あけましておめでとうございます。Algo_Ayugonです。
去年は色々ありました。というか主に修論ですね。まあこれは現在進行形ですが…。そのせいでクリエイターとしての活動がほぼできていなかったので、今年の2月で修論が終わったらエンジンをかけ直したいところです。
4月からは3DCGの専門学校にも入学します。2×年生きてきてやっとやりたいことができそうな人生になってきたなあという感じなので、たくさんがんばります。ぼんやりしたことを言うのもあれなので、新年の抱負的な感じでまとめときます。
【今年やりたいこと・目標】
① 専門学校とかで3DCGのスキルをどんどん上げる
② 数学の勉強をしたり、Houdiniとかシェーダーとか触る
③ スケッチや模写を通じて基礎画力をつけたり構図の引き出しを増やす
④ 自分の「思想」を込めたアウトプットをする(後述)
⑤ 自立して働けるようになる
こんな感じのことを頑張っていきたいです。他は去年から継続していたり、ずっとやりたいな~できたらいいな~と考えていたことなんですけど、④が一番意識してやっていきたいところです。あと次点で⑤(切実)。
これだけだと何のこっちゃって感じなので深夜、年を越してから中々眠れずにしたためた冗長な文書を少し手直しと加筆して貼っときます。
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今年は修論のせいでクリエイター活動が休止状態だった。それでも世界は進んでいく。バーチャルの世界は特に、どんどん人が流動し界隈が膨れ上がっていく。常に新しいクリエイターが参入し、成長し、次々と素晴らしい成果物を上げていく。恐ろしい時代だ。
たぶん、この時代のSNSで活動しているクリエイターに発症しやすい病なのだろう。忙しさで体力も気力も尽きた中、賑わっている市場を見て「ああ、これはもう自分が作らなくてもいいや」そう思ってしまった、ことを自覚した。
自分自身のアバターは自分が死ぬほど必要としており、絶対に自分にしか作れないことも確信しているので一生作り続けるつもりだが、それ以外のものは、多分他の人が作った方が上手くいくし、たくさんの人に使ってもらえて愛してもらえるんだろう、と、そんな卑屈クリエイターに成り下がってしまった。昔作ったものと似たようなコンセプトで作られたモデルたちが、自分のものよりも反応されたり広く使われたりしているのを見ると、ジェラシーの一つも覚える。でもそれは、単に彼ら彼女らが作ったものの方が総合的に色々と上手だったということだ。まずは称えなければならない。くやしいものはくやしいが。
そう、色々な人に使ってもらえる、愛される物を個人制作で作るというのはとても大変なことなのだ(才能、だとは言いたくない。デザインとマーケティングだって勉強であって努力だ。コミュニケーション能力は要るかもしれないが)。そして、自分にとってはその試行錯誤は結構苦痛だ。やめよう、と思った(制作以外の部分、リサーチとかマーケティングとかデザインとかを他の人にやってもらえるならまた別)。愛されるもの(そして、それによって自分が愛されたような気持ちになるようなもの)を作るのは、やめよう。
かといって、作って発表することをやめる、いわゆる筆を折る、というつもりも無い。というか精神構造上その発想が無い。何も作らないという状態の人間の精神がわからない。
12月30日に、「夏」(VRChatワールド「PROJECT: SUMMER FLARE」)を作ったヨツミフレームさんから無料の資料集「サマーフレア作戦概略」が出た。「夏」の世界観資料や動線レベルデザイン等の説明ももちろんよかったのだが、作者あとがき(第9章 足枷を壊す)に一番心打たれてしまった。詳しい内容は是非読んで確認しでもらいたいのだけれど、ヨツミさんは、自分とは微妙に違う理由(もしかしたら似ているのかも?少なくとも共感はしたので)であれ、一度作ることをやめようかと思った、のにも関わらずあの「夏」を作り、発表した。
「夏」に関しては自分は1プレイヤーとして普通に楽しみ、個人的なことに照らし合わせて珍妙な気持ちになっていたりしたのだが、このあとがきを読んでみると思っていたよりも思想、イデオロギーがめちゃくちゃに強い作品だった。尖っていて、攻撃性すらある。しかし、クリエイターという生き物が生きる原動力とは、まさにこれなんじゃないかと、思った。他者に自分の思想を伝えること…。
(「サマーフレア作戦概略」第9章から引用)
> 私は「『作品』とは作り手と受け手の対話のための『言葉』である」と考えています。作り手が受け手のことを考えずに独りよがりの作品を作ることは愚かだし、受け手が作り手の伝えたい意思を汲み取る努力をしないことも同じくらい愚かです。
正直に、優しく、時には卑怯なやり方で、正面から、時には背後から闇討ちのように、思想を伝えること。これしかない。受取手には「共感」を与えるかもしれないし、「恐怖」や「不快感」を与えるかもしれない。作品を攻撃と捉え、クソみたいな感想を反撃として投げ返されるかもしれない。でもそれは、正直な思想を伝えたのだからある意味では仕方のないこと。私も偶に、強烈な「負の感情」を与えられてフラッシュバックして嫌な気もちになったりさえするような作品に出会うことがたまにあるが、そのような作品もまた、受け手の感情を強く揺さぶり問題提起を促すような「いい作品」なのだと思っている(もちろん正の感情を与えるような作品も「いい作品」である)。そういう作品を作りたい、クリエイターと受け手のコミュニケーションがしたい、そう思った。その為には、自分の思想に正直になり、効果的に出力しなければならない。
長くなってしまった。まとめると、愛される作品を作るという命題は、承認欲求や金策の面では大事だが、割と心が折れモチベーションが尽きてしまったので、方向チェンジし、自分のアバターのブラッシュアップや、自分の思想に正直な作品制作等で自己表現を頑張りたいという感じ。そんな感じ。
でもそのためにも金策はしないと生命・精神の維持ができずキツいので、専門学校とかを通じて就活も頑張るぞ。
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クソ長じめじめ抱負ですが、2022年はそんな感じでスタートします。まずは修論だけどね。オエッ
やっていきましょう。私も皆さんも、お元気で。
2022-01-01/Algo_Ayugon