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作品解説「マデンス子ども科学館」



マデンスがびゃッこパスになる前の、かつて「ヴィクター・フランソワ」という少年だった頃。

「月下美人」と喩えられるほどの美貌を持ち、裕福な家庭に生まれたヴィクターは、

両親から「どんな人にも優しくあれ」と教えられた。

幼稚園で靴をなくした友達にお気に入りの靴を譲り、

お遊戯会で主役になれず泣いた子に自分が勝ち取った主役の座を譲った。

母親はそんなヴィクターの頭を誇らしげに撫でたが、ヴィクターの心は曇っていた。


ヴィクターが5歳になった日、両親は息子が絵に描いたケーキを

職人に再現させ、それを家族で受け取りに行った。

ヴィクターはそのケーキをとても楽しみにしていた。

帰り道、寒空の下で震えていた、今にも飢え死にしそうな浮浪者の親子と遭遇した。

ヴィクターの母は息子が持っていたケーキを取り上げ、目の前の親子に渡した。

ヴィクターが楽しみにしていたケーキは、ヴィクターの目の前で浮浪者の親子に食べられた。

「今日はこの子の誕生日だったのです。あなたと神に感謝します」

と、浮浪者の親は涙を流して喜んだ。

母は息子の頭に手を置き「誇らしいわね、ヴィクター!」

と共感するように語ったが、そんな自分が一番誇らしげな表情をしている母に、

ヴィクターはおぞましい程の寒気を感じた。

ヴィクターが5歳になったこの日、彼はケーキどころか感謝の言葉も得ることはできなかった。


その日以降、ヴィクターの目に見える世界が変わった。

周りの人間は皆、ヴィクターが持っているものを都合よく取り上げていた。

そしてヴィクターが不満を漏らせば「あなたは恵まれているじゃない」と言い伏せた。

それは母親も同じだった。


ヴィクターは悟った。誰も自分自身のことを見てくれることはなく、

自分に与えられたものを「不公平だ」と言って全て奪っていく。

はじめから自分の手の中には何もなかった。


その日からヴィクターは物を作るようになり、

同年代の男の子が着ないような服を選ぶようになった。


「与えられたものはいつか取り上げられてしまうから、

他人に欲しがられるようなものは持たず、

自分のものは自分で作らなくちゃいけない」


その思想がヴィクターの才能を開花させ、

小学5年生になる頃には飛び級で大学へ進学する話が舞い込むようになった。


親から教わった「どんな人にも優しくあれ」という言葉の正体が、

極端に世間体を気にする心の表れだと察したヴィクターは、

親元を離れ大学へ進学し、生物学の研究をするようになった。


しかしマイノリティ属性の代名詞のような人物となっていたヴィクターは、

大学での過激な思想活動に巻き込まれ人間不信に陥り、行方をくらました。


マデンスとなった今でも、満足に送ることのできなかった子供時代の

強いコンプレックスを彼は抱え続けており、金と技術を駆使して、

自分だけの「子供の世界」をビャッコパシティに作り上げた。




【作品解説】


人生とは、自分にないものを持っている人を羨ましく思うことばかりです。

どんな家に生まれたかとか、どんな顔に生まれたかとか、願っても手に入らないものほど、欲しくなると辛いものです。

羨望は人を動かす原動力にもなりますが、それが嫉妬へと変わってしまうと、あっという間に被害者意識へと繋がってしまうでしょう。


「あの人はずるい」「自分はかわいそう」「こんなの間違ってる」

そんな意識に支配されてしまい、無意識のうちに人に心無い言葉をかけてしまったり、あの時の言葉で傷つけてしまったのではないかとか、そういう後悔を経験したことはありませんか?


最近になって「全ての人において、持っているものと持っていないものが違う」ということを強く感じるようになりました。

お金や容姿などで、一般的に「恵まれていない」と感じる人が持つコンプレックスは多くの人が共有しているものほど、「理解者」がいるのです。

以前SNSで、容姿に恵まれた人が孤独に嘆いているのを見た時「こんなに容姿に恵まれているのに贅沢な悩みすぎる。悔しい。悔しい。」といった感じのコメントが散見されました。


その時に気づいたのです。

多くの人が持っていないものを持っている人ほど、「理解者」を得られないということを。


味方とは自分への理解を示してくれる人のことで、自分と同じ境遇の人間ほど相手を理解しやすいものですから、境遇が違うほど、人は相容れないのです。


ヴィクターは生まれながらにして多くのものに恵まれていましたが、そのぶん理解者には恵まれず、孤独でした。

「孤独が最も人を狂わせる」というのが作者の持論で、自分が抱える問題を誰かと共有できなければ、自分で解決する他ありません。

自分の世界に深く入り込んだ人間は、たとえ問題解決のプロセスに間違いがあっても、誰も指摘して訂正してくれたりはしないから、どんどん一般的なものの考え方から逸脱していくのです。

創作物によくいるマッドサイエンティストというキャラクターのイメージも、孤独な人生を歩んだ人間の成れの果てから生まれたものなのかもしれません。


ヴィクターはやがて失踪し行方をくらました後、世の中に失望して悪の組織に所属し、組織が壊滅するまでの間、人間を襲うための怪人開発をしていました。

被害者意識を拗らせた人達に傷つけられたヴィクターは、自身に芽生えた被害者意識により、彼もまた加害者側になってしまったのです。


人は心がある限り、傷つけられる側で居続けることはないのです。

だから開き直ってしまえとか、加害者を徹底的に追い詰めろとか、そういうことを言いたいのではなく、誰もが誰かを傷つけてしまうことがあるのだから、誰かに傷つけられたら出来る範囲で人を許し、他人を羨みすぎないように生きていくように心がけたら、昨日より少しは優しい人間でいられるのではないかと思います。


ヴィクターはやがてマデンスとなり、孤独な幼少期のコンプレックを抱えたまま、「誰も欲しがらない、自分だけのものを発明したい」という、マッドサイエンティストになってしまいましたが、「どんな人にも優しくあれ」という親からの言葉も断ち切れず、誰かにとって役に立つ発明をしたいという思いの狭間で葛藤しているのです。

作品解説「マデンス子ども科学館」 作品解説「マデンス子ども科学館」

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