SakeTami
Adam
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知らない変容

【あらすじ】

後藤大輔(32)は、同棲する彼女の身体をいつものように愛していた──バキバキに鍛え上げられた、筋肉質なその身体を。彼の周りで静かに始まる“知らない変容”は、やがて彼自身にも波及していく。


***


「んもう、なぁに、こんな時間に」


 俺はベッドで横になる彼女の身体をギュッと抱き寄せた。由美子によく似合う真っ黒なショートヘアをながめていると、急に愛おしくなって。時計はもう深夜を指していた。


「いいじゃん、今夜は」


「もう、大ちゃん。昨日もそう言ってヤッたじゃない」


 由美子のうなじから、いつもと同じ汗の臭いがする。ツンと鼻を刺すような、30歳らしい汗の臭い。最近、臭いが少しキツくなった気がするけれど、俺はそんな彼女の体臭も、好きで好きでたまらない。


 由美子の白いTシャツをめくり上げると、彼女は両手を上げて脱がせやすいようにしてくれる。Tシャツは汗で素肌に張り付いたけれど、くるくるとめくり上げながら、やさしく脱がせていく。


「由美子はあいかわらずエッチな身体してるよなぁ」


 由美子の、バキバキに鍛えられた背筋が現れる。背骨を頑丈に包むように隆起した、いつもの由美子の広背筋。その一筋一筋を指でなぞっていくと、その完璧で官能的な肉体に、思わずため息がこぼれてしまう。


(……ん、“いつもの”?)


 そこで、妙な違和感に行き当たる。これまで見てきた由美子の姿を想像しようとすると、頭の中がどうしてもぼんやりしてしまう。思考を先に進めることができない。俺は諦めて、由美子のガタイを存分に堪能しながら、分厚い大胸筋に手を伸ばして、ゆっくりと揉みほぐす。


「……んん」


 由美子の口からため息がこぼれた。筋骨隆々な身体をモゾモゾとくねらせて、身体の芯から何か強く求めるかのように。


「ん、どうした?」


「はぁ……ねぇ、んもう……」


 彼女は、ぐるりと俺を向いて、小さく目を開けた。小麦色に焼けた肌、太くてキリッとした眉。一重まぶたは寝起きだからか、いつもより余計に重たそうに見えるが、なんてチャーミングなんだろう。由美子の唇にそっと重ねると、彼女は口をひらく。


「私、大ちゃんになっていくの、うれしくてたまらないの。もっともっと、大ちゃんになりたいわ」


 俺と同じ顔つきで、同じ身体つきで、同じ声をした由美子は、そう言って穏やかな笑みを浮かべた。


*


 由美子が俺になった日のことは、今でもよく覚えている。由美子と同棲をはじめてまだ一ヶ月も経たないうちのこと。由美子のスマホが鳴った。


「ああ、私のところにも来ちゃった。私、大ちゃんになるみたい」


 由美子はスマホをぽんと突き出して、受け取ったメッセージを俺に見せつけた。


『本メッセージを受け取った者は、段階的に身体の移行が開始される。移行する身体は、以下の人物である──後藤大輔(32)』


 由美子は納得の笑みを浮かべているようだが、俺にはまったく訳がわからなかった。


「……は?」


「いいから。続きをよく読んで」


『尚、本メッセージは読んだ瞬間からその効力を発揮するものとする。また、本メッセージは認知的な強制力を持つものであり、その決定を拒否することはできない。』


 その一文を読んだ瞬間──脳天を貫くような強い衝撃を覚えた。目の前の世界が微かに揺らぐ。しかしすぐに元に戻り、俺の目の前には黒髪で短髪、野球のトレーニングで鍛え上げた体格のいい、俺とまったく同じ姿をした“いつもの”由美子が仁王立ちをしていた。着ていたブラウスは、盛り上がった肩や胸板のせいで弾けてしまいそうなほどピチピチに張っている。由美子は堂々としていた。うふふ、とはにかむ声は相変わらず女性らしい穏やかな声で、筋肉質な肉体とは明らかに不釣り合いであるのだが。


「──ん? ……あれ、なんだ、そんなことか。ビックリさせるなよ」


「ふふふ。んもう、お洋服着れなくなっちゃった。ねぇ、お買いもの付き合ってよね」


 それから由美子は日に日に、俺になっていった。俺にぴったりのタンクトップを着ると、ムチッと丸い肩の筋肉が男らしさを強調していたし、短パンを履くと太腿に刻まれた筋肉のラインやプリッとしたケツもたまらない。俺はその変化をナチュラルに受け入れられたし、むしろ由美子は元からそんな姿だった気さえしていた。由美子と出会って、初めてのデートをして、告白して付き合って、同棲を始めて。朝まで何度も射精を繰り返したあの熱い熱い夜のことも。これまで二人で過ごしてきた思い出の中の由美子は、すべて、俺の姿をした「由美子」になっていた。


「今日も二人でお買い物かい? 仲いいねー」


「本当お似合いのふたりよねぇ」


 道端で会う近所のおばさんも、店員さんも、誰もかも。俺の姿をした由美子を見て、すぐに由美子だと理解して、受け入れていた。その不可解であまりにも自然な変容は、やがて職場にも波及していて──。


*


「部長、おはようございます」


「おうー、おはよう」


 オフィスでも似た現象が起こっていた。並んだデスクの一番端に座る部長の席には、坊主頭で芋臭い顔をした勝山部長──高校球児である息子・友樹くんの姿になったらしい──が座っているが、俺はもうかつての勝山部長の姿を思い出せなかった。こんがりと日焼けしたニキビ面の部長は、Yシャツにスーツ、ネクタイをしっかり締めていて、分厚い企画書をじっくり睨んでいる。しかし、以前勝山部長が息子のことを「野球しか脳がないバカ息子」と愚痴をこぼしていたように、現在の勝山部長は企画書を見ながら、何度も何度もあくびを繰り返し、何も理解できていない様子だった。


「先輩、お疲れさまです。ちょっと資料を見てもらってもいいですか?」


 俺は、隣の席に座る部下の五十嵐省吾に声を掛けられた。元バスケ部でたっぱもあり、イケメンで女子社員からも人気がある。何度か誘われて一緒にバスケをやったこともある(俺にはバスケの才能はないが……)。若いのに真面目で頭も切れる、将来有望な若手の一人だ。後輩らしい人懐っこさもあって、俺もなんだかんだ可愛がってるんだよな。


「いやあ、部長にも目を通してもらったんすけど……、なんていうか最近の部長、ちょっと変じゃないですか? 何を言っても上の空っていうか……。だからどうしても後藤先輩にチェックしてもらいたくて」


「おいおい、最近のヤツはずいぶん正直だな……。まあ確かに最近の勝山部長はちょっとな。よしわかった、資料預かるよ」


「あざッす!!」


*


「……そんなわけで、部長の様子が変なんだ。五十嵐もずいぶん舐めてるようだし」


「そりゃしょうがねぇよ。身体が変わると慣れるのに時間かかんだろ?」


 俺は帰宅して、着替えながら由美子と職場の話をしていた。俺の姿をして、俺の低い声をした由美子は、いつの間にか俺と同じ喋り方になっていたが、もうかつての由美子の喋り方なんて思い出すことができなかったし、今のほうが自然な感じがした。


「ま、大輔もあんま気にすることねえよ。……それより、今夜も一発イッとこうぜ?」


「おいおい、由美子、昨日も抜き合いしたばっかだろッ……んん」


 俺はいつのまにか力強く押し倒され、服を脱がされ、唇を奪われていた。由美子の腕力にはいつも抵抗することができない。由美子の固くなった股間がぐりぐりと俺のそれに押し当てられる。俺もどうやらひどく勃起しているらしかった。最近の由美子は、よくわからないがかなり大胆でムラムラしているらしい。


*


「五十嵐、ちょっといいか?」


「昨日の資料ですね。ありがとうございます!」


 俺は部下の五十嵐と簡単な打ち合わせをしていた。彼の資料はとてもよく出来ていて、若いのに本当に優秀だなと思ったが、ここは上司らしく厳しくコメントさせてもらおう。そう思って話しかけたとき、俺と五十嵐のスマホが不気味に鳴り響いた。


「わりぃ、ちょっと」


「あ、僕もちょっと」


 俺がそのメッセージを開いた瞬間、思考がほんの一瞬停止した。そこに書かれている文章を理解するのに少し時間がかかったが、俺は次の呼吸をするときには、もう心の準備ができているようだった。


『本メッセージを受け取った者は、段階的に身体の移行が開始される。移行する身体は、以下の人物である──五十嵐省吾(23)』


 周りがぼんやりと霞むと、俺は少し視線が高くなっているようだった。そうだ、俺は五十嵐と打ち合わせをしている途中だった。そう思って目の前を見ると、そこには白髪混じりで、額や目尻に皺がしっかり刻まれた、50代の男──“かつての”勝山部長の姿をした五十嵐が座っていた。そのとき俺は、部長がこれまでどんな姿をしていたのか急に思い出したのだ。


「先輩、オレになったんすね!! いやあ、なんか誇らしいッす!」


「お前も部長になったんだな。いや、俺の部下ではあるから少しややこしいが……まあすぐ慣れるだろ。それで、話を続けるぞ」


 俺たちが盛り上がっていると、ニキビ面の芋臭い顔をした勝山部長もやってきた。俺たちの肩に手をのせて、嬉しそうにしている。


「お、お前ら、身体が変わったんだって? なんか懐かしいなあ、その身体。よく似合ってるじゃないか」


「「ありがとうございます!!」」


*


「おかえり。おー、五十嵐に変わったんだって? いいじゃねえか」


 家に帰ると、太い眉に一重まぶたの、マッチョな由美子が俺を歓迎してくれた。


「あざッす!! なんか、その姿で一緒にいられると、敬語になっちゃいますね...」


「ははは。たしかに、なんか俺も部下に指導してる感じになっちまうよ。まあ、これからは彼女として、よろしく頼むな」


「うっす!!!」


 俺は、由美子に押し倒されてベッドに横たわる。逆三角形で筋骨隆々な、日焼けした由美子の肉体が、色白でスリムで筋肉質な、バスケで鍛えられた俺の肉体に重なっていく。


「はぁ、はぁ……。大輔、マジかよ。お前ひょっとして絶倫?」


「オレ、全然まだまだ余裕ッすよ。ほら、こんなにビンビン」


「すげェな、、やべ、それ見てたら俺もまた勃ってきた」


 俺らの営みは終わることなく、夜が明けるまで永遠と繰り返された。



<終>



===

今作は他者変身をテーマに作品を投稿しました。前作から少し空いて申し訳ありません。最後までお読みいただきありがとうございました!

知らない変容

Comments

Leoさんいつもありがとうございます!常識変化をちゃんと扱うのは初めてでしたが書いていても楽しかったです!

Adam

常識も一緒に変化し慣れていたのもいいね!

黒竜Leo


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