「役立つ」という事
Added 2024-02-29 09:10:43 +0000 UTC今月もお付き合いありがとうございました!ほとんど特典がないにも関わらず、相変わらずご支援頂けている方にも助かってます……。重ねてありがとうございます。
頑張り過ぎていたのかもしれませんが、少しメンタルやられかけてました。今は復活してきてます。月内間に合いそうにないですが、落書きアップ再開していきたいです。Skeb小説もギブアップやってしまって心苦しい限りです。こちらは、ただ単にクオリティラインに届かなかったので、今度無償アップさせてください……。
ちょっと収入の足しに出来たらと思った内職もかなり微妙で……(時給換算200円行かない)私という奴は本当に役立たずなんだなぁ、と苦しみぬきまして、実はあることに気づく事ができました。
「役に立たないと生きていてはいけない」私はずっとそう思いながら生きていました。正確には、意識の外で。自分は役立たないといけない、役立つ人間だと誇示することで、他人の役に立つことで存在価値を見出していたようです。
だからこそ、お節介のように他人の世話を焼いたり、それが「役立った」と認めてもらえないと不満を持ってしまったり。そんな感謝が前提の偽善は、時に迷惑行為ですらあったのでしょう。ですが、私にとってそれは恐怖に駆られた、生きるための行為ですから、文字通り必死だったんです。歪みの原因に気づけて、実に腑に落ちた気分です。言う事がマウンティングっぽいって言われる事もよくあったんですが、多分もう完全に無意識にやってましたね……私を見てくれ、価値があると。どうしてこんなに役に立っている/いたのに、私は(生存を)認めてもらえないんだ、と。
実際の世の中は、語弊を恐れずに言えば「役立たず」でも生きていていい世界です。役に立つ事は生きがいであってもよいけど、存在理由であってはいけない。というか、生きているだけで見方によっては勝手に役に立っていたりします。どうしてこんなに歪んでしまったのだろうと考えを巡らせても分かりませんが、成人してからのトラブルも、離職も、進路変更も、全ての困難の根っこはここに起因していたように思えます。
ここまで自分の事を大事に出来ない理由は、幼少期の育ち方を考えるとそんなに想像に難くない感じです。親に褒められる事はあっても、それは私の能力が高いからだと思っていました。否定と愚弄と叱咤と暴力に晒され続けて、それが嫌だったのに。早く大人になりたいって思ったのに。その時期を生き抜いてしまったからこそ、それに適応してしまっていたのでしょうね……。世界はもう少しだけ優しいんだって信じる事ができたら。他者に対する私の考え方が大きく変わっていくかもしれません。
もう一つの私の大きな障害は、恐怖に対する耐性です。もう意識的に解決しようとしてるのですが、それについては来月ちょっと書いていこうかなと思います。ひとまず、活動は頑張りたいです……!