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クリエイターが提供する価値とは?

狩野モデルで紐解く「クリエイター」の戦略と顧客との距離



 いつも応援してくださる支援者の皆様、そして共に切磋琢磨するサイズフェチクリエイターの皆様へ。マルモです。


 クリエイターとして活動する中で、しばしば「絵がうまいこと」だけで評価されがちですが、私より数百倍うまい生成AIのサイズフェチイラストがたくさん普及してます。ひと時だけAI映像で怪獣映画さながらの動画がバズってましたが、それ以外だといまいち目立ったものはないように見えます。

 では、生成AIで代替えすることのできない。私たちが提供する【価値】の本質は、なんなのかを言語化したことないなぁと思い色々調べたので書き起こします。


 サービスの価値を捉えるために、私はネットでの検索程度ですが「狩野モデル(※1)」と「脳科学」を学習し、イラストレーターが目指すべき独自の価値と、健全なクリエイティブ活動を続けるための「顧客との適切な距離感」について考察します。


※1 狩野モデル(Kanoodel)について

定義: 1980年代に東京理科大学の狩野紀昭教授によって提唱された、品質と顧客満足度の関係性を分析するフレームワーク。製品やサービスの品質要素を「当たり前品質」「一元的品質」「魅力的品質」などの5つに分類します。


 様々なクリエイターが存在しますが、いったんわかりやすく「イラストレーター(絵師)」と「小説家(SS作家)」と区分します。



 小説家とイラストレーターに期待される「品質」の差を狩野モデルの視点から見ると、小説家やライターといった「言葉のプロ」と、イラストレーターの「ビジュアルのプロ」に対する期待は、根本的に異なります。


言葉のプロが背負う「一元的品質」

小説家やライターは、論理、情報量、表現力といった一元的品質を追求します。

これは、努力の量が読者の満足度に比例する、厳しい競争の場です。

しかし、この品質は、顧客の期待値を天井知らずに高めてしまうという副作用があります。

期待通りであれば「当たり前」、少しでも満たされないと「不満」となりやすいのです。


言葉のプロは、常に「期待に応え続ける」という重圧と戦っています



イラストレーターが武器とする「魅力的品質」

一方、私たちが提供するビジュアルは、魅力的品質として機能しやすい特性を持っています。

品質要素イラストレーターへの期待読者・顧客の反応魅力的品質想像を超える色使い、世界観、視覚的な驚きと感動。無くても不満ではないが、あれば一気に満足度が跳ね上がる(「素晴らしい」「期待以上」)。

ここで絵師が目指すべきは、この「期待を超える一瞬」を創出することです。

言葉では説明しきれない、直感的な感動や、心に響く世界観を提供することこそ、イラストレーターの独自市場であり、高い報酬と評価に直結する戦略的な価値なのです。


マルモ解釈 狩野モデル



なので、文字を書くならだれでもできるっしょ?って思ってるそこのあなた。彼らはそもそも絵と比べて作品を認めてもらうハードルが高すぎるんです。



■プチ小話:脳の緊張を和らげる「視覚の優しさ」

 文字情報が多い現代社会で、人々は常に「認知負荷」が高い状態に置かれています。論理的な左脳を酷使する文章処理は、脳に緊張をもたらし、疲労させます。

 Xの有象無象が書いた文章を1つ1つ理解するにも「そもそもこいつの言葉は日本語なんか・・・?」って情報だらけですよね。

 ところが私たちが提供するイラストは、この脳の緊張を和らげる役割を担っています。直感的な解放: 情報を「かたまり」として右脳で瞬時に処理させることで、左脳の論理的な負担を軽減し、リラックス効果を生みます。ノートをとるときにイラストを加えたり、パワポの資料に絵を入れると読む人へのストレスを減らすみたいです。

  やめよう。文字ビッチリのパワポ


クリエイターと顧客の距離

 イラストレーターでも顧客の要求にあまりにも忠実に応えすぎると、それは「一元的品質」の作業に近づいてしまいます。クライアントの頭の中にある「予想通り」の絵を提供しても、魅力的品質は生まれません。「予想通り=当たり前」となり、感動がなく、価値が下がるのです。

 例えば、自分のリクエストにこたえてくれたけどその絵自体への感動薄い時ってありません?

 自分は誕生日サプライズとか、たまたま自分の推しをこのクリエイターが巨大化させてる!!ってときはめっちゃ興奮するんですが、なんか「お題ください!」って言われて描いてもらったものって、なんか微妙に感じるんですよね。。。


相互の過度な期待がモンスターを生む

 さて、私たちの活動において、この狩野モデルのサイクルが非常に危険な形で表出している現象があります。

それは、「馴れ合い」と「相互の過大な期待」です。


■支援者側の「当たり前品質」の肥大化

クリエイターと支援者が仲良くなりすぎると、支援者側で「当たり前品質」が際限なく肥大化します。


現象: クリエイターの活動初期に親切に接していた支援者が、やがて「自分は特別な存在だ」「この人の作品は自分が応援したから成り立っている」と錯覚し始めます。


結果: クリエイターが個人的なリプライや特別な対応をしないと、「あの人は変わった」「冷たくなった」と不満を爆発させる。これは、「親切な対応」が「受けて当然の当たり前品質」に変わった結果であり、「傲慢なモンスター」を生み出してしまう典型的なパターンです。


クリエイター側の「魅力的品質」への過大依存

この問題は、私たちクリエイター側にも深刻な形で現れます。


イラストは、先に述べたように、実力が伴わずとも一瞬の工夫や運で「魅力的品質」(大きな反響)を生み出せることがあります。


私たちはこの「大きな反響」を恒常的な「当たり前」だと誤解し、過大な期待を抱いてしまいます


「この人は絶対反応してくれるはずだ」「いつものフォロワーならすぐに拡散してくれるはず」という過度な期待が裏切られると、「自分の実力がない」のではなく「裏切られた」という形で、深刻な精神的な病みに繋がります。 「反応がなければ引退します…」といった、支援者の「当たり前品質」に依存した過激な言動は、この期待値管理の失敗と魅力的品質の不安定さが生んだ悲しい結果です。


魅力的品質」は、麻薬のように大きな満足をもたらしますが、その効果が不安定であるという事実を、これから頑張るクリエイターに知ってほしい。

上記パターンはサイズフェチ界隈だけでも4~5人見てます。。。ニッチな界隈ほど魅力的品質のラインが低いからね・・・

守るべきクリエイティブの「余白」

私たちがすべきは、顧客の「達成したい最終的な感情や雰囲気」という抽象的な目的を共有したら、具体的な表現手法については「プロとしてのクリエイティブな余白」を確保し、線を引くことです。

この「余白」から生まれる「想像していなかったが、最高だ!」という驚きこそが、私たちに最大の感謝と報酬をもたらす源泉です。


以上今月の学びでした。

魅力的価値を追い求めつつ、変な依存はしないように気を付けていこうと思います。


依存といえばお嬢様大好き巨大メイドさん

最後にお気に入りの一枚を添えて


来月もよろしくお願いいたします。


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