本日2本投稿しています。(2本目)
結構前に描いた過去作(イラスト)に文を加筆しました。
チリンチリン♪
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
遥か頭上から、低く落ち着いた声がかかる。
この店の入り口はビルの1階と4階にある。
二店舗入っているわけではなく、同一店舗に入口が二つあるのだ。
今ベルを鳴らしたのは4階の、人間用の入り口。
「ブレンドでお願いします」
「ブレンドですね。少々お待ちください」
オーダーを受け取った店員は、小さなカップを指先で器用に摘まみ
作り置きのサーバーからぽたぽたとコーヒーを注いでいく。
「どうぞ」
ことりとカウンター越しに出来上がったコーヒーが置かれた。
砂糖やミルクは籠に入って席に据え置きされている。
コーヒーの味自体は良いし、色々こだわりがあるのなら
このような店を選ぶべきではないだろう。
この店の、人によっては微妙な点というのはそこだけではない。
「ちょっと頭上、失礼します」
そう言ってテーブル席まで腕を伸ばして注文品を運んだり
あるいは使い終えた食器を回収し、テーブルを拭いたり。
そう、ここに人間の店員さんは一人も居ない。
巨人さんのワンオペで運営されている喫茶店なのだ。
ある人にとって微妙な点というのが、別の人にとっては魅力的だったりする。
その証拠に、沢山あるカウンター席の中から、既に埋まっている
テーブル席への動線上にある席に敢えて座る客の多いこと。
店員側もきっとそれに気づいているのだろう。
頭上を避けることが容易な位置関係であっても、
わざわざ声をかけて、頭上すれすれを通している節がある。
巨人側はカウンター席のみで、そんなに客の入りも良くない。
長居する客にとって、巨人の客が入り過ぎるのも困るが、
入らなくてもコーヒーがどんどん不味くなる原因になる。
一日分の人間客を集めたとて、コップ一杯分も消費できないだろう。
さて、もう日も暮れ始めてきた。
客足もまばらだ。今なら雑談をする余裕もあるだろう。
「店員さん」
「なにかございましたか?」
「なんでこっち(人間側)だけ閉店が1時間早いんですか?」
「ご不便をおかけします。条例でそう決まってるんですよね」
「そんな条例があるんですね。無理矢理居座ったらどうなるんです?」
「困りますね」
「本当にはやりませんけど」
「お願いしますよ。もしそうなったときにどうなるか、でしたっけ。
うーん、そうですね……ピクルスにでもなって頂きましょうか」
「えっ」
「冗談です。でも条例の制定理由ってそういうことなんですよね」
そういうことってどういうことなのだろうか。
巨人流のジョークはえらく難解だなと、そう思いながらも
新たにオーダーしたコーヒーがまだ残っているので
この際だから閉店時間ギリギリまで粘ってみることにした。
流石に閉店時間過ぎてまで居座る気はなかったので
ギリギリになって席を立とうとする。
ちょうど店員が巨人の客の会計を済ませているところだった。
少し話が弾んでいるようで羨ましくもあるが、とは言え
店員の態度が巨人と小人で大きく違う、ということもないので
あくまで会話の流れによるものだろうと考えを改めた。
「あー、そっちの閉店時間過ぎちゃってる。困るって言いましたよね?」
そう言ったのは、誰だ?いや、声も、顔も同じなのだが
口調や雰囲気がさっきとまるで違う。
そこではたと気づく。この空間に居るのは自分と店員の二人だけ。
人間側に誰も居ないのは当然として、巨人側も先ほど出ていったのが
最後の客だった。まあ、まだ入ってくる可能性はあるが。
「条例って言ってもピンと来てなかったみたいですけど、本当に知らなかった?」
人間が夜間に不用意に巨人の領域を出歩き事件や事故に巻き込まれるケースが
多発したというのがそもそもの事の発端である。
不可抗力で重い罪に問われる巨人からの要請で、たびたび人間側への
勧告は行われてきたらしいが、それでも夜間出歩く人間が絶えなかった。
夜遊びがしたいなら人間専用の歓楽街があるのだからそちらに行けば良いのだ。
そう考えた巨人側の強い要望により、当該の条例が制定された。
「……夜間、こちらの領域に居る人間は“ヒト”じゃないんですよ」
存在そのものから発せられる圧に、こちらは言葉を発することや
身じろぎ一つとることすらできない。
「一歩店の外に出れば、ビルの中は人間の領域だからセーフです」
それを聞いて反射的にドアを目指すが、目の前を掌で遮られ、
そのままその手で柔らかく握り込まれてしまった。
「うあ……あ……」
「いいですねその表情」
そのまま、カウンター内部の調理スペースに降ろされる。
煮沸済みの空き瓶の中から一つを選び、ゆったりとした動作で蓋を開ける。
「じゃあ、予告通りにしてあげましょう」
「や、やめ……」
こちらの小さな身体をすらりと長い二本の指で器用に摘まみ上げ
そのまま瓶の中へと押し込み、蓋を締める。
ドンドンと透明な壁を叩くが、分厚いガラスを叩いたところで
まともに音すら鳴らない。
「ほんと、軽~く締めただけなんですけど。
でももう、自力で開けることもできないんだろうなあ」
そう言って、瓶詰めの哀れな犠牲者を蔑んだ目で見つめる巨人店員。
「……だから言ったのに、ね」
(終)
乙
2025-08-31 15:08:23 +0000 UTC乙
2025-08-31 15:02:25 +0000 UTCowen
2025-08-11 02:35:20 +0000 UTCichiya / ichiarrow
2025-08-01 14:13:00 +0000 UTC