「本当に僕達が生きている内に完結するのだろうか?」
漫画『ベルセルク』について、よく冗談めかしながら話したものだ。
『未完』で終わるという不安。
それは本当にあったものの、あくまでも冗談の延長にあったぼんやりとしたもので、
そうは言いながらもなんだかんだ長い年月を掛けて完結はするんじゃないか…と考えていた人が大半だったのではないだろうか。
しかしそのぼんやりと漂っていた不安は突如として実体となり、一気に重さを増してのしかかってきた。
2021年5月6日、三浦建太郎先生 逝去。
長年追い掛け続けた最高のダークファンタジー漫画ベルセルク、
その物語の続きが綴られる事は二度と無い。
あまりに突然の訃報に、知人と通話していたにも関わらず大声を出して彼を驚かせてしまった。
そこから仕事は一向に手を付かず、ショックのままにツイッターで悲しみの丈を綴るばかり。
遂には耐えられずに涙を流して泣いた。
自分にとって三浦建太郎という漫画家は心の師匠であり、
ベルセルクという作品はバイブルである。
三浦先生は休載してまで緻密に線を描き込む職人気質を通り越して芸術家・画家の様なお方だった。
絵のタイプは違うし、性格に起因する部分も多いかもしれないが、私も作画を妥協するのが苦手で、情報量を正義としてしまう節があり、憧れを抱いていた。
あの描き込み量と演出力で描かれるベルセルクという作品はどこを開いても凄まじい完成度で、読む度に作品の持つ力と三浦先生の画力に打ちのめされていた。
アクション漫画作家としてどれだけの事をベルセルクから学んだか想像もつかない。
いや、私が今アクション漫画を描く上で意識している事なんてほぼ全てがベルセルクに詰まっていたと言っても過言ではないだろう。
それだけ私にとってベルセルクという作品、三浦建太郎という作家は大きな存在だったのだ。
だからこそ氏の訃報にはかつてない程感情が揺れた。
大抵の有名人の死には「もうお歳だし仕方ない」「まだ若いのに可哀想」程度の思いしか浮かんでこないが、今回だけは心が耐えられなかった。
いつかもっと有名になって、どんな形でも良いから一度対面してみたかった。
そして目の前で「ベルセルク大好きです」「三浦先生からいろんな事を学びました」とお伝えしたかった。
その機会は一生訪れない。
ベルセルクの続きを読みたいという気持ちは確かにある。
しかし、漫画家という職業に就いてしみじみと「漫画家は過酷だ」という事も実感している。
18歳の時から走り続けてきた氏だからこそ、「もう休んでもいいじゃないか」という気持ちもある。
「だったら俺が受け継いで続きを描く」と宣言してやりたいところだが、そんな画力も構成力も持ち合わせていないし、せっかくの名作を駄作に貶める可能性が高過ぎてとてもではないが言えない。自分の様な凡人が手を出すべきではない。
ベルセルクは『聖典』なのだ。中身は血と泥と憎悪に塗れているが。
もしかしたら先生は多くを背負い過ぎたのかもしれない。
ベルセルクという壮大で重厚な物語を生み出し、読者を熱狂させた事により、
彼等を満足させながらまとめなければならないというプレッシャーが多分にあっただろう。
なによりも自分自身にとてつもなく多くを期待していたのではないだろうか。
『もっとやれる、もっと描ける、筆を止めるな。』
でなければ休載してまでモブの1人1人まで描き込み続けるなんて事する筈が無い。
それ故に何十年も止まること無く走り続け、それ故に人よりもちょっと早くガス欠になってしまったんじゃないだろうか。
正直この文章を打ち込んでいる今もツラい。
ふいに涙がこみ上げてくる。
もう感情がぐちゃぐちゃだ。
でもこれだけは言わなければいけない事がある。
三浦先生、長い間お疲れ様でした。
先生の作品、偉業はこれからも私達の心に残り続けます。
今までもこれからも私にとってベルセルクは一番好きな漫画であり続けるでしょう。
安らかにお休み下さい。
本当に本当にありがとうございました。