お世話になっております。若林です。
先日アシスタントのネームを見ておりまして、「『面白さ』って何だと思ってます?」という話になりました。
そのアシスタントの答えは「意外性」とのことで、以前受講したネーム講座でもそう教わったし、本人もそう思うと。
意外性……意外性か……別にそれでも悪くない……悪くはないけど……。
僕としては、「面白さ」の本質をどう定義しようが個人の自由で、その人がそれで納得してるなら、何でもいいと思っています。
むしろ、自分の中で納得のいく定義付けをすることが大事で、他人の理論や一般論を持ち出してもしょうがないとも思っています。
「面白さ」の定義は、自分で作りましょうよ、と。
そんな僕は一時期、面白さを「共感性と意外性」と定義してみたことがあります。
この定義でいろんな作品を見ていれば、大体どっちかの要素に当てはまりますし、自分の漫画を描く上でも応用が利くような気がしました。
ただこの定義で考えた時に……
「わかるっちゃわかるけど、面白くはない。」
「意外っちゃ意外だけど、だから何。」
というものについて、原因を上手く説明できなかったんですね。
それに僕自身、漫画を描いてる時、共感性や意外性なんて実は意識してなくて、別のことを意識して描いてることにも後で気付きました。
後付けで「共感性や意外性があるから面白い」と分析するのは、手品みたいなもので、「そう言っとけば大体当てはまる」だけのものじゃないかと、今は考えています。
そんな僕にとっての「面白さ」は「感情の動き」です。
物事に対して、感情がどういう状態からどういう状態に動くかを描く。
それで大体のものは面白くなると思っています。
実際に描いてる時も意識するのはそこですし、妻にネームを見せて指摘されるのも基本的にそこです。
この見方で物事を見てると、普段何とも思わないものにも感情を動かす要素を見出せるようになりますし、なんなら何も感じないことにさえ面白さを見出せます。
「わかるっちゃわかるけど、面白くはない。」「意外っちゃ意外だけど、だから何。」の原因は、それが感情を動かす構造になってないからで、感情が動きやすいように演出を加えることが必要なのだというのが、僕の結論です。
たださっきも言った通り、「面白さ」の定義は自分で作るべきだと思うんです。
他人が「面白さとは〇〇だと思う」って言うなら、本人の中ではそうなんです。
なので先ほどのアシスタントにも、「それは違う」とか「面白さとはこうだ」とか言ってもしょうがないわけですが、かといって、ほっとくとぐだぐだ悩みそうですし、悩む時間が長くなると人は腐ります。
そこで僕から、一つ指針を出しました。
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自分が何を見てどう感じる人間なのかを知りましょう。
何かのきっかけで「こういうふうに物事を見ると面白く感じる」という見方が見つかると思います。
そしたらその見方を、他のあらゆるものにも向けてみて下さい。
漫画以外に、映画でも音楽でも、食事でも運動でも、景色でも人生でも、それぞれ「面白い」と思える見方があるはずです。
それらはそれぞれ違う面白さを持つものではありますが、あなたがそれを面白いと思う時、あなたらしい「見方」をしてるはずです。
やってるうちに、あなた固有の「感受性」や「価値観」に気付けると思います。
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もしかしたらこれも、僕の持ってる答えに誘導してるのかもしれませんし、下手したらさらに悩ませてしまう可能性もあります。
そうなったら大変申し訳ないですが、その時は無能な師匠を持ったと思って自分でがんばって欲しいですね。