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二面(ふたおもて)の探偵たち 序章




序章


曇り空の下、寂れた裏路地を足早に進む。人影はなく、建てられてから何十年も経っていそうな古いビルや、シャッターが下りてから久しいと思われる店が、両脇にずらっと並んでいる。革靴をコツコツと鳴らしながら、その中を進む。


しばらく歩き続けると、メモに記された住所が示す場所に到着した。しかし、眼前を見上げても、探している名前は見当たらない。ここに着くまでにいくつも通り過ぎたビルと同じ造形のそれが、目の前に立っているだけだ。

しかし、確実にここだ。この中にあるはずであった。


「ここから先は、外から見ただけじゃわからない、と。なら、意地で探し出してやるまでよ」仁紫子はそう独り言つと、ニヤリと微笑し、そのビルの中へ臆さず入っていくのであった。


・・・・・


「うぅ~ん・・・」


決して片付いているとは言えない事務所の中で、那智野達矢は独り、煙草を燻らせながら、頭を抱えていた。グレーのスーツと、白いシャツを着込んではいるものの、それらはだらしなく着崩され、身だしなみに使う余裕さえないことをうかがわせる。そしてその頬は、疲労からか、こけていた。


達矢は年季の入ったソファに腰かけ、眼下のテーブルに放り投げられた書類を、メガネの内側からひたすらに睨んでいる。

見れば見るほど、その膨大な仕事量と、それを実行するために必要な労力が脳内に湧き上がり、ひたすらに彼の精神を圧迫していた。仕事があるのはありがたい。だが、完全に自分のキャパシティを超えている。

秘密裏に彼の仕事を支えてくれていた旧知の探偵が引退したこともあり、彼に圧し掛かるものの重さは、耐えがたいものと化していた。

もう限界か・・。そんな悲痛な考えさえ、彼の頭に湧き上がる程であった。


―そんな折、突然事務所のチャイムが鳴った。ここは屋号すら掲げていない探偵事務所であり、訪ねてくる者は、縁故ある者からの紹介以外ではありえない。

慌てて顔を上げ、煙草を消し、机上の書類を隠しながら、達矢は入り口に向かって返事をした。


「はい、どなたでしょう」



そう言ってドアを開けてみれば、そこに立っていたのは若い女性であった。ベージュのカットソーに群青色のスーツを纏い、その上にカーキ色のトレンチコートを羽織っていた。スカートではなくスーツパンツをはいており、その凛々しい顔に、黒縁のメガネを掛けている。一目見て達矢は察した。この女性は同業者だ、と。


「―ここは那智野探偵事務所、ですよね?」


念押しするように、その女性は尋ねた。なぜその名を知っているのか。怪訝がる達矢がその質問に答える前に、その女性は懐から名刺を差し出した。


それを手に取ってみると、その名刺に書かれていた女性の名に、達矢は驚愕した。


「芳須探偵事務所所長 芳須 仁紫子」


それは、最近勇退した旧知の探偵「芳須 西二朗」と、同じ苗字であったためだ。


「あなたが祖父と繋がりがあることを知って、尋ねさせて頂きました。約束も取り付けず押しかけるなんて失礼だとは思いましたが、なにぶん電話番号からメールアドレスまで、一切の連絡先がわからなかったもので」


仁紫子というその女性は、はきはきとそう語った。その目には、何か野心のようなものが湛えられている。


どうやってここを知った?芳須さんの孫だと?そして、所長だと?一体何が目的だ?もしかして、俺を捕えに来たのか?

達矢はドアを開けた格好のまま、受け取った名刺を凝視しつつ、矢継ぎ早にそんなことを考えた。


「―ただ、立ち話もなんです。中でゆっくり、色々とお話させていただけないでしょうか?」


仁紫子にそう促された達矢は、時間が再び動き出したかのような感覚を覚えた。


「そ、そうですね。では、どうぞ中に。ちょっと散らかってますが、ご了承ください」

あくまで慇懃にそう答え、達矢は仁紫子を事務所の中に案内した。


そしてドアを閉めて一息ついたとき、その頬に一筋の汗が流れていることに、初めて達矢は気が付いたのだった。


―続く。

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