こんにちは
ダージリンが急逝してから二週間ちょっとが経過しました。
とりあえずはちゃんと生きてますしご飯も食べてます。きちんと消化は出来ていなさそうですが。
あれからいろんな身近な人や作家仲間の方々にも支えていただき、極力家の中で独りでいる時間は短くするようにして過ごしています。
まだ食卓に一人で座ると彼女が目の前にいた記憶が蘇りますが、これはもうここから先一生消えない寂しさだと思います。最近やっとそれを脳で理解して体が受け入れられる程度にまで回復してきました。
とはいえ日常生活の全ての動作に無意識に根付いていたダージリンの存在が刻み込まれているので、仕事中に隣をふと見てしまう癖や、大きな音を立ててしまうとすぐ彼女に「ごめんね」と言いそうになる癖が抜けません。まだ骨壷に向かって「おはよう」から「おやすみ」までを言わないと自分の居場所がわからなくなります。
「時間が解決するのを待つしかない」とよく言いますが、時間だけに頼っていたらもっと酷い状態だったと思います。生活基盤が壊れ、私の心身も間違いなく壊れていたと思います。
いつもお世話になっている、私を気にかけてくださる方々には感謝しかありません。いつもありがとうございます。
ハウザーと死別して以降から考えていることですが、死んだ彼らの肉体が燃やされ骨になり、どこかに埋められたり心の礎になるということが、これまでの自然の歴史の中で何度繰り返されてきたのでしょうか。
【花は誰かの死体に咲く】という私が好きなamazarashiさんの歌があります。
タイトルの言葉通り、我々はこの世界で愛されたり愛されなかったりした誰かの死体でできた墓土の上で新しく芽吹き続けている、という感じの歌です。
すべての死が自然の流れの中に溶け込んで、またその上に死が重なっていくというのが生命の摂理だと思います。私もあなたもいずれ必ず同じようになるし、生きた間に不必要に苦しまず、大切な誰かに出会えて幸福な人生を共有できたというは奇跡以外のなんでもないです。先に別れを経験した方が寂しくなるのも必然で、いまの苦しみは満たされた時間の延長線上に必ずあるものです。
そんな風に彼女の死を大きな流れの一部として捉えるだけのエネルギーがやっと戻ってきた感じです。栄養のある食事を摂って体を休めてみて、本当に自分が物理から衰弱していたのだとわかりました。そりゃ二週間毎日泣き続けてたら疲れますよね。
ようやく涙の量も減ってきて、外の世界に関わる気力と体力が少しづつ戻ってきてます。もう少し元気になるまで時間はかかりそうですし、一人暮らしの空虚はいずれまた新しい家族を迎えない限り拭えないとは思いますが。
「命を取っ替え引っ替えするな」と考える人もいるかもしれませんが、私はそういう人間です。人との関わりも無論大事ですが、動物がそばにいてくれないとまともに生きられないんです。孤独に弱い人間です。だからどんな動物とも人生かけて付き合ってしまうんです。そして別れのたびにこうやって苦しむと思います。業が深い人間です。
許しを請う気もないです。これからも一緒に生きてくれたみんなを連れ立って生きていくつもりです。
それはそれとして、10月23日には『限界独身女子(26)ごはん』最終4巻が発売されます。
各書店の特典も順次公開されると思いますが、いつものゲーマーズさまのB2タペストリーがオススメです。元気になったミョコに会えると思います。
こちらはいつも発売後爆速で売り切れてしまうので、お求めの際はご予約をお勧めします。
最終巻制作の裏話などについては発売後にまた書きたいと思います。
まだ脳の機能が完全に回復していないので細かい確認や告知が間に合ってませんが、少しずつSNSの活動も再開したいと思ってます。
ただこればかりはいつ頃に元気になれるか私もまだわからないので、とりあえずなんとか日々をやり過ごしているんだなと思って見守ってくださると幸いです。
ではまた。
urnothingb4me
2025-10-09 12:25:53 +0000 UTC