「——何故そうまでして抗う?」
御楯之会、本部の深い黒に包まれた地下壕の中で息遣いだけが響き渡る。吸い込まれそうな淡黒の中で冷然と見下ろす桐島はアメリアにそう問いかけた。無底の深淵が奪い去ろうとする微かな息吹だけが転がり、汚濁に満ちた彼女は震えながら息をしてはいるが——やがて、沈黙の後に口を開いた。
「抗ってなんかいないわ。怖いし、いつでも怯えている。こんなこと、本当に嫌で仕方ないのだから」
頼りない少女の声。しかし、その声は未だに“意思”を宿していた。震える彼女の姿はあまりにも弱々しい……だが、汚れにまみれ、それでも輝きを失わない碧眼がまっすぐに桐島を見つめていた。
その視線の奥に、彼は怒りや憎悪ではない、不思議な感触を覚えた。どれほどの苦境に立たされようとも折れない心。抗えぬ絶望の中で己を保ち続けるその精神。風前の灯のように、しかし、かき消えることなくその目に宿るものを見たのは初めてではない。それはどれほどの泥沼に沈んでも清廉な蓮のように色褪せることはない。単なる不撓不屈などで片付けてよいものではない、何時か、何処かで見たことがあるような——
「......フン、強情な娘だ。それまで晴れがましい人生を謳歌してきたろう小娘が。二度とそこに戻れると思わぬがいい」
「あなたこそ、御楯乃会だの御上の奇跡だのがいつまでも続くと思わないことね。どこまで、祖国を騙していられるかしらね」
「慢心した米帝などに我らの位置は掴めん。気づかれる前に全てを終わらせるだけだ」
「どうかしら。いつかは“正義”のもとにあなたたちが断罪される時が来るわ。あなたたち日本人の力をよく分析して知っているのよ、たかが小娘ひとりだって見捨てはしない。私たちは日本の力だってきっと、借りる」
「……胡乱だな」
米国と日本が共に手を取るなど。そんな夢物語があるものか。そう内心で吐き捨てても、アメリアの眼差しには微塵もの疑いの色はなかった。あれ程の悪性を前にして、総員玉砕の覚悟を前にして何故信じられる。あまりにも悪辣な現実で、正義などという安っぽいお題目を、なぜ信じられるのだ。しかし、その真っ直ぐで、深海の如く蒼い瞳が——彼の足を動かした。
「まあ良い、貴様には近いうちにまた教育を施してやる。身を清めておきたまえ」
ただ一言、そう言いつけて桐島はその場を後にする。これ以上話すのは無意味、そう感じたからだ。
——本当にそれだけか? 否。
(……何故そんな目ができる。アメリア)
軍靴を響かせながら、桐島はかすかに怖気づいた心を確かめるように胸に手を当てた。絶対に好転しない絶望の中でどうして、待ち受けることができる。私ですら気が狂いそうなこの環境下、地獄の中で何故。地に堕ちながらも、女神のような佇まいで我々の不義から目を逸らすこともなく。それを問いかけることは、できない。
ただ、彼の心中に彼女の“美しさ”が繰り返し繰り返し、現れては増えてゆくだけだった。
肉バキューム
2023-06-03 16:01:38 +0000 UTC肉バキューム
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