夏海ちゃんかわいいですね しかし、アニメ放課後ていぼう日誌は3話にていったんお休みです 5chで、声優さんの声をとれないのが延期の主な理由で、作画作業はできるなんて噂を見かけましたが、もしそれが本当なら、再開のおりには全話通して1話、2話ばりのばりかわな作画で、ていぼう日誌が観れるかも? と言っても、ていぼうの次のお仕事もあるでしょうし、なかなか難しそうですね、早く続きを見たい! 今回は、作画もといデッサンについて、夏海ちゃんを描いてて一つ気づきがあったので、備忘録として2枚目を残しておきます。 ▼以降すごくすごく長いキャプション▼ どうやら私は、横に跳ねた髪を描く際、正面から見たときの印象に引っ張られて、斜めから見た顔を描くときでも、髪のシルエットは正面から見たものにしてしまうクセがあるようです。今回も1枚目の絵では、顔は斜めからのアングルなのに、髪の毛は正面から見たシルエットになっています。対して、2枚目の絵はこのクセを抑え、髪にかかるパースを意識してシルエットを描き直しています。2枚目の方がより立体感に対する説得力が上がっているのではと思います。 さて、今回の1枚目の絵のように、複数の方向からみた見え方を1枚の絵に収めるやり方は、無意識にやっているうちはただのデッサンの狂いですが、意識的に使えるようになれば、立派な表現技法であり、それも割とよく見られるもののようです。 例えば、かの鳥山明大先生は、ドラゴンボールを描く際、斜めからみた顔の場合でも手前側の目は正面から見たときと同じ作画にしているそうです。そっちの方がより迫力があり、印象的な絵になる効果があるんだとか……。 アニメ化の際は、はこのデッサンの狂いを許容できるアニメーターさんもいれば、できない人もいたようで、担当したアニメーターさんがこの表現をどう解釈し、対処したのかが各話違っていたそうです。(twitterでみた情報です https://twitter.com/nappasan/status/1084380690265718785) また、ピカソはそれまでの写実的な絵とは違い、一つのキャンバスにいろいろな視点から見たものを収めるという表現を模索して、これがのちにキュビズムとして現代に知られるものになっていったそうです。キュビズムはフランス語らしいですが、英語では Cubismと書き、日本語では「立体派」と訳されたりもするそうです。立体(キューブ)イムズということですかね。 ピカソはかなり極端な例ですが、もうひとつ実感しやすい例として、ドミニク・アングルの「グランド・オダリスク」が思い浮かびます。( http://art-lover.me/2016/04/02/%E3%83%89%E3%83%9F%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AB/ ) この画家さんはものすごくデッサン力のある方なのですが、この「グランド・オダリスク」では、横乳と背中が同時に見えていたり、頚椎が数個多かったりと、デッサンが狂っています。 この絵が描かれた時代は、カラーカメラの技術が出来上がった時代であり、絵画はもう不要なんて声が世間から聞かれるようになっていたそうです。この頃のドミンク・アングルさんは画家として既に成功をおさめていて、お金もたくさん持っていたそうです。しかし自分の後に続く若い画家たちの将来を思って、カメラにはできない表現を目指しこの絵を描いたそうです。ただ、発表当時は大きな批判を受けたとか……。それでも今ではルーブルの壁に飾られているのだから、世間の評価はあてにできませんね。 私は美術関連に関してはほとんど何も知らず、ネットでちょっと読んだ程度の知識しかないので、詳しい方がこれを読んだら、間違ってるぞ! と怒られちゃう内容もあったかもですが、こういった視点で昔の絵を見るのも面白いかもですね。 他に、もっと身近な例として、3Dアニメ「宝石の国」が思い浮かびます。アニメを造る際、3Dモデルをそのまま撮影したのでは、正面から見たとき以外、あまり可愛くないので、カメラの位置に合わせ、顔が可愛くなるようにモデルを自動で変形させるソフトを、アニメーターさんが開発してアニメ製作に利用していたそうです。 アングルによるモデルの変形は、このツイートの動画なんか、とても分かりやすいですね。( https://twitter.com/kohta0130/status/717555450799984640 ) 3Dモデル人形を資料に絵を描く機能はクリスタにもありますが、やはりデッサン通りに描いても可愛くはならないというのが普通のようです。 しかし、正解を知らずに無意識に崩れた絵を描いてるだけでは、表現の程度を調整したり、効果的な場所を選んで使ったりはできませんので、やはりデッサン力というのは必要なのだろうと思います。どの道、最低限のデッサン力がないと、絵に説得力が出ませんしね……。頑張ってデッサンを正確にしても、そうしたからといって可愛くはならないかもしれないというのは、なんだか割りに合いませんが、その代わりその絵の次に描く絵は、より一層かわいく描けるのだと思うと、ワクワクもします。 ところで今回の私の絵、無意識に走り描きして複数のアングルをひとつに収めた1枚目と、成れないながらもデッサンを意識して頑張って描いた2枚目だと、どちらの方が可愛く見えるのでしょうか? あれこれ頭を使って描き直していると、もう何が良くて何が悪いのかよく分からなくなってしまうので困ります。