【あらすじ】
登坂慎介(32)、警視庁の刑事。彼は後輩の稲本洸(23)と共に、密輸ディーラーであり組織のリーダー・中山篤人(42)の行方を追う。登坂は中山の動きを突き止めるが、一方で中山にも不審な動きが──。
***
「んはぁッ......。んふぅ......ッ!」
150キロのベンチプレスを繰り返し持ち上げる筋肉隆々の短髪男。額から大量の汗を流しながら、ただ懸命に、己の筋肉に鞭を打ち続けている。
「登坂先輩、お疲れ様ッす。休日だっていうのに、先輩は本当にトレーニング熱心ッすね」
隣で見ていた稲本洸(こう)は言った。短髪のソフトモヒカン、青いサッカーユニフォームを着た爽やかな好青年は、登坂慎介とバディを組む後輩。バディ結成2年目だ。
「おー、稲本か。トレーニングは大事だぞ? いつ、どんな事件が起こるかわからないからな。それに……」
「中山篤人、ですね」
稲本がその言葉を口にすると、登坂慎介は稲本の顔をちらりと見て、「ああ」と静かに頷き、スポーツタオルで額を拭った。グレーのトレーニングウェアからは大量の汗が染み出している。その汗染みを見てうんざりとした気持ちになりながら稲本はこう続けた。
「中山篤人、どうやら今週不穏な動きがありそうっすね」
「不穏な動き?」
登坂は稲本の目を見た。
「はい。中山が率いる麻薬取引組織がある暴力団と密会し、新たな取引が計画されているとの情報が報告されているんです」
「は? それ、ちゃんと裏取れてるのか?」
「もちろんです。それに……」
稲本が口を開こうとしたところで、登坂は慌てて人差し指を口にあてた。
「おーッと!! つーか、ここはトレーニングジムだ。詳しい話はまた後でしようぜ……どこで誰に聞かれてるか、わかんねえからな」
稲本は辺りをちらりと見渡して後頭部を掻いた。
「そうっすね。では先輩、詳しくは署で」
*
<警視庁本部>
警視庁本部での捜査会議。会議室にはスーツ姿の刑事たちが集まっていた。ホワイトボードには“中山篤人”の顔写真が貼られている。
「ナカヤマアツト、42歳。身長173cm前後、細身の体型。スキンヘッド、重たそうな一重瞼、それから頬に入った切り傷が特徴だ」
主任の坂井が淡々とした口調で説明した。登坂は、分厚い胸筋を引き締めるスーツをピッチリと着て、真剣な眼差しで話を聞いている。
「いやー、それにしてもワルそうな顔っすね、中山」
登坂の隣にいる稲本は、登坂の耳元でこっそりと囁いた。登坂は黙ってこくりと頷く。顎のラインの髭は雄臭さを強調している。
主任の坂井は話を続けた。
「それでは諸々の麻薬取引に関する中山篤人の追跡についてだが......」
坂井の言葉を遮るように、登坂は大きな手を天井に突き上げた。
「主任、今回こそ俺にやらしてくださいッ!」
威勢よく声を上げる登坂を、稲本はぎょっと見つめた。
「おお、登坂か。この件には、随分思い入れがあるようだな」
「悔しいんです。この前はあとちょっとのところで逃してしまって......。次こそは、必ず。俺が、中山を捕らえてみせます」
登坂は拳を力強く握りしめた。
「いいぞ、やってみろ。だがお前はもう顔が割れている。十分に気をつけろ」
「はいッ!」
会議が終了し、皆が続々と会議室から出ていく中、稲本は咄嗟に登坂を捕まえて言い放った。
「登坂先輩! ちょっと、いいんすか? 今回の件、かなりヤバそうっすよ?」
登坂は遠くを睨んだ。
「ああ、これで絶対にこの事件を終わりにする。それに、この間中山を追い詰めたとき、アイツ変なこと言ってたろ?」
「えーと、何でしたっけ……」
「『次に取引するのは、お前の身体だ』...…だ」
稲本はごくりと唾を飲んだ。登坂は力強く答える。
「ああ。完全に俺のことを馬鹿にしてやがる。警察を舐めんなッて話だ。それにな」
登坂はぎらりと目を輝かせた。
「中山篤人はメディアも注目する男だ。当然、アイツを捕まえたら俺の評価も鰻登りだ。もちろん、お前もな」
「......やっぱり、俺も手伝うんすね?」
「当たり前だろッ!」
登坂は稲本のプリケツを厳つい大きな手で力強く叩いた。長年柔道を続けている登坂の腕力はあまりに力強く、稲本は若干よろけながらも、堂々と前を歩くその先輩の後を追いかけた。
<続く>