晴樹の死から二日が経った。
明らかな不審死にも関わらず、警察の調査もままならないままに、簡単な葬式だけが執り行われた。
理由は立て続く嵐のせいだった。
海は狂ったように激しく荒れ、定期船は全て欠航し、島は完全に孤立してしまっていた。
まるで誰もこの島から逃がさないとでも言わんばかりだった。
そんな中、島の比較的若い男たちが続けざまに失踪を遂げていた。
一人は運よく見つかったが、晴樹と同様のミイラ化した遺体になっていた。
一夜に一人、晴樹を合わせれば三人の男が犠牲になっていた。
「コウ。お前……お山に……あの教会に入ったとやろ。晴樹と二人して」
昼頃のことだった、祖父は僕を呼びつけ神妙な面持ちでそう訊ねて来た。
外は相変わらずの大雨で、ごうごうと激しい風がガラス戸に吹き付けていた。
言い逃れは出来そうになかった。祖父の眼は全てお見通しだと言っているようだった。
だが、不思議と怖くはなく、安堵を覚えた。
本当は晴樹が犠牲になった日に、僕が打ち明けなければならなかったことだ。
祖父から訊ねられることで、やっとすべてを話せるような気がした。
「教会の中に棺があったな、あれ開けたんか」
「うん……でも、簡単に開いて……わざとじゃなかったんだよ」
「わかっとぉ。お前は選ばれた子やけんな……俺がもっと気ば付けんばいかんじゃった」
「それで、中に何が入っとった?」
「凄く背の高い……綺麗な女の人が……眠ってるみたいだった」
「あれが「ばんぴろさま」なの?」
「俺は直接見たことがなかけんわからん。ただ、伝えられとる話とは一致しとぉな」
そう言うと祖父はのっそりと立ち上がり、僕に風呂に入るように言ってきた。
理由を尋ねると、清潔にすることも魔除けの一つだとか、匂いを辿られなくなるかもしれないとのことだった。
入浴を終えるまで祖父はずっと浴室の外で待っていた。
風呂から上がると白装束に着替えさせられ、市販の消臭スプレーをたっぷりかけられた。
こんなもので役に立つのかと思ったが、祖父の真剣さに気おされ口に出せなかった。
それから、普段使われていない奥座敷へと案内された。
八畳ほどの座敷は異様な空間と化していた。
ふすまと障子戸には無数のお札が貼られ、ぐるりと部屋を取り囲むように鈴なりのニンニクや十字架が天井から吊るされている。
奥には聖母像が置いてあり、部屋の四隅には盛り塩だ。
魔除けに使えそうなありとあらゆるものを用意したのだろう。
「ばんぴろさま」を閉じ込めていた棺と同じだ。何にでも縋りたくて必死なのだ。
部屋の隅には布団が畳んであり。そのまま食べられる菓子やパンなどの食料品とパットボトルの水が並べてあるほか、災害用の簡易トイレまであった。
「嵐は明日ん朝には収まるげな。明日ん朝にはお前はこん島ば出ていけ。やけん、今晩だけは何があってん絶対にこけー隠れていろ」
「「ばんぴろさま」が僕をさらいに来るから?」
「そうだ。あれはお前ば狙うと」
「「ばんぴろさま」って一体……いや、何かはわかってるんだ」
「あれは吸血鬼……なんだよね。Vanpiro(ヴァンピロ)ポルトガル語で吸血鬼っていう意味で、それが訛ってばんぴろってなった……」
「はあぁ……そがん意味やったんか。よう知とーな」
「スマホで翻訳したんだよ。この辺は宣教師が盛んに活動してたところだから、そのあたりの言葉だろうって」
「そうか。便利な時代になったもんや。まあ、そうばい。あれはいかにも吸血鬼や……晴樹ば見たとやろう。血ばすべて吸われ尽くしとった。あれは昔、南蛮船に乗ってきたげな」
祖父が語ったのは、ばんぴろさまについての古い言い伝えについてだった・・・。
遥か昔、この島は今よりも小さな漁村だった頃。一隻の南蛮船が海岸に漂着したようだ。
ちょうど、今日のような嵐だったそうだ。
時代背景や状況からして、長崎のオランダ商館に向かう予定だったのだろう。
だが、奇妙なことにその船はもぬけの殻で、交易品も食料も残されたままだった。
貧しい島民たちは、これ幸いにと突然流れ着いた品々を運び出したが、その中に一つ奇妙なものがあった。
それは、巨大な棺桶だった。
否、彼らにはそれが死んだ人間を収める箱だとは認識できなかったに違いない。
滅多に島から出ない彼らが西洋式の棺桶を見たことなどなかったであろうし、何よりそれは人間が入るにはあまりに大きすぎるものだった。
僕は、実物を見たからわかる。
あの黒光りする高級な木材で作られた巨大な箱は、さしずめ宝物を収めた長持にでも見えたことだろう。
その奇妙な箱はなぜか開けることができず、村人はとりあえず他の品々と一緒に船から運び出した。
そしてその夜以来、この島には、現代まで続く恐ろしい呪いが降りかかることになったのだ。
当時の島は今ほど発展はしていなかったとはいえ、若い男も女子供も今より沢山住んでいたらしい。
“彼女”にとって都合のいい狩場だったことだろう。
船が漂着して以来、夜になると巨大な女の化け物が現れて若者が襲われるという不穏な噂が立つようになった。
平均身長が低かった当時の人々にとって、ばんぴろさまは見上げるように巨大な怪物だったことだろう。
ばんぴろさまは、身にまとった黒い夜着を投網のように広げて男を捕まえるのだという。
夜着は彼女の意思のままに動き人間の力では決して逃げることはできない。そして、ばんぴろさまは捕まえた獲物を喰らいつくすのだという。
僕は条件反射のように生唾を呑み込んでしまった。
喰らうというのは相当にぼかした表現に違いない。
昨日ばんぴろさまがどのように人間を喰らうのかを直に見てしまった僕には、当時の獲物が今際に味わった事がありありと想像できてしまう。
いかに屈強な漁師とはいえ、彼女の思うが儘に蹂躙されたに違いない。
精気に満ちた若い男達があの嫣然たる妖婦の誘惑を撥ね退けられるわけがないのだ。
あの生白く妖しい肉体に抱き上げられ、絡めとられ、
一切の抵抗もできぬままに嬲り尽くされてしまったに違いない。
そして、最後には雑巾を絞るがごとくありとあらゆる体液を搾り取られ、干からびるまで吸い尽くされてしまったことだろう。
島の人口はみるみるうちに減っていき、存亡の危機に立った。
その時、この辺の島々に布教に赴いていた宣教師の一人が一計を案じ件の教会に封印することに成功した。
宣教師が「ばんぴろ」と呼んだ化け物を畏れる心から、島の人々はこれを神と同一視し「ばんぴろさま」と呼ばれるようになった。
けれど、宣教師の施した封印は完全なものではなかった。
肉体は棺に封じたものの、その精神はやがて外に漏れ出すようになったのだという。
「棺から抜け出した肉体ば持たん「ばんぴろさま」は、こん家に生まるる男子ん夢に現るるごとになった。男が全部ちゅうわけやなか、何十年かに一度なんでか「ばんぴろさま」ば夢に見る子が現るるんじゃ。その男ば使うて、封印ば解くためにな」
祖父はそこまで語って僕の方を見た。
「僕……のこと、だよね……僕も昔「ばんぴろさま」が夢の中に出て来たことがあるんだ」
「……そん話ば聞いた時は、信じられんで取り乱した。すまんかったな」
「そがん、魅入られた男が出た場合、理由ばつけて島から出す決まりになっとった」
「やけん俺もそれに倣うて、もう二度とお前が島に来んごとと計ろうたんじゃが……
お前はまた、帰ってきてしもうた」
「ごめんなさい……それなのに、僕は……僕は……」
封印を解いてしまった。
取り返しのつかないことをしてしまったと、背筋が寒くなる。
「よかや、お前はもう大きゅうなったし、狙わるることはなかと安心しとった俺にも責任がある。
嫌われてでん、追い返してやらんばならんかった」
そう語る祖父は膝の上で固めた拳を震わせていた。
「「ばんぴろさま」は恐ろしい化け物や。ばってん……弱みがある。あれは呼ばんば来ん」
「閉じた部屋や家ん中には、招かれんと入れん。やけん、呼ばれてん絶対に戸ば開けなしゃんな」
そういって祖父は相好崩したが、年老いた顔には心労がくっきりと滲んでいた。
「もうすぐ日が暮るる。明日ん朝までここから出てはいけん。俺もばあさんもわいば呼ばんし話しかけもせん。
朝日が昇るまで……六時……いや、七時になるまでここから出なしゃんな。出る時もお前から出れ」
「うん……」
「それから、これば持っていろ」
祖父はポケットから小さなロザリオを差し出した。
木製の数珠の先に十字架のついたそれはかなりの年代物らしく、傷や欠けた所が目についたが、首から下げると奇妙な安心感を覚えた。
「代々伝わるお守りや。肌身離さず持っとりゃきっとご先祖様が守ってくるる。
ばってん、何かあったら聖母様に守ってくるるようお願いせんねえ」
そう言って祖父は床の間の中心に鎮座する聖母像に視線を投げた。
このあたりの家々には必ず一つは置いてある、聖母子像
僕がこの家に来た時には、祖父はいつもこの像にお祈りを捧げるよう僕に言ってきた。
これを見ると、この土地には古い信仰が今でも根付いていることを実感したものだった。
「わかった。他には何か気を付けることはある?」
「そうばい……関係んなかことかもしれんが……」
「名前ば呼んではいけんそうだ」
「名前って……「ばんぴろさま」っていう……」
「そりゃあれん本当ん名やなか。やけん呼んでん平気や。
呼んではいけんのは本当ん名前や。名ば呼ぶことは招くことと同じやけんじゃろう」
本当の名。僕にとって○○、というようなものだろうか。
「ばんぴろさま」ではなく、彼女は……
一瞬、何かを思い出しそうになったが、強い忌避感に思考が中断される。
僕は、何かを知っているのかもしれない。
「まあ、俺も知らんような忘れられた名や。気にせんでもよか」
けれど僕は祖父をこれ以上心配させたくなくって、何も言わなかった。
……………………
夜になった。外は相変わらず激しい嵐で、雨と風の音が他の全てを悉く呑み込んでしまっているようだった。
夕飯は食べる気が起きなかったのでよしておいた。
気を紛らわせるためにスマホを弄っていたが、没頭することもできなかったので、布団を敷いてさっさと寝てしまおうとした。
だが、それが却っていけなかった。
#
電気を消して目を閉じていると、どうしても考えてしまうのだ。
「ばんぴろさま」のことを。
あのゾッとするような美貌……瞼の裏に焼き付いていて、時間が経ってもはっきりと思い出せる。
あんなに美しい女性を人生で見たことがなかった。今後、どんな人生を歩んでも彼女を超える美女は現れないと確信できる。
長身よりも巨躯と言った方が正しいレベルの背の高さも気にならない。
いや、それどころかあの背の高さが僕にとっては魅力的だった。
つい先日に晴樹にもからかわれたことだが、思えば僕は幼いころからすごく背が高い外国の女優とか、ずっと年上の近所のお姉さんとか、とにかく背の高い女性が性癖だった。
だから、ばんぴろさまを見たときは、その美しさと同様にあの体躯にも一目ぼれをしてしまったのだ……。
彼女のマントに囚われ、命を吸い取られていく晴樹の姿を見た時。
僕は嫉妬さえ抱いてしまった・・・。
あの女神のような巨躯の魔性に命を貪られるなら、あの美しさの糧になれるならそれもいいかもしれない。
そんなことさえ考えてしまう。
晴樹の死を悼む気持ちはあるのに、心の片隅では羨ましいと感じてしまっていた。
自分もされたいと。魔性の快楽を味わわされながら、美しい吸血鬼に全てを捧げたいと。
もちろん死への恐怖はある。
怖くて、恐ろしくて、今も体は震えている。
それなのに同時に焦がれてしまう。
「ばんぴろさま」が僕をさらいに来て欲しいと、期待してしまっている!
(時が来れば私の方から迎えに行くわ……
その時は、このお友達や他の獲物たちとは比べ物にならない悦楽をプレゼントしてあげる……♡)
晴樹が連れ去られた夜の記憶がフラッシュバックする。
(だ・か・ら……いい子にして待っているのよ、ボウヤ……♡ おほほほほほっ♡)
あの時に感じた高揚感を、そっと頬を撫でた手の感触を、マントの内に焚き染められた甘やかな香りを。
思い出すだけで意識がじわぁ……蕩けていく。してはいけない妄想が加速する。
脳裏に漆黒のマントを広げる「ばんぴろさま」の姿が描き出される。
あの印象的で吸い込まれそうな眼差しに魅入られると、僕は何もできなくなってしまう。
そんな僕を「ばんぴろさま」は軽々と抱き上げる。
僕は地母神のような豊満な肢体にしがみ付くのだ。まるで大樹にとまる虫のように。
そしてそのまま、マントで全身を覆われる……。
「ばんぴろさま」はただ優雅に立っているだけ。
僕がどれだけもがいても、快感に悶えてもビクともせずに悠々とその全てを受け止めてしまう。
圧倒的な存在の前にし、抵抗が無駄だと悦びのうちに悟る。
偉大な夜の女神に屈服を宣言し、自らの全てを捧げることを誓ってしまう。
そして僕はマントで全身を愛撫され、吸血鬼の鋭い牙を首筋に突き立てられ、悦びの中で果てるのだ。
「×××様」と叫びながら!
「ふふ……んっふふふふふ……ほほほほほ……おーっほっほっほ♡」
その時、あの鈴の転がるような美しい笑い声が部屋の中に響いた。
現実だった。幻聴ではなかった。
僕は跳ねるように布団を蹴立てて飛び起きた。
「約束通り、迎えに来たわよ……ボウヤ♡」
廊下に繋がる障子戸の向こうに、巨大な黒い影が立っていた。
嵐はすっかり止んでしまったのか、目に差し掛かったのか外は静かで、月さえ出ているようだった。
外からの明かりで障子の向こうに立つ「ばんぴろさま」の影はいよいよ大きく、座敷を埋め尽くさんばかりに伸びあがっていた。
来た。ついに来てしまった。
僕はその場に立ち尽くしたまま、全く動けなくなってしまった。
恐怖と期待。その両方の感情が胸の内でせめぎ合っていた。
「ボウヤ……どうしたの、私が来たのだから……ここを開けなさい♡」
あの透き通るような美しい声。障子戸を隔てているのに、すぐ側から聞こえるようだった。
「早く……開けなさい♡ そうして自らの手で私を受け入れるの♡」
ぎゅっ……無意識のうちに首から下げたロザリオを握りしめていた。
そのおかげか、スーッと落ち着いた気分になってきた。
そうだ、こいつは僕が招かない限り入ってくることは出来ない。
だからこうして言葉で僕を誘っているだけなのだ。
「か、帰れ! 帰れよ化け物め!」
「まあ、駄々をこねちゃって……イケナイ子……♡ 強情張らなくてもいいじゃない
私のことが恋しいでしょう? ここを開けてくれたらいーっぱい気持ちいいコトしてあげるわよ♡」
惑わされてはいけない。ここを開けたら僕は終わってしまう。
「そんなのいらない! 気持ちよくして欲しくない!」
強い語調で言い切る。自分に言い聞かせるみたいに。
断らないと僕のために手を尽くしてくれたじいちゃんの気持ちが無駄になる。
「お友達にしてあげたみたいに……マントで捕まえて全身を愛撫して……
やわらかぁいおっぱいでお顔包み込んであげる……♡
体中いーっぱいぺロペロしながら……私のおまんこでおちんちん食べてあげる……♡」
「ばんぴろさま」の声は脳内に直接響いてくるように、あるいは耳元で囁いているように、近くで、ハッキリと、そして淫らに僕の内側に響いてくる。
「素直になりなさい……。 昨日は、お友達のことをあんなに羨ましがっていたじゃない……。
今夜はボウヤの番……、私に抱かれたいって今も思っているのでしょう?」
「私のおまんこ……とっても気持ちいいのよ……
温かくて……滑ったヒダヒダがおちんちんに絡みついて、締め付けて……
どんな男でも挿れただけで精液漏らしちゃう最高の名器♡ ためしてみたくなぁい?」
「ボウヤのお友達も最後は涙を流して悦びながら私に命を捧げてくれたのよ♡
ボウヤも……今までの人生で味わったことのないほどの快楽……味わってみたいでしょう?」
こいつは晴樹を殺した化け物なんだ。化け物の言うことなんて聞いちゃダメだ。
「ボウヤは特別な子だから……命を奪うようなことはしないわ……♡
私の眷属にして……永遠の快楽に浸らせてあげる……」
「さあ……ここを開けなさい♡ ねえ……私の可愛いボウヤぁ……♡」
「あ・け・な・さ・い♡」
性欲を煽り立てる熱っぽい声が理性に絡みつく。
その声のいいなりになりたいという衝動に流されそうになる。
聞いちゃダメだ。開けちゃダメだ。
この声に従ってしまったら間違いなく僕の人生は終わってしまう!
「いやだ……開けない……! だから……帰ってくれ!」
ロザリオをきつく握りしめ、腹の底から意思を振り絞るようにそう口にする。
しばらく沈黙が続いた。
「ばんぴろさま」の影は微動だにしなかった。
「んっふふふっ……ほほほほほっ……♡」
突然の笑い声に体がビクリと跳ねる。
「まさか、あのボウヤがそこまで私を拒むなんて……なら、やり方を変えましょうか」
そう言うと同時にバサァ……とあのマントを翻す音が聞こえた。
やがて、冷たい夜気に混じってかすかに甘い匂いが部屋の中に漂い始めた。
「ふぁ……、あぁ……!!」
「ねえ……ボウヤ……何か忘れていることはなぁい?」
「ばんぴろさま」は妖しげな声で囁くように語り掛けてくる。声を張り上げているわけでもないのに、はっきりと、強い印象で響いてくる。まるで脳に、魂の奥底に直接言葉を流し込まれているように。
「よーく思い出して……昔、この島に来た時のこと……」
「昔の……こと……」
「ふふふ……私の声を聴いているうちに、頭がぼんやりとしてきたでしょう……?」
甘い匂いが強くなってくる。そうだ、これはあのマントに焚き染められた香りだ。
障子戸の隙間から入り込んできたのだろう。
「さあ、だらーんと……体の力を抜いて……私の声に身を委ねるの……
大丈夫、ボウヤを操って酷いことをしようとしているわけじゃないから……ね♡」
「は……い……」
「私はただ昔を思い出して欲しいだけ……ボウヤは私と夢の中であったことがあるわよね?
その時、どんなことをしてあげたのか覚えているかしら?」
声が意識を過去へと引きずっていく。
暗闇の世界。そこで出会った長身の美しい女性……。
女性はマントを広げ僕を誘う。僕はふらふらとその豊満な体にしがみ付く。
マントが僕を包み込み、今までに感じたこともない恍惚と快楽を与えられた。
それがどういう行為かもしらないままに、温かな女の秘部に導かれ何度も精を迸らせた。
「そうだ、僕は……あ、あなたに……抱かれて……」
「そう。まさに夢のような快感を与えてあげたわ。その時のボウヤ……可愛かったわぁ……♡」
今まで朧気だった夢の輪郭が、ハッキリしてくる。
間違いない、あの時僕は「ばんぴろさま」と交わったのだ。
思い出すだけで、下腹部が疼いてしまう。エロ過ぎる夢。
知らないはずの感覚も快楽も鮮烈に感じられた。
「それでね……ボウヤ、よぉく思い出して欲しいの……その時、私のことを何と呼んでいたかしら?」
「あ……」
その瞬間、鍵穴に鍵が差し込まれたようにカチっと頭の中で音がした。
「そ……」
名前を口にしてはいけない。瞬間的に強い忌避感を覚えた。
だが同時にその名を呼びたいという欲求が沸き起こった。
もう一つ大事なことを思い出してしまったから。
僕の人生はこれで終わるんじゃない、これで完成するんだ――。
「“ソニア様”……♡」
僕は「ばんぴろさま」の本当の名前を口にしていた。
その瞬間、音もなく障子戸が滑り、黒いマントを羽織った巨体が鴨居を潜って入ってきた。
「ふふふふっ……ほほほほほっ……おーっほっほっほっほ♡
ようやく思い出してくれたのね……ボウヤ♡」
「ばんぴろさま」いや、ソニア様は僕を見下ろし妖艶に笑うと両手を広げた。
バサァァァァァ……!!
漆黒のマントが翻り、艶めかしい光沢を帯びた真紅の裏地が視界の端から端まで広がる。
「あぁぁ……!! ああぁ~~~っ!!」
くらくらするような甘い芳香を孕んだ空気が僕の全身を包み込む。
見えない魔力に全身を隅々まで愛撫され、一瞬で恍惚となってしまう。
「さあ……可愛いボウヤ、邪魔な服を脱いで……」
「あぁ……、ああぁぁ……!!」
これが……、昨日 晴樹が最期に見た光景。
僕がずっと待ち侘びていたもの……。
心を痺れさせる甘い声に従い、僕は自らの服を脱いだ。
パンツをズリ下ろすと、すでにガチガチに勃起していた僕のモノがゴムに引っ掛かって勢いよく跳ねた。
「まあまあ……すっかり硬くしちゃって……こっちの方は随分と立派になったものね…… それに、ボウヤは本当に綺麗ね……肌が白くて、触り心地がよさそう……」
色情を隠そうともしない眼差しが、舐め回すように僕の体を隅々まで這い回る。
ソニア様の眼には魔力が籠っているためだろう、ただ見つめられているだけなのに全身を愛撫されているかのように感じてしまう。怪しい薬を打たれたかのように興奮を高められていく。
「はあぁっ……あっ♡ はうっ、んんっ……♡」
「それにその顔、素敵だわ……あの司祭の面影があって、けれど可愛らしくて……本当に私好み……♡
まさに、運命の男ね……んふふふふ……とってもおいしそう……♡」
「さあ、こっちへいらっしゃい……私の元へ帰ってくるの♡」
絶対的な女神の言葉に従い、僕はふらふらと近づいていく。
マントの裏地……サテンめいた滑らかな紅の中心で僕を待つ、輝かんばかりに白く豊満な女体の元へ。
僕が心に決めた唯一のご主人様……ソニア様の元へ。
続く