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桐島紘一の経歴について(詳細/引用)


桐島の敗戦までの経歴とアメリアの経歴(来日するまでの流れ)

簡易的な経歴となります。現時点なので、変更予定はあります。 メモ代わりに ※桐島の年齢については暫定的なもので、 幅を持たせたいのでHP上では20代半ば~後半と表記します 【桐島紘一】終戦までの略歴 1919/…東京府四ツ谷にて生誕 1923/09…関東大震災が発生。桐島邸も損壊するが、家人に死者はなし 1926/04…旧制学...

以前記載していたものよりも詳細なものです。間違っているかもしれませんが、メモ代わりに…。

【桐島紘一の経歴】

1919 年…東京府四ツ谷にて生誕

1923/09…関東大震災が発生。桐島邸も損壊するが、家人に死者はなし

1926/04…旧制学習院初等科に入学

1932/03…旧制学習院初等科を卒業

1932/04…旧制学習院中等科に入学

1933/11…陸軍幼年学校に志願し、合格

1934/04…東京陸軍幼年学校に入学

1937/03…東京陸軍幼年学校を首席卒業

1937/04…陸軍予科士官学校に入学

1939/03…陸軍予科士官学校を首席卒業

1939/04…近衛歩兵第一聯隊に上等兵として隊付勤務

1939/10…軍曹への昇進を経て、陸軍士官学校本科に入学

1941/07…陸軍士官学校本科を首席卒業【55 期】


1941/08…1 日付で兵科見習士官となり、近衛第一聯隊第二中隊附将校として勤務する。

1941/10…1 日付で陸軍少尉に任官される。

1941/11…5 日より秋季演習が開始。14 日、秋季演習終了。21 日、正八位に叙される

1942/01…近衛第一聯隊第 69 回軍旗祭が行われる。


1942/05…20 日付で下士官候補生教育教官に任命される。


1942/06…常陸丸殉難第 39 年祭典が青山墓地において実施される。

1942/07…15 日、昭和 17 年度師団第一回剣術競技会が実施される。

1942/10…10 日、昭和 17 年度師団第ニ回剣術競技会が実施される(第三中隊が優勝)。19日から 21 日にかけて、第一・第二大隊二泊行軍が実施される。28 日から 29 日にかけて、東部十四部隊と歩工聯合演習が実施される。

1942/11…4 日より秋季演習が開始。9 日、秋季演習終了。


1942/12…19 日付で第二中隊附から外れ、第64代近衛歩兵第一聯隊旗手に任命される。


1943/01…8 日、代々木練兵場にて大元帥陛下臨席の陸軍始観兵式が執り行われる。10 日、初年兵入隊。12 日、初年兵入隊式が挙行される。23 日、賀陽宮恒憲王殿下臨席の第 70 回軍旗拝授記念祝典が興行される。27 日、故陸軍大将塚田攻閣下他三柱の葬儀のため、軍旗を奉じて儀仗に服務する。

1943/02…27 日、近衛師団射撃競技会が開催される。


1943/03…1 日付で陸軍中尉に任官される。15 日、従七位に叙される


1943/04…4 日、警戒警報発令につき軍旗・御真影その他を旅団防空壕に奉移する。9 日、警報解除につき軍旗・御真影を旅団防空壕より奉移安置する。19 日、部隊第一回特別射撃競技会が開催される(優勝:一般中隊部門/第七中隊、重火器中隊部門/第三 MG 中隊)。23日、靖国神社臨時大祭につき軍旗を奉じて軍隊参拝を行う。29 日、天長節観兵式が執り行われ、軍旗を奉じ参加する。

1943/05…1 日から 13 日にかけて、聯隊が訓練及び射撃の目的で下志津に出張。

1943/06…5 日、故元帥海軍大将正三位大勲位功一級山本五十六国葬により、軍旗を奉じ儀仗に服務する。11 日、近衛歩兵第一聯隊編成改正委員(庶務担当)となる。12 日、近衛歩兵第六聯隊近衛第一師団軍法会議臨時編成臨時委員となる。21 日から 26 日にかけて、近衛歩兵第一聯隊編成改正を実施。

1943/07…5日、近衛歩兵第六聯隊、近衛第一師団軍法会議の編成が完結。14 日、部隊第一回剣術競技会が開催される(優勝:第三中隊)。18 日から 24 日にかけて、軍旗を奉じ訓練の目的で習志野に出張する。

1943/08…3 日から 9 日にかけて、軍旗を奉じ戦闘射撃および訓練のため富士瀧ヶ原に出張する。25 日から 9 月 2 日にかけて、軍旗を奉じ第二期訓練および検閲のため習志野西廠舎に出張する。

1943/09…11 日から 20 日にかけて、軍旗を奉じ第三期検閲および検閲射撃のため習志野西廠舎に出張する。

1943/10…15 日、靖国神社臨時大祭につき軍旗を奉じて参拝を行う。18 日、部隊第二回特別射撃競技会が開催される(優勝:一般中隊部門/第一中隊、重火器中隊部門/第一 MG 中隊)。

1943/11…3 日、師団演習のため軍旗を奉じて下志津に行軍し、栗山廠舎に到着。9 日、軍旗を先頭に屯営に帰還する。26 日、供奉近衛将校を命じられる。29 日、第二回剣術競技会が開催される(優勝:一般中隊部門/第一中隊、重火器中隊部門/歩兵砲中隊)。

1943/12…聯隊旗手の任を終え、第二中隊附に復帰する。

1944/01…8 日、陸軍始観兵式が行われる。23 日、朝香大将宮殿下臨席の第 71 回軍旗拝授記念祝典が挙行される。29 日、第一期練成教育のため、富士瀧ヶ原廠舎に出張する(練成方針:幹部教育に重点を置き、主として寡兵指揮の向上を期するとともに寒冷地健兵訓練を実施する)。31 日、近衛歩兵第一聯隊第二中隊長に任ぜられる

1944/02…8 日、部隊は白皚々の富嶽の下、北辺の皇軍将兵の敢闘を偲びつつ、或いは粉々たる白雪の中、或いは寒風肌をつく霜夜に黙々訓練邁進して所期の目的を遂げ、軍旗を奉じて田安門をくぐる。

1944/03…20 日、天皇陛下が陸軍航空士官学校へ行幸される折、供奉に服務する。23 日より、近衛歩兵第一聯隊は皇太子殿下が三里塚御假邸に滞在の間儀仗に服務する。27 日から28 日にかけて、軍官民連合防衛演習に参加する。

1944/04…10 日、天皇陛下が陸軍航空審査部に行幸される折、供奉に服務する。24 日、軍旗を奉じて殉皇の荒御霊鎮まる靖国神社に参拝する。27 日、天長節観兵式が執り行われる。

29 日、天皇陛下の御誕辰の佳日につき、軍旗を奉じて聯隊全将兵が代々木原頭大観兵式に参加の光栄を浴する。

1944/05…15 日、皇太子殿下が沼津御用邸に行啓の折、供奉に服務する。19 日から 20 日にかけて、昭和十九年度第一回禁闕防衛連合演習が実施される。

1944/07…聯隊は 10 日より、皇太子殿下が日光田母澤御用邸に滞在の間、儀仗に服務する。

1944/10…部隊は 1 日より、皇太子殿下が日光田母澤御用邸に滞在の間、儀仗に服務する。

18 日、北白川宮能久親王殿下第 50 回忌御法要が施行される。23 日、靖国神社臨時大祭につき部隊は軍旗を奉じて参加する。26 日、天皇陛下靖国神社に行幸の折、供奉に服務する。

1944/11…16 日、部隊は一個中隊を以ってビルマ国家代表バーモ長官参内により儀仗に服務する。


1944/12…1 日付で陸軍大尉に任官される。8 日、大東亜戦三周年記念日に際し詔書奉読式を行う。12 日、天皇陛下伊勢神宮御親拝の記念日により神宮遥拝式が行われる。


1945/01…1 日、早朝敵機来襲し若干の被弾あり、部隊は第二大隊神田地区の災害処理に出動する。8 日、陸軍始観兵式が執り行われる(特別の思し召しにより、近衛師団のみを以って宮城前で挙行される)。9 日、空襲警報発令され、敵機 2 機来襲するも被害なし。23 日、朝香大将宮殿下臨席の第 72 回軍旗拝授記念祝典が挙行される。

1945/02…1 日付で正七位に叙される。2 日、部隊は師団速射砲対舟艇射撃競技会に優勝。11 日、紀元節御真影奉拝式。16 日、敵機動部隊本土近海に近接し、延べ 1200 機の艦載機が関東地区に来襲する。軍事施設工場等に若干の被害あるも、帝都に異状なし。19 日、敵機数十機来襲するも損害僅少にして殆ど被害なし。21 日、部隊は師団蹄鉄競技会に優勝。25 日、帝都は数年来の大雪のなか、艦載機約100機・B29 約90機来襲し、市内各地に焼夷弾を投下。禁闕並びに御所にも被弾あり。

1945/03…10日、約150機の敵軍機が本土に侵入し、各地に焼夷弾を投下。強風により各地に火災が拡大する。禁闕内も被弾し、部隊は主力を以って禁闕内に馳せ参じ守護の大任を完遂する。しかし、部隊もまた百数十発の被弾あり、敢闘するも力及ばずついに道場・将校集会所・貴賓室・医務室・車庫を焼失する11日より、部隊は皇太子殿下が日光田母澤御用邸に滞在の間、儀仗に服務する。26 日、聖旨博達式が行われる。


1945/04…25 日、陸軍士官学校生徒隊附に任命。区隊長として、陸軍士官学校の生徒隊三十数名を率いる(桐島隊)。

1945/05…19 日、陸軍士官学校地上兵科の大部分が神奈川県座間市から長野県北佐久郡本牧村周辺地区に疎開することが発表される(本土決戦に備えた陸軍将校養成の目的のほか、長野県松代の大本営が完成した暁には近衛部隊としてその防衛をする担う狙いがあった)。

1945/06…7日、「野営演習」と称した陸軍士官学校の疎開が実施。17 日、陸士第 58 期生が卒業し少尉に任官(陸士最後の少尉任官期)。

1945/08…15 日、終戦の詔勅。陸軍士官学校は閉校し、在校中の第 59 期生には特別に卒業資格を与えられた。30 日、生徒たちはぞれぞれの出身地に復員(帰郷)を開始。9 月中旬までには処理を完了して、すべての将校が退官離校となる(最後まで残っていたのは出身地が近い者。将校の帰郷の時期はそれぞれによる)。



引用・参考文献:『近衛歩兵第一聯隊歴史 』

桐島紘一の経歴について(詳細/引用) 桐島紘一の経歴について(詳細/引用)

Comments

コメントありがとうございます!ほとんどが資料からの引用・参照ですが、恐縮でございます...! 桐島大尉を、ひとりの人間として実在するかのように創り上げていきたいものです...!

肉バキューム

すごい詳細な経歴……圧倒されてしまいました。 この豊かな土台の上に、桐島大尉という魅力的なキャラクターが生きているのですね。

リスワン


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