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『融国』本編IF -ささやかなる血の粛清-


「つまり、私に従えないと。『御楯乃会』を受け入れないと。そう云うのだな」

「当たり前だ!君は自分が何をしようとしているのか分かっているのか!?」

 岡平は身を乗り出し、桐島の胸ぐらを掴み上げた。桜の意匠が施された金色の釦が掴まれた厚手の生地にあわせて撓む。だが、そんなことを意に介さずに今にも締め殺さんばかりに食ってかかる彼の前には、蹶起の計画書が机上に叩きつけられていた。

「…………。」

 横浜山手を狙った進駐軍襲撃計画。偽装爆破に軍艦奪取計画。あわせて、皇居襲撃に放送局の占拠にマ元帥の暗殺。その他にも、ひとつひとつがこの国の未来を丸ごと滅ぼしかねないほど凶悪にして残忍で、無謀な計画だ。

「今は終戦してこれから復興しようとしている大事な時期だろう!?桐島、馬鹿なことはやめろ。戦争は終わったのだッ」

「——何が言いたい?」

「戦争は終わった、と言っているのだ!」

「……岡平、貴様。何を言っている?確かにガダルカナルに続き南方の島々までも立て続けに失った大日本帝国は米英諸国に降伏した。しかし、これは見せかけに過ぎん。鬼畜米英からアジアを解放し大東亜共栄圏建設を成し遂げるための、ブラフに過ぎんよ。まだ何も終わってはいない」

「戯けたことを抜かすな華族の坊ちゃん風情が。この国を、日本を本当に殺し尽くしたいのか!天を回すだの神風もこの期に及んで無いだろう、いつの神話だ!?貴様は教える立場で在りながら何も学ばなかったのか!!何が『皇軍の辞書に降伏の二字なし』だ、そんな世迷言————」

 そこまで言ったところで、岡平の背後から木刀が叩きつけられた。薄れゆく意識の中、振り向いた彼の霞んだ視界には憎らしいまでに端正でひどく酷薄な桐島の顔だけが映っていた。




 ——闇の中に、鎖の音が響く。この感覚は……

 岡平がひどい鈍痛と共に目を覚ますと、そこには「御楯之会」に賛同した若き士官候補生たちが勢揃いしていた。未だ諦めきれていない同期たちまで。向けられるのは困惑、侮蔑、あるいは虚無。注がれる視線に彼は舌打ちをして動こうとするが、後ろ手に鎖で縛られ、そして両肩を構成員たちに抑え込まれ身動きが取れない。目の前に立つ漆黒を纏う男——闇の中でも目立つ旭日の金色が今はひどく不気味な気配を放つ桐島を見て、総てを察した。

 首魁たる当の桐島は昔の誼みだった将校どもと何かを話しているが、岡平には全く聞き取れない。朦朧とする意識の中、灼熱感と気だるさと吐き気に支配されていた。弱りきった彼を見る目のなか、ひとりの傷顔の青年だけが明らかに動揺していた。そんな彼を桐島は長い睫毛をあげて静かに見やると、ゆっくりと彼の手を掴み岡平の方へと近寄らせてゆく。そして、彼の拳銃嚢にあざやかに手をまわし、青年の手に黒光りする何かを包ませた。

「谷口、貴様は確か岡平のことを尊敬していたな?良い機会だ、自らの手でその過去と訣別するといい」

 谷口。——そう呼ばれた青年は桐島に南部十四年式を渡され瞠目した。そして、無言の桐島に促され、震える手で岡平の眉間に銃口を突きつけ——

「……どうした、撃たないのか?」

「桐島大尉殿、小官には……自分にはできません……っ!岡平さんを俺の手で殺すのは、どうしても、無理だ……!」

「そうか。——残念だ」

 銃声——遅れ、崩れ落ちる音がする。目の前の光景に岡平は明確に動揺を見せた。理想の軍人として在った、かの桐島がいとも容易くかつて自身を慕っていた青年を撃ち殺した姿を。排莢された空薬莢が乾いた音を立てて地面にぶつかり、遊底が前後してコッキングする光景までもが、まるで銀幕で観た向こう側の映像のように見えた。岡平のみならず、集まった全ての青年たちに緊張が走る。そして、ゆるりと銃口があげられ、今度は岡平の眉間に突きつけられた。血の如き昏い瞳には、もはや何も映っていない。大義も。至誠さえも————

「言い残すことはあるか?」

「……貴様の行く末、“地獄”で見ていてやる」

「そうか。——これまでの任務、ご苦労だった。存分に休むがいい」

 放たれた弾丸が岡平の眉間を砕き、脳漿が撒き散らされてあまりにも容易く死に至らしめる。流れ出る紅が顔を滴り落ち、物言わぬ肉塊となったそれは脱力し、彼を拘束していた構成員の青年たちが“死”の感触に少しだけ恐れを見せた。——だが。

「我が『御楯之会』の不穏分子は粛清された。我ら武士はこれより修羅となり、皇国復権——捲土重来を齎す護国の軍鬼となる!」

 声を張り上げた桐島の言葉に、決定的な意思が候補生たちに——否、今これより産声を上げる“鬼”に宿ってゆく。それは狂気にも似た熱意と忠義。そして、正義をも超えた『大義』。

「これは終わりに進む道ではない、神風を招来する聖戦への始まりとなる。畏れ多くも大元帥陛下の真なる眼を開かせ、鬼畜米英を滅ぼした時にこそ我らの魂は靖国へと迎えられるだろう!——進軍!」


 オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 桐島がぶち上げた演説に、幽鬼たちが叫びをあげる。その熱狂のなか、神軍と化した鬼たちに引き裂かれようとする岡平の躯を最後に一瞥し、そのまま踵を返す。まるで何かへの別れを告げるように、興味を無くした青白い貌で礼服を纏った男が闇の中へと歩いてゆく。彼はもう振り向くことはなかった。その部屋の中にいる、何に対しても————









『融国』本編-桐島と、とある男の話-

 夜明け前の瑠璃色。うっすらと、東の空が白みはじめる前。桐島は誰かを待ち受けるように、ひとけのない空き地で佇んでいた。深淵を引き連れているような外套を夜風が揺らめかせ、かつて近衛であった証の意匠が闇の中で輝いていた。やがて、足音が聞こえた。桐島の姿に気づいたのか、その足音は立ちどまったようだった...

↑岡平と桐島の本編寄りのお話はこちら。

 『融国』本編IF -ささやかなる血の粛清-  『融国』本編IF -ささやかなる血の粛清-  『融国』本編IF -ささやかなる血の粛清-

Comments

岡平さん相変わらずいい人… この桐島は止まれない桐島ですね…修羅の道を突き進んで行くのが目に浮かびます… その先に果たして何があるのか、この道を進んだ場合の終わりも気になりますね…

ホウギ


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