学校の教員である前野啓介は、とても熱い先生で生徒みんなから好かれていた。
「おい優太!今日やった漢字、ちゃんと復習しとけよ!」
「分かってるよ~」
「それと正人!明日、サッカーボール忘れるなよな!」
「いっけね!忘れてた!ありがとせんせー!」
生徒一人一人に目を向け、愛情を持って声を掛ける前野。
生徒たちはそんな前野のことが大好きだった。
休み時間になるといつも前野の周りに集まってきて遊びに誘い、ちょっとした雑談にも付き合ってくれる前野は、生徒達にとって教師というよりも兄のように親し気な存在だった。
独身で子供のいない前野にとっても子供たちはとても大切な存在で、凄く幸せな時間だった。
そして前野は生徒達からだけでなく、他の教師たちや保護者からも受けが良かった。
「前野先生がいるとクラスが明るくなるよね」
「先生のおかげで、うちの子は学校が大好きなんですよ」
「いつもありがとうございます」
そんな言葉を掛けられると前野は少し恥ずかしそうに頭をかき、教師になった喜びを心の底から感じていた。
しかしその幸せな毎日は、突然終わりを告げる。
金曜日の放課後。
生徒達が帰り、いつもと同じように打ち合わせのために職員室に先生たちが集まっていた。
しかしいつものような穏やかな雰囲気ではなく、今日はみんな静かで空気が重い。
そんな中教頭が震える声で言った。
「……6年3組の、佐藤勝くんが家に帰ってきていないそうです」
その名前を聞いた瞬間、前野の心臓が止まりそうになった。
佐藤勝。
それは前野が担任のクラスの生徒だったのだ。
少しおとなしい子で、絵を描くのがとても上手だった。
昨日も描いた絵を嬉しそうに見せてくれたばかりだ。
遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。
職員室はピリピリとした空気のまま話し合いが進み、保護者達と教師全員、そして警察と共にすぐに勝を探すことに決まった。
しかし、夜になっても勝は見つからなかった。
夜も遅くなり教師による捜索隊は一旦解散となったものの、前野は心配で一人勝を探し回っていた。
その時、前野のスマートフォンの音が鳴った。
画面を見ると「非通知」と表示されている。
普段なら非通知からの電話には出ないが、なんだか嫌な予感がした前野は震える指で通話ボタンを押した。
「もしもし」
すると電話の向こうから、男の低い声が聞こえてきた。
「あ、前野先生っすか?」
「……そうだ」
「うっわ!本物!はははっ!」
やけに明るい声にいたずらか何かかと思い、切ろうとした瞬間、
「あ、佐藤勝だっ?こいつ俺たちが預かってるから、よろしく!」
その言葉に心臓が大きく跳ねた。
妙な胸騒ぎがしていたが、やはりこれはただの行方不明ではなく誘拐だったのだ。
「こいつを返してほしかったら、今から言う場所に一人で来てねぇ」
「お前は誰だ!!」
電話越しに前野は叫ぶが、それを無視して男は続ける。
「あぁ、そう言うの良いから。もう一回言うね。今から言う場所に一人で来んの。警察に言ったらどうなるか分かってるよね?このガキ殺しちゃうから」
『先生!!』
男の声の後ろから、勝の声が聞こえた。
「勝!!おい!勝を返せ!!」
「約束通り先生が一人で来たら考えてあげるって」
そして男は場所と時間を言うと、「じゃあね先生~」と一方的に電話を切ったのだ。
頭が真っ白で周りの音も聞こえなくなる中、心臓の音だけがドクドクと早く鼓動して煩い。
男が言った場所は街のはずれにある古い工場。
ここから走れば20分程で着く場所だった。
ーーどうすればいい!?警察に電話するべきか?
「警察に言ったら殺しちゃうから」
そう考えた瞬間、男の言った言葉が過った。
ーーもし、俺の余計な行動のせいで勝に何かあったら…
そう思うと、警察に電話するなんてできなかった。
ーー勝…待ってろ!!
前野は意を決したようにスマホを握ると、蒸し暑い夏の夜道を一人走り出した。
夜中の廃工場は想像以上に真っ暗だった。
前野はそんな工場の重い鉄の扉を開けると、果敢にも中へと入って行く。
中はホコリっぽく、昔使われていたであろう機械達が並んでいた。
そんな工場の奥のほうから少しだけ明かりが見え、前野は周りに注意しながらその明かりに向かって歩いていく。
明かりの近くまで行くと、そこには見慣れない二人の男がいた。
一人は椅子に座ったまま前野が入ってくるのを見ており、もう一人は勝を見張るように背中を向けている。
勝は口をガムテープでふさがれ、手と足もロープでしばられているようで床で小さくなって震えていた。
「わぁ!先生よく来たね!」
こっちを見ていた男がご機嫌な声で言う。
どうやらこいつが電話をしてきた男のようだ。
目と鼻と口だけの出る覆面のせいで男の顔はよく見えないが、声の雰囲気的には前野とそこまで年齢は変わらないようだった。
「勝を放せ!」
「えぇ~、いきなりこいつのことかよ。嫉妬しちゃうなぁ」
前野の必死さとは違い、男はまるで遊んでるかのように会話を続ける。
前野はこの男のことは知らないが、男の方は前野のことをよく知っていた。
彼の名前は佐伯学。
それは先週あった学校が主催の夏祭りのイベントの時のことだった。
一般客も入れるそのイベントで焼きそばを作って配る前野の姿を見て、佐伯は一方的に好意を抱いていたのだ。
汗だくになりながら腕を託し上げて焼きそばを作る男らしい前野の姿と、配る時の爽やかな笑顔、そして皆から慕われて照れている可愛らしさ。
そんな魅力溢れる前野の姿に、佐伯は一気に虜になっていたのだ。
あぁ…あの先生をもっと感じたい…♡
そう思った佐伯の行動は早かった。
成人の男一人を連れ去るのは大変でも、子供一人なら容易いもの。
友人を脅して共犯として手伝わせ、こうやって今生徒を誘拐して前野を呼び出すことに成功したのだ。
「さっさと勝を解放しろ!!」
工場に響く程の大声で言う前野に佐伯はゆっくりと立ち上がると、興味なさそうに勝のほうをちらりと見た。
「あぁ、放してやるよ。別にあいつに興味ねぇし。けどただ解放したんじゃ連れてきた意味ねぇじゃん?」
「勝に何をする気だ!!」
「いやガキに興味ねぇって言ってんだろ?俺が興味あんのは先生なの」
「!?」
思ってもみなかった回答に前野は声を出さずに驚く。
「良いねぇ、その反応。自分が目当てだとは思わなかった?先生個人宛に電話したのに?全然危機感ねぇじゃん!はははっ!」
「そんなことはどうでも良い!勝を解放するんだ!」
妙にテンションの高い佐伯に得体の知れない気色悪さを感じながらも、前野は勝を助けるために佐伯へと立ち向かうように言った。
「だーかーらー、解放するかどうかは先生次第だって。先生を俺の好きなようにして良いなら、ちゃんとこのガキは解放してやるよ」
「俺を…?俺をどうしようって言うんだ」
前野がそう言うと、佐伯は前野の足元をじっと見て言う。
「俺さぁ、先生のこともっともっと感じたいんだよねぇ。体内に取り込みたいって言うかさ。先生の雄をつよーく感じるとこをいーっぱい嗅ぎたいの」
「ど、どう言う意味だ…」
「簡単簡単!先生のその足、俺が満足するまで嗅がせてくれれば良いだけだよ」
「……は?」
あまりに意味の分からない要求に、前野は緊張感を一瞬忘れて呆けた声が出てしまう。
話しの流れ的に犯人の佐伯に好意を抱かれているのは前野も察していたが、もっと違うことを求められると思っていたのだ。
「足の匂いって良いんだよねぇ。どんなイケメンでもどんな美女でも平等にくっさくなるし、その人の匂いがモロに出るからさ。腋と股間も良いけど、やっぱり足が一番くっさくて好きだなぁ。先生見た時から、絶対嗅ぎたいって思ってたんだよねぇ」
「……変態か!?」
臭いこと前提で足の匂いを嗅ぎたいと言う佐伯に、今度は本気で引いたように言う前野。
しかしそんな反応まで佐伯は嬉しそうに見ていた。
「変態じゃなくて愛だってぇ。大好きだから、その人の一番恥ずかしい臭いところを感じたいんだよ?先生って見るからに足臭そうじゃん。今履いてる革靴だってくったくたになるまで履いてるみたいだし、このガキ探すのにずっと走り回ってたんだろ?どれだけ蒸れて臭くなってるか、想像しただけで勃起しちゃうよ」
変態と言われて恥ずかしがるどころか、誇らしそうに言って膨れ上がった股間部分を見せつけてくる佐伯に、前野は気色悪さを通り越して怖さまで感じていた。
ただ自分の足を嗅ぎたいだけのために生徒を誘拐するなんて、あまりにも行き過ぎている。
善悪の区別なくただ欲望を実現するためだけに確実な方法を取るなんて、常識が通じる人間ではありえない。
「まぁ嫌って言うならしょうがないよね。俺、無理やり嗅ぐのって趣味じゃないし。残念だけどガキは殺しちゃうしかないなぁ」
「ま、待て!!わかった!足ぐらい好きなだけ嗅がせてやるから!」
それは当然の答えだった。
自分の足の匂い一つで生徒を救えるのなら、前野にとってそんなこと別にどうってことはない。
「良いね良いねぇ。じゃあ早速嗅がせてもらおっかなぁ。あ、もし俺に変なことしたら、その時点でガキはヤッちゃうからね」
「分かってる」
佐伯はこれまでで一番の笑みを浮かべながら、前野の方へと近づいていく。
「ほら、早く地べたに座って。それで俺の方に足出して」
佐伯に言われて前野は仕方なくスーツのまま地面へと座ると、恐る恐る足を佐伯の方へと近づけた。
黒い年期の入った革靴に差し込まれた、黒いストライプ柄のビジネスソックスの足。
その黒いソックスがスラックスの中へとピンと伸びている様子に、佐伯はなんとも言えないいやらしさを感じていた。
「あぁ、楽しみだなぁ。いただきま~す」
佐伯は不気味に口角を上げて笑うと、前野の足の近くで同じように座り、そのまま前野の片方を掴んだ。
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