若ぇ頃から力だけはあった。
工事現場や土方の仕事も経験したが、すぐにこの「箱」が性に合ってると感じた。
面倒な人間関係や細けぇやりとりも少ない、甲斐性のねぇ俺にとっては天職といえばそうだろう。
「アイツ」に先立たれてすぐだったか・・・今の岡田所長に会ったのは。
まだ所長代理で配車を担当していたあの人に、突発なチャーターを依頼されたのがきっかけだ。
それが気に入られたのか、数回の依頼をうけ、この会社に引っ張られた。
人付き合いが苦手な俺をフォローしてくれたことに、感謝している。
今は、路線の荷物をチマチマとやっているが、これも所長から頼まれれば断れやしねぇ。
そりゃ、深夜の長距離走ってるほうが、俺には合ってるし、稼ぎも違う。
ただ・・・そういうことだけじゃねぇだろ? 男っつーもんはよ。
・・・
・・・それがよ。
そんな所長から願ってもねぇ仕事を受けたんだ・・・
あぁ。
本来ならな。
クソったれ・・・!!
【第二話 脈動】
プルルル・・・
車内の電話がコールする。
毛深く太い指先が、目の前のディスプレイに触れた。
「国藤さん。おはようございます。」
「・・・あぁ。」
「あぁ。っじゃないですよっ!始業の点呼連絡、忘れちゃダメじゃないですかっ!」
「あぁ、そうだったな。すまねぇ。」
「最近はこういうこと厳しいんですから、アルコールチェックはしてるんですよね!?」
「それはしてる。データは送れているはずだ。」
「ちゃんとお願いしますよ。監査入ってGGマーク剥奪されちゃったら高速代だって割高に・・・」
「運転してんだ・・・要件はそれだけか?」
「なによもうっ!珍しく長距離出るっていうから、心配してるのに!」
「・・・そうか。」
「はいはいっ!もう切りますよー!終業の点呼は忘れないでくださいねっ!」
通信の音声と入れ替わりに、車内にはラジオの音が心地よく流れ出す。
20年も前に流行った懐かしい曲が、国藤の無心の心に通り過ぎていった。
先ほどまでスムーズに走行できた道路も、日中の時間帯に入り混んでくる。
国藤はフロントガラス越しに見える緑色の看板に目をやった。
「名古屋市」
武骨な指先が、ウィンカーを軽く上にスナップする。
ピカピカに洗車された大型トラックは、そのままゆっくりと出口レーンへと進んでいくのであった。
9時間前 ---房総運輸株式会社---
「目ぇ覚めたか?」
国藤はゆっくりと目を開ける。見知れた営業所の休憩室の天井が広がっていた。
「すまねぇ・・・ぐっ・・」
「おぉっと、まだ無理すんじゃねぇよ。」
「夢じゃ・・・なかったか・・・」
「あぁ、残念だが俺も同じ感想だ。これは夢じゃねぇ。」
所長はそういいながら、コップに注いだ水を手渡した。
「くそっ、どうなってんだ。」
「・・・お前、なにがあった?」
所長のその言葉に、国藤は険しい表情でしばらく無言になる。
そして・・・
「怪しい研究所に拉致された・・。そこでなにがあったのか俺にも分からねぇ。」
「研究所って・・・! どこだ!?」
「記憶が曖昧だが、工事中の山道走ってたとこまでは覚えてる。」
「まさか、ニュースになってる行方不明者の事件と関係あんのか。」
「俺が知るわけねぇ・・・・。ただ、そこにいたのは俺だけじゃなかった気がする。」
「警察に言ったほうがいいんじゃねぇか。」
「こんなこと言って、信じてもらえんのか?トカゲ野郎に襲われましたって。・・・ドラレコは?」
「・・・・確認したが特別なにもない。映っていたのは、お前のいう山道と、しばらくしてお前がここに来るまでの映像だ。」
所長は言葉を詰まらせ、国藤の横へ座った。
「それだけじゃねぇ、俺の身体だって・・・」
国藤はゆっくりと上半身を起こし、握りしめた拳を確認するように、険しい表情を浮かべる。所長も、先ほどの光景を思い出し、国藤の大きな背中を見た。
「お前以外の行方不明者も、どこかにいるかもしれん。同じ境遇の者が何人もいれば警察だって動くだろうよ。」
「それまで無事ならの話だ・・・どう考えても普通じゃねぇ。あんなバケモノが襲ってきたんだ。」
「・・・・少しの間、お前は身を隠せ。」
「隠すったってどこへ?」
「とりあえず遠方へ・・・そうだな、西の方面なら庸車ツテがある。常に移動してるほうが都合いいだろ?」
「でもそれじゃ、ここが危ねぇんじゃないのか?」
「なに、しばらくは日が高いうちに帰るようにする。なにが起こるにしても派手なことはできねぇだろ。」
「・・・」
「それよりも、お前の身体が心配だ。覚えてるか?漫画みてぇに変身したのを。」
その言葉に国藤は太い眉毛を中央に寄せてながら、床を睨みつけた。
「身体が熱くなって、気が付いたらトカゲ野郎をぶん殴ってた。頭ん中で『殺せ、殺せ』っと何度も繰り返し・・・」
「とにかく、お前の身体も今は普通じゃねぇ。体調悪ぃ時は迷わず休むんだ。」
「体調が・・・悪いどころか自分の身体じゃねぇみたいに軽いんだ。さっきまでの朦朧とした感覚も今はない。」
「ふぅ・・・。そりゃ余計に心配だ。普通の医者に見せて騒ぎ立てられるのも面倒だろ?まずは四国へ行け。」
「・・・四国?」
「あぁ、愛媛にちょっとした知りあいの医者がいてな。信用できる。」
「悪いな・・・なにからなにまで。いつも岡田さんには。」
「おめぇが、しおらしい面見せんじゃねぇよ。トカゲ野郎よりたち悪ぃぞ。」
「・・・っふ。」
所長のいつもの返しに、国藤は緊張した表情がほぐれる。
「それに、ただの仕事ついでよ。表にあるフレコン乗せてけ。」
「・・・あぁ、まかせてくれ。」
---謎の機械が置かれた部屋---
不気味な赤い灯りで照らされる室内。
ヒトが一人格納できるほどの大きなカプセルが、規則正しく並べられている。
透明な液体で満たされたそのカプセルの中には、「人のような物体」が揺れ動いていた。
白衣を着た男は、カプセルの下方にあるディスプレイを一つずつ確認しながら、手元のタブレットを操作していた。
そして、粉々に割れたガラスの破片が飛び散る床のところまできて足が止まる。
『被験者No102 Giganotosaurus(ギガノトサウルス)』
そう書かれたプレートを確認し、破損したカプセルを見つめる。
そして、すぐに無表情のままに作業を続けた。
その先では、同じように白衣をきた人物が、別のカプセルを確認している。
横にいる、体格の良い赤いロングコートを着た者もカプセルを見つめ、ニヤリと口を上げた。
「この男も定着に成功したようだな。」
「はい、適合には時間がかかりましたが、No86も適合者に成り得たようです。」
「これで、8人目・・・うち逃亡者が3名か。」
「逃亡者の行方は分かったのですか?」
「拉致の際の手掛かりを元にすれば、すぐに分かるが、さすがにその場所にはジッとはしていない。」
「奴らは警察には連絡を?」
「していないようだ。どちらにしても、「していない」手筈はできているがな。」
「国もこの研究に賛同しているのですか?」
「結果次第では、全世界の国家力の天秤がひっくり返るものだからな。政治家たちは扱いやすい。」
「それであれば、捕獲も時間の問題ですね。」
「そうだな。しかしこうなってしまえば・・・骨があるほうがいい。今後のためにも捕獲困難なコマのほうがな・・・」
そういって、不適な笑みを浮かべるコートの男。
それを見た研究員は、ゾッとしたように目を背けた。
コートの男はそのまま背を向け歩こうとするが、ピタリと足を止め顔をそのままに口を開く。
「・・・そういえば、適合者No33の様子はどうだ?」
「あっ、はい。No33はあれ以来状況は変わらずですが、黒みを帯びていた肌が薄れたように思えます。」
「爬虫類に見られる発情期中の性質か。」
「はい。気性も荒く、あらゆる対象物に対して性的趣向を向けています。」
「まぁ、純正の遺伝子が組み込まれているんだ。No33の適合率からみても、「そのもの」からの影響は大きいのだろう。」
「こちらも放置するにはコストを要するため、脳内制御装置を介して慈悲行為を強制させています。」
「ふふっ、教育者であった男が人前で慈悲行為か。知性のカケラもないな。」
「実際、ヒューマン時の知力が、発情期となると57%減少しており、適合率は24%上昇しています。」
「発情期になると野人になるか。これもまたいい研究になりそうだな。他の適合者のためにも、データは十分にとっておけ。」
「はい、かしこまりました。」
コートの男は、赤く光りを帯びる廊下をそのまままっすぐに歩いていく。
その場に残った研究員は、タブレットを操作すると、画面上に映像が映し出された。
そこには・・・
白い壁と白い床の四方に囲まれた空間。
窓もなく、扉すらも境目が分からぬほどの作りであった。
4台の監視カメラに囲まれ、中央には慌ただしく蠢く物体が存在する。
「うはぁぁっ!!うはぁっ!!」
息を荒くし、筋肉質な太い腕を上下に動かす。
力強く身体を支える足元には、床の白さを濁すように、白濁が溜まっていた。
『被験者No33 Triceratops(トリケラトプス)』
部屋のドアに表記された札。外部から見ればまるで「展示物」のようにも思える。
野生を剥き出しにし、本能のまま自らの肉棒を擦り上げる。
身体にピッタリと張り付いた深緑のスーツは、体液が出る箇所のいたるところに濃いシミをつくり、その量によっては外部へ漏れ垂れていた。
「ふはぁぁっ!!うぎぃい!!ぎぃいうひぃい!!!ギモヂイイっ!!」
テカテカと光るスーツは、筋肉の動きをより明確に見せつける効果を発揮している。
伸縮自在の特殊な素材は、どんな身体の変化であってもそれに対応し、肌に張り付くよう設計されていた。
そのため、勃起した男根はその形をそのまま表現するように、光沢を発しながらそそり勃っていた。
研究員は、タブレットを操作しながら、もう一人の研究員へ通話をする。
「まったく・・・ひどい有様だな。」
「予測できた事象ではあったが、実際目の当たりにすると気持ちのいいものではない。野良猫の交尾を見るのとはわけが違う。」
「・・・恐化(きょうか)スーツの仕様改善は必要だな。」
「あぁ、防護機能と伸縮性、通気性を兼ね備えた特殊素材ではあったのだが、その分体液も滲みでてしまう。」
「重要視してはいなかったが、こう見えてしまうと印象は最悪だな。」
「任務の際は、今のように発情期ではないにしろ、発汗はするだろうからな。普段着と違い、このスーツではより強調されてしまうだろう。」
「活動する上でも、品位や威厳は必要になる。ただの獣では評価も下がるからな。No33のデータを元に再度調整を行う。」
「分かった。これから取り掛かる予定のNo86のスーツも、それまで保留にしよう。」
タブレットの通信を切った研究員は、画面に映る「展示物」へと目線を移す。
汚いものを見るように、目を細めながらその観察を続けるのであった。
「はぁぎぎいーっ!!クルッっ!!またクルッ!!イギますっ!!ナンバーサーティスリーっ!!射精しますっ!!」
堅く太くなった肉棒を必死に擦りながら、身体中の筋肉を強張らせるスーツの男。
がに股気味にしっかりと足を固定し、つま先立ちをしながらブルブルガクガクと震える。
そして、目一杯腰を突き出すように、コキコキと数回チンポの先を天井を向けた。
ドプッ!!ビュリュリュリュリュウウッーッ!!!
ビュビュビュッ!!ドビュドビュドピューッ!!
最大限に突き出したチンポから、大量の白濁が発射される。
すでに床に溜まりを作っている精液の泉に、ドバドバと垂れ落ちていった。
「うひぃい・・・ひぃい・・ふぅ・・・ふぅ・・・・ひぅ・・・」
スーツを着た男は、言葉にならない声を発しながら、半分白目を向いた状態で全身を震わせる。
真っ赤にした顔は、絶頂に達した喜びと達成感からかニヤニヤと笑っているようであった。
すると、つま先立ちをしていた、かかとをゆっくりと下ろし、力をなくしたようにダラリと太い両腕を下げた。
そして・・・
シューン・・・・シュシュ・・・
ガクリと膝を落としたと同時に、着用していたスーツがみるみるうちに解除されていく。
露出された素肌はようやく解放されたかのように、モワモワと白い湯気を昇り上がらせ、スーツと地肌の狭間で漂っていた汗や精液がダラダラと身体を伝って流れ落ちた。
むわ~・・・・
室内の温度が一気に上昇し、雄くさい臭いが充満した。
いきり勃っていた男根は、その大きさを若干維持したまま首を垂れていた。
男は30代そこそこだろうか。髪は短く揃え、本来であればスポーツマンと呼べるに相応しい男であろう。
しかし、今は白目を晒し、涎を垂れ流す変態男と化していた。
「うっ・・・・はぁ・・・あぁぁ・・・」
朦朧した様子で我に返りつつある男。
ゆっくりと黒目を取り戻し、半開きの口が閉じられる。
「俺は・・・なにを・・・うっ・・・」
男は目の前に広がる光景と、むせ返るような臭いに頭を抑える。
状況を理解できぬまま、ただワナワナと震えていた。
それを監視していた研究員は、タブレットを操作する。
「No33の脳内制御率低下を確認。自我を蘇らせている模様。これより再制御を開始する。」
冷酷に言い放たれたその言葉と同時に、頭を抑えていた男は、今まで以上にガタガタと震え出した。
「あぐぅぅうううっ!!やめろ・・っ、違うっ!俺は、片桐・・・雄・・介・・・だぁぁあああーがいいいいっっ!!」
叫び声を上げ苦しみだす男。片桐と名乗った男は、髪を掻きむしりながら精液と汗が溜まった床を転がりまわった。
「違うっ!!俺は体育ぅっ!!教師でぇぇ・・・恐化戦士ぃぃなどではっはっぁぁっ!!」
片桐は筋肉質な身体を震わせながら、バタバタと暴れ出す。
体液まみれの床をツルツルと滑りながら、白濁を跳ね飛ばした。
「ウゥゥゥウウウゥゥゥーーッ!! ウウウーッ!! ウウウッ!!」
顔を真っ赤にして、唇を尖らせながら唸るような声を出す。
ガタイの良い男ゆえに、その姿はまるでゴリラのようであった。
そして、息も絶え絶えに小刻みに痙攣を始めると、急に静かになり身体を丸めた状態となった。
「フゥーっ・・・ウヒィ~・・・・」
片桐は妙な深呼吸を数回行った後、その場にゆっくりと立ち上がる。
背筋を伸ばし正面を向いたと思うと、キリッとした表情になった。
そして、
「ディノライダーッ!! No33ッ!! 再制御完了いたしましたっ!」
直立不動のまま、凛々しい表情に豹変した片桐は、ハッキリとした口調で報告する。
それだけ切り取れば、雄々しく勇敢な戦士であると誰もが思うであろう。
しかし実態は、精液や汗、涎や鼻水などの体液にまみれた裸の男が、7割ほどの勃起率を保ったチンポを曝け出している。
身体中からモワモワと湯気を発しながら、誇らしげに正面を向いて規律を正しているのだ。
タブレットを監視する研究員は、一連の動作を確認すると、通信機を操作する。
「No33、再制御確認。脳内占有率98%。」
「こちらも数値の安定を確認した。これより脳内占有率を調整し、自我の思考を30%まで上昇させる。」
その言葉の後、またもや片桐の様子に変化が生じ始める。
キリっとした表情は、徐々におだやかになり、強張っていた全身の力が抜けていった。
「脳内の制御率79%、自我思考21%・・・安定を確認。」
画面内の片桐は、落ち着いた様子で、自らの状況を確認している。
そして、ドロドロになっている自らの身体を見て、顔をしかめた。
研究員は、マイクのスイッチを押しながら、室内にいる片桐へと話しかけた。
「No33。気分はどうだ?」
白く濁った空間にたたずむ片桐は、室内に響くその言葉を仰ぎながら口を開いた。
「意識はスッキリしているが、これは・・・俺がしたのか?」
「あぁ、この3日の間、お前は発情期を迎えていた。」
「発情期?・・・そういうことか。この身体になって初めてのことだが・・・ハハッ、これは凄いな。」
改めて全身と、室内にひろがる体液を見ながら、片桐は苦笑した。
「恐化の影響だ、気にするな。」
「気にするなと言っても、この空間はさすがにキツイな。早く出してくれないか?」
「洗浄を行う。そのまま待機しろ。」
研究員は片桐の状態をデータに書き込み終えると、もう一人の研究員へと合図をした。
「No33、片桐雄介(かたぎりゆうすけ)の調整は、これくらいのバランスがちょうどいいようだな。」
「あぁ、脳内制御率を100%に近づけることはたやすいが、それでは常に「命令」が必要になってしまう。
自我思考をあえて残し自ら考えて行動できなければ、完全な「ライダー」とは言えない。」
「そのための自我思考の比率は、個体によって微調整をしなければならない。片桐は元々有名私立高校の体育教師だ。
正義感や自制心は人一倍強いからな。自我思考率の数値は抑え目にしなければ、脳内での葛藤により錯乱してしまう。」
「他の適合者の制御比率も引き続き分析する必要がある。恐化スーツの改良も平行して行ってくれ。」
「了解した。」
研究員はそう言い終えると、再びディスプレイ越しの片桐へと目をやった。
そして、すぐにあきれ顔になり、タブレットの録画ボタンを押す。
「・・・まだ治まってないじゃないか・・・いつの間にか変身もしてやがるし・・・」
研究員の目には、チンポを両腕で激しく擦り上げる、スーツ姿の片桐が映っていた。
片桐の発情期は、本人の意思とは関係なくさらに続くのであった。
---名古屋市内---
通勤ラッシュが落ち着いた時間。大手チェーンの定食屋に、国藤はいた。
不愛想に遅めの朝食をかき込む姿は、定員であっても近寄り難い雰囲気であった。
そんな男が、身体の大きさに見合わない小さなたくあんを口に放り込んだ瞬間、手元の携帯にメールが入る。
『積んだ荷物は、そのまま兵庫で降ろしてくれ。その後は四国へ渡り香川だ。詳細は指示書を確認してくれ。岡田』
「・・・。」
携帯を睨むように確認すると、半分以上残っている味噌汁を一気に流し込む。
武骨な指先で卓上にある楊枝をつまみ上げると、そのまま店の出口へ向かう。
すると・・・
「きゃーーっ!!なにあれっ!!」
ビルの立ち並ぶ路上から、女性の叫び声が聞こえる。そして、その直後に様々な人々のざわめき声が聞こえ始めた。
国藤はゆっくりと声のする方向へ目をやると、大勢の人々が上空を見上げ指を指していた。
「おいっ!!大丈夫かっ!」
「早く救急に連絡をっ!!」
緊迫した状況に国藤も上空に目を移すと、そこには宣伝用のバルーンがビルの屋上から定位置を外れるように浮いていた。
そして、
!!!
国藤の厳つい顔が、驚きの表情へと一変する。
なぜなら目に写ったのは、バルーンの付け根に張り付いた幼い少女の姿があったからだった。
必死に落ちないようにしがみ付く女の子。風に揺れるバルーンに翻弄されながら目をギュっとつぶっていた。
「まずいぞっ!このままじゃ隣のビルにぶつかっちまうっ!誰か早くっ!」
「きゃーーっ!!誰かっ!!」
「手を放すんじゃないぞー!!」
屋上に向かって、必死に叫び続ける人々。しかし、その言葉は少女にとってなんの意味も持たない。
無情にもビルの合間を吹き付ける風によって、バルーンは大きく左右に揺れていた。
国藤は半開きになった口を一変させ、グッと歯を食いしばった。
(クソったれっ!屋上の警備はどうなってやがるんだっ!)
地上にいる人々と同様に、見守ることしかできない国藤。
周囲から見れば、強面のこの男が少女のことをここまで気にかけているとは微塵も思わないだろう。
そんな国藤であったが、なにかに気が付いたようにハッとして、握りしめた拳を緩めた。
(・・・「アレ」になれば。)
国藤は、数時間の記憶を巡らせる。「アレ」はたしかにあったのだ。
くだらない夢であったらと、ハンドルを握りながら何度も思った。しかし、自分は紛れもなく「アレ」になったのだ。
しかも、今もその違和感は全身に宿っている。
そして・・・いつでも自らの意思で「アレ」になれる根拠のない自信もあった。
(ふざけんじゃねぇ・・・俺が正義の味方ごっこだと・・・・冗談じゃねぇ。)
国藤は一度大きく歯を食いしばった後、そのまま人混みに背を向ける。
そして、そのままトラックを停めてある駐車場へとゆっくり歩きだした。
すると、
「きゃーーーっ!!」
大きなざわめきの中、集まった人々は一層の声を上げる。
二車線に区切られた道路は、人混みによって通行できない状態になっていた。
国藤の目には、
---バルーン---
---必死にしがみ付く少女---
そして遅れてハッとし、無意識に振り向いてしまった自分に気が付く。
(くそったれがっ!!!)
国藤は吹っ切れたように突然走り出す。
大男が物凄いスピードで走り抜けたことに周囲にいた人は驚いた。
国藤は、そんなことは気にもかけず、該当ビルの非常階段に目をやると、そのまま走り上がっていった。
(・・・昨日と感覚がまったく違う。身体が軽い。それに・・・)
国藤は左手首に感じる違和感に、右手を添えた。
すると、手首の皮膚の表面が黄緑色に光りだした。
(まったく俺の身体になにをしたっ!ふざけやがってっ!)
国藤はギリギリと歯を擦り上げる。
そして、眉間にシワを寄せながら自らの手首を睨みつけると。
(こうすりゃいいんだろうがーっ!!!)
ビカビカッ!!ビュィィィィインッ!!
国藤が力を込めると同時に、手首より激しい光が発生する。それは全身を覆いつくし、まるで非常階段に流星が走り抜けるかのように帯をなしていた。
光はすぐに落ち着きはじめ、その変わりに紫色の光沢のある肉体が姿を現した。
太陽の光に照らされて、テカテカと光る紫のスーツ。厳つい大男の顔はそのままに全身に纏ったそのスーツは、誰が見ても不釣り合いであった。
国藤もそのことは自覚しているのか、一層今の状況にイラつきを感じている。
しかし、そんなことを考えている時間もないままに、物凄い速さであっという間に屋上へとたどり着いてしまった。
「あの子をっ!!助けてくださいっ!! 誰かっ!!」
屋上では、地上と同じく人々が混乱状態であった。その中に母親らしき人物が、屋上のフェンスを飛び越えんばかりに手を伸ばしている。
警備員らしき人物たちも、ロープや器具を持ち出し慌ただしく作業を行っていた。
国藤はそんな状況に目もくれず、近くにあった布地の旗を破いて、顔を覆い隠すように巻き付けた。
そして、人並み外れた脚力で少女の掴まるバルーンの取り付け部分まで走り跳び、バルーンを睨みつけると、向かいにあるビルの窓に目をやった。
(あそこなら人はいねぇかっ!)
なにかを確信した表情で、力を入れるように両足をがに股に下す。
そして、少女に向かって聞こえるように大きく叫んだ。
「今から助けるっ!!目ぇつぶっとけっ!!」
その声に気が付いたのか少女が国藤を見て、小さく頷く。そしてグッと目を閉じた。
周囲にいた母親たちも、なにが起こっているのか分からず、ただ国藤を見た。
そして・・・
サッ! ビュッ!!
国藤の足が屋上から離れると、そのまま少女に飛び掛かる。
見ている者は時間が止まったかのように、身体を硬直させた。
国藤の両腕は、しっかりと少女の身体を包み込み・・・
ガシャーーンッ!!!
そのまま隣のビルの窓を突き破って、その姿を消してしまった。
残ったものは、キラキラと落ちるガラスの破片と、ユラユラと揺れるバルーン。
それを見ていた人々は、状況も理解できずに、シーンと静まっていた。
「おい・・・」
「なに、助かった?」
「すげぇ・・・」
ワーーーーッ!!!
ウオオオオッーーー!!!
人々は歓喜の声を上げる。いたるところから拍手喝采が沸き起こり、屋上にいた母親は力が抜けたようにその場に座りこんだ。
その声は、国藤たちが飛び込んだ部屋にも聞こえてくる。
誰もいない会議室のような部屋で、国藤は少女を抱え込み、少女は震えながら国藤にしがみ付いていた。
「もう大丈夫だ。怪我はねぇか?」
国藤のその言葉に、少女は顔を上げると小さくうなずいた。
そこには、顔に巻き付けた布がほどけた男の姿があった。髪は短く無精ひげを生やしたイカつい男だ。
「そうか、よく頑張ったな。」
国藤は安心した様子で片眉をあげ、そっと少女の頭を撫ぜた。
普段周囲に見せることのないやさしい表情に、本人は気が付いていないようだが、少女はそれを見て安心するように微笑んだ。
すると、国藤はすぐにいつもの強面顔に戻り、ゆっくりと立ち上がる。
「誰かがすぐに来てくれるはずだ。ここで待てろ。」
そういって、国藤はその部屋を後にする。
残された少女は、その大きな背中を見つめた。
そして、それと入れ替えに大勢の大人たちが部屋へと走り込んできたのだった。
---謎の研究室---
赤いコートの男は、薄暗い部屋のビジョンを見つめていた。
物音のしないその部屋に、ニュース番組の音声だけが響いていた。
「本日午前10時ごろ、名古屋市内のデパートにて広告用途のバルーンの留め具が外れ、少女の服に引っかかりそのまま飛ばされる事件が・・・」
世間では、国藤の関わった事件が大々的に報道されていた。
複数の人物が、自ら撮影した動画を投稿し、事件のあらましが詳細に説明される。
「・・・この瞬間をご覧ください。正体不明の人物が少女を抱き上げて・・・」
一瞬の出来事を、静止画像がとらえる。そこには紫色の大きな影が少女を抱える映像が映っていた。
顔に巻かれた布が、彗星の帯のように流れ、そのままスローモーションで向かいのビルの中へと消えていく。
繰り返し流されるその映像に日本中が注目を集め、話題となっていた。
一連のニュースを眺めるコートの男は、手に持ったワイングラスを一気に口に傾け、ニヤリとほほ笑む。
「フフッ、面白いじゃないか。」
男は、椅子の背もたれに体重をかけて足を組み直す。
そして、ホワイトボードに貼り付けられた数枚の写真に目をやった。
透明な液体に満たされたカプセル内に、直立に浮かぶ体格の良い男が、裸のままあらゆる角度で撮影されている。
全身数か所に取り付けられた器具やコード。まるで液体標本のような状態でその武骨な筋肉を見せつけていた。
丸太のような太ももの付け根にある男の象徴も、液体内に含む気泡の上昇に合わせて、ユラユラ揺れているように見える。
「さて・・・これからどう動くか。」
鋭い視線で睨みつける男の目に、写真の人物の名がうつる。
『 適合者 No102 国藤栄志 Giganotosaurus(ギガノトサウルス) 』
ニュース映像には今もなお、謎の覆面男の映像が流れていた。
つづく