田園で死んだ音楽から生まれたガンチョウの姉妹がいる。
姉妹の名はトミノ。
姉のジェイは血を吐き、妹のエイは火を吐く。
トミノ姉妹は地獄のような暗闇の中に潜み、月の糖で包んだ薬を撒くと姿を見せる。
ジェイは血を吐きながら薬をついばみ、エイがあとをつけてくる。
花が散る季節に外へおびき出すと、姉のあとを追う妹が宙を舞う花びらを見て火を吐く。
気流に乗った花びらをトミノ姉妹は翼であおぎ、川まで届けようとする。
川には落ちた鳥の雛が流れている。トミノ姉妹は流れる雛に花びらを届けると、
雛と花びらは共に流れ、どこかへ消えてゆく。
【ラフ画】
【作品解説】
この作品は、J・A・シーザーの「惜春鳥」という曲にインスパイアされた情景に、作者の元から持っていた「ガンチョウ」というキャラクターを当てはめたものです。
この歌は、寺山修司原作の「田園に死す」という映画の劇中歌で、この映画の個性が際立った映像表現に作者は強い影響を受けています。
作者がこの映画に辿り着くまでには2つの道があり、ひとつはこの作品の楽曲に携わったJ・A・シーザーという音楽家。
彼は丸尾末広原作の「少女椿」というアニメの曲も作っており、作者(びゃッこパス)はこの作品から彼を知り、「田園に死す」の流し雛のシーンを知り、この映画に辿り着きました。
もうひとつの道ですが、作者(びゃッこパス)は幼い頃からウルトラマンが好きで、中でも特に気に入っていたエピソードがすべて実相寺昭雄という人物が監督していた回ということがのちにわかりました。
実相寺氏は非常に独特なセンスを持つ映画監督で、「実相寺アングル」と呼ばれる特徴的な映像表現が有名で、あの庵野秀明氏の「シン・ウルトラマン」にもその構図のオマージュが多用されているほどです。
そんな実相寺昭雄氏が監督した映画もまた「田園に死す」なのです。
作者がこの映画に辿り着くまでに名前が上がった人物の作品はどれも人を選び、万人受けはしないものの、根強いカルト的人気を誇る作品を作る人物で、そんな方々の作る作品に惹かれる作者がこの映画に出会うのは必然だったというわけです。
さて、この絵のオマージュ元となった「惜春鳥」という曲には
「姉が血を吐く、妹が火を吐く
謎の暗闇壜を吐く
壜の中味の三日月青く
指でさわれば身もほそる」
という歌い出しがあり、それを直訳したような絵になっています。
このガンチョウの姉妹には「トミノ」という名前があり、これは寺山修司が西條八十という詩人の「砂金」という詩集に収録されている「トミノの地獄」という時の冒頭部分を引用したものです。
このインパクトのあるフレーズは、てっきり寺山修司氏が考えたものだと思っていたものですから驚きました。
芸術の要とは、"模倣と継承"であるような気がしますね。
宙を舞う花びらをガンチョウの姉妹が川へ送り届けようとするパックストーリーは、「田園に死す」の有名なシーンである「流し雛」のオマージュです。
映画では奇形児に生まれてしまった我が子を母親が川に流し間引きをするというのがこのシーンで、ここでこの絵のモチーフとなった曲が流れているのです。
このシーンがかなりショッキングかつシュールなもので、この映画を知らない人が流し雛のシーンだけを切り取ったものを見たら、思わず笑ってしまうかもしれません。
それほどシュールな映像なのですが、通しで見てみると本当に胸が痛くなる悲痛なシーンなのです。
映画の中で間引き子はそのまま流されてしまいましたが、映画という作品の外で、その作品の影響を受けた作品により、気持ちだけでも慰めをと、死んでしまった子供の魂を花びらに見立て、この世よりも綺麗な場所へと流れる川へと送りたいという思いがあるのです。
猟奇的で悪趣味な絵ばかりを好んで描く作者(びゃッこパス)は、選べるものなら生まれたくないと思うほどこの世はろくでもないものと思っているのですが、生まれてしまった者には幸せに生きてもらいたいと思う心ぐらいはちゃんとあるのです。
後ろに写っている薬瓶と暗闇の中の手は、本来は「ペットを失ってしまったブロビというびゃッこパスが悲しみに暮れて服薬自殺をする」というストーリーがあり、これに繋がる絵を制作する予定だったのですが、構想やストーリーなどがうまく決まらず、没になってしまったものの名残りです。
薬瓶には「アブナジウム錠 月糖衣」と書かれています。
これはビャッコパシティで咲くデンキウソウという花の実が枯れることなく肥大化して空に浮かび上がって星になったものが、この錠剤のコーティング部分の原料という設定があり、デンキウの実はイマジネーションの元となる成分で大きくなり、びゃッこパス族はこれを食べることで「今日の自分」でいられるのです。
そんな、誰の手にも触れられず、萎むことなく肥大化して星や月のように輝きを放つイマジネーションの塊というのは、非常に魅力的で甘いものなのです。
そんなものを原料にしたアブナジウム錠は非常に危険な刺激物で、びゃッこパス族の中でもこれを常飲するものはブロビぐらいしかいません。
ブロビは過去の生い立ちから「痛み」という刺激と「甘いもの」という、どちらも依存性のあるものにとらわれていて、なおかつ頭が壊れているので、新たにものを覚えたり精神的に成長することが難しく、「過去」にもとらわれて動けない状態の人物です。
作者は、過去にとらわれた生き方というのはあまり健全でないと考えており、その理由は
「トラウマを抱える人に手を差し伸べる言葉や出来事は、その人を救う手助けになるものではあるが、被害者意識から卒業せずにいると、それはやがて呪いとなり、いつまでも救われきっていない心のまま、無意識のうちに今度は言葉や行で人を傷つけてしまう立場になってしまうものだからだ」
というものなのですが、その一方で、ブロビのような
「他人に干渉せず、暗い過去の中でグルグルと回りながら、自分をポジティブに保つ手段を持った生き方」
というものがあれば、それはなんとも魅力的なものだとも思うのです。
作者自身、自分は完璧な人間ではないという自覚があり、何か嫌なことがあるたびに、ついつい「攻撃的な被害者」になってしまいそうな気がするのですが、一見愚かで惨めに見えるブロビのような生き方ができるようになれば、それと幸せな生き方のひとつなのではないかと思います。