「大丈夫なのか?」
【CD-S:Colosseum】の中央に立つ闘技場。その一画。
滞在中にと用意された部屋で天色は璃緒に問う。
「此処の調査をするのは良い。元々その為に来たのだから。だが、あの程度の条件であの陰湿赤毛が素直に引き下がるとも思えんが」
「【電脳空間】に定義された条件はたとえ作った本人でも覆せない。それはフォレストもわかってると思うよ。あちらとしては、それでも良いと思う程に天色が脅威なんだろうね」
ベッドに腰掛け、自らの手にバンデージを巻きながら璃緒はにっこりと答える。
「ここでは天色は原則俺の付き人。身を守る以上はできない代わりにあちらも天色に手が出せない。こんな相手のテリトリーでは、2人共倒れる訳にも行かないしね」
「それはそうだが……、お前一人であいつの用意した相手全てねじ伏せるとか……無謀にしか思えんが?」
「だからこんな形式にしたんじゃないか」
バンデージを巻き終え、ボクシングのグローブをはめ、天色にテーピングよろしく、と両手を差し出す。
天色は頷き、支給されたテーピングを璃緒の手首に巻く。
「いざとなったら天色は自力でここを脱出できる。万一があれば……それで救援よろしく」
にこりと笑う璃緒。だが先ほどとは少し気配が違う。
気持ちをこれから始めようとしている事に切り替えつつあるのだ、と天色も推察する。
「魔法系や飛び道具の【CD-S】は禁止、あくまで格闘技のルールに準拠できる範囲のものに限る。これでフォレストの得意なステルス弾は封じれる」
あとは俺の趣味というか、この方がテンション上がるからだけどね、とも付け加える。
最後の言葉にやや呆れた様子でため息をつく天色だったが、
「視認できないstealth系スキルを封じればお前でも奴に勝機はあるか……」
「とはいえ、流石にいきなりフォレスト相手は承諾してくれなかったけど……。5人分勝てば手が届く」
テーピングを巻き終えたグローブの感触を確かめるように自らの拳を突き合わせる。表情からいつもの屈託ない笑顔が消える。
[準備はできたかい?]
不意に部屋の一角に置かれた古ぼけたラジオから声がする。
[できたようならその部屋から階段を降りて来るといい。最初の相手が待ちくたびれてるんだ]
どうやらそのラジオはあちらが一方的に連絡を取る手段のようだ。
[勝てばその部屋から外の領域に順次自由行動の権限をあげるよ。それを繰り返して5回分勝てば、僕のいる部屋にたどり着ける。]
2人は部屋を見回す。
用意された部屋はホテルの上級の部屋を模した作りだ。当面外に出ずとも過ごせる設備が用意されている。しかし、部屋の外へは何度か扉を開けて出てみたがこの部屋に戻って来ていた。おそらくはフォレストの仕業だろうとは容易に予測できた。
「つまり勝てなきゃ永久にこの部屋監禁って事か……」
[その方がやりがいもあるだろう? そのかわりその部屋にMonster達も立ち入れない。璃緒の提示した、その猫の安全は確保できるようになっているよ]
「実際どうなんだか」
[信じる信じないは勝手。僕にとっては君達が娯楽に乗ってくれただけでも楽しいからね]
クスクスとラジオの向こうから聞こえる笑い声。
クエストを突破できないだろうという自信にも思えた。
「とっとと5戦突破してお前を目の前に引きずり出してやるから待ってろ」
低く、嫌悪感の混じった璃緒の言葉に、待っているよ、と変わらず楽しそうに答えるフォレスト。
[さ、早く会場に来てくれないかな? 最初の子も血の気が多くてね。観客にとばっちりでも来たら大変だ]
そこまで言ったラジオはプツリと音が消える。
璃緒と天色は互いを見て頷き、扉を開く。
それまでループしていた扉の先には細い廊下が一本続いている。その先に階段と灯りが見える。
灯りの方へ歩いてゆくと、その先は開けた広間に出た。
闘技場を模した領域の中央、広間だけが照明に照らされ、周囲は観客席は薄暗い。ただ、ざわざわと騒めきが聞こえ、時折爛々と赤く光る瞳のようなものも見える。恐らくは此処に集まったMonster達だろう。
これ全てを相手に回すとしたら……、天色は血の気が引く感覚を覚え、足が止まる。
[安心するといい、観客席は煩いかも知れないけど其方には降りられない。そういう【条件】だからね。
だから安心して目の前の相手に集中すると良いよ。
ただし、観客の大半は君達にとってはアウェーかも知れないけどね。]
確かに聞こえて来るどよめきに時折、やってしまえとか、璃緒達を罵る声も聞こえる。
「大丈夫、この程度の不利なんてなんて事ない」
璃緒の顔を見た天色に前を見据えたまま、璃緒は頷く。
こんな敵地に飛び込んだんだ、このくらい予想の範囲だとも。
天色も、こくりと頷く。弱味を見せれば負けだ、と璃緒の見据える視線の先を見る。広間の中央、少し高い台が用意され、その辺に沿って四角くロープで区切られた区間がある。
その中に一際大きな影が立っている。
「初っ端から随分でかいのを持ってきたな……」
太く、分厚い筋肉に包まれた体躯。身長は璃緒の頭2つは大きいだろう。その頭部は雄牛の様な角。爛々と光る赤の瞳が2人を見つめている。
「さしずめ【Minotaur】に変異した奴といった所か……」
明らかにパワー型だな、と天色は考える。
「……相当お待ちかねみたいだな」
璃緒達を見て、鼻息が荒くなった相手の様子を見、璃緒はそう呟きロープを潜る。天色はロープを繋ぐコーナーの一角に待機する。
軽くジャンプして足下の感触を確かめ、その大きな相手に歩み寄る。
「待たせたな。でも、挨拶くらいはさせてくれ」
そう、璃緒は良い、軽く左手を相手に差し出す。
……パァン
乾いた音と共に璃緒の左腕は跳ね除けられる。
それが開始の合図となった。