MMA部とディザイアの団体戦を描いたFace out Facing out. 5の後日談です。

【Prev】 【23】 ケージリング内。 戦況は一方的なもので、徠が無傷なのに対し、亮は身体中に痣を作り、鼻、口、前頭部から大量に流血していた。 疲労困憊で傷だらけの弟に対し、兄は息の一つも乱れていない。 徠「少しは気概を見せろよ。せっかく日向くんが盛り上げてくれたのを台無しにする気?」 亮「っせぇな…...
ひとたび起こった騒擾の影響は、樹神徠のいるVIPルームにも及んでいた。
日向や蒼惟たちの裏工作によりネット上に顔写真や名前がバラ撒かれた太客たちから、クレームがなだれ込んできており、スタッフがその対応に追われているためだ。
八剱「今すぐあのチビ助ともう一回やらせろッ!!」
そんな中、自分の存在を顕示するかのように、青年の怒号がこだました。裏工作の時間を稼がせてしまった張本人、八剱擢真の声だった。失神KOから目を覚ました八剱は徠に掴みかかっていた。遥かに体格の劣る日向に敗北を喫した事実を受け入れられずにいたのだ。
八剱「あのクソガキ汚ェ騙し討ちしやがって!絶対ェブッ殺してやるッ!!」
後がなかった。余蘊なく心を満たしていたはずの自信は、それがまるで虚像であったかのように、ぼろぼろと崩れ落ちていた。焦燥を隠せない八剱は、頬を伝う冷や汗すら拭うことなく、徠の上着の襟元を掴んでいた。そうでもしていないと、理性を保てず、心身共々その場に崩れ落ちてしまいそうだった。
近くのソファーに座っていた黎司はけらけらと笑う。いつもは気にも留めない、慣れたはずの飄々とした態度に、八剱の感情はさらに逆撫でされる。
元々八剱は、メンタルが安定している方ではない。これまでは己の強さに助けられていただけ。圧倒的なパワーで相手を屈服させる。日向と闘うまでは無敗であった八剱は、その強さを、自分で信じてやまなかった。絶対だと思っていたそれが、格下だと侮っていた相手に打ち砕かれたとき、彼は自分が経験したことのない屈辱を味わっていた。
黎司「汚い騙し討ちてどの口が言うん?自分も前に涼冴クンのコト椅子で騙し討ちしてたやんけ」
八剱「黙ってろカスッ!!」
黎司「おー怖」
八剱の罵詈を受けた黎司は、微塵も言葉通りの感情を抱いていない声色でそう言った。笑顔を崩さないまま、八剱をじっと見つめていた。その態度とは裏腹に、黎司には隙がない。
徠「放してもらえるかな?怒り心頭なのは察するけれど、こちらもクレーム処理で大忙しなんだ」
そして隙がないのは、徠も同じだった。自分よりも体格の良い八剱を前にして、微かに口角を上げながらじっと、相手の顔を見つめていた。
溜息を吐きながら徠は言う。日向たちMMA部の裏工作により流出した写真や映像の対応に追われている中、一選手の相手などしている暇は無いのである。日向によって虚を突かれたのはなにも八剱だけではない。徠もまた、後輩が密かに企てていた計略に引っかかってしまったのだ。
八剱「ンなの知らねェよッ!!今すぐチビ助呼び戻せッ!!」
徠「やれやれ。だから試合前に忠告したのに」
八剱「ッ!?」
ぐるぅんッ!ダァンッ!!
八剱「ガァッ!?」
徠が八剱の腕に触れた瞬間、八剱の身体はいとも簡単に一回転して床に叩きつけられた。裸の胸をしたたか床に打ちつける。ディザイアのファイターの中では、体格に恵まれていると自負していた自分が、一回りも小柄な男に容易く仕留められ、無様に宙を舞ったのは、先刻の試合のときとはまた違う屈辱だった。
徠「黎司」
徠は、感情をみせない声で黎司を呼んだ。
黎司「ほーい」
のんびりと間延びした声で黎司は返事をしたが、動きは脱兎のごとく素早かった。八剱が起き上がらないうちに、レスリングの要領で彼を抑え込み、動きを封じた。
徠「悪いけれど再戦を認めるわけにはいかないなぁ。今の君じゃ本当に日向くんを殺してしまいかねないからね」
徠は掴まれて乱れた上着を払うように整えながら言う。
八剱はぎりりと歯ぎしりをし、必死で徠を睨め上げるほかなかった。
黎司に抑え込まれたままの八剱の前に、徠の爪先が見えた。履いているブーツの革の匂いが、つんと鼻腔を撫でる。食いしばった歯の隙間から涎が零れ落ちた。いくらもがこうとも、抑え込まれている力には勝てなかった。
徠「八剱くんの名誉挽回の機会はまた用意するよ。でもその前に、君にはペナルティを受けてもらわないとね」
八剱「なッ!?」
八剱の眉間に、より深い皺が刻まれた。今更、冷たい床の感触が肌に伝わってくる。それは八剱の心の焦燥を表しているような冷たさでもあった。悪寒がはしるとは、こういうときに言うのだろうかと、八剱は心の中で考えた。
徠「あぁ、そうか。八剱くんは初の黒星だよね。ペナルティを加えたことはあっても、受けるのは初めてか」
徠の落ち着き払った声が落ちてくる。感情のさざ波を浸食するかのように、その煽りは八剱の肌を粟立たせた。脳裏をよぎったのは、試合会場のリングで見た、あるいは自らも加担した、数多の凄惨な陵辱の場面。肉体を鍛え上げた屈強なはずの男たちが、怒号と、あるいは戦慄く悲鳴に包まれながら、勝者に心も体も蹂躙されていくそのさまだった。
部屋に入ってきたのは八剱ほどではないが、どれも体格の良い男たちだった。睨みつけた彼らの顔が、海馬の中の消えかかっていた記憶を想起させる。男たちはいずれも、過去に八剱に敗れた対戦相手だった。彼らは八剱を羽交い絞めにして、揚々とリング会場へと続くエレベータに無理矢理引っ張っていく。
八剱「待てよッ!!俺があんなチビに負けるなんてありえねェだろッ!!放せッ!!放せ…ッ!!」
それは、普段の八剱からは想像も出来ないほどに情けない啼き声であった。ひとりひとりの膂力は大したことはなくとも、それが合わされば、いくら八剱とて敵わない。それにいまは、心が弱っているのだ。そんな状態で、八剱の中の全力が出せるはずもない。
ゆっくりと閉まるエレベーターのドアが、それでもなお、抵抗の意思を緩ませない八剱の言の葉を遮った。
黎司「これで少しはガス抜きになるとええなァ」
静かになった空間で、黎司はゆっくりと立ち上がった。両の手のひらをパンパンと払って、再び柔和な笑みを浮かべながら、徠の顔を見つめる。
徠「そうだね、この間に次の支度を始めるか」
そう言って徠はタブレットを開き、動画配信アプリをタップするのであった。
八剱は再び、リングに戻ってきた。先程と違うのは、自分が『狩られる』側に立っている、ということだった。
八剱「クゾザコどもがよォ。さっさと離さねェとブチ殺すぞ」
それは精一杯の虚勢。複数の男たちに拘束された四肢は、どうやら自由にはなれなさそうだ。
「はぁ?ザコは中坊みてぇなちびガキにKOされてたおめーだろ」
一人の男がせせら笑うように言った。その男の吐息が、八剱の耳朶にかかる。前髪を掴まれ、無理矢理頭を上げさせられる。マウスピースをはめたまま、歯を剥き出しにして威嚇する。八剱は、たったいま自分が『クソザコども』と罵った男たちに蹂躙されようとしているのだ。
——屈辱。久しい感情だった。二人の男に、片方ずつ、両腕を掴まれる。鍛え上げられた胸や腹が曝け出され、無防備となった。八剱はそうまでされても、隙あらば心に蠢いている恥辱をすすごうと、隙をうかがっていた。
「次はちびガキに勝てるようにオレらが鍛えてやんよ」
正面に立つ男の拳が、八剱の腹に沈み込んだ。コイツらは俺よりも格下だと侮っていたせいか、思いのほか強い一撃だった。
八剱「ぶぐッ!!」
呻き声とともに、半開きの口から唾があふれ出す。全身にドッと脂汗が滲む。胃袋を直接殴られたような感覚。無理な体勢をとらされているせいで、思うように腹に力が入らない。
八剱「クソがよ…ッ!」
すでに何十発と、男の拳を受け入れた腹は、打撃の跡がくっきりと残り赤く腫れあがっていた。いつもならこんな雑魚共は、自分の相手にもならない羽虫のような存在だ。
口の端から垂れた涎が顎を伝い、首筋を滑り落ちていく。流れる汗は留まることを知らず、八剱の褐色の肉体を輝かせるための潤滑油のようになっていた。
「オイオイ、まだ始まったばっかだろ?今までおめーにボコられてきた恨み、何十倍にも利子つけて返してやるよ」
普段なら、雑魚の戯言だとあしらえる言葉だったが、いまの八剱は圧倒的に不利だ。虚勢を張っているのは自分でも分かった。赤く腫れあがった腹の表皮が、ヒリヒリと痛い。拳の突きをまともに受けた内臓が蠢いて、ぐりゅりと音を立て、普段とは違う位置に移動してしまっている。たとえば胃。襲ってくる執拗な衝撃に脳が驚いたのか、胃液がいつも以上に分泌されて、喉元にまでせり上がってきている。呑酸が八剱の体内を灼いた。
八剱(こんなザコどもの前で無様な真似は出来ねェ…ッ!)
鍛え上げた膂力で、八剱は必死で攻撃を耐えた。腹に力が入らなくなってきている。男たちに拘束されているから、いまは立っていられるものの、仮に四肢を解放されたら、そのまま床に頽れてしまいそうだ。
時間が経てば経つほど、恥辱は心の中に積み重なり、屈辱へと発展していく。息も絶え絶えとなって、八剱の顔は耳元まで真っ赤になっていた。
「ねえねえ八剱くぅん? どんな気持ちだい? 君のような屈強な男の子がおれたちにいいようにされているなんて、ディザイアの名折れだなあ!」
八剱「ぐっ!!!!!!……アアッ……」
曲がりなりにも跳ね返していた男たちの拳が、腹の奥深くまで沈み込んでしまうようになった。すでに全身から噴き出る汗は、八剱の足元に水たまりを作っていて、またひとつ、もうひとつと、涎と混ざり合いながら顎の先から落下していった。
——ディザイアの名折れ。
八剱の頭の中に、男の揶揄がずっと反響していた。こみ上げてくる悔しさを砕くかのように、必死で歯を食いしばる。
八剱は自身がこのあとどんな目に遭うのかを充分に分かっているからこそ、自恃にかけて、この場から逃げ出すわけにはいかないと、心に強く言い聞かせた。
SS作成協力:スケトウダラ・マキコ(https://www.pixiv.net/users/1614613)
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うらき
2025-07-02 01:38:36 +0000 UTCうらき
2025-07-02 01:37:27 +0000 UTCvakjei
2025-07-01 23:34:55 +0000 UTCjackxjk
2025-06-30 17:21:42 +0000 UTC