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ブルアカ短編 朱城ルミの場合

ブルアカ二次創作、朱城ルミのssになります。 某所にて「マッチングアプリを使う先生」とのお題を見て、書いてみた短編です。 約5000字、非R18でかつネタが限定的なため、ひとまずこちらにて公開します。 ~~~~~~~~~~ 『結婚は人生の墓場だ』 なんて言葉を、誰しも一度くらいは聞いたことがあるだろう。 ひとたび結婚すれば、時間も、お金も、恋愛も……色んなものに制約がかかる。それをネガティブに表した一言だ。 ただ、あたしはそうは思わない。 少なくともこのキヴォトスにおいて、結婚を夢みたことのない生徒は少数派だといえる。 愛する人と一生を添い遂げる……自分のすべてを捧げてもいいと思える相手がいる。それは、とても幸せなことだと思う。 たとえそれが少女の甘い夢想だとしても、実現するための努力なら惜しむつもりはない。 ひとつ問題があるとすれば……あたしを含めた生徒たちの意中の相手が、たった1人の男性なことだ。 「先生、来たよ」 当番の日の朝、あたしは時間通りにシャーレを訪れていた。 この日を楽しみにしていたのは言うまでもないし、今回は少しばかり準備もしてきている。 先生に食事を振る舞うため、玄武商会でいくつか食材を見繕って持ってきたのだ。 商会長のあたし自身が目利きしてきたから、味は保証するつもり。 少なくとも冷蔵庫の残り物で作るよりは、ずっと美味しく栄養のあるものを用意できる。 いつもよりテンションが上がっているのは自覚してるけど、こればかりは仕方ない。 「いらっしゃい、今日はよろしくね」 部屋の奥から聞き慣れた声が返ってくる。 いつも業務をしている机で、パソコンと書類に囲まれながら椅子に腰かけている先生。 挨拶をした彼は手元に視線を落として、スマホを弄っていた。 「それ、どうしたの?」 あたしは先生のもとへと近づきながら、何気ない雑談のつもりで声をかける。 スマホを使うこと自体は、別に珍しくない。 生徒たちとモモトークで連絡を取ったり、調べ物をしたり……あたしだって日常的によく使っているし。 でも、いま彼の手元で開かれている画面は、遠目にもわかるくらい見慣れない色をしていた。 ゲームにでもはまったのだろうか、なんて軽く考えていたのだけど……。 「これ? マッチングアプリだよ」 「……え?」 彼の口から出た想定外の単語に、あたしの思考はフリーズした。 「この仕事をしてると、どうしても出会いがなくてさ」 固まっているあたしに気づかないまま、淡々と説明をする先生。 マッチングアプリ……使ったことのない私でも知っている。男女が出会いを求めて利用するものだ。 「今は、こういうので婚活する人も増えてるみたいだし」 世間の流行というのは、気がつかないうちにコロコロと変わるらしい。 最近はこうしたアプリをきっかけに知り合って、結婚するケースも増えていると聞いたことがある。 まさか、自分とは無関係な話題だと思っていたのに……。 「もちろん、リスクもあるから気をつけて使うつもりだよ。でも、ただ待っているだけじゃなくて、自分から出会いを作りにいく必要があると思ってね」 示されたスマホの画面には、すでにアカウントが作られてあった。 ゆっくりと再起動した脳内が、先生の説明をあらためて反芻する。 つまり、まとめると…… (先生は……誰かと結婚しようとしている?) 1分ほど前まで抱いていたはずの高揚感は消え去り、血の気が一気に引いていく。 頭の片隅では、絶望するのはまだ早いと理解はしている。 まだ、アプリに登録してみただけだ。相手が見つかったわけじゃないし、上手くいくと決まったわけでもない。 ……でも、それ以上に。 あたしたち生徒は、先生にとっての「出会い」にカウントされていない。 その事実が、自分の胸に痛いくらいに突き刺さっていた。 「そっか、そうなんだ……」 あふれ出しそうな感情を必死に押さえつける。 できることなら目の前にあるスマホを取り上げて、床に投げつけて壊してしまいたい。 でも……それからどうする? アプリを使えなくしたところで、男女の出会いを求める先生の欲求が消えるわけじゃない。 そもそも、あたしは結婚相手の候補にすらなれていないわけで……。 「ルミ、大丈夫?」 はっと顔を上げると、先生が心配そうにこちらを見つめていた。 自分でも気づかないうちに、唇を噛み締めていたようだ。 たぶん表情もこわばっていたのだろう。 「ごめん、ちょっと疲れてたみたい」 「無理しないでね、なんだったら仮眠室で休んでいいよ。今日は仕事も少ないし」 「うん……そうしようかな」 慌てて取り繕ったけれど、先生に心配されて休息を取る流れになってしまった。 シャーレに来てすぐに当番の役割を放棄するなんて、普段のあたしだったら絶対にしないことだ。 でも、今はむしろ良かったかもしれない。 あのままアプリを使っている先生と同じ部屋にいたら、どんな顔をしていいか分からなかったから。 「…………はぁ」 仮眠室のドアを閉めて、大きく息を吐く。 あたしの胸の中では、未だに黒い感情が渦巻いていた。 そして誰もいないがゆえの静寂が、それらを増幅させていく。 自分が選ばれなかったことへの悲しみや、まだ見ぬマッチング相手への嫉妬や羨望。 そして、そんな感情を抱いてしまう自分への自己嫌悪。 (どうしよう……) この場をやり過ごしたところで、胸の内に溜まっていく重苦しい感情の澱は、ずっとつきまとってくるだろう。 先生の結婚相手が、いつか現れるかもしれない……そんな考えたくもない可能性を、これからずっと気にしながら日々を過ごすことになる。 「そんなの、嫌だな……」 本音が自然と口からこぼれる。 このまま何もしなかったら、先生が自分以外の誰かと出会って結ばれるのを、ただ見ているだけになる。 そんなこと、絶対に許せるはずがない。 「……やるしか、ないよね」 あたしは意を決して自分のスマホを取り出す。 アプリの名前はさっき見た画面に表示されてたし、調べたらすぐに出てきた。 アプリをインストールして起動、適当にプロフィールを入力して登録。マッチング相手の検索をかけていく。 「……あった」 目当ての相手は、すぐに見つかった。 ニックネーム『ミスターS』。先生のスマホの画面に映っていたものと同じ情報が、マッチング候補として表示されている。 (ここでアプローチすれば、先生に通知が行く……) 後ろめたい気持ちがないわけじゃない。 でも、このアプリは男女が結婚するための出会いの場だ。別に、その目的から外れているわけじゃない。 だったら…… 「あたしが使ったっていいよね……?」 わずかに震える指で、彼にいいねを送った。 『~♪』 数分して、通知音とともにその内容が表示される。 『ミスターSさんからいいねされました』 それは、あたしが送ったアプローチを受け入れてもらえたという報せだった。つまり、マッチング成立。 (……やった!) 緊張と興奮で、うるさいくらいに自分の心臓が高鳴っている。 続けて、マッチング相手とのチャット欄に通知が表示された。 『はじめまして、ミスターSです。Rさんですよね?』 『はい、Rです。はじめまして』 送られてきたチャットに返信する。 ニックネームについては自分の名前から取ったけど、考えてる余裕はなかったし仕方ない。 安直ではあるけど、ミスターSとどっこいどっこいだろう。 『Rさんは、普段は何をされているのですか?お仕事とか、休みの日とか……』 まずは、お互いのことを知る段階だ。 先生……ミスターSさんからの質問に答える形で会話を進めていく。 『お店で料理人をしています。休みの日も、趣味と実益をかねて新作料理の開発をしてますね』 こういうのは下手に嘘をついても、誤魔化しているうちにボロが出てくるだろう。 商会のこととか、山海経のこととかは伏せつつ、あたし自身のことを書いていく。 『すごく仕事熱心な方なんですね。真摯に取り組まれているのが伝わってきます』 先生の方も好意的に受け止めてくれたようで、内心ほっとする。 『最近は立場も変わって、運営に携わることも増えたから……現場に立ってばかりではいられないですけどね』 自然と出てきた言葉は、あたし自身が抱えている悩みでもあった。 商会長としてやるべきことは増えていく一方で、目の前の料理だけに集中できる時間は少なくなりつつある。 それが息苦しいと思うこともあるし、積み上がっていく重責を手放したくなることがあるのも事実だ。 『……それは、Rさんが誰かのために仕事をしていて、信頼されてる証だと思います』 予想外なくらい真剣な反応が返ってきて、あたしは少し驚く。 さらにミスターSからの書き込みは続いた。 『誰かを率いたり、責任をもって仕事をするのは大変ですが、だからこそ素晴らしいことです』 『いつか、Rさんの手料理を食べてみたいなあ』 「っ……!」 文章から伝わってくる、先生の優しさや誠実さ。 ……でも、それ以上に。 いち生徒ではなく、1人の女として見てもらえているという実感が、ゾクゾクとした興奮や喜びとなって全身を満たしていく。 それから雑談や趣味の話をして、ひとしきり盛り上がって、そして…… 『やり取りして間もないですが、Rさんはとても魅力的な人だと感じます』 切り出してきたのは彼の方からだった。 男女の付き合いのためのアプリだから、こうして本題に入ってくるのは自然なことだろう。 結婚のための出会いを求めている先生なら、なおさらだ。 『実際にお会いしたいと思うのですが、いかがですか?』 即答しようと文字を入力して……それはちょっとはしたないから、30秒ほど待ってから送信する。 『ぜひ、よろこんで』 心臓の高鳴りを感じつつ、自分でも口角が上がっているのがわかった。 『では、場所や予定についてまたお送りしますね。またよろしくお願いします』 『はい、こちらこそ、楽しみにしています』 チャットでのやり取りが終わって、顔を上げる。 気がつけば、お昼が近くなってきていた。 「おかえり、少しは休めたかな?」 仮眠室を出て執務室に戻ると、先生が笑顔で迎えてくれた。 机に積まれた書類はそのままで、やっぱりスマホを触っている。 「顔色は良くなったみたいだね。よかった」 「うん、いい休憩時間になったよ」 こちらを見て安心した様子の先生に、あたしも笑顔で返す。 「先生も嬉しそうだね」 「うん、さっきのマッチングアプリ、早速いい人と出会えたんだ!」 あたしが話を振ると、先生は明るい表情で喋りだした。 「やっぱり自分から動いてみるって大事だね。こうしてすぐに見つかったわけだし」 さっきまでのあたしなら、絶望の底に叩き落されるような報告。 でも今は、喜々として語る先生を眺めているだけで仄暗い喜びが込み上げてくる。 「先生、いい人と出会えたみたいでよかったよ」 「……ルミ?」 距離を詰めてくるあたしに違和感を覚えたのか、はたと動きを止める先生。 「これから、デートの約束もするんだよね?」 「な、なんでそれを知って……?」 動揺しつつ椅子から立ち上がろうとする先生の肩をそっと押さえながら、しなだれかかるように上半身を預けて、緊張と興奮で汗ばんだ肌を密着させる。 むにゅんとあたしの胸元がたわむのを感じつつ、むしろ意識して押しつける。 そして、彼の耳元でささやいた。 「はじめまして、Rです」 「……えっ」 あたしは取り出した自分のスマホを、先生の手元へと差し出す。 そしてお互いのスマホを並べるように、アプリの画面を表示した。 「!?」 状況を理解したのだろう、先生が息をのむ。 密着した身体ごしに、緊張と動揺が伝わってくる。 「ルミ、どうしてこんな事を……」 震える声で呟く先生。 彼にとっては、思い描いていた男女の出会いじゃなかったかもしれない。 でも…… 「あたし、一つもウソは言ってないよ」 「……え?」 「料理が好きなのも、商会長をしてるのも、ぜんぶ本当のことだからね」 アプリを介してやり取りをしただけで、内容はぜんぶ素のあたしだ。 でも、先生はそんなあたしのことを、付き合う相手の候補として見てくれた。 それに…… 「あたしのこと、魅力的だって言ってくれたよね」 先生と生徒という関係では、絶対に得ることのできなかった言葉。 いい子にして待ってるだけじゃ、彼の視界にすら入らない。 だったら、自分から動いていくしかないのだ。 たった1人の、特別な存在になるためなら……あたしはどんな手段でも使うつもりだ。 「手料理、今から作るから。お昼は一緒に食べようね」 そっと後ろから抱き締める。 両腕を絡めて、優しく包み込むように……でも、もう離すつもりはない。 「ねぇ、先生……デート、どこ行こっか?」 これからは1人の女として、見てもらうから。 (了)


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