SakeTami
Adam
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「頼む、ツラを貸してくれ」

【あらすじ】

仕事からの帰り道、阪元裕樹(26)は見知らぬ男に声を掛けられる。スキンヘッド、頬の傷、趣味の悪い柄シャツ──明らかにヤクザの男に、裕樹は「頼む、ツラを貸してくれ」と頭を下げられ……。


***


「わりぃ! ちょっとそのツラ、貸してくんねぇかッ!?」


 仕事の帰り道、僕は人通りの少ない道で突然声をかけられた。振り返るとそこには強面の男が、血相を変えてゼェゼェと息を切らしながら立っている。


「えっ!? ツ、ツラ……?」


 その男はスキンヘッドで目つきが悪く、頬には切り傷があった。いかにもヤクザという顔つきで、低くて威圧感のある声。趣味の悪い柄シャツを着ている。


「あ、あの、それってどういう……」


「頼む!」


 男は両手を合わせて祈るように懇願した。<ツラを貸す?> それは文字通り、誰かに会ってくれ、ということなのか。でも、僕がその誰かと会ったところで、一体何が?


「時間がねえんだ! 頼む、ツラを貸してくれ。な、いいだろ?」


 男はついに頭を下げていた。スキンヘッドの頭を見下ろしながら僕は頭を抱え、考える。こんなヤクザのような男の頼みを断ったら、どんな仕打ちを受けるのかわからない。ここは一度、この男の言う事を聞いたほうが得策なのだろう。でも……。


「……はい、わかりました。僕でよければ、“ツラを貸し”ますよ」


 僕が口を開いた瞬間、男はサッと顔を上げて目を輝かせた。


「本当か!? ありがてえ! そしたら早速これ、飲んでくれねぇか」


 すると男は緩いパンツのポケットから小型のピルケースを取り出した。2粒のカプセルを掌にのせ、その1粒を僕に突きつけ「早く飲め」と言ってくる。


「な、なんですかこれ」


 ほぼヤクザ確定の男から手渡しされた、見るからに怪しいカプセル。普通なら絶対に飲みたくない。しかし男はすでにその1粒を口の中に入れていた。もう逃げることはできない……。躊躇していると、男はついに声を荒げた。


「いいから早くしろ!」


「は、はい……!」


 僕はそのカプセルを手に取り一気に飲み込んだ。水がないので苦しいと思っていたが、喉を通るとスッと溶けたようで、思いもよらず飲みやすい。男は、僕がカプセルを飲み込むまでの一部始終を見守ると、口元をニヤつかせた。


「あぁ、イイ子だ。お、そろそろ始まるぜぇ……きたきた、うぉーーーアッチぃッ!」


 ヤクザの男は険しい表情を浮かべ、苦しそうに顔を両手で覆った。その様子を見つめながら嫌な予感がしてきて──僕の顔も、中心からじんわりと熱を帯びているようだった。その熱は次第に顔全体へと広がり、顔全体が焼き付くように熱くなっていく。


(なんなんだこれ……って、え)


 その時、僕は目を疑うような光景を見た。ベリベリベリ、と剥がれるような音を立てながら、ヤクザの男の顔が剥がれ落ちていくのだ。額の部分から、粘着していた仮面を剥がされるように、眉、両目、鼻……とめくれていく。やがて顎の部分まで剥がれると、その顔はストンと剥がれ落ち、男は両手でそれをキャッチした。


「え、どういう……あ」


 そして僕の身にも恐れていたことが起こった。僕の額はまるで脱皮するかのようにベリベリベリ、と張り付いていた物が剥がれ落ちていく。そのまま僕の顔は剥がれ落ち、僕もまたそれを両手で捉えた。


(......何が起こったんだ?)


 視界が揺らぐ。僕は自分がどこを見ているのか、そもそもどこに「顔」があるのかさえ判断できない。僕に唯一わかるのは、僕の顔に何者かの手が伸びて──、僕の顔が宙に浮き、どこかへ移動したということ。そして僕の顔は何かに触れ、ピタリと張り付いたようだった。その瞬間僕の視界は定まり、そこにはまったく違う景色があった。


「よう、気分はどうだ? よく似合ってんじゃねえか、そのツラ」


 目の前にいたのは、ヤクザの男、ではなかった。そこにはヤクザの男が立っているはずなのだが、目の前で笑みを浮かべていたのは、短髪で一重瞼、冴えないどこにでも居そうな中年サラリーマンの男の顔。阪元裕樹、僕自身の顔だった。


「なあ、オレのはどうだ? 結構イイじゃねえか、お前のツラ」


 目の前にいる男は、間違いなく僕と同じ顔であったが、首から下はそのまま柄シャツを着ていて、そのルックスはあまりに不釣り合いだった。声も、ドスの効いた声のまま。男はスマホのカメラで自分の顔を確かめ、満足げに、僕ではないような気味の悪い笑みを浮かべた。


「イイねぇ、こういう平ーーー凡なツラを探してたんだ俺は」


「な、なんですかこれ……!」


 僕は顔の周りを爪で引っ掻いてみたが、その顔はすっかり皮膚に張り付き、定着しているようだった。


「もうムダだぜぇ、顔は完全に固定されちまうんだ。ほら」


 男はスマホのカメラ画面を突き出してきた。スキンヘッド、頬の傷、重たい瞼。そこにはさっきまで目の前にいた、ヤクザのような男の顔が困惑した表情を浮かべて映っていた。


「は、早く戻してくださいよ!」


「なぁそろそろサツが来る頃だ、とっとと服も交換しちまおうぜ」


 僕は男に力付くで身ぐるみ剥がされ、着ていたスーツや靴を奪われてしまった。男も服を脱ぎ、僕が着ていた服に袖を通す。


「うお〜いいねえ、いかにも真面目で平凡なサラリーマンだ。ちょっとサイズ合わねえが、まあいいだろ」


「ちょ、返してくださいよ!」


「お、こんなところにサイフが……。どれどれ、阪元裕樹、26歳。ま、悪くねぇだろ。つーかお前、早くその服着なくていいのか? そんな格好だと、公然わいせつ罪でも捕まっちまうぜ?」


 そう言われ僕は慌てて男が着ていた服を身につけた。趣味の悪い柄シャツから漂う、甘すぎる香水の匂いが鼻を強く刺激する。


「いいねえ。お、サツがお迎えに来たぞ。逃げなくていいのか? 暴行、殺人、覚醒剤……ああ、捕まっちまったら一生牢獄行きたぜぇーー」


「……くそッ!」


 サイレンの音が聞こえ、僕は慌ててその場から走り去った。背後から警察の声が聞こえてくる。


「すいません、この辺りで不審な男見かけませんでしたか!?」


「あ、さっきスキンヘッドの男が、あっちの方に走って行きましたよ!」


「情報感謝します!」


 男が指を差すと、警察は僕の方向へと向かって行った。



<「頼む、ツラを貸してくれ」:終>


「頼む、ツラを貸してくれ」

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