SakeTami
yae
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3.11

8年前、当時、気持ちが抑えられなくて現地に向かってボランティアをしました。

まだ本当に子供でした。

なにかしてあげたい、という自分の気持ちに嘘はなかったんです。

ヘドロをかきだして運んで全身を泥だらけにしながら、担当した家の中を掃除しました。

スコップとバケツで泥を運ぶだけの単純な作業でした。

作業時間は決まっていたので、終えると達成感がありました。

その家の人からの感謝の言葉はありませんでした。

私は恩を期待していたのだと思います。少しがっかりしました。そして自分の心の醜さに気が付きました。

見返りを求めたんですね。そんなつもりはなかったと思っていたのに。

震災直後だったので、街は本当にひどい状態でした。

自分勝手にボランティアに行きましたが、感謝されることに期待していた自分を恥じました。

その家の人は私が作業している間、ずっと空を眺めてほうけていました。

多分、私が来る前から、きっと。私が帰った後もそうでしょう。

自己満足な献身愛に酔っていたことに気が付きました。

恥ずかしい話ですが…。


もう8年ですが、まだ8年でもあります。

みんな笑って生きて欲しい。悲しいのは辛いです。





Comments

ボランティア来てくれてたんですね! 僕の地元、よく震災番組で映る岩手沿岸の被災地です。10m先まで波が来た時は本当死ぬとこでした。 当時、被災地の街の中はどこも壊滅状態で人手も食糧も何もかも足りなかったんで、ボランティアに来てくれた方々には凄く凄く救われました。ありがとうございます。 あれから10年、街の復興は終わってますがなかなか傷跡は深いです。 皆笑って生きて行けるよう、地元の為に出来る事を頑張っていきます。

当時最悪の被災地のひとつであった宮城県某所に住む者です。震災後重機関係の仕事で赴任し、数年が経ちました。 現在土木関係の復興工事はほぼ終わり、仮設住宅も見ることがなくなりました。同時に重機は売れなくなり、業界全体で不振にあえいでいます。私も例に漏れず最近は本当にやる気を失くしていました。 ところがたった今、【yae】さんの文章を読みました。正気を取り戻した様な心持ちになりました。 私は皆さんの必死の一歩一歩を残念がる為に私はここにいるのでしょうか?初めは使命感に燃えていたはずではなかったでしょうか?恥ずかしさでいっぱいです。この業界にいるからこそ、まだまだ出来る事があるはずでした。 【yae】さん、ありがとうございます。私はもうしばらくここで頑張ります。 みんな笑って生きて欲しいというのは心の底から共感出来ますから。


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