そこは猛吹雪。 視程ゼロのホワイトアウト。 白き闇だ。 深部体温を一定に保つことができる恒温動物の人間でも 外気温マイナス30℃、風速が毎秒20メートルを超すと 一瞬で体表部が凍り付く。 その漂白された死の世界を拒絶するように 輝く球体がゆっくりと上空を漂っていた。 中心には両腕を左右に低くかざし、目を閉じた逞しい男性。 彼の太い眉がピクリと動く。 「ここだ」 と呟いた。 『彼』の能力を推し量るのに今以上の瞬間は無いだろう。 男がブリザードをものともしない種明かしは 『熱』だ。 真円上に展開した高エネルギーが吹き荒ぶ雪を瞬時に溶かす。 地図も持たず、目的地に訪れた秘密は 『磁力』。 彼は体内に正確な方位磁石を宿す。 同時に鉄製の鎧に磁気を付し、飛行を可能にしていた。 複数の『力』を並列に、そして正確に制御する。 彼の類稀なる能力の高さを如実に物語っていた。 そう。 彼こそがカナダを代表するヒーロー 『オーロラナイト』その人である。 ◇ ◇ ◇ 最初の報せは観光協会から入った。 1時間ほど前の事だ。 日本人の男性35歳とその子供10歳。 オーロラ観賞ツアーに参加し、 絶景ポイント迄の移動で団体とはぐれたらしい。 男性の能力は弱い水操作系で子供は能力の発現無し。 昨年に母親を亡くし酷く落ち込んでいる少年を励ます為の カナダ観光だったようだ。 「俺と同じ…か」 オーロラナイトは独り言ちた。 2分で身支度を整え事務所を飛び出した彼は、 無線で詳細を確認しながら捜索へ向かう。 この地に住んで早10年。 任務や巡回で地理にも詳しくなり、 この時期の遭難ではこの辺りに居るはず と言う予想も難しくはなかった。 ピピッ イヤホン型無線機が補足した次の相手は、ご多分に漏れずカナダ政府からの要請だった。 短く了承の意を返すと雑音で通信が途絶えた。 環境がさらに悪化し、無線すら繋がらなくなる。 移動を開始して25分。 親子の安否を考えると、そろそろ目視による確認をしたい。 額に汗が滲む。 「ここに避難していればいいが…」 オーロラナイトは己の力不足を悔やむ。 『熱』を操る自分でも、 熱源を探知する『インフラビジョン』という個性は授からなかった。 それがあれば救助が幾分迅速に行えるはずなのに。 そう自責の念に駆られながら、ゆっくりと着地するオーロラナイト。 そこには小さなロッジがあった。 吹雪で凍り付いたドアを熱の放射で溶かしながら室内に躍り込む。 「救援に来た!誰かいるか!!」 大声で呼びかける。 「………」 返答は無い…が、 リビングの暖炉前で折り重なるように横たわる親子を発見した。 暖炉の薪は既に灰となり、熱は感じられなかった。 神に短く感謝を捧げながら親子の状態を確認する。 二人とも意識を失っている。 父親が子供を守るように抱きしめていたお陰か 男児の状態は救える命だと判断できた。 しかし、父親の方は一刻を争う危険な容態を示している。 一目瞭然、『矛盾脱衣』をしていたからだ。 矛盾脱衣とは、 凍死者が時折、全裸状態で発見されることがあり、 その原理は今だ解明されていない。 『寒い』はずが、それが極限に達すると 燃えるような『暑さ』に感じてしまう現象だ。 直腸温度が35℃を下回った状態を低体温症と言い、 様々な生命活動が維持できなくなってしまう。 現に、父親の皮膚の色が紫暗色になりつつあり、 脈、呼吸ともに非常に弱く、蘇生が困難な危険領域に 入りつつあった。 オーロラナイトは躊躇なく身に纏う全ての装具と衣類を脱ぎ捨てた。 親子の前で全裸になるヒーロー。 露になる若く逞しい肉体。 「丁度脱がそうと思っていたところだ」 そう言いながら、親子に覆いかぶさる。 「俺の熱を受け取るがいい」 密着する男同士。 素肌を重ね合わせた方が熱の伝わりが良く、 蘇生の可能性が高まる事をオーロラナイトはこれまでの 経験から導き出していた。 氷の様に冷たい体の父親と 赤子の様に蹲る少年を力強く抱きしめる。 スゥ…と深くゆっくりと息を吸い込むと、 「戻って来い!!!!」 叫びながら全力で能力を発現させる。 オーロラナイトは己の命を熱に変換し、親子に分け与えた。 「おおぉぉぉぉぉっ!!!」 爆発的に膨れ上がる『力』。 振動でロッジ全体がミシミシと悲鳴を上げる。 そして、 ヒーローの背中から左右に3本づつ計6本のオーロラが発現する。 オーロラナイトが全力を出した際に見ることが出来る6枚の翼。 ゆらゆらと揺蕩う翠と碧の輝きはゆっくりと 3人を包み込んだ。 ───────────────────────救出②へ続く