略奪、破壊、殺人——平和なカルネ村は突如として地獄の様相へと変わったのである。 自分達を逃すために”帝国の兵士”に殺されていった両親の死を悼んだりする暇さえ無く、少しでも生き長らえるために姉妹は我武者羅に逃げ惑うことしか出来なかった。 だが、普段から畑仕事や家事などの手伝いをしているだけの子どもと人を殺すために日頃から過酷な訓練を積んでいる職業軍人、果たしてどちらの体力と足の速さが優れているのかと問われれば、真面目に考えることすら馬鹿らしくなる程に優劣が決まっていることは当たり前のことなのである。 「——おっ、おねえちゃん……っ」 そう時間も掛からずバハルス帝国のエンブレムが刻まれている金属鎧を着込んだ兵士達に四方を取り囲まれることになり、逃げ場を完全に失ってしまったエモット姉妹は絶望により脚に力が入らなくなって膝から崩れ落ちてしまう。 ここまで妹の手を引きながら懸命に逃げ回っていた姉の”エンリ”であったが、今は泣き噦っている妹の”ネム”を少しでも守ろうと抱き締めることしか出来ることは無い。 「手間掛けさせやがってっ!」 「ひぃ……ッ」 何の罪も冒していない善良な姉妹の命は、無常にも風前の灯と化している。 振り上げられた剣の一撃がエンリの命を奪い、続く二撃目がネムの命を終わらせてしまう残酷な未来が、まるで定められた運命であるかのように鮮明に浮かび上がってしまう。元より人命と呼ばれるものが羽毛のように軽い”この世界”では、今起こっている惨劇も何処かで聞いたことがあるような無数に存在している悲劇の内の一つでしか無いのである。 命を奪った存在が魔物や野盗の類いであったか、今回のように敵国の兵士であったかの違いでしか無かった。無力な姉妹は共に暮らしてきた村の住人や自分達の両親、自分達の命でさえも無慈悲な暴力に奪われるだけという、残酷で理不尽なだけの現実がこの場を支配しようとしていた。 最早、エモット姉妹に出来ることは神に祈ることだけだったが—— 「可愛い女の子を殺そうとするなんて、そんなことボクが絶対に許さないよっ」 「……えっ?」 これから凄惨な光景となる場所には、鈴の音色のよう透き通った美声が響いた。 何故かまだ凶刃が振り下ろされず生きている自分達の状況を理解することが出来ていない姉妹は、シンクロしているかのように同時に顔を上げる。視線を向けた先には肩にギリギリ掛かるか掛からないかの長さの黒髪を靡かせ、獰猛な猛禽類や悪魔などの人外の存在を連想させる金色の瞳を輝かせている美少女の後ろ姿があり、それはまるで自分達姉妹を守る勇ましい騎士のように凛々しい仁王立ちを披露していたのである。 女の子にしか見えない可愛らしい顔や鴉の濡れ羽根を思わせる艶やかな黒髪が惜しげも無く晒されているのだが、それ以外の全てが光すら呑み込む闇を凝縮したかのような漆黒の重厚な全身鎧に覆われていた。また、右手には一目で魔剣の類であると分かる両刃の剣が握られており、普通の炎の色とはまるで異なっている紫色の禍々しい炎に似たオーラを刀身部分に纏っている。 過去に魔を統べる王が身に付けていたと言われても信じられる鎧と数え切れない命を刈り取ってきたであろう聖剣の対になるであろう禍々しい武器、それらを小柄であり可愛らしい少女にしか見えない人物が装備しているギャップは凄まじい。強いギャップは覚えるのに鎧に着られているような印象は受けず、着ている人物のために作り上げられた完全なるオーダーメイド品であることは間違いなかった。 月の光すら雲に遮られている闇夜でも無ければ絶対に目立つ格好と場の空気を完全に支配してしまう程の圧倒的な存在感を放っているのだが、声を発するまでは微塵の気配すら感じられ無かったという事実は正しく異常事態なのである。先程までは畜生以下の残虐な表情を浮かべていた兵士達でさえ、瞬きすらしていないのに唐突に現れた存在に根源的な恐怖を感じてしまっており困惑を隠し切れない様子であった。 周囲の困惑している様子など歯牙にも掛けていないマイペースな存在は、確実に八つ当たりも混じっている”恨み”を兵士達にぶつけている。 「折角、”アルベド”と気持ち良いことしてたのにっ」 本来ならばエモット姉妹は誰もが逃れられぬ死を具現化したような超越者、まだこの世界のことを知らない死の支配者(オーバーロード)に命を救われていたのだ。 だが、しかし—— この世界には死の神に匹敵する強さを持った可愛い女の子や色気溢れる美人には目がないもう一人の超越者”ベルコール”が、ナザリック地下大墳墓の面々と共に転移していたのである。故に絵に描いた村娘の素朴な魅力に溢れた美少女のエンリや将来は美人さんになりそうな可愛らしいネムを見付ければ、周囲の静止も完全に振り切って喜び勇み助けに向かうのは最早必然だったのである。 美少女や美人至上主義であるベルコールの目の前で姉妹を殺そうとする不細工な野郎達の存在など、例えどれだけ崇高な目的を掲げていたとしても抹殺するべき対象でしか無かった。兵士達に鬱陶しい害虫や羽虫を見る時のような視線を向けながら、彼は普段よりも少しだけ低い声で魂まで凍り付いてしまいそうな冷たい言葉を送ったのである。 「だから死んじゃえ——っ」 「……ぇっ」 次の瞬間、明らかに禍々しい朱色のオーラを纏っている両刃の剣を片手で握ったまま目にも止まらぬ速さで真横に振り抜き、熱したナイフでバターを切断するように金属製の鎧ごと周囲を囲んでいた兵士達の肉体を簡単に切断したのだ。 自分が斬られたことにすら気付いていない兵士達の間抜けな声が最後の言葉となり、上半身と下半身で綺麗に真っ二つにされた身体が地面に落ちるよりも更に早く、斬られた瞬間に炭化したかのように肉体は塵と化して消滅したのである。鎧が地面へと落ちるガシャンという無機質な金属音が周囲に響いた後には、始めから姉妹達を襲っていた兵士達など存在していなかったかのような光景が広がっていた。 肉片の一片や血の一滴すら付着していない綺麗なままの魔剣の汚れを気分だけでも落とすように軽く振り払い、ベルコールは手慣れた動作で腰に付けた鞘に魔剣を納刀したのである。そして、彼の背後で目を見開いたまま余りの衝撃に固まっており、微動だにしていないエモット姉妹の方へと振り返って、男女に関わらず身惚れさせてしまうとびっきりの笑顔を浮かべながら声を掛けたのだ。 「ボクが来たからには安心してねっ! 可愛い君達二人のことは絶対に守るからっ♡♡」 「はっ、はぃ……っ♡♡ たっ、助けて下さりありがとうございますっ」 「ぁっ、ありがとぅございますっ♡」 頬を赤らめているエンリは何とかお礼の言葉を絞り出し、ネムも姉に習うように頭を下げてお礼の言葉を口にした。頬を染めているのは先程までの緊張や恐怖が大部分を占めているが、間違い無く今までの人生で最も顔立ちが整っているベルコールの笑顔を向けられたことも原因である。 その後はスレイン法国がバハルス帝国の兵士に扮していた策謀や法国の特殊工作部隊『陽光聖典』を率いる隊長”ニグン・グリッド・ルーイン”を女の子に良い所を見せたいという不純な動機でベルコールが文字通り切り刻み、最終的には滅亡寸前であった村を救った英雄として讃えられたのだ。 本当はエンリから誠心誠意の”お礼”をして貰うつもりであったのだが、誰にも気付かれぬ間にナザリックを抜け出して暴れ回っていたことがバレてしまい、心配により涙を流しながら現れたアルベドによって帰らざるを得なくなってしまったのである。完全に後ろ髪を引かれているベルコールは最後の抵抗として、近くに侍らせていたエンリをギュっと抱き締めて耳元で囁く。 「そう遠くない内に遊びに来るから、その時に愛情タップリのお礼してくれる?」 「〜〜〜〜っっッ゛!!???♡♡♡♡ はっ、はぃ……っ♡♡ お待ちしておりますっ♡♡♡」 自分の命や大切な妹を救って貰ったどれだけ感謝してもし足りない気持ちと命の危機が迫っていた吊り橋効果も相俟って憧憬の念を抱いているベルコールからの誘いを断ることなど出来る筈も無く、人生で初めての恋をしたエンリは羞恥心を覚えながらもコクンと頷いて初々しい乙女の反応を見せるのであった。 「楽しみに待ってるからねっ!」 こうしてベルコールとエンリの二人は、再開する約束を交わして別れたのである。そして、密かに彼女に思いを寄せていたエ・ランテルに住む”ンフィーレア・バレアレ”の初恋は、本人の預かり知らぬ所で終わりを告げたのであった。 —————————————————— 自分の命を救ってくれた”白馬の王子様”であるベルコールに完全に懐いてしまっているネムは、甘えるように抱き付いてもっと一緒にいたいとおねだりをしていた。 「ベルコールさまっ! 今日は泊まってくれますか?」 「こらネムっ!! ベルコール様に余りご無理を言ってはダメよっ」 「でもっ、でもぉ……っ」 大好きなお姉ちゃんに叱られて涙目になるネムの頭を撫でて慰めるベルコールは、元からそのつもりであったのだが今日はエンリ達の家に泊めて貰うことにする。 「それじゃあ泊めて貰おうかな。エンリもそれで大丈夫?」 「はっ、はいっ♡♡ ベルコール様でしたらいつでも何日でも泊まっていって下さいっ♡♡♡」 「やったーーっ!! ベルコールさまっ♡ ありがとうございますっ」 我儘を言っているネムを叱っていたエンリであったが、本心ではベルコールと長く一緒にいられることに彼女も喜んでおり、間違い無く似た物同士であった。 —————————————————— バハルス帝国を装ったスレイン法国の襲撃から数ヶ月後、約束を守りエンリからお礼をして貰うためにベルコールはカルネ村を訪れていた。村を救ってくれた英雄が来てくれたことに村全体が歓迎ムードとなっており、彼も村の子供達と楽しく遊んだり超人的な腕力と体力を活かして畑仕事を手伝ったり、狩ってきた巨大な猪を村全体にプレゼントしている。 既にラナーが女王となっており実質的にリ・エスティーゼ王国はベルコールとナザリックに掌握されているのだが、エモット姉妹やカルネ村の住人はその事実を知らない。そして、知っていたとしても自分達を救ってくれた大恩人であるため、否定的な感情を抱いたりすることは無いだろう。 「すぅーーっ、すぅ……っ」 「ふふっ、気持ち良さそうに寝てる」 「ネムったらベルコール様に会えたのが嬉しくて、はしゃぎ過ぎちゃったみたいです」 彼が狩ってきた猪の肉をふんだんに使用した豪華な夕食も終わり、食事をしている時には既に船を漕いでいたネムを普段は姉妹二人が寝ているベッドに寝かし付けた所であった。 「そっ、その……っ♡♡ ベルコール様は両親が使っていた寝室を使って下さいっ♡♡♡」 「うん、ありがとうっ。だけど、エンリも一緒に寝てくれるよねっ」 「〜〜〜〜っっッ゛♡♡♡♡ はっ、はいっ♡♡♡ 不束者ですがよろしくお願いしますっ♡♡」 流石にまだ十歳のネムを”喰べる”には早すぎため後数年は楽しみに待つだけの良識を持っているベルコールだったが、既に喰べ頃な上に孕み頃であるエンリを逃すつもりは全く無かった。何より恋する乙女の表情を浮かべて熱っぽい視線を向けてくるエンリに興奮してしまっており、日中も勃起する逸物を隠しながら早く夜が来ないかと待ち侘びていたのである。 待ちきれない様子のベルコールはエンリの腰に手を回し、これから二人の愛の巣となる部屋へと向かうのであった。
濁り丸
2024-06-25 01:20:22 +0000 UTCillustr
2024-06-24 11:01:51 +0000 UTC