この話を書き始める前、こんなに長く書くと思いませんでした。
#3くらいで終わるつもりでした。
とりあえず有名イラストレーターはPixivかTwitterで活動していることが多そうだったので、イラスト用のTwitterのアカウントを作りました。
それまでゲーム友達と交流する用のアカウントがあったのですが、それは鍵垢にしました。
まず最初にすることは僕が勝てそうな場所の洗い出しと、ヲタクイラストのフォーマットを理解することでした。
僕が「これからイラストレーターを目指すぞ!」という若者に勝てる場所は
・嫁が多摩美の卒業生で、ヲタクイラストへの見識が深いので改善点を自分1人で考えなくても良い(間違った方向に進んでいると止めてくれる人がいる)
・多摩美を卒業出来るくらいの基礎画力がある(ただし絵の具を使って絵は描けない)
・PCお絵描きソフトの基本的な動作は理解出来ている
・普通の人よりずる賢い
くらいなものでした。
嫁の絵を見る目は自分と同じくらいかそれ以上に確かだと思っていたので、1枚描くたびに
・前回の絵と比べてどう思うか?
・どうすればもっと良くなったと思うか?
の2つを聞きました。嫁は毎回めんどくさそうに答えてくれました。
ちなみになのですが、僕が大富豪で10だとすると嫁はAか2くらいの才能があると思います。
未だにアドバイスをされて気づくことが多いです。
基礎画力はあるが、絵の具で絵を描いたことがなかった人間なので、
最初はお絵描きソフトで絵を描くことに慣れて、クリスタを鉛筆と同じように扱えるようになることが最優先だと思いました。
ここに関しては完全にプレイ時間に比例するものなので、起きている間はずっとクリスタで絵を描きました。
勝てそうな場所は大体わかったのですが、ヲタクイラストのフォーマットは全然わかりませんでした。
「美術」に関してだと、良い悪いの基準を明確に理解出来ていて、大学で先生が選んだ参考作品に対して異論があったことは一度もありませんでした。
そのくらい「良い悪いを計測する定規」がしっかりと大学受験で構築出来ていて、
良いものと悪いものを見分ける審美眼がありました。
ヲタクイラストは「美術」から切り離されている話をこのエッセイを通じてずっと話してきたかと思うのですが、「美術」の審美眼とヲタクイラストの審美眼は別物でした。
おそらくこれが理由で切り離されているのだと思います。
だからまずヲタクイラストにおける審美眼を作ることが最も大事な勝利条件でした。
僕が添削で最も大事にしている場所でもあります。
当時は今ほどYouTubeなどで添削をしている人は少なく、colosoもなく、当時唯一教えていたのがlack先生でした。
lack先生の有料生配信のアーカイブをとりあえず全部見ました。
lack先生が視聴者の絵を見たとき、何を直すのかを添削が始まる前に考えて
lack先生の添削と答え合わせをしました。
すぐには合うことはなかったのですが、30歳になる頃には95%くらいは正解出来るようになりました。
今はもう見ていないですが、今見ても正解する自信はあります。
あ、でも添削配信でコメントで「ここがおかしい」と言うコメントをする人は本当にバカだなぁと思うのでやめてください。
僕も添削配信をそういう利用の仕方をしましたが、コメントは1回もしたことないです。
生き死にを賭けた絵は病むのですが、人生を賭けた絵は楽しかったです。
「美術」でもなく、ヲタクイラストでもなく、僕は絵を描くという行為が好きなのだと思いました。
絵を描くことに適度なプレッシャーがあって、それでもタイムリミットがあるので焦りました。
絵の世界における基礎画力は絶対の暴力であることを痛いほど知っているので、とりあえずクリスタに慣れて思った通りに基礎画力が画面に反映出来れば、二流のプロ相手なら戦っても負けないと思っていました。
一流には基礎画力でも負けているので勝てないと思っていました。
この辺りの絵は今見ても焦りが見えて懐かしいです。
どうにもこうにも鳴かず飛ばずで、100いいねが遠くて遠くて辛かったのですが、
それでも大学の頃の絶望に比べたら全然マシでした。
「全然マシ」というのは、夜勤の後遺症で必ず夜にという訳ではないけど寝れるし、
めちゃくちゃ過食で太ったりしないし、
希死念慮が止まらないわけではない、という意味であって当時はちゃんと落ち込んでいます。
落ち込むけど死にたくはないという話です。
ずっと「伸びている絵にあって、僕の絵にないもの」というあるなしクイズの答えが分かりませんでした。
基礎画力なら負けてないのに。
そんな中、当時絶大な人気を誇ったFGOのイラストコンテスト、FGOイラコンが始まります。
若手芸人がM-1に出るような心持ちで、僕も参加することにしました。