アバターのアプデ作業も含めたVket2021の準備に追われている間に、気づけば12月になり、今年も終わりを迎えようとしていました。
そしてそう、今年もアドカレの季節がやってきました。今年もszstさん主催の「元気なアドカレです」(あるいは妖怪カレンダーもしくはスズサトアドバンテージドラゴンカレンダーMk‐Ⅱセカンド)にお誘い頂き、この記事を書いております。参考までに、前年のカレンダーと、前年の私の記事です。
2021年のトークテーマは「今年の話をしてください」ということで、最早定期更新型ネットゲームも絡まなくなりました。完全に身内でお喋りするだけの集いになっていますが、私もそのノリで行きます。諦めて下さい。ここから先は全部内輪ネタだ。
今年は今年で色々なことをやりました。結婚領域とかいう身内ノリの極地みたいな定期ゲーの参加に、新作アバター1体、全身作り直しアバター1体のモデリング。VRCでは勉強を兼ねてSDK3を利用したワールドを作ったりもしましたし、その過程で初歩的ですがC#にも触れ、久々にスクリプトを書く楽しさを思いだした年でもありました。
ただ、3Dに振り切った話は去年行いましたので、今年はあえてそちらは大きく語らず、「久々に新しい絵の描き方を試してみたよ~」って話をしていきたいと思います。3D関係の記事も機会があればまた。Vketのブース関係の記事は、夏みたいに個別で立てようかなとは思っております。
で。
いきなり本題について話し始めてもいいのですが、あくまでもテーマは「今年の話」なので、本題と全然関係ないことからダラダラ話していこうかなと思います。絵の話だけ聞きたい人は、3-4項目だけ読めばいいです。話をまとめろという人には、「レイヤーマスクはいいぞ」でこの記事の話は9割終わります。ご静聴ありがとうございました。
皆さん、突然ですが人権ってご存じですか。ご存じない方であっても、誰にでもあり、保障される。それが基本的人権です。尊いですね。
ただここで言う「人権」とは、めちゃめちゃ身内ミームの「人権」のことです。
もの凄くざっくり説明すると、実在している友人を、主に美少女化、稀に美男子や異形化……要するに二次元キャラクター化する遊びのことです。特徴としては、例えば本人がお題を募集して代理キャラを作るようなタイプの遊びではなく、他人が勝手に萌えキャラを作って「これが”お前”だ!」「萌えろ!」と突きつけるタイプの遊びになります。共通の知人から見て、誰という記載がなくても「おっ、あれは○○さんだな」と一発で認識できたり、本人が突きつけられた自分自身を見て「”自分”なのに……かわいい……」と悔しがったりしていると、スコアとしては高得点ということになります。何の?
表現が難しいんですが、偉人美少女化ジャンルのイチャイチャ or エチエチ二次創作を、モデルになった本人が存命のうちに目の前でやって、しかも本人に見せに行くような感じになると、こんな感じなのかな……みたいな趣で眺めています。モデルの本人同士にやり取りがある人だと、当然のようにキャラ同士でも絡み絵が生成されたりしているんですよね。
自分の周囲でこの遊びが流行り始めたとき、火の手が上がるたびに「尊厳が焼かれた」だの「人権侵害しないでください!」などの文言が飛び交い、いつしか生じたキャラクター自体が「人権」と呼ばれるようになった……と記憶しているのですが、当時は外野でやいのやいのしていた側で、人権で人権を洗い合っていた当事者側ではないので、詳細な成り立ちがこれで正しいのかはちょっと分かりません。誰かTogetterとかにまとめといて下さい。探せば既にある気もしないではない。
この人権遊び、例えば全く知り合いじゃない人にいきなり「あなたを萌えキャラ化しました!」と言われて画像を送りつけられても、面白いどころか普通に怖いだけですし、全然共通知人じゃない人を焼いても、周りのみんなで面白がれないじゃないですか。そういう意味でも完全に身内向けの遊びだな~と思います。
また、「知り合いや有名人をキャラ化する遊び」自体はかなりレギュラーな遊びだと思っています。ただ、それが実行されるためには、一定の「村として成り立った社会」と「始まるきっかけ」が必要になり、それが村ごとに違う為、行為や生成物の呼び名は団体によって違いますよね。同じ野良猫なのに、通い先の家によってついてる名前が違うみたいな味わいがあって面白いな~と思っています。
で。
おらが村の「人権焼き」遊びにおいて、「人権」はキャラクターとなる本人以外の人が生成します。ですから、一人の人間に複数の人権作者がつき、その数だけ人権キャラクターが生み出される場合もあります。
2021年12月現在、最も”焼かれた”数が多い人物として、当アドカレ5日担当の笛氷さん(以下、笛さん)がいらっしゃると思います。笛さんの人権は、今年10月時点で本人が認識している数だけでも8~9人確認されており、作者のユニーク数としては、6名もの絵描きが「お前をなんかおもろいキャラにしたるわ」と”何か”を生成しています。
まあ、私もいるんですけどね。
身内遊びとして捉えると、ちょっとした悪ふざけをし合える人が多いということでもあるので、人権の数は人望の数だとも思いますよ。放火した人間が言うな。
これが2019年に描いた絵で、診断メーカーで出てきた結果を絵にした感じです。
なお、診断メーカーを回したのは私ではなく、アドカレ参加者ではない共通知人でした。「他人が回した診断に出てきたランダムな結果を絵にしました~」ってていで自分の責任を軽くしようとしている……いやらしい……。
今だから言える真面目な作成理由というと、「面白そうだったから」です。全然真面目な理由じゃないって? 俺は”本気(マジ)”だ……。
笛さんのキャラクターデザインの作風、そしてそれらをオリジナルデータとして要素抽出された既存の人権たちは、「薄紫色がベース」「お胸は控えめ」という例が多く、「銀髪・金目の巨乳キャラ」というセオリーからズレたお題で、どのくらい周りの知り合いに「あっこれ笛さんじゃん」と認識させられ、他の人権と要素が被らないデザインができるか試してみたかったんですよ。
結果として、よくHNから要素として取り入れられていた「笛」の方ではなく、「氷」の方に重きを置き、銀髪のカラーリングって結構作品によって自由にされがちだよね~と、髪の色を純粋な銀よりは少し水色に寄せたキャラを作成しました。金目も、どちらかというと笛さんのオリジナルキャラでも確認できた、褪せた黄色に寄せています。(要するに、青髪黄目では……?)
笛の要素もタイツの柄に軽く反映させたつもりですが、これは若干蛇足感があった気もするような……。
そしていっとき笑って、特に何をするでもなく「笛の人権の中にああいう子もいたらしいな」で終わっていたこの子が、2021年になり、私も全く予測できない形で突如脚光を浴びることになります。
きっかけは笛さん本人のこのツイートです。
ひみたまとは、《Secret Sphere》という定期更新型ネットゲームの略称の一つで、現在は10回更新のみが行われるテストプレイのまっただ中、生まれたてホヤホヤのフレッシュな作品です。アドカレ関係者としては、ラストの25日を飾るとらいさんがG……ゲフン、運営スタッフサイドで活動されております。
本番前のテストプレイを行う作品は他にもありましたが、本番で使う予定のないキャラや、ふざけたキャラも使いやすいよねってことで、本番と登録キャラクターを分けるPLの例もそこそこありました。
そして、この発言を見た私はやっぱり「面白そうだから描くか」「退路断ってやろ」と面白半分で、しかし今までラフでしか描いたことがない人権キャラを、2021年にして初めて大真面目に描く羽目に。
それで今回は、せっかく久々に真面目にイラストを描いた為、この絵を描くときに試してみた塗り方が便利だったんだよ~って話をしていこうと思います。別にカットしてもいい壮大な前置き終わり。
あと、笛さん直々に名付けを行い、「人権」から「キャラクター」となったPNo.549 フェルト・チルリィちゃんをよろしくな!
(※テストプレイ期間が終わった後は、同アドレスが別キャラクターに置き換わっている可能性が非常に高いため、ご注意&ご容赦ください)
さて、このフェルトちゃんのイラストなのですが、3Dの作業をする上で学んだ機能を2D作品にも使ってみたらどうなるんだろう? と、普段行わない方法で着色作業を行っております。
実際には、以前から部分的にはイラストにも採用していたことがあり、自分のキャラクターを描く際に初めて「あの技法をメインにした塗り方を試してみたらどうだろう」「これは意外とイケるかもしれない」と判断したため、フェルトちゃんのイラストでも継続して同じ塗り方を採用しました。
こちらは最初期に、私自身のひみたまPCとして作成した「三日月海釜のモイラ」というキャラクターで、種族は妖精セルキーの女の子です。頭に乗っているのはウミネコで、魔法型PCとしてシステム上必携の存在である「使い魔」の予定でした。公式のフレーバーによると、推奨使い魔が「猫・犬・鳥」だそうですので、「じゃあ猫(鳥)で」と安直な理由でウミネコに。
なお、立ち絵まで準備したモイラですが、土壇場になって「テストプレイだけ一緒に遊んでみるか」とゆるく結成したPTで予定PCを出し合った結果、「どうもこの人とこいつが能動的にPTになる図が見えない……」というカードが出され、お蔵入りになりました。
これがTRPGプレイヤーだったら、そこをなんとか誘導して依頼に乗ったりするのがPLの務めだろ! と怒られそうなところですが、多人数が一斉に同じシナリオを遊ぶ定期ゲーにおいては、GMに「チーム結成が避けにくいシチュを作って、外堀埋めを手伝ってくれ~!」ようなアシストを頼むことはほぼ不可能ですので、無理のないパーティ結成には、PC自身の意思とPL間の設定相談が必要になるんじゃ……。うちはテスト限定で遊ぶゆるチームの予定なので、そこまで綿密に色々やる気はあんまり無いです。また話がそれましたね。
この新規塗りで主に利用している機能が、タイトルにある通りの「レイヤーマスク」となります。絵描きが基本的にお付き合いすることになる、クリッピングマスクと恐らく同等に初歩的、かつ使える場面も多い為、記事にせずとも「もう知ってるよ~」って方も多いと思います。
ただ、趣味としてたまに絵を描く程度の人間だと、とりあえずこれさえ知っていれば事足りるという機能さえ知ってしまうと、なかなかその先まで知ってみようという機会も無くなっていき、意識的に勉強する気がないと見落としている機能も多いものです。
私自身の話ですと、レイヤーマスクは恥ずかしながら、3D作品を作るためにSubstance Painterを使い始めてから知ることになりました。今だとAdobe Substance 3D Painterの方が正式名称なんですかね。何でもAdobeに食われていきますね。
私と同じように、その機能何!? 知らない! という方のために、レイヤーマスクの仕組みについて説明していきましょう。
マスクの名である程度予想はつくと思いますが、クリッピングマスクと同じように、画面上に表示する着色範囲を制限することができる機能です。
クリッピングマスクとの違いは、クリッピングマスクが透明度の基準となる親のレイヤーを最下層に敷き、上層の子レイヤーの透過情報を親と同化させるのに対し、レイヤーマスクは1枚のレイヤーに対してグレースケール画像を別途用意し、個別に透過情報を指定することが出来ます。
上の図はレイヤーの見本です。
上段がクリッピングマスク、下段がレイヤーマスクのイメージです。
これらは、どちらの方法を利用しても最終的に「赤色の星」という同一の結果になりますが、マスクの方法が異なります。クリッピングマスクは、色と透明度の情報を持った親のレイヤー(黒い星)に真っ赤な子のレイヤーを被せることで、「透明度は親」「色は子」という結果を2レイヤーで生成しています。
対するレイヤーマスクは、真っ赤なレイヤーにレイヤーマスクをかけ、透明度の設定をグレースケール画像として書き込むことで、最終的に赤い星という結果が表示される1レイヤーになっています。
上記の説明だけですと、レイヤーの数が減らせることがレイヤーマスクの利点なの? という印象になるかもしれませんが、そうではありません。利点は色々あります。(個人的にはレイヤー数に拘りがないので、レイヤー数の差は利点でも欠点でもない、ただの特徴として捉えています)
まず、クリッピングマスクとレイヤーマスクは相対する存在ではなく、共存することができます。また、レイヤーマスクはレイヤーだけでは無く、レイヤーを束ねるフォルダにも利用することができます。
例えば人間のキャラクターを描くとき、「白目」「黒目」のレイヤーは「肌」を親レイヤーとする子レイヤーにしたいけど、白目や黒目のベース塗りも親のように扱いたいな……と思うシチュエーションはありませんか? そんなときに、「目に所属するレイヤーをまとめるフォルダを作り、そこにレイヤーマスクを当てる」などの処置を行うと、肌のクリッピングマスクの範囲内で、なおかつ目としての着色範囲からはみ出さない塗装範囲を作ることが出来るようになります。
その他の利点としては、復帰に強い点です。
通常のレイヤーに、頑張って沢山描き込んだ箇所があったとします。あなたは作品全体のバランスを見て、「ここは無い方がいいかも」と判断し、その箇所を消しゴムで消しました。しかししばらくしてから「いや、やっぱりあった方がいい気がしてきたぞ……」と思い直し、作業を巻き戻したい状況になってしまったとします。アンドゥが間に合うか、バックアップのある状況ならどうにかなりますが、そうではない場合にまた元の状態にするためには、一から描き直さなくてはいけません。
一度は描いたけど、やっぱり消そうかなと思った部分を削除するとき、消しゴムではなく、レイヤーマスクを当てて非表示にする方法を取るとどうなるでしょう。マスクを黒で塗りつぶすとその箇所は見えなくなりますが、本体レイヤーの情報自体は生きていますので、「うーんやっぱり戻そうかな」となったときに、またマスクを調整すれば(あるいはレイヤーマスクを無効化すれば)すぐに元通りになります。
描画手段としてレイヤーマスクを使うことがない人でも、調整や保険の選択肢の一つとして覚えておくと役立つ場面もあるかもしれません。
そしてグレースケール画像を透明度のソースにする仕組みなのですが、このソース画像も「画像」であるため、ブラシを使って色塗りをする感覚で透明度を設定できます。個人的には、ここが一番気に入っている箇所です。
参考に、こちらはフェルトちゃんのプロフ絵から、まったく同じ位置を切り出したマスク画像で、左上からZの順で肌1陰、肌2陰、髪1陰、髪2陰のマスクとなっています。各レイヤーの本体は1色で塗りつぶした状態にしてあり、「塗ることが出来る範囲」としてはクリッピングマスク、「塗りそのもの」はレイヤーマスクで制御しています。
髪1陰(左下)が顕著なのですが、様々なグレーで塗られています。白が100%、黒が0%として透明度に変換される仕組みなのですが、たった1色のレイヤーでも透明度で塗り分けることにより、そこそこ色幅があるように見せることが出来ます。透明度をグレーで管理することにより、「透明度のスポイト」や「ブラシのモードをカラー比較に変えて一定以上(以下)の透明度を保護」という操作も可能になるので、これも地味に便利です。
塗りはこの白黒画像だけ見て行っているのではなく、実際のカラー表示と白黒表示を行き来して、全体像のチェックと細部修正を繰り返しながら進めています。
髪から各種効果を外し、ベースレイヤーと1陰のみ表示した状態。
2色のみでも、このように「アニメ塗りほどパキッとはしてないシンプル系のイラスト塗り」として成り立ちます。
また、クリッピングマスクの親として機能している髪のベースレヤー自体にもレイヤーマスクをかけており、キッチリと塗り範囲を指定したあと、左目上部の髪が少し被さった箇所に柔らかいブラシで透かしを入れています。
髪以外ですと、瞳の陰部分にも利用しています。
見ての通り、瞳の陰部分には軽くグラデーションがかかっています。既にグラデーションがかかった画像を、そのまま削り盛りしようと思うとなかなか面倒な作業になりますが、レイヤーマスクでは本体レイヤーの情報に手をつけることなく、透過情報を追加設定することが出来る為、きれいなグラデーションを維持しながら表示範囲だけチマチマと調整することができます。レイヤーマスクは柄物にも強いのです。
クリスタユーザーの方だと、スクリーントーン用のレイヤーをイメージして頂きますと、機能的にはかなり近い印象です。
さて、そんな便利なレイヤーマスクですが、弱点もあります。
定期界隈的に影響が大きそうな箇所は、大変シンプルにフリーソフトだとレイヤーマスク機能がない場合があるという点でしょうか。実際に、以前主催のszstさんからゲーム用のアイコン作成を依頼され、完成後に納品したところ、あちらのソフトがレイヤーマスクに非対応であることが発覚し、マスクを確定させたファイルを再納品したことがありました。
3D側の話題ですと、以前「改変用の同梱psdを、レイヤーマスクを適用したファイルに置換した」という販売データの一斉アップデートを行ったと思うのですが、あれもszstさんからの報告をきっかけに、「どうやら全ての人に使える機能ではないようだ」と学んだことが大きいです。お金を払って買っていただいたファイルを購入者さんが開いてみたら、謎の塗りつぶしレイヤーしか入ってない状況、大変にマズイ。
また、「ソース画像もちゃんと画像」というメリットを前項で紹介しましたが、それはそのままデメリットにもなります。
素人の体感による憶測ですが、レイヤーマスクを利用したレイヤーの情報は倍化します。ちゃんと「本体のレイヤー」の情報と、「マスク用の画像」の情報が詰まっているんですね。全てのレイヤーのマスクを確定させてから保存し直すと、psdファイルが結構軽くなっているということもあります。
透明度を確定させた後のレイヤーは、若干手間はかかりますが、アルファから選択範囲を作り→レイヤーマスクを生成し→元のレイヤーは一色の塗りつぶしに戻す、という工程を経れば元の状態に戻すことも可能ではありますので、最近では、調整が多い段階では全てのレイヤーマスクを保持し、作業が大方終わり次第、マスクは確定させてしまっています。
(※上記の最適化作業をたまたま記事の公開前にやる機会があった為、ざっくりとファイルサイズの観測をしていたのですが、270MBあったpsdが最終的に26MBほどになっていました。大きくサイズに影響している要素が何かは断定できないのですが、レイヤーマスクを使うことによるサイズ膨張は倍化どころではないかもしれないですね)
話をまた3Dの話に切り替えます。
PBRという仕組みがあります。正しくはPhysical Based Rendering(フィジカルベースドレンダリング)というもので、雑さLv.100くらいで説明すると、3Dでリアルな感じの表現ができる仕組みです。なお正式名称は全然頭に定着しないため、今ググって調べ直しました。明日には忘れていると思います。
PBRでは色≒Albedoの他に、色々な情報を表現できます。代表的なところでは、なめらかさと荒さを示すRoughnessと、金属か否かを示すMetallicなど。「もの凄くツルツルしてるけど金属では無いもの」を作ればプラスチックのような質感になりますし、「マットな加工をされた金属」も表現できます。
そのほか、物体の凹凸感を示すNormalやDisplacementなどのステータスもあり(これが本題ではないから違いは省くぞ!)、全種を一斉に設定すると、3D上で質感や凹凸感も伴うめっちゃリアルな表現ができる、というもので、大変便利です。
さて、この各種ステータスですが、先ほどのレイヤーマスクのように、専用の画像で情報の出方を制御することが出来ます。1Material内で、「画像のこのあたりは煉瓦っぽくして」「このへんは錆びた金属にして」「ここにはボーダー状の凹凸をつけて」という変化が細かくつけられるのですね。とってもとっても便利です。
しかし、各種マップが揃った1素材セットを作るのも、それを利用してちょっとずつ混ぜ合わせたりするのも、普通の画像編集ソフトだけでやっていると気が狂ってしまう為、専用の塗装ソフトが存在します。Substance Painterも、そんなPBRテクスチャ作成に特化した3Dペイントソフトの一つです。
私がレイヤーマスクを学んだこのソフトですが、PBR素材の作成作業とレイヤーマスクは非常に相性が良く、恐らく他の3Dペイントソフトでもレイヤーマスク型の塗りが主体……なのではないでしょうか?(確認はしていないです)
Substance Painterは、様々なマップを持つ完成した1素材を、あたかも塗り絵の絵の具のように扱います。
ばーっと「コンクリート」の素材で塗りつぶしたあと、その上に「苔」の素材を重ね、ポンポンとブラシで叩けばその箇所がちょっと盛り上がり、いい感じの「苔むしたコンクリートの壁」が一瞬で作れます。さらになめらかさのステータスであるRoughnessを最大にしたレイヤーを重ねて、不自然じゃない程度の透明度に調整すれば、最初の状態から全体的にちょっとツヤツヤになり、「雨に塗れている苔むしたコンクリートの壁」へグレードアップすることもできるかもしれません。
画面上ではまるで魔法の絵の具のような出来事が起きていますが、実際には各Materialに「どの位置にどのくらいの強さで描写するか」という情報を付与し、重ね合わせた結果によって表現されています。上記の例ですと、「苔」のレイヤーにレイヤーマスクが設定されており、先ほどイラストへの応用例で話した「柄物のレイヤーの透明度を後から塗りで設定できる」と、内容的には全く同じことをしております。本体レイヤーの中身が、2D画像から、あるいはデジタルスクリーントーンから、PBR情報を持った素材セットになっただけです。
Substance Painter導入直後の2018年は、しばらくこの「マスクを使って絵を描く」という概念が理解できずに混乱したりもしていましたが、慣れてしまえば非常に便利な機能でした。
レイヤーマスクの話とは異なるのですが、1レイヤー=1色の塗りも、作者以外でも触れるpsdを作成しようという意識がついてから、作り方を改めた部分です。そういうレイヤーの作り方は、アニメ塗りを除いてここ10年くらいやっていなかったのではないか……? という人間だったのですが、本当に久しぶりに、大真面目な塗りで採用しました。
何せ、バケツでバシャーっと塗りつぶしちゃえば、簡単に2Pカラーを作ったりできますからね。調色も行いやすいですし、同じレイヤーに別の色を塗り重ねる厚塗り・グラデ塗りと比べても、失敗時にもリカバーしやすいです。
もっとぶっちゃけると、2陰くらいでそれなりの見た目のイラストが作れるのは、めちゃめちゃ気が楽なんですよ。センスのいい人は多彩な色を使えるかもしれませんが、凡人はそうもいきません。とりあえず失敗しない安定策があればそれをやっていきたいから、絵の描き方も何年も更新してこなかった。でも、絵から離れた場所で作業をしてみたら、そこで今まで知らなかった知識や技術が身につき、「これはもしかしたら、絵という作業にも持ち込める技術ではないのか」「既存のやり方と置き換えられないか」という発想を、恐らく初めて、そうでないにしても前回が思い出せない程度には久しぶりにした。それが何か、自分にとってはかなり新鮮な出来事に感じられました。
「3Dをやると2Dも上手くなるよ」という、3Dモデリングへの勧誘文句があります。それ自体は事実だと思います。ただ、その言葉が意味することの大半は、立体作品を作る過程でキャラクターの全身を色々な角度から見ることができ、人体を立体的に捉える力が上達するから絵に生かせるよという話だと思うんですよね。
でも、今回私に影響を及ぼした部分は、テクスチャ作成経験という、3Dの中の2Dの部分です。恐らく、「絵のためにも3Dをやろう」と謳う人の中で、こういう影響を受けることを想定していた人は、数としてはあんまりいないと思うんですよ。
個々の技術は、一見想像できないところでいきなり結びついたりする瞬間があります。幼稚園の頃から絵を描き、数年前から3Dを始めて、スキルが共通する部分はありつつも、分野としては別々に扱ってきたそれらの惑星衝突を観測できたのが、今年描いたこの2枚の絵だったのかなという所感があります。
アドカレ主催にキャラデザの依頼ももらったりしたことがある状況でこんなことを言うと怒られそうなんですが、絵を描くのはかったるいので、そんなに好きじゃないです。3Dの作業でもテクスチャを塗るパートがとにかく嫌いで、ウェイト塗りよりイヤでイヤで仕方ないときも多いです。
学生の頃は凄く好きだと思っていましたが、それはもっとイヤで苦手なこととして「勉強」や「良いとは言えない周囲の人間関係」が存在したので、当時の私は絵や空想の世界に喜んで閉じこもり、そこで遊んでいたんだと思います。それと、自分は「もっと上手くやれる人がいるなら、自分は別にいいや」となってしまいやすいタイプなので、現代ほどSNSが発達していなかった時代の恩恵もあるかもしれません。
それでも人生の大半は絵を描いて過ごし、その経験のお陰で知り合うことができた友人・知人も沢山おりますので、技術としては思い入れもあります。学生の頃と比べて調子が落ちてきたときには、なんとか自分に継続させる方法はないかと試行錯誤をしたりもしました。
それでも人間、楽な方に流れるものなので、結局努力でカバーする方向には行かず、絵と3Dだったら3Dの方がやってて楽しいかな~、まあ3Dも面倒なんだけどさ~とモデリング主体の方に流れ流れて、絵を描く頻度もめっきり落ち、今日があります。
でも、今年描いた2枚については、描いてる時間も間違いなく「楽しかった」のです。イベント締め切りからの逃避要素もあるかもしれませんし、友達をからかって遊ぶ要素があるからかもしれません。学生時代のピークの頃ほど熱中して楽しんでいたかというと、結構「あーめんどくさい」と言ってましたし、実際普通にめんどくさかったです。
それでも要素として確実に、「幼い頃から背負ってきた技術」という道から筆を取ったお絵描きではなく、「3Dという横道に散歩のつもりで入ったら、意外と見慣れた通りに出てきた」という気持ちで絵に取りかかれた面も大きかったと思います。3Dという迂回路を通して絵に触れるという体験は、うまくやらなきゃ、また好きにならなきゃというプレッシャーを一旦リセットし、「大人になった私が、改めて今の私として触れた趣味」として絵を楽しませてくれました。
私の子どもの頃から好きで、一度も嫌いにならず、今でもずっと好きなことに歌を歌うことがあります。お絵描きでブイブイ言わせていた程度に若い頃、ヒトカラにもしょっちゅう通い、フリータイムで滞在できる限界時間まで歌い続けたりもしていました。
でも今、カラオケには数年行っていません。
コロナ禍もあるし、そもそも家から出るのがめんどくさいし、数年前に自律神経を壊してから生活リズムや体調が別人のように変わってしまい、目覚ましなどで任意の時間に起きるということも大変難しくなってしまいました。仮にカラオケに今行ったとして、声量も昔よりぐっと落ちて、酷いことになっていそうな気がします。それでも「歌が好き?」と尋ねられたら、やっぱり「好き」と即答できる気がします。
絵と歌の大きな違いは、それを仕事にする夢を持ったり、アイデンティティにしたことがあるか、だと思います。絵については、勉強が苦手なこともあり、若い頃には「学がないからには、代わりに技術を身につけてこれで仕事をしないと」と結構強く思い込んでいましたし、専門学校のイラスト系学科にも行きました。対して歌は、昔から今に至るまでずっと、好きだからたまにやることで、上手い下手を気にすることもなく、ずっと趣味として触れてきたことです。
私の今後の人生が、あとどのくらい続くかは分かりませんが、これからの人生、絵という分野とまた面白おかしく付き合っていく為には、子ども時代の私を造り、逃げ場として機能してくれていた「絵」というものを一旦全て破壊して、また単なる趣味として出会い直す体験と、「好きなものであっても、めんどくさいし、しばらくやらないという状態は発生しうるし、別にそれでもいいんだ」という、自分への許しが必要な気がしています。
出会い直しはちょっとだけできた今年。この関係が持続するかは不明ですが、次にまた絵を描く必要が出てきて、めんどくせーって言いながら描くことになったときも、また今回程度に絵を描くことが楽しめたらいいし、そう思えることが嬉しいなと思っています。
何かしら付き合いが長く、それでいて悩ましいものがある人へ。
3Dやろうよとは言いません。それは単に、私の正解パターンだっただけなので。何か、気になってるけど今までやる機会なかったな~って思っているものがあったら、良かったら来年、一個だけやってみましょう。一個だけだったら目標として設定しやすいかもしれないし。
やってみたら別に面白くないかもしれませんし、面白くて新しい趣味になるかもしれませんし、なんなら途中までやる準備をしているうちに面倒になってきて、やっぱやめたりもするかもしれませんが、どれにしたって、今まで「やらなかった」選択を「やろうとしてみた」だけでも、世界を拡げる手伝いはしてくれます。
それが巡り巡って既存の人生と衝突を起こしたり、視点を増やしてくれたりするかもしれない。
私はそうだな……一回もやったことがないことだと、スキューバダイビングとかCADは楽しそうってイメージだけあるんだけど、イメージだけで何もわかんないな……やっぱ寝るか……。