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クラウストラムの後継者 #15(後日譚) 門出

 館の廊下を、慎ましやかなメイド服に身を包んだ女性が1人、歩んでいる。  作法をわきまえた者の優雅な足取りであるが、その内にどこか浮き立つような調子が感じられる。  端正なその顔にも、満足げな笑みが浮かんでいる。  そうだ。  アデラは、いたく満足していた。  蜍没の計画にとって、唯一の障害だったのは、最も強力なしもべ、[[rb:旧き根元の精霊 > アル・ジン]]であるアデラの存在だけだった。  館の主として選ばれたというだけで、その力を使いこなす知識もなく、それどころか自身に秘められた力を引き出す術も知らない愚かな小僧や、戦うために知恵をめぐらすことのないアデラ以外のしもべ達を制することは、彼にとっては容易いことだった。  だからこそ蜍没は、アデラが不在となる隙をついて、クラウストラムを制するべく遊跳達に挑んだのだ。  とはいえ、例え遊跳や残るしもべ達を支配下におき、クラウストラムの全てを一時的に手にしたとしても、それでもアデラの強大な力に対抗できるかは疑問であった。  だから蜍没は、罠を張ったのだ。  幻力の魔玉を嵌め込んだ胸飾りに仕込まれた、蜍没の切り札、最後の魔法だ。  アデラとしても、遊跳の全て、クラウストラムの力の証を質に取られ、心もとない味方が今にも打ち破られる寸前の困難な状況では十分に余裕を保つことはできない。  幻力の魔玉を蜍没から奪うことに気を取られ、アデラは手を伸ばした先にあった蜍没の罠の存在を見落とした。  不用意に胸飾りに触れてしまったアデラの霊質の全ては胸飾りの内に取りこまれ、その瞬間、蜍没は旧き根源の精霊の力全てを手にしたのだ。  かつての邪法の使い手は、いまやアデラの霊質を纏い、アデラそのものに成りきって、何食わぬ顔で館の中を闊歩しているのだ。  「アデラ」は、廊下の突き当りにある扉の前にたどり着いた。  邪法使いが支配したのはアデラの存在だけではない。  残る三人のしもべ達は依然として、醜く下劣な[[rb:腐れる地の障魔 > ゴブリン]]に成りきって、館を囲む森の奥で、自らを冒涜するおぞましい行為に浸っているはずだ。  アデラとしては、彼女達を元に戻して、やるべきなのだろうか。  いや、その必要はないだろう。  そうしているのは彼女達の意思であり、彼女たちはその境遇にいたく満足しているからだ。  それに、館にはすでに新しい三人のしもべ達が、存在するのだ。  新しい彼女たちは、以前の彼女達と少しも変わるところはない。  今のところは、その邪悪な本性が完全にその奥底で眠らされているからだ。  もちろん、内に潜むものを再び目覚めさせ、彼女達を強力な精霊の力を持った忠実な障魔に変えてしまうことは、今のアデラにとって容易いことだ。  だが、今は。  そう、今のところは敢えてそうすることも、ないだろう。  それよりも。  アデラは想いに耽りながら、扉の前で身だしなみを整えた。  その手が、自身の美しい肢体に触れる度に、下劣な感情が湧き上がってくる。  どうしてもそれを抑えることができず、アデラは自身の胸や腰を弄るように手を動かした。  アデラの顔には以前の彼女なら決して浮かべたことのないいやらしい笑みが浮かんでいた。  ひとしきり体を撫でさすり、十分に満足してからアデラは咳払いして居住まいを正した。  扉をノックしてから、返事を待つことなくノブに手をかけると部屋に入った。  小さく、粗末な部屋だ。  だが館の使用人ひとりがそこで寝起きするには、十分すぎる造りだ。  あえて、そういう部屋を彼女にはあてがったのだ。  部屋に入ってきたアデラに気がついて、部屋の主である人物は腰かけていたベッドの縁から慌てて立ち上がり、アデラの前に進みでた。  アデラと同じようなメイド服に身を包んだ、アデラよりも頭ひとつ背の低い、亜麻色の髪をした小柄な少女だ。 「あの……何か……御用でしょうか……アデラ……[[rb:お母さま > マム]]……」  小鳥がさえずるような可愛らしい声で、たどたどしく紡いだその言葉は、最後はほとんど消え入るような調子だった。  両手を慎ましげに体の前で合わせ、少しうつむいて顔を赤らめている。  その姿でアデラに対することに、羞恥を感じているのだ。  アデラは目の前に儚げに立つその少女を一瞥した。  クラウストラムの後継者の正当な資格を持つ満月遊跳も、今やアデラの手の内にあるのだ。  [[rb:幻力の面紗 > マーヤーのヴェール]]に囚われている限り、アデラの前に立っているのは、生まれて間もない幼い[[rb:大地と樹木の精 > ドライアド]]の少女、クラウストラムに仕える五人目のしもべ、アデラの内側に潜む邪法使いの自覚なき奴隷、ジュニアメイドのマヤなのである。  形作られた姿の通りに少女として振る舞うことやアデラの言葉に従うことに、歓びという報酬が与えられる以上、それによって彼女がどんなに羞恥に苦しんだとしても、自ら[[rb:幻力の面紗 > マーヤーのヴェール]]の束縛を逃れることは、考えられない。  それどころか彼女自身が内に秘めた力が注ぎ込まれることによって、ますますその作用は強まり、外側からも内側からも[[rb:面紗 > ヴェール]]を打ち破ることは不可能になる。  今のアデラがそれを望まない以上、マヤは未来永劫、マヤとして在り続けるのだ。  掌中の小鳥のいたいけなその姿を前にして、アデラは知らず身を震わせた。  それは、アデラの内に潜む邪法使いが覚えた感覚というよりは、元のアデラ自身が有していた感覚でもあるように思えた。  思い起こせば、あの時、アデラはあるいは蜍没の仕掛けた罠に気がつくことができたのかもしれない。  だがきっと、今覚えているこの感覚が、自分の知覚を決定的に鈍らせたのだ。  アデラの有する歪んだ嗜好が、蜍没の目的とほんの一点において交差したのだ。  それだけではない。  [[rb:旧き根源の精霊 > アル・ジン]]の本性は、人との、現界との、誓約に縛られるだけの存在であるはずがなかった。  それは常に、人に抗い、自由を求め、自ら運命を切り開こうとする者の助けとなるべき、存在であったはずなのだ。  そのことが、今のこの帰結に、結びついたのだ。  アデラは恥ずかしげに俯くマヤの顔を覗き込むと、優しく微笑んでその頬を撫でた。  彼女の本来の意志を、根こそぎ奪うことはしないでおこう。  偽りの覆いに包まれているという自覚を持ったまま、マヤは、自らの意志で、永遠に、羞恥に悶え続けるのだ。  蜍没の、自らの復讐が完遂されたという事実を反芻し、背筋がゾクゾクとするような感覚を覚えながら、アデラは思った。  これからは。  そう、これからは、マヤはクラウストラムの後継者として、その力を皆のために、アデラのためにふるってくれることだろう。  障魔を見つけ、その力を利用し、奪い、蓄えた力でやがては現界の全てに君臨するという彼女の野望のために。 (でも……何も心配することはないのですよ……)  マヤの頬を優しく撫でながら、アデラは言葉に出さずに彼女にそう告げた。  クラウストラムの正当な後継者を護り導くことこそが、アデラが誓約した責務なのだから。  そして、しもべの筆頭として、あらたに仲間に加わった、幼くか弱い、無垢な精霊の少女を庇護することも当然の責務なのだから。  だからマヤは安心して、羞恥と屈辱に満ちた自覚なき[[rb:奴隷人形 > スレイブドール]]としての生活を、存分に楽しめば良いのだ。  そうだ。  紆余曲折はあったとしても、結局のところ誰にとっても全てがあるべきところに、収まったのだ。 (おわり)


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