SakeTami
雪中アヤメ
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シェアハウス犬の幸せな休日

 わたしたちの朝は、ベッドから始まるとは限らない。 「ん……ふぁ。おはよ、ムギ」 「うん、おはよモカ」  今日は二匹とも檻の中での起床だった。ただし本当にただ檻の中というだけで、それ以外に拘束とかはない。  もう何年もこのシェアハウスでペットとして暮らしているわたし、ムギと親友で仲間のモカは、とはいえいつもヒトイヌのまま寝ることはできない。慣れてはいても体に負担があるから、ヒトイヌ就寝は週に一度だけ、しかも前後にしっかりケアをするというルールなのだ。  だけどわたしたちはペット。普通に人間としてベッドで寝ることもあるけど、それ以外の寝方もある。……というか、わたしが欲しがって制定してもらった。  基本的には三つだ。普通にベッドで就寝、ベッドで負担のない拘束をしてもらってシェアハウスの誰かの抱き枕、そして今回のようにペットケージでの就寝。  だけどわたしたちペットに専用のベッドはないから、普通に寝る時も誰かのベッドにお邪魔することになる。まあだいたい女性陣が争奪戦をするんだけど、それはそれで楽しいものだ。すっかりペットとしての身分が性に合ってしまっているわたしたちにとって、そうして欲しがられるのはすごく嬉しい。  一方でケージの場合は、ペットルームに置かれた大型犬用のケージの中で掛け布団に包まる。足を伸ばせる広さはないから、その狭さを心地よく感じながら眠るのだ。……見た目異常ではあるけど、感覚としては押し入れで寝る特別感に近い。今でもそれを感じてしまうあたり、これだけやってもわたしたちは人間ではあるんだけど。 「……っ、ぅ」  だけど、それ以外に普通ではないことがふたつ。このケージ、外から鍵をかけられている。だからわたしたちは、誰かが迎えに来てくれるまでケージから出られない。そんなところでささやかなマゾ欲を楽しんでしまう自分には正直どうかとも思うけど、最近は当たり前に同じものを味わっているモカがいるから罪悪感も薄い。  そしてもうひとつ……わたしたちはケージの中ではオムツを着けている。これは単純な話で、夜中トイレに立ったり朝起きてすぐ行ったりできないから。我慢できなくておねしょになるよりは、恥ずかしさを忍んでオムツを着けておくほうがいいとなったのだ。  起きた時点でギリギリまで溜まっていたわたしは、ケージの中で静かにオムツにおしっこをした。とはいえこんなのは後でバレるし、モカにもわかるだろうから隠す意味はないんだけど。でも、起きているのにオムツにするのは恥ずかしいの。 「おはよう、ふたりとも」 「おはようございます」 「おはよ、琴音さんっ」  しばらくすると、予定の時刻に一番近くに起きた人が鍵を持って迎えに来てくれる。はじめは最初に起きた人だったんだけど、やりたくて早起きした光さんに対してわたしがまだ寝てたことがあって以降こうなった。だからほとんど運次第だ。  今日のお迎え役は琴音さんだった。運が悪い……ううん、いいかも。だって、恥ずかしいから。 「じゃあ、まずはオムツからね。ふたりとも、お股開いて」 「……はい」 「うぅ……」  わたしたちが割とどうしようもないマゾだってことは、琴音さんが一番よく把握してくれている。だから彼女が担当の日は、容赦なく赤ちゃんと同じ姿勢でのオムツ確認を求められる。二人並んで仰向けになって、股を開いて曲げる格好だ。腕の位置は指定されていないけど、だいたい恥ずかしくて胸元で握っている。  先にオムツを脱がされて確認されたモカは出していなかったようで、そのまま下半身裸で四つん這いになって待機。続けてわたしのを開かれて……しっかりおしっこを受け止めたそれが露わになった。 「たくさん出したね」 「はい……」  とはいえ叱られたりはしない。所定通りの役目を果たしたオムツを回収されて、念入りにウェットティッシュで拭かれるだけだ。それが恥ずかしいんだけど、とはいえすぐにモカと同じ四つん這いにならせてくれる。  それから着替えなんだけど……朝は裸であることが多い。 どうせ大学に行く日はほどなく着替え直すからペット服を着るのが手間だし、休日も午前中からヒトイヌでいることはあまり多くない。改めて振り返ると意外と人間でいる時間もしっかりあるのだ。  というわけでそのくらいはと自分で上半身は脱いで、順番にヒトイヌにしてもらっていく。革拘束具で手足を畳んでいって、頭にカチューシャ。朝は尻尾も省略しがちだ。 「ん……ありがと、琴音さん」 「よし。それじゃ、行こ」  わたしは犬耳、モカは猫耳。気分で変えることはあるそれぞれの性格にも合ったペットとして簡易ではあるけれどなれば、ようやくペットルームから出ることができる。琴音さんのゆっくりの足取りに続いて、わたしたちは短い四足歩行で廊下に出た。いつも通りの非日常感を存分に楽しみながら、みんながいるリビングへ。 「おはよう、ムギ、モカ」 「おはよっ、はるねえ」 「二匹とも、ご飯の準備できてるよ」  今日は土曜日。わたしたちの起床時間は少し遅めに設定されていて、リビングには入居者の大半がいた。暁さんがわたしたちの餌の用意をしておいてくれている。  だけどまだだ。少しの間モカと戯れていると残りのひとも起きてきたから、それを合図にわたしたちは餌のもとへ向かう。定位置はダイニングテーブルからある程度離れた床だ。 「いただきます」 「いただきまーすっ」  なぜなら、休日の朝は明らかに寝過ごしているひと以外全員の前で食べる決まりだから。わたしたちはペットだから、恥ずかしくてみじめでかわいいところを飼い主さんたちに見せるのは当たり前なのだ。  しかも、朝だけはわたしたちの餌はドッグフードになる。なぜかミスト・スランバーが売っている、ドッグフードの形をした完全栄養食だ。味は再現より快適さを重視したのか、けっこうちゃんとおいしい。 「ん……はぐ、んむ」 「んふふ……ぁむ、あぐ……」  餌皿に盛られたドッグフードに顔を突っ込んで、当然手なんて使えないから口で直接食べる。この犬食いの屈辱感と、それを上からみんなで見られている感覚がたまらない。もっと見て、もっと恥ずかしくして、ってお尻を振りながら、頭を上げもせずに餌を食べていく。  やがて底が見えたら皿底の角までしっかり舌を這わせて掬い上げて、綺麗に完食。隣に置かれたお茶もストローで飲み干した。 「ごちそうさまでしたっ」 「お粗末さま。ほら、拭くから動かないで」  昼と夜は横に口元を洗うための水も置いてあるけど、朝にはない。ドッグフードだからそれが必要になるほどは汚れなくて、食後に拭いてもらうだけで充分だから。  飼い主志望カップルの彼氏こと裕介さんに顔を差し出して、ドッグフードのかすで汚れた顔の下半分を綺麗にしてもらう。その間じっと四つん這いのまま止まっていて、大事な顔を自分では触れもしないまま差し出すのはそれだけでけっこうクるものもある。無力感というか服従感というか……ペットらしさともいえるこの感覚が、わたしは大好きだった。  朝食が終わったら、わたしたちはヒトイヌを解いてもらう。モカは後でもいいのにわざわざペットトイレにおしっこしていた、ヒトイヌなんて知らなかった数年前から思うとなんだか感慨深い。  しっかり人間の服を着て、午前中は普通に人間として過ごす。これが朝のヒトイヌが簡略化された理由であり、わたしたちとしては大切ではありつつもどかしい時間だ。午前中にヒトイヌでいられるのは週に一度まで、というのもここでのルールだから。  この日ははるねえと一緒に買い物に行った。帰ってきてからは勃発していたレースゲームを見ながらひと休み……というのも、こういう時でもわたしたちは家事を手伝ったりさせてもらえない。ペットは体力を使うから、体力を温存しておくのも仕事らしい。たぶん、庇護欲なんだと思う。  ゲーム全般が上手なモカ……萌果が他の3人をボコボコにしている様子を眺めていたら、決着とほぼ同時にお昼ご飯となった。ただし、ここにもこのシェアハウスの奇妙なルールがある。昼食を作った二人だけ先に食べるのだ。 「さ、ワンちゃんニャンちゃん、元の姿に戻ろうね」 「わんっ」 「にゃあ」  その二人が食べているとき。わたしたちはこのタイミングでヒトイヌに戻る。ぱぱっと服を脱いで、お世話係たちが用意した今日のおべべに着替えてから四つん這いになった。これは自分でも選べるけど、普段はだいたいお任せにしている。  今日はモカは分厚めラバーのドギースーツ、わたしはバニーガールだった。こういうわかりやすいコスプレのほうが裸よりも恥ずかしく感じてしまうのは、ちょっと普通じゃないかもしれないけど。  そのままヒトイヌ拘束……今日のモカはラバースーツそのものがヒトイヌ型だからそのままで、わたしはお気に入りの革のやつ。この方が人間のかっこうより安心してしまう手遅れなわたしたちは、尻尾も取り付けて完成の証に首輪をつけてもらうと抱き上げられた。 「はい、あーん」 「あー……む」 「ん、おいしい!」  そして休日のお昼ご飯の特徴、ひいては昼食担当が争奪戦でゲームをしていた面々がじゃんけんの負け組である原因がこれ。先に食事を済ませたひとの膝に座らされて、最初から最後まで食べさせてもらうのだ。  この日はきつねうどんだった。わたしは咲月さんの膝に跨って前脚でテーブルの縁を押さえて姿勢を安定させたまま、咲月さんの箸ですくい上げられたうどんに息を吹きかけて食いつく。そのまま飛び散らないように押さえていてくれる麺を啜るのだ。麺類ならこうだけど、たとえば炒飯やドリアならスプーンを差し出してもらえるし、光さんが気合を入れてピザを焼いたりした時なんかはそれにかぶりつく。  これが可愛いって評判だから、土日はいつも争いが起こる。今日はじゃんけんだったみたいだけど、パーティゲームをものすごく真剣にやっていることもあったりする。ただなんのプライドなのか、運要素の強いものであることが多い。 「ごちそうさまでしたっ」 「はーい。それじゃ、こっちだよ」  それだけではない。朝はすぐに解かれるから自分でするけど、昼はヒトイヌのまま歯磨きだ。当然自分では歯ブラシも握れないから、これもお世話してもらえる。……たぶんここの6人の入居者の共通項、ペット好きというよりはお世話好きなんだと思う。たまにわたしたちですらついていけないこともあるし。  洗面台の前に椅子が置かれて、そこに座らせてもらう。これもまた向こうでなんやかんやあって決めた担当のひとが後ろに立って、ペット用の指サック歯ブラシを着けた。……この形を作るならもう普通の歯ブラシでいい気はするんだけど、やりたいらしいから仕方ない。 「じっとしててね」 「んぁ、ぁぅ……」  わたしたちとしては、けっこう恥ずかしい。念入りに指で歯磨きされていって、口を開いて閉じて。歯に限らずだけど、おかげでここに来る前より綺麗な気がするほどだ。  人の指が口の中に入ること自体が普通はあんまりなくて、それこそちょっと歪んだえっちなことをするときくらいな気がするけど、わたしたちは少なくとも週2でこれだ。夜はお風呂ついでに済ませてしまうことも多いけど。  ともかく、庇護欲のヘンタイさんも六人寄って変態ペットを二匹抱えれば満たされるというわけ。……いまさらだけど、よくこんなところにモカも馴染めたよね。もともとマイペースで猫っぽい子ではあったけどさ。 「じゃ、いってきます」 「行ってらっしゃーい」  午後。ここからはけっこうその日次第だ。わたしたちに何か用事や外の友達との約束があったり、やりたいことがあればそれを優先させてもらえるけど、そうじゃなければ大きく分けて三種類ある。  そのうちひとつは、住人の誰かの手伝い。わたしたちは普段甘やかされている分困っている様子があったら積極的に手伝いに行くようにしている。要件はさまざまで、たとえば萌果はクリアできないゲームの手伝いなんてのもあったり。  ふたつめはアルバイト。今日のモカはこれだ。わたしたちはミスト・スランバーの直営店で看板犬として働いているから、だいたい週2のペースでそっちに向かう。お客様に狙わせないためにシフトは不定になっていて、わたしたちの希望も交えて相談と適当で決まる。  普段は一度人間に戻って自分の足で向かってから向こうでヒトイヌにしてもらうんだけど、住人の誰かが暇なときは送ってもらうこともある。今日はそれで、身バレ防止の全頭マスクを被ったモカはそのままペットキャリーに入った。裕介さんと咲月さんのカップルが二人がかりで送迎しつつ、ついでに店を見てくるらしい。  ……さすがにカップルということで、あの二人は他の寝室から少し離れてペットルームを挟んだ二人部屋でたまにやることをやっている。ペットルームには聞こえてくるし、たまーに舐め犬として巻き込まれることもあるんだよね。その時に使うものを見繕うのだろう。 「ねえ、ムギ。実はちょっと試してみたいものがあるんだけど、よかったら付き合ってくれない?」 「ん、いーよ。なんだろ……」  そして最後のひとつが、ただペットとして過ごすこと。ただまったりして過ごすところを見せていることもあるし、誰かのお部屋やペットルームで可愛がってもらうこともある。あとは必要なときは片手か両手だけ解いてもらって課題やレポートなんかをやることもあるかな。  わたしは今日はこれだと思っていたんだけど、はるねえと光さんが声をかけてきた。わたしも暇だったし二つ返事で応えて、二人のもとへぺたぺた。そういうことなら、今日はこの二人の遊び相手だ。その試したいもの次第ではお手伝いの性質もあるかもしれないけど。  わたしが主役になるようなことをするときはペットルームに移ることが多いけど、今日はリビングでやるらしい。小机を脇にどけたカーペットの上に移動して待っていたら、はるねえが何かを持ってきた。  えっと……ハサミと、テープのようなものを二種類だ。片方は透明で、もう片方が黒。黒いほうはビニールテープかな。 「ちょっと手間がかかるから普段からはやりづらいんだけど……今日はマミーヒトイヌを試してみましょう」 「まみー……?」 「ヒトイヌの形で、手足をミイラみたいにぐるぐる巻きにするんだよ。マミフィケーションっていう拘束法」  なるほど。ヒトイヌ拘束具は手足を畳んだところに外から締めつけて固定するけど、これをテープのぐるぐる巻きでやるってことか。なんでわざわざそんなことをするのかはわからないけど……いや、思い出した。この透明のテープ、バイト先にも置いてある。そう使うものだったんだ。  マミフィケーションはまた調べてみるとして、実際に受けてみることにした。まずは片方の前脚を差し出したら、そこだけ拘束具を外された。 「まずはこのストレッチフィルムで巻いていくの」 「このままの形で、動かさないでね。手のひらは肩に添える形だよ」 「……試しに肘を開いてみて」 「ん……っ、あれ、もう動かない」  ちゃんと肘を畳んだままにしていたら、まずは透明のテープを巻きつけられはじめた。粘着力はなくて、言われてみれば確かにフィルムという感じ。ラップにも見えるけど、手触りはちょっと違うかも。  だけどこれ、拘束力はすごい。まだ真ん中あたり、幅にして半分くらいしか巻かれていないのに、普段のヒトイヌ以上に動かないのだ。すごく柔らかそうに見えるしストレッチなんて名前なのに、がちがちだ。 「梱包用に使われるものでね。フィルム同士が静電気でくっつくから、巻くだけで固定できるのよ」 「へえ……ん、どんどん固くなる……」 「このまま肩まで巻いていくから、一旦床につけて」  つまりわたしの右前脚はいま、荷物みたいに包まれてしまっているんだ。静電気ということはある程度重ねて巻くほど固定力が上がるのか、二重三重にして上まで巻かれていく。肘にも薄めのクッションを挟んでから素肌が床に触れなくされていく。  そのまま手も巻き込んで肩までしっかり固めてしまって、どうしても手か手袋が見えてしまいがちなところもすっかりなくなってしまった。まるで完全に一体化して、本当にただの一本の短い棒になってしまったみたいだ。 「……でも、これだけで固定できちゃうなら、こっちのテープは?」 「ストレッチフィルムだけだと半透明で、巻かれ方が透けてるでしょ? 好みではあるけど、上からビニールテープで見た目を整えるの」 「もう一回横まで挙げてね」 「はぁい……ん、あれ、なんか動きづらいかも……」  なんとなく納得はいった気がする。しっかりした一色で染められる方が綺麗な気はするし、一応の補強にもなりそうだ。最初からこっちでやらないのは、たぶんテープの粘着力を直接肌に巻いたら大変なことになるから。  ただ……そのためにさっきと同じように水平まで前脚を挙げたら、なんだか突っ張るような引き戻されるような抵抗があった。たぶんこれ、肩まで巻かれたストレッチフィルムが四足歩行の姿勢を自然とした形になっているからだ。  動かないように梱包するためのものだから、このくらいでも動いてしまわないように固める力がある。肩を巻く前にわざわざ床につく形に戻されたの、このためだったみたい。 「わ……これ、すごい……ぜんぜん動かない……」 「マミーヒトイヌは拘束力が高いって聞いて、試してみたかったのよ。上手くできてるみたいでよかった」 「大丈夫だったら、このまま全部巻いていくね」 「うん……おねがい」  すごく新鮮な感覚だ。いつもの拘束は肘をがっちり固めてはいたけど、基本的に肩は自由だった。背中側でクロスするように四つの拘束具がベルトで繋がるタイプのもあるけど、それでもちょっとぎちぎち感があるな、くらい。  だけどこれはぜんぜん違う。まるでそもそも四つん這いで立つ形以外は有り得ない姿勢であるみたいに、これ自体がこれまでよりさらにわたしを貶めてくる。すごく、心地いい。 「ん、ぁ……はふ、ん……」 「ずいぶん気持ちよさそうね」 「ぅん……よけーなもの、ぜんぶなくなって……ほんとのワンちゃんに、なったきぶん……」 「ふぅん。時間のある時のご褒美には、今後もしてよさそう?」  脚もそうだ。踵を外にして土踏まずをお尻につけるような形で、徹底的なくらい固めてもらった。爪先すら外気に触れていないし、外から見ても出っ張っているところはない。  普段よりちょっとだけきつい体勢ではあるんだけど、そうとは思えないくらいしっくりくる。わたしが元々こういう形の生き物だったみたいな感覚で、立っているだけで気持ちいい。 「ね……ちょっと、あるきたい……っ」 「わかった、いってらっしゃい」 「わふっ……!」  そうあるだけで気持ちいいだなんて、わたしでも初めての経験だ。もうすっかりヒトイヌには慣れきって新鮮なこともないと思っていたのに、こんなの全然知らない。  普段通りに過ごすには主張が強すぎて、興奮せずに生活するならいつもの方がいいけど、こんなのを覚えてしまったらたまにはやりたくなってしまう。毎日ヒトイヌで人間じゃなくなる屈辱感を楽しんでいる変態ペットなのに、それがより強まってしまっているのだ。  このままだとすぐに尻尾を振ってえっちを誘ってしまいそうだけど、さすがにちょろすぎる気がするからもうちょっと耐えたい。少しでも発散するために動きたくなって、一匹で家中を歩き回ることにした。シェアハウスを作ることにした時に格安で買った訳あり物件に元々ついていたとかで、三階建てながらエレベーターもあるから移動には困らない。  これは増設されたヒトイヌにも届く位置のボタンを押して、好き勝手歩き回ることにした。ほとんどの扉にペットドアをつけられている本気仕様のつくりで、そこにロックがかかっていない部屋はわたしとモカはいつでも好きに出入りしていいことになっている。  入ったのは琴音さんの部屋。あのひとは健康志向なところがあるから、この部屋にはあれが……あった。 「はっ、はっ……」  ルームランナーだ。足でボタンを押すタイプだからヒトイヌでも動かせるし、初期設定がゆっくりだから一匹でも歩行訓練ができる。ふつうは躾としてやることだけど、今はとにかく動きたかった。それに、軽くいじめられているようなことをすれば少しは発散できると思って。  このマミーヒトイヌ、相性がよかっただけかもしれないけどわたしは歩きやすかった。外側へ気持ち程度に引っ張られる力があるから、外を経由して足の裏を引きずらずに足を出す歩き方がしやすいのだ。  調子に乗って一段階だけ速くしてしまって、そのまましばらく夢中で歩く。……歩くのがこんなに楽しく感じたのはヒトイヌに慣れる前以来だし、心地いい拘束感がずっと続くせいでむしろ興奮は収まらない。結局疲れてきて後ろに流されて、ルームランナーの後ろで転がってもまだ疼きっぱなしだった。 「……新しいのを試したとは言ってたけど、そんなに気に入ったの?」 「ぁ……う、うんっ……!」  しかもそんなところを後ろから琴音さんに見られていた。気づかなかった、恥ずかしい……。  面白そうにルームランナーを止めてから起こしてくれた琴音さんに……わたしは、お尻を振った。ペットルームでえっちしようよ、という意味の、しっぽふりふり。無意識にやっていて、もう止まらなかった。 「悪い子。……まあさすがに気が引けるし、悠さんと光も誘うよ。変態ペットには三対一だから、覚悟して」 「ぁ……わぅっ!」  琴音さんがわたしに首輪リードをつけてくれる。調教中の証で、わたしは発情中の変態ペットです、という意味になる。  琴音さんは部屋に引っ込んでいた暁さんをわざわざ呼びに行ってしまったから、さらに追加で視線がひとつ増える。リビングのふたりも嬉々としてついてきて、ほんとうに三対一……それ以上になってしまった。 「ほら、早く全部持ってこないと、どんどん気持ちよくなっちゃうよ?」 「っあ!? わ、わんっ、ゆるして、んぅっ!」  それからはひどいことをされた。部屋の向こう側に何個も転がされたボールを全部咥えて持って帰ってくるまで、時間ごとに少しずつナカに挿れたローターが強くなっていく躾とか。色とりどりのリモコンローターをたくさん押し込まれて、ひとつずつ起動されたり目盛りをひとつ回されたり。  わたしが元々そうだったマゾの度合いをひとつ上げてしまったとバレたあとは、もっとすごかった。ちくびに鈴をつけられて、一分間音を鳴らさずにいられるまで“まて”の訓練とか。しかも最後も、はずかしいセリフを目を見て言いきらないと触ってもらえないし……前からドSだと思っていた琴音さんが、これまでどんなに抑えてくれていたのかを身をもって知ることになった。  その後も、感覚もマゾの味も忘れられないまま夜の餌を食べて、帰ってきたモカにはもう外してお風呂も入ってあったのにすぐバレて。結局明日はモカだけがマミーヒトイヌになることになったり。  それでもまだご立腹だったモカに仕方なく「なんでもひとつ言うこと聞く」と言ったら、それまでモカが被っていた全頭マスクを脱ぎざまに被せられたりした。 「入っていいよ」 「ん……わふ」  今は土曜日の夜。週に一度の、ヒトイヌのまま寝られる日だ。結局わたしはモカのにおいも温もりも残っていた全頭マスクを脱がせてもらえないまま、目の前のケージの入口を開かれていた。  頭ごとモカに染められたような感覚でわからせられているわたしを見て、モカは期限を直してくれたどころか楽しそうだ。わたしとしても満更でもないんだけど……こんどモカが何か抜け駆けしたら、同じことをやってあげようかな。それとも、交換を提案してみるのもいいかな? 「それじゃ、おやすみ」 「おやすみなさいっ」 「おやすみなさい、悠さん」  檻に入って入口に顔を向けると、閉じられた入口にしっかり鍵をかけられた。その鍵はリビングの机の上に置かれることになるから、わたしたちはもう出ることもできない。  けさと同じようにオムツもつけているけど、ヒトイヌのときのオムツはマナーウェアと呼ぶらしい。なんだか少し形も違って、尻尾を通す穴まであってオムツなのにおしりの穴は隠れなくて、ほんとうにペットがつけるのを模したプレイ用なんだとか。どっちにしても恥ずかしいけど。  しばらくそのまま立ち尽くして味わっていたけど、やがてわたしたちはどちらが先ともなくうずくまった。わたしはモカのほうを向いての横倒し、モカはよくやっている香箱座り。わたしはそのまま頭をタオルケットに突っ込んで、モカのにおいを飽きもせずに堪能してしまう。  すぐそこにヒトイヌで檻に閉じ込められて楽しんでいる変態ペットがいる。だから余計にわたしもそうなんだと突きつけられて、気持ちよくなってしまうのだ。今のわたしたちには自分で触るどころか、擦りつけることすらできないのに。  だいたい毎日こんな感じ。それを飽きもせず何年も、わたしたちは貪り続けている。……そう簡単に普通の人間に戻れる気はしないし、このシェアハウスがなくなったらなんて考えたくもない。だけど、はるねえみたいに楽しんでくれるひとがいれば、わたしは……。

Comments

底なしのマゾ欲があるからといって必ずしも破滅的な願望まであるわけではないはずなので。人の自認も持ちつつペットとして生きるのが楽しいけど、人としての楽しみを全部捨てたわけではない子です。

雪中アヤメ

まさしく幸せな休日のワンシーンといった感じでよい… 当たり前にペットとしてすごすムギちゃんと、ペットとして扱う住人で作り上げた雰囲気が素敵ですね! 毎日ヒトイヌとして寝るわけじゃなかったり、人として過ごす時間もあったりするのが、リアル感あってさらに良い…

ぶーメらん


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