お世話になっております。若林です。
漫画って、「面白いことを描くもの」だと思われてるような気がします。
新人に漫画についてあれこれ教えてると……
「キャラに何をさせていいかわからない。」
「面白い行動が思いつかない。」
と言われたりします。
あるあるです。
たぶんみんな一度通ります。
またその悩みは、エッセイ漫画だとちょっと違った形で現れます。
「生活の中で特に面白いことなんて起こらないから、エッセイ漫画なんて描けない。」
「エッセイ漫画を描ける人は、本人が面白いか、周りに面白い人がいるから描けるんだろう。」
あるあるです。
たぶんエッセイ漫画描こうと考えた人は一度通ってるんじゃないでしょうか。
じゃあプロがみんな面白い人なのかというと、そんなわけありません。
エッセイ漫画を描いてる人がみんな面白い人かというと……いや、あの人達はもしかしたらみんなそうかも。
とにかく、面白い人だから面白いものを描けるわけじゃないんです。
「面白いことを描く」というつもりで漫画を描こうとしても、面白いことなんて滅多に思いつかないです。
実際は、「面白く見えるように描いてる」だけです。
「だけです」って言うとちょっと語弊がありますけど、その見せ方が作家の本領だと思います。
僕は「いかに普通のキャラを面白く見せるか」みたいな視点で「徒然チルドレン」を描いてました。
今もやってることはそんなに変わってません。
「カナコ」にしたって、わりと普通のキャラを描いてるつもりです。
逆にすごいキャラ、すごいネタを考えようとしてたら、早々にネタ切れしてたかもしれません。
「飛び道具が無いと戦えない」っていう状態が、作家としては一番不安です。
そうは言っても、面白いことを描かなきゃいけないような場面はあります。
結局漫画では毎回毎回面白いことが起きますし、毎回毎回それを要求されます。
思いつく時もあります。でもそういう時のほうが少ないです。
面白く見せるだけだと、やっぱり限界はあります。
ここで話を最初に戻しますが……
「キャラに何をさせていいかわからない。」
「面白い行動が思いつかない。」
っていう問題は、自分の中で「こう描いたら面白い」という形が見えてないうちは絶対起こります。
僕も漫画を描いてて「ここどうしようかな…」と悩むことはあります。
「このコマで何か面白いことをしなきゃいけない。どうしよう。」
そういう時の僕の対処方は、決まっています。
僕のパターンは、「キャラに正直に行動させる」です。
逆にこれしかありません。
「ここでこうなったら、こいつはこうするしかない。」
「こんな状況になったら、こいつはこう考える以外ない。」
そういうことを導き出して、それを描きます。
それが面白いのかというと、特別そんなに面白いことではないです。
ただ正直な言動には、キャラの「価値観」が出ます。
ここに読者が共感したり、驚嘆したりするので、なんとなく面白くなります。
さらにその正直な言動が「キャラの感情を変化させる」ように描くと、「ドラマ」が展開します。
僕は「ドラマ」を外的な対立や内的な葛藤をひっくるめて「ドラマ」と認識してます。
キャラの感情を動かし合うと、対立や葛藤が動きます。楽しいです。
僕が新人の頃は、まだこういう場面で、面白いことをさせよう、何か特殊なことをさせようとしてましたね。
いつからかそういうのはキャラの本質からずれると気付いて、やらなくなりました。
キャラの正直な一面を、感情の変化に乗せて見せるだけ。これだけで大体なんとかなります。
ついでに言うと、逆に価値観の見えない言動、誰の感情にも影響しない言動は、削っていきます。
4コマ漫画だと、コマ数が少ない分、キャラの言動の取捨選択もシビアです。
「4コマじゃ足りない…」っていう場面では、そういう言動が優先的に削られます。
僕が普段考えてるようなことはこんなもんです。
言葉にすると存外簡単に見えるんじゃないでしょうか。
すごい普通のことを言ってるだけのような気もします。
ただ言語化して意識的にやってるのと、言語化せず無意識でやってるのとでは、効率が違いますね。
これからもこういう普通のことをちびちび言語化していこうと思います。
Qさん!
2019-12-12 08:38:51 +0000 UTC