レッドが目を覚ますと、そこは薄暗い牢獄のような一室だった。
冷たい金属の感触がレッドの全身を這い回ってベッドに固定され、身じろぎひとつできない。
レッドの最後の記憶は、敵である『シャドウ』の幹部との激しい戦闘の中、不意を突かれて攻撃を食らい意識を失ったところだった。
「目が覚めたかしら、レッド」
闇の中から、黒いドレスに身を包んだ女が現れ、あざ笑うような高い声で言う。
それはレッドと直前まで戦っていた、『シャドウ』の幹部であるグレイスだった。
真っ黒な長い髪の人型の女の姿に綺麗な顔立ちながらその目はゾッとするほど冷たく、人らしい感情の色を一切映していない。
「さっさと解放しろグレイス!!こんなことをしても無駄だぞ。すぐに仲間がここに駆け付けるはずだ」
レッドはグレイスを睨みつけ、意志の強さを込めて言い放つ。
ヒーローとしての誇りや人々を守るという使命感、そして仲間への信頼が今の絶望的な状況でのレッドの心を支えていた。
「仲間…ね。本当に『助け』に来ると言いわね」
そう言ってグレイスは薄笑いを浮かべ、壁に設置された機器を操作し始める。
その機器はレッドのベッドの上にある、禍々しい光を放つ巨大な装置へと繋がっており、レッドは一目見ただけでそれが人の精神へと干渉する類の代物だと理解した。
そしてグレイスがレッドを洗脳しようとしていることも。
「洗脳か…くだらない。そんなものは俺には効かない」
レッドは唾棄するように言った。
機械を見てそれが洗脳をするものだとすぐに理解できたのも、これまでレッドは精神攻撃の類は何度も経験してきたからだった。
そしてその度にレッドは、己の信念の力で打ち破ってきたのだ。
それ程までにレッドの心は強かった。
「ふふ、威勢がいいのは嫌いじゃないわよ。最後までその威勢がもつと良いわね」
そう言って笑いながらグレイスは機器のスイッチを入れる。
瞬間装置が唸りを上げ、不快な低周波がレッドの脳を直接揺さぶった。
そして同時に、レッドの前にあるモニターには様々なイメージが高速でフラッシュし始めたのだ。
暴力、破壊、人間の汚い部分が見える映像を、これでもかという程にレッドへと刷り込むように見せつけた。
そんな中レッドは歯を食いしばり、必死に自分が流されないように意識を集中させ、頭の中に無理やり侵入してくる異物を精神の力で押し返そうとする。
驚くことにレッドは、守るべき人々や仲間の顔を思い浮かべることで悪意に満ちた洗脳プログラムに抵抗し、脳を直接犯されるような苦痛になんとか耐えることができていた。
ーーこんなものに負けるかっ…!! 耐えていれば仲間達が助けに来てくれるはずっ…!!
そう信じることでレッドの心は折れず、その精神への攻撃に耐えていたのだ。
数時間が経過しただろうか。
装置は稼働し続けているが、レッドの目は依然として強い光を宿していた。
そんな折れないレッドの様子にグレイスは眉をひそめ、機器のデータを確認する。
「…ふぅん、なかなかやるわね。驚異的な抵抗力じゃない。通常の人間なら、数分で精神が崩壊して私たちに従うようになると言うのに…」
グレイスは感心したように呟いたが、その声には苛立ちの色も混じっていた。
彼女は一度装置を停止させ、顎に手を当ててレッドを観察する。
「なるほどね。単なる精神攻撃だけでは不十分かしら。あたなのような強固な意志を持つ者を屈服させるには、もっと内側にある本能的な部分に揺さぶりをかける必要があるようね」
レッドの強固な精神を破壊するには、まずその外側にある「心の鎧」を壊さなくてはいけない。
そこでグレイスはあることを思いつき、再びレッドを見下ろしニヤリと笑う。
「レッド、あなたには特別な『処置』を施すことにしたわ。あなたの持つ五感の一つを、極限まで研ぎ澄ませてあげる」
グレイスは不気味な笑みを浮かべながら機器を操作し始めると、レッドの顔の前へとチューブが下りてきた。
そしてそのチューブはレッドの両方の鼻へと入ると、プシュッと気体となった薬物を放ったのだ。
「ぐっっっっ!!」
それをまともに吸ったレッドの意識は急速に混濁していく。
「くっ…何をしたっ…!!」
朦朧とする意識の中で、レッドはグレイスを睨みつけて叫ぶ。
「別に大したことはしていないわ。知ってる?犬の嗅覚って言うのは、人間の100万倍と言われているの。ただあなたの鼻を犬と同じにしてあげただけのこと」
朦朧としていた意識がゆっくりと浮上する。
最初にレッドが感じたのは、部屋に漂う微かな空気の匂いだった。
金属の冷たさ、オイルの酸化臭、埃っぽさ、そして誰のものとも知れぬ体臭。
それらがこれまで感じたことのないほどの鮮明さで鼻腔を突き、脳を直接刺激したのだ。
ーーなんだこれはっっ!! 匂いが…匂いが強すぎるっ…!
そのあまりの匂いの強さにレッドは混乱した。
まるで世界の全てのものが「匂い」で構成されているかのような感覚。
息を吸うたびにあらゆる匂いの情報が暴力的に流れ込んできて、それを防御する術はなかった。
「犬になった気分はどうかしらレッド」
グレイスの声がやけにはっきりと聞こえ、その彼女の呼気に含まれるわずかなミントの香りと、その下に隠された薬品のような無機質な匂いまで感じ取れてしまう。
犬は匂いで人を判断すると言うが、この状態なら目を瞑っていてもグレイスがいることは知覚できるだろう。
「貴様…!こんなことをしてどうするつもりだ!!」
そう言う自分の声すら、呼気に乗って鼻腔を刺激し不快感を増幅させる。
「言ったでしょ?もっとあなたの本能的な部分を揺さぶるって。さあ、ゲストも呼びましょう。あなたもよく知っている人物よ」
その声とともに重い金属製の扉が開く音がする。
その瞬間、レッドの鼻腔をこれまで感じたことのない異様な匂いが捉えた。
それは人間の汗と、使い古された革と、微かな土埃が混じり合ったような、決して良い匂いとは言えないむせ返るような雌の匂い。
そしてその匂いの主が姿を現した時、レッドは思わず息を呑んだ。
「久しぶりね、レッド」
「っっ!!ピンク!?」
そこに立っていたのはレッドの長年のヒーローとしての相棒であり、プライベートでは恋人であるピンクだった。
しかし、その姿はレッドの知るピンクではなかった。
悪意に染まったような光のない瞳、人を見下しあざ笑うような表情。
そしてヒーローとしてのピンクのヒーロースーツを着ながらも、全身からはシャドウの構成員が纏うのと同じ冷たく不気味なオーラが発せられている。
「ピンク!!どうしたんだ!!目を覚ませ!」
「目を覚ますのはレッド、あなたでしょ?あなたも早くこっちに来れば良いのよ。ヒーローなんかやるよりも、何倍も気分が良いし楽しいわよ」
レッドが必死に叫ぶがピンクはそれを一蹴すると、逆にレッドを勧誘するように嫌な笑みを浮かべた。
「無駄よレッド。彼女は既に私たちの忠実なる下僕なの。仲間に会いたがっていたあなたのためにわざわざ連れてきてあげたんだから、私に感謝しなさい」
そんな二人のやり取りを見ていたグレイスは、嘲笑しながら煽るようにレッドへ言う。
ーーピンクは既に敵の手に落ちて洗脳されていたというのか!?
レッドは愕然とした。
信じられない、そして信じたくない事実だった。
しかし目の前に立つピンクの姿と、彼女から発せられる言葉と異様な雰囲気がそれを嫌でも肯定していた。
そんな中ピンクはゆっくりとレッドへと歩み寄ってくる。
その一歩一歩が、レッドの鋭敏になった嗅覚を激しく刺激した。
ピンクが普段から愛用している、戦いの汗と泥にまみれた頑丈なブーツ。
長年履きこみ沁みついたその匂いが、ピンクが近づくたびに耐え難い悪臭となってレッドに襲いかかったのだ。
「やめろ…ピンク…こっちに来ないでくれ…」
その近づいてくる臭気にレッドは懇願するように言った。
恋人が洗脳され悪の手先となり、自分を苦しめるために現れたという現実。
そしてその恋人のブーツ越しの足元から放たれる、普段はなんとも思わないはずの匂いが、今は自分を苛む凶器となっているという事実。
それはレッドの心を少しずつ、そして確実に蝕み始めていた。
「さぁピンク、さっさと始めなさい。まずは、その自慢のブーツから嗅がせてあげて」
「かしこまりましたグレイス様」
ピンクはグレイスへ丁寧に頭を下げて言うと、命令に従うようにニヤニヤと笑いながらゆっくりと自身のブーツに手をかけた。
その指先が泥と汗で汚れた分厚い革紐に触れ、一本一本紐が緩められていく。
金属製のバックルがカチリ、カチリと外される乾いた音が静寂の中で不気味に響き渡る。
そしてピンクはブーツの履き口に両手をかけ、グッと力を込めて引き抜きにかかる。
長時間の密着でブーツの内側と足が一体化しているかのように、容易には脱げないその様子が、内部の過酷な環境を物語っていた。
そして、ゆっくりとその足をブーツからヒーロースーツに包まれた脹脛が見え始め、ズポッと言う音と共に一気に足がブーツから解き放たれる。
その瞬間、ブーツの奥底で凝縮されていた足の悪臭の塊が解放され、まるでダムが決壊したかのように奔流となってレッドの鼻腔へと襲いかかった。
続きは6月8日に他プランでも公開予定
現在タバコプランにて先行公開中
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