同日投稿の2話目です。
元々大した数は走っていなかったものの、自動車はその大半が脇道へと逸れてしまって道路はもぬけの殻だ。
慌てて逃げた車に轢かれた歩行者も居るが、ふたりには関係のないことだった。
かたや歩道では突然現れた巨人をのんきに眺めている者も居る。
芳樹は、こちらを見ている女子高生の集団に向かって手を振ってみた。
それを受けてキャーキャー言う声が聞こえる。
日本語のようにも聞こえるが小さすぎてうまく聞き取れない。
「そういや言葉は通じるのか?」
「外国っぽいトコでもちゃんと通じたッスし、たぶん大丈夫じゃないかなーって」
「その辺も俺のと変わんないのな。クッソ便利じゃねーか」
「あざっす!」
ちらっと後ろを振り返ってみると、それなりの数の小人が巨大ドアの横手を通って
走り去っていくのが見えた。巨人が振り向いたのを見て、走りながらもにわかに色めき立つ人々。
そっちに用はないんだ、お前ら運がよかったな。そう心の中で呟いたあと、芳樹は再び前を向いて歩きだした。
秀雄の方はというと、目的地以外は見えていないのかもうずっと前の方まで進んでいた。
ほどなくして、ふたりは高いビルの立ち並ぶ区画に到着した。
高いとは言え、最も高いものでふたりの背丈を少し超える程度だ。
建物に逃げ込む者、逃げ出すために建物から出る者、今居る場所から動かず様子を見る者。同じ小人でもその行動は三者三様だ。
「先輩、早く始めましょうよ~」
秀雄は待ちわびたように言う。
「まあ待てよ」
そう言うと、芳樹は大声で叫んだ。
「えー、ゴホン……皆さん!よく聞いてください!」
ビルの窓ガラスがガタガタと揺れる。小人の多くが思わず耳を塞ぐが、それでもクリアに聞き取れるボリュームだ。
「怪我させちゃうといけないので、今からなるべく上の階に避難してください。
決して外には出ないでくださいよ。“間違って”踏み潰しても責任はとれませんからね!」
「え、踏み潰すんスか?」
「いいからお前はちょっと黙ってろ」
そう言われて秀雄は、両手で口を押さえる。
「それじゃ今から100数えるんで、その間によろしくお願いしまーす。いーち……」
芳樹はややゆっくりとしたペースで数えはじめた。
――
「……きゅうじゅきゅー、ひゃーくっと」
外へ出ていた者も含め、殆どが建物の中へ逃げ込んだようだ。それでも何人かは車の居ない車道を走っている。
「おいヒデ、あいつら追っかけて踏み潰してこいよ」
にやりと笑みを浮かべて後輩に命令する芳樹。
「えっ、あっ了解ッス」
そう言って、秀雄は小人が逃げた方向へ小走りで駆けていく。
「さてこっちも始めっかな~」
芳樹は手近にあったビルの外壁に手を掛けた。
目線を前にやると、密集した小人たちが不安そうに巨人の動向を見守っているのが見えた。
それに笑顔で応えてやるのと同時に、片足を後ろに振り上げた。次の瞬間、轟音とともにビルの玄関が大破する。
内部からは絶え間ない悲鳴が聞こえてくるが、芳樹には遠くで小鳥が囀っている程度にしか感じなかった。
「これでよし」
ビルの揺れが治まると、裏口が無いか確認してから次のビルへと移る。
芳樹はこの後も次々とビルの脱出口を塞いでいった。
途中、隙を見て抜け出そうとする者も居たが、誰も居ない道を走る逃亡者はよく目立つ。
見つかると即座に踏み潰されるので無事に抜け出せた者は一人もいなかった。
逃げた数人のグループは駅の方に向かって走り出していた。
「ホントに大丈夫なのか?」
「危害加える気なさそうだったし、このまま離れたらいけるって」
「……なあ、いま踏み潰すって聞こえなかったか?」
そう言うや否や、ズンッ、ズンッ、ズンッという音と共に周囲が暗くなる。
「あ……」
ズンッ。目の前の舗装に巨大スニーカーがめり込み、強烈な揺れに全員が足をとられる。
見上げるとそこには広大なグレーの布地、その向こうにはこちらを見つめる巨大な顔があった。
小人たちが息を切らせて二、三分走った距離を、秀雄はたったの数歩で追い抜いたことになる。
秀雄はその場でしゃがみ込み、小人たちの方をじっと見て何か考えている。
「踏み潰せって言われたけど、まあ……バレないよね」
小声で、自分たちに話しかけてきたようにも見える巨人。
小人達がそれをきょとんとした表情で眺めていると、巨大な手が両側から迫ってきた。
逃げる間もなく全員が広大な手の上に掬い上げられてしまう。
とは言え、この巨人に踏み潰す気がないことを知って小人たちはどこか安心していた。
しかし巨人が小人の一人を唐突に摘み上げ、口に入れた瞬間、そんな安心感は消え失せてしまう。
ぺちゃぺちゃと舐め回す不気味な音が手の上の小人たちにまで聞こえてくる。
暫くの間それが続いたあと、ごくり、と喉が鳴る。同僚がひとり食べられてしまった。
「うーん、そんなに活きが良く無いなあ……ちゃんと体力つけとかないとだめッスよ~」
人ひとりを食べた後、その仲間に向かって平然とそう言ってのける巨人を見て、
それまでへたり込んでいた小人たちは泣き叫び、手の上から逃げ出そうと動き始めた。
「やっぱこいつ化けもんじゃねえか」
「お前が逃げようって言ったんだろうが」
「いいから飛び降りるぞ!早く!」
だがそれも間に合わなかった。秀雄が大きく口を開け、小人たちを全員一気に口の中に入れたからだ。
「おーい!終わったら手伝ってくれよ~」
芳樹の呼ぶ声が聞こえると、秀雄は口をいっぱいにしたまま答えた。
「ふぁい、ふぐいひまふ~」
口の中で蠢く小人たち数人を無理矢理飲みこんで、秀雄は先輩の元へ走った。
「口の横、小人の靴がくっついてんぞ」
「え、マジっスか?!」
ごしごしと腕で口元をこする後輩に、芳樹は呆れ顔で言う。
「やっぱ食ってたな」
「あっ、しまった……エヘヘ腹減ってたもんっスから、つい……」
「いいよ別に、まあこっちの準備は大体終わったし、始めっかね」
「アイアイサー!」
(続)