「あれぇ?お客さんまた引っ越しですかぁ?」
地面に這い蹲ってなお、その目線は私の遥か上にあった。
巨人の発する体温、息遣いを十分に感じられる、そんな距離だ。
この光景ももう何度目だろうか。さすがにもう恐怖感は失せて久しい。
「間隔ヤベーすよ、前回から2か月空いてないとか」
彼の言う通り、私は短期間に何度も引っ越しを繰り返している。
特に差し迫った理由があるわけでもないのに、である。もはや
引っ越しジャンキーとでも呼ぶべき容態と言えるだろう。
なぜ私が引っ越しを繰り返すのか。また、
なぜ引っ越しというだけでこのように大層な事態になっているか。
それを説明するためには、まずこの町について知ってもらう必要がある。
町は綺麗な升目状に区画整理されていて、区画一つの大きさは
巨人が居住できる住居一軒分の広さとして規定されている。
区画と区画の間には、巨人が2人分余裕をもって通行可能な道路が
引いてあるが、人間がそこを通行することは交通法で禁止されている。
これはもちろん安全のための措置であり、道路の真下に張り巡らされた
地下道を使って区画間を自由に行き来することができる。
私はその地下道の管理局に勤めているから、担当区域の様々な場所で
不便がないか、実際に住んでみることで見て回りたいのだと
そう周囲には説明しているが、もちろんこれは方便だ。
私は巨人という種に昔から興味が尽きないのだが、同じ町に暮らしていても
人間と巨人との接点は意外なほど薄い。意図的にそうなっているのだろうが
それもそのはず。トレーラーやビルディングを遥かに上回る大質量が
意思を持って自由自在に動き回るのだから、その危険度は計り知れないだろう。
意図したものかどうかに関わらず、巨人との接触は常に悲惨な結果を齎しかねない。
故に、巨人と直に触れ合う機会といえば、共同で作業にあたるような専門職
くらいのものである。専門職と言うと聞こえは良いが、簡単な講習を受ける
だけの免許を持って、命がけの仕事を続けるのだ。早々に神経は擦り切れる。
それでも彼らの死亡率と比べて、離職率の方はさほど高くない。
身の危険に対して得られる賃金は低く、また転職するにしても受け入れ先は
また巨人のいる危険な職場くらいしかない。要はそこから抜け出せないのだ。
自分の趣味趣向を鑑みて、そちらの進路を本気で考えたこともあるのだが
さすがにそちらを選ぶ勇気はなかった。
前置きがずいぶん長くなってしまったが、そういった仕事を除いて
民間人が唯一巨人を間近に体感できるのが引っ越しだったという話である。
あくまで私的な引っ越しであるため、予算が潤沢にあるわけでもなく
持ち運びに適した型の購入型の住居の中から最小モデルを選び、
据え付け家具と必要最低限の荷物での生活をかれこれ何年も続けている。
「色々オプション付けるとトレーラーの方が高くつくんしたっけ?
まあ俺らにはあんまし関係ない話すけど」
家を丸ごと運ぶには地下道は狭い。分解して運ぶとか、荷物だけを運ぶとか
方法は他にないでもないが、区画を跨いだ運搬は壊れ物を除いて巨人が
担っているというのもあり、その流れで巨人を使う引っ越し業者が大半だ。
支払った代金は彼らに直接行くわけではない。税としての労役であり、
運送会社が自らの取り分を抜き、いったん自治体に納められる。
また物資も配給制で、つまり彼らは資本主義の輪の中に入っていない。
それで不満がないのかと聞いたことがあるが、お金があっても使う場所がないと。
そのせいか区画の外縁部から別の区画への引っ越し費用は実はそれほど高くない。
区によってはむしろ区画内で行き来するほうが高くつくこともあったりする。
「今日はマスク、えらく厳重だねえ。どうしたの?」
巨人はかなり聴覚が良いと聞くが、それでも相手に合わせて声を張ってしまう。
この一帯を担当している彼は、いつもならもうちょと崩した格好でやってくるのだ。
それが今日に限っては襟元こそ空いているが着衣もマスクもしっかり着用している。
「こないだ本社の方にめっちゃ苦情来てて、しゃーなしっす」
「あー、今はうちだけだし構わないよ?」
「マジすか、あざーす」
早速マスクをずらした彼は、こちらに向かって歯を見せて笑った。
これだけの巨体が不満げにしながらも通達通りにしているのも可愛いと思うが、
個人的にはこちらの方がずっと良い。
思うに、この大きさの差の前ではマスクによる防護効果など気休めにもならない。
苦情を申し付けた人というのは、単に顔を見たくなかったのではないだろうか。
特に巨大な鼻や口は、普通の人の目にはグロテスクに映るだろう。
「荷物とかは、まあ大丈夫っすよね?」
最初の数回はかなり厳重に確認を繰り返したものだったが、
今ではもうこんなものである。
「じゃ、入って安全確保お願いしゃーす。
いつも通り、入室からちょうど3分後に始めますんで」
基本的に住人は退去して、地下道を通っていく必要があるが
簡単な条件を満たせば巨人に運んでもらうことも可能である。
特定モデルの住居の場合、中に居たまま運んで貰うこともできる。
壁と床に固定された椅子に座り、シートベルトで体を固定する。
「んじゃ、いきまーす」
外からの巨人の声が、内側で反響して方向がわからなくなる。
もともと巨人対応の建材を使い、構造に補強も入っているこの家も、
掴んで持ち上げられるまでの間、みし、みし、といやな音をたてる。
これが一般の家屋なら既に木端微塵に粉砕されていることだろう。
さて、我が家はあと何回の引っ越しに耐えられるのだろうか。
ある程度の高さまで持ち上がり、窓から空だけが見えるようになると、
もう揺れも軋みもほとんど感じられなくなる。町に住む巨人たちの方は
少なからず人間と関わって生きているわけだが、接客対応が必要な
引っ越し業者については、何より手先の器用さが求められる。また
人当たりの良さなども採用条件に入っていて、かなり狭き門らしい。本人談だが。
「あ、こら。出るなって」
安定してきた頃合いを見計らって窓の外を確認する。と、途端にぐらりと揺れた。
「出ても良いときは言いますから、危ないって」
いつもの軽口ではなく、本気でイラついているのがわかる。
彼のほうにこちらを害するつもりなど毛頭ないのだろうが、
それでもなんとなく生きた心地がしない。
今のはさすがに自分でも身の危険を感じたし、数を重ねているからと
調子に乗っていたのは否定できない。素直に反省した方が良いだろう。
少し気まずい空気の中、彼のほうから声掛けがあった。
「もう顔出していいっすよ。それかポケット入ります?」
2回目に一度だけポケットに入れてもらったことがあるが
正直、暗くて何も見えないし、話もしにくい。
何よりかなり酔うのでおすすめはしない。
結局今回は窓際で景色を楽しみながら過ごすことにした。
家全体を小脇に抱えているので、相手の顔も見えなくはないのだ。
あちらが前を向いているときは顎や鼻しか見えないが。
「えー、xの10の3、うん。ここだな。はい到着~」
「今日もめちゃくちゃ早く着いたね。ありがとう」
この距離をこの時間でというのは自動車を使ったとしても
考えられないようなスピードだ。とは言え別に彼が特別急いだわけではない。
トラブルが起きた時のため、かなり余裕をもって時間が設定されているのだ。
事前事後の確認作業も手慣れたもので、浮いた時間に別の予定を入れる、
なんてこともないので、完全に手持無沙汰になってしまうこの時間。
通常であれば、待機場所などで時間を潰すことになるのであろうが、
何度も利用して見知った間柄ではあるので、雑談などをするようになった。
こちらの、他愛もない話を面白そうに聞いてくれるのだから有難いことだ。
それもこれも、巨人の世界には暇つぶしの手段が殆どないせいだろう。
巨人向けの娯楽といえばスポーツや道具の要らないゲームの類になるが
町中でとなると、たとえば棒きれで地面に線を引くことすら許されないし、
激しい運動を伴うスポーツに至っては、町を完全に出てから
巨人の足で小一時間ほど離れてはじめて許可が下りるのだ。
他にはスポーツ観戦や映画の野外上映くらいだろうか。何れにせよ
空いた時間にぱっと出来る類のものではない。
近年通信網が発達し、あらゆるコンテンツが携帯端末から利用できる
ようになったとて、巨人サイズのタッチ端末など存在しないのだから
彼らには関係のないことだ。
「先にちょっと昼飯済ませていいっすか?腹減ったんで」
「構わないよ」
取り出したのは超大型の豆や穀物を固めた栄養食のようなもの。
岩盤のような、今しがた運んだ我が家よりも明らかに硬そうなそれを
がりがりと齧り、むしゃむしゃと咀嚼していく。それを流し込むように
水筒に口をつけ、ぐびり、ぐびりと喉ぼとけを上下させる。
その光景に釘付けだった。急いだのか、猛烈な勢いで
黙々とその行為を繰り返し、トレーラーくらいあった塊は
あっというまに消えてしまった。
「っそーさん。お待たせしましたっ」
笑顔で振り向いた彼の口元には私の頭くらいある食べかすがついていた。
その後はとりとめもない雑談に興じていた。手に乗せてもらったりもしたが
自分は手先がかなり器用な方だから、一般の巨人にやらせるのは
かなり危険だというありがたいお言葉も頂いた。
「あ、そろそろ時間かな?」
「ほんとっすね。いつも付き合ってもらってあざす」
「いやいやこっちも楽しんでるから」
「でもやっぱ羨ましい。生まれるなら小人が良かったっすわー」
「ははは……」
こんなちっぽけな存在になりたいと本気で思っているのだろうか。
今の巨人と人間の関係性は、状況が辛うじて繋ぎとめているだけで
それ自体、吹けば飛ぶようなものだというのに。
ただ、まあ、個人的にそこには同意せざるを得ないかな。
もし巨人に生まれていたら「最大の娯楽」が無くなっていたのだから。
――
あけましておめでとうございます。
お年始に妄想してたことたち。ちょっと歪な関係性の共存世界になりました。