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10万フォロワーまでを全部振り返る#12

FGOイラコンが終わった辺りで、lack先生の有料配信内のイラコンがありました。

賞品は特になく、lack先生がRTする程度のものでした。

簡単にいえば配信の企画ですね。


お題は「lack先生がキャラクターデザインをしたキャラの背景あり一枚絵」でした。

ヲタクイラストを描いている人は女性でも女性キャラを描きたい人が一定数いて、男性は基本的に女性を描くので、そもそもヲタクイラストの題材として選ばれるキャラは女性の方が多いです。


当時はホロライブの3期生がデビューした直後で、ホロスターズの1期生もデビューするかどうか?くらいで、配信を見ているとlack先生は担当したVtuberのデビューにブーストをかけたいような意図でイラコンを計画している節がありました。


前述の理由で、女性キャラが多く提出されるのだろうなと思っていたのでホロスターズのアルランディスさんというキャラを描きました。


僕は当時も今も、描く対象は本当に何でも良くて。

描くという行為が好きなので、描く対象を選ぶときに考えることは「このキャラクターを描くことにより、どれだけ自己利益が最大化されるか」という意図で選びます。


今でも僕は上手く行ったとき、自分に帰ってきそうなリターンが多いキャラであれば無料でも描きますが、個人コミッションでよくある「自分のオンラインゲームのキャラを描いて欲しい」というような依頼はかなり高額でも請けません。

100万円超えたら考えるので、もし描いて欲しい人がいたら札束で殴ってください。

それでも他に描きたいものがあれば断ります。


挑戦する時間が限られているので、商業の発注を請けるために必要なお金以外の何かを得ることがかなり優先順位が高いです。


そうやって考えたとき、アルランディスさんを描くことが一番リターンが大きそうでした。


一応配信は見てみたのですが、僕はバナナマンの設楽さんが喋っているのを生でなん度も見たことがあるし、かなり初期からのうんこちゃん信者衛門だったのであまり刺さりませんでした。


それでも「どういうキャラで配信をしていきたいのか」という意図は理解出来たのでそれに沿って制作しました。


これも結果は微妙でした。


(frame embed)


そういえばこの頃はブログをたまに書いていました。

当時感じていた閉塞感が強くて、今見ても少し辛いです。



この頃、自分が何を描けるのかということをずっと悩んでいました。


僕が最初に憧れたのはヒカルの碁で、デスノート、エヴァンゲリヲン(漫画版)の絵にものすごく憧れました。


年齢的に感受性が豊かだったこともあるんだろうけど、この2人を超えて憧れる絵描きは今でも見つかっていません。

今もSNSをやる必要のないレベルの絵描きに憧れています。


彼らは絵が1枚発表されるだけで「⚪︎⚪︎先生の新規絵良すぎる」という感想を持つファンが大量にいます。

実際、僕もそのくらい良すぎると思っています。


自分がどういう努力をして、どういう対価を払えば良いのかさっぱりわかりませんでした。



少なくとも今、自分が描いている絵を描き続けても彼らのようになれないんだろうということだけが分かっていて、この辺りから色々な人の添削に応募することになります。

僕よりもゴールに近い場所にいる人に、何かしらの感想をもらいたいなと思っていました。



FGOイラコン以降、100いいねにはたまに届くことが多くなりましたが、

SNSにイラストをあげても待っているのは大学の講評を彷彿とさせるノーコメントで、

貯金額が減っているプレッシャーなどもあり、だんだん寝れない日が増えてきました。




そんな中、父親が「田舎で専門学校の先生やってみない?」と言ってきました。

ボンボンならではの悩みかもしれませんが、父親のコネを使うことは嫌でした。


田舎の人はみんな僕に対して優しいですが、田舎の人が見ているのは僕ではなく父親であることはすぐに見分けがつきました。

僕と笑顔で会話をした後、皆口々に「お父さんによろしく」と言っている表情が本当に嫌いで見たくありませんでした。



田舎に行くことが本当に心底嫌だったのですが、交通費も出してくれて、少しでも安定した収入があることは精神の安定になりそうなので引き受けました。


デッサンを教えるのは大学生の頃に美術予備校の先生のバイトをした以来で、専門学校の先生は気合を入れて行ったのですが色々衝撃でした。

(frame embed)



教えるのは難しいという話かもしれないのですが、やる気のない人にやる気出そう!というのは意味がわかりませんでした。

描けない理由を並べて描かない人は余裕があるんだろうなと思って羨ましかったです。


僕の絵はいつも生き死にや人生が懸かっていました。

比喩じゃなく、本当に懸かっていました。

世襲議員や親子代々医者家系や社長の息子のボンボンは傍目から見ると「お金に不自由なくて良いな〜」と思われるのでしょうが、ボンボンが希望を通そうとすると社会の圧倒的な成功者を前に自分のビジョンをプレゼンする必要があって、誰にも理解されない地獄があります。


僕は父親の圧力や年齢的なラストチャンスだったこともあって、ようやく人生以上のものを賭けられる凡人でしたが、大学の同級生たちは自主的に人生以上のものを賭けられる天才だったのだなと思います。



僕が今まで見てきた余裕のある人の描く絵はすべからく微妙でした。

集中出来ないだとか、休憩が欲しいとか、仕事にならなくても良いとか、余裕のある生徒たちはいろんな言い訳をしていました。


描かない余裕がある人は絵を描くのが楽しそうで、僕は羨ましかったんだけど「こうはなりたくないな」と思いました。





タイムリミットまで時間が迫ってきていました。

少なくとも1つ、商業案件を請ける。


自分で賭けたものに押しつぶされそうになっていました。


一応作ってみた連絡先メールは、毎日確認したけど何の反応も示しませんでした。

10万フォロワーまでを全部振り返る#12

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