックスで拭いた後、おずおずと握手に応じた。 「あ、あああの、野口先生の作品は全部愛読しています。一番最初に拝読したのは『流れの終わりに』で、普段読書なんてしない俺が寝るのも忘れるくらいぶっ通しで読むっていう、本当に奇跡みたいな作品だったもので、その次に読んだ『ブルーアイアン』も本当に文体がすごく素敵で――」  その作品を綴った手と握手をしている。そんな夢のようなひとときに、少年はすっかりのぼせているようだった。 「作品への感想は後でゆっくりするとして、まずは名乗らないと」  助け船を出すと、少年は我に返った。気を付けの姿勢で咳払いをする。 「あの、従兄弟がいつもお世話になっています。俺、サキチといいます。桜に吉、と書いてサキチです」  桃井桜吉くんは、真新しい学ランを折り曲げるように深々とお辞儀をした。

『とおぼえアフターリード!』 ep-01

More Creators