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                                                                                                                                                          トイレに行くと言って部屋を出ていった六花が、先程からずっと帰ってきていない。  裕太は一人残されたカラオケルームの中で、そわそわと膝を揺らしていた。  もう六花が出ていってから数十分ほど経っている。  トイレに長く籠もるほど体調が悪いようには見えなかったし、余程混んでいたのだとしても、それならば連絡があってもいいはずだ。  もしかして、デートが楽しくなくて愛想を尽かし帰ってしまった!? などと、またネガティブな想像をしてしまう。  せっかくのデートだというのに、一人で歌っていてるのは寂しすぎる。  することもなく、やはりこちらから連絡してみるかと裕太が迷っていると、手にしたスマートフォンがブゥー、ブゥーと振動を始めた。  画面には六花の名前が表示され、急いで裕太は通話ボタンを押した。 「あっ、六花? どうしたの、ずいぶん遅いみたいだけど、何かあった?」  慌てた様子でスマホ越しに話しかける裕太だったが、返ってきたのは全く想像もしていないものだった。 「おー響くーん? ヤッホー、元気ぃ?」 「え……? この声は……」  返ってきたのは明るくはつらつとした、明らかに六花とは別人の声。  聞き覚えのあるその声に、裕太は困惑しつつ首を傾げた。 「もしかして、新条さん……?」  電話口から聞こえるその声は、紛れもなく裕太のクラスメイト、新条アカネのものだった。 「当たりー」 「どうして、新条さんが……? 六花は……?」  電話は確かに六花のスマホから掛かってきていたはずだ。  アカネは六花の親友ではあるが、なぜ彼女が六花のスマホから裕太の元に連絡してきているのかは分からなかった。 「んー? あぁ、実は私も友達とカラオケ来ててさぁ。そんでさっき六花と偶然会ったんだよねぇ。それでお喋りしてたら盛り上がっちゃってー!」 「あ、あぁ……そうなんだ」  随分長いトイレだと思っていたが、どうやらアカネと会っていたようだ。それならそれでこちらにも教えて欲しかったが、まぁ理由が分かっただけ良しとしよう。  とはいえ、六花のスマホをアカネが使っている理由までは分からない。 「……それで、六花はどうしてるの? そこにいるんだよね?」 「いるよ? ねー六花ー! 響くんが呼んでるよー!」  アカネが後方に語りかけ、カラオケルームに反響する声が聞こえる。  察するに、六花と裕太がデート中だと知ったアカネが、面白がって六花のスマホから勝手に裕太へ通話したといったところだろうか。 「……っ! …………あっ、……ぇっ!」 「……ん?」  アカネに呼びかけられたはずだが、六花からハッキリとした返事は返ってこなかった。  その代わり、ガサゴソと何か動くような音が小さく聞こえる。  よく聞けば、そこに六花のモノと思われる吐息も混じっている気がするが、何を話しているかまでは聞き取れなかった。 「なんだ……?」  口論……とまでは言わないが、何か訴えているような、嫌がっているような声だ。  どうしたのだろうと思っていると、アカネが再び通話口越しに話し掛けてきた。 「アハハッ、ごめーん響くん。ちょっと今六花電話出られないみたいでさー」 「出られない……?」 「だからさぁ、響くんもこっち来たら? 六花も待ってるしさ」 「俺もそっちに……って、新条さんはいいの?」 「勿論私はいいよぉ。六花もいいでしょー?」  アカネがまた六花に呼びかけるが、やはり六花からの返事は裕太には聞こえなかった。 「六花もいいってさ。だから早く来てね」  そう言うだけ言って、アカネは自分たちのいる部屋の番号を教えて通話を切った。 「えぇー……?」  予想外の展開に、裕太は着いていくのが精一杯だった。  結局なぜ六花は電話に出られなかったのだろう。六花が自分を置いて一人で別の友人と盛り上がっているというのも、彼女らしくなくて違和感があったが。 「まぁ、行くしかないか」  釈然としないものはあったが、仕方なく裕太は立ち上がった。  利用している部屋を空にして他の部屋に映るのはマナー的にどうなのかとも思ったが、それほど向こうの部屋に長居するつもりもないので、たぶん大丈夫だろう。  そう判断して裕太は教えられた個室に移動しながら、そういえばアカネも友人と来ていると言っていたなと思い返す。  クラスの誰かと来ている? まさか、アカネも誰かとデート中だったりするのだろうか? と、余計な勘ぐりをしてしまう。  兎にも角にも六花に合わねばと、裕太は彼女たちがいる部屋に急ぐのだった。 「ここか……」  廊下の突き当りにある個室の前に来て、裕太は個室の番号を確認しながら呟いた。  記憶が正しければ、アカネが言っていた部屋はここで合っているはずだ。  なぜか妙な緊張を覚えながら、裕太は部屋のドアノブに手を掛けようとした。  ――だがその寸前、裕太が開こうとしたドアが、部屋の内側から開かれた。 「……あ、六花」  そして僅かに開かれたドアの隙間から、六花が顔を覗かせた。 「響くん……。ごめんね、大分待たせちゃって」 「うん、いや……大丈夫だよ、友達と居たんなら。何かあったのかと心配してたからさ」 「そうだよね、心配させちゃったよね。その……アカネが離してくれなくてさ」 「あ~、まぁ仲良いもんね二人」  六花はバツが悪そうに謝ってくる。  アカネと偶然会ったとはいえ、しばらくの間裕太を一人にしてしまっていたことを後ろめくた思っているのだろう。 「それより、そろそろ戻ったほうがいいんじゃない? 部屋の利用時間そろそろ終わるしさ」 「うん、そうだね……。私も、すぐに戻……ぅんんっ!?」  その時、突然六花が声を詰まらせ、驚いたように目を開いた。 「え? なに、どうしたの?」 「アッ……んっ……ぃ、いや……なんでも、ない……っ」  六花は上擦った声で言い、顔を俯かせる。  なんでもないと言っているが、どう見てもおかしな様子だ。 「ちょっ……まっ、あ……ちがっ、違うの……響くん、これは……っ」 「り、六花……?」  戸惑う裕太の前で、六花が痛みに耐えているような表情を浮かべ、小刻みに肩を揺らしていた。  中で何かされているのか……? と個室内を覗こうとするも、顔幅程度にしか開かれていないドアの隙間からは、イマイチ中の様子は伺えない。 「その……ア……アカネがね? 後ろでふざけて、く……くすぐってきてて……」  六花は裕太を心配させまいとしてか、引き攣った笑顔を作っている。  こちらからは見えないが、六花の背後でアカネが六花のむっちりとした脚を擽っている光景は容易に想像出来た。 「ははっ……ホントに仲いいね」 「うん……そうなの。……も、も~、アカネやめ……んくっ、うぅ~…………やめ、てよぉ……」  アカネに悪戯されて、六花が抗議の声を上げる。  余程くすぐったいのか身体を震わせて、ドアを掴む手に力が入っている。 「ひゃう……っ、ン……ぅ~~っ。はぁ……はぁ……ンア」  裕太の見えない背後で、アカネが六花にどのような悪戯を仕掛けているかは分からない。  だが六花が今まで見たこともないほどに顔を赤くし、身体をビクビクと震わせている姿は、自分が見ていて良いものなのだろうか、と気まずくなる。 「ご、ごめん響くん……ちょっと、待ってて……」  裕太が固まっていると、六花はそう言って扉を締めてしまった。  そしてその後、ドアの向こうから六花の怒ったような声が微かに聞こえてくる。 「ねぇ……! ……の前で、……めてって言ったじゃ……!」  断片的にしか聞き取れないが、きっと悪戯してくるアカネに怒っているのだろう。  まぁ、本気で怒っているわけではなく、戯れているだけだとは思うが。  すぐに話し終わるだろうと裕太はドアの前で待っていたのだが、思いの外話は長引いているようだった。 「……めっ! ……びきくんが……るから……っ! はあぁっ……ンンンッ!」  六花の感情的な声と、時折それに混じって甲高い悲鳴のようなものが聞こえてくる。  なんだかいけない想像をしてしまいそうになるが、余程アカネの悪戯が執拗らしい。  結局その六花の艶めかしい声を聞きながら数分待つと、ようやく個室のドアが開かれた。 「ハァ……ハァ……」  息を荒げた六花が、先程のように顔と上半身だけを覗かせるようにしてドアの隙間から現れる。  その顔はなんだか先程よりも汗ばみ、髪も乱れて紅潮しているように見えるが、アカネと取っ組み合いの喧嘩でもしてたのだろうか。いや、流石にそれは無いと思うが。 「だ、大丈夫……?」 「うん……へ、平気だから……気にしないで」  赤らめた顔で、六花がそう返してくる。 「そ、それよりさ……響くん」 「なに?」  六花は視線を外しながら、言い出しづらそうに続けた。 「ホントに悪いんだけど……私ちょっとこの後アカネの家に誘われちゃってさ……。だから、その……響くんは先に帰ってて貰っても……いい?」 「え……?」  突然の申し出に、裕太は呆気にとられてしまった。  このまま六花を残し、自分だけ帰る? 六花はこの後アカネの自宅に行く?  いや、六花とアカネが遊ぶこと自体は別に問題無いが、このままデートは終わりなんて……。  いきなりの事で戸惑う裕太の前で、六花は申し訳なさそうに両手を合わせた。 「ごめん響くん! 絶対、今度また埋め合わせするから!」 「あ……う……うん。分かっ……た」  何かもっと言いたかったが、裕太はただ六花の言葉に頷いて了承することしか出来なかった。  他ならぬ六花自身がそう頼んでいるのだ。裕太にその頼みを断る勇気は無かった。 「ありがとう、響くん。……ごめんなさい」  裕太の答えを聞くと、六花はまるで急いでいるかのようにドアを閉めてしまった。  ドアの前に立ち尽くし、裕太はしばらく動けなかった。  せっかくのデートだというのに、このまま一人で帰ることになるなんて……。この後のことだって、色々と考えていたのに……。  と、裕太が肩を落としていると、不意にドアがまた少しだけ開かれた。 「あ、り……六花?」  一瞬やはり考え直してくれたのかと思ったが、違う。顔を見せたのは、今度は六花ではなくアカネだった。 「新条さん……。えと、その……」 「ごめんねー響くん。デート楽しんでたみたいだけど、六花借りてくねー。まぁたぶん明日には返すと思うから」 「そ、そうなんだ……。泊まり……ってこと?」 「うん、そうなっちゃうかな。駄目だった?」  アカネが首を傾げ訪ねてくる。 「いや、まぁ……新条さんのとこなら安心っていうか……。駄目じゃないけど……」  そう答えると、アカネは「んふふ」と鼻を鳴らして笑い、ニッコリと笑顔を向けた。 「優しいね、響くんは。でも優しいだけじゃ、女の子を満足はさせられないかもよ?」 「え?」 「なんでもなーい」  アカネの言葉の意味を察することも出来ないまま、「じゃーねー」と手を振ってドアが閉められる。  そして今度こそ、裕太は一人で帰るしかなくなった。 「何も、心配することは無い、よな……?」  自分の選択が間違いなのかどうか分からないまま、裕太はカラオケルームの使用料金を払い、六花を残して帰路に就く。  デートは確かに楽しかったのだが、何かモヤモヤしたものが残り、その足取りは重かった。  六花とアカネが残ったあのカラオケルームには、二人の他にアカネの友人が居たはずだが、結局それが誰かは分からなかった。  なぜかそのことが無性に気になってしまう。  そして、あの部屋から聞こえた六花のあまり聞いたことの無い声。  そのことがずっと頭に残り、杞憂だと思いつつも、余計な心配をしてしまうのだった。

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