【雑談】挨拶が超大事な話
Added 2024-11-11 00:29:43 +0000 UTCコミケの当落発表があって今回初めて壁サークルだった。
壁サークル(更にシャッターサークル)は目標の1つだったのだが、アイドルマスターというジャンルはコミケの中では最大規模のジャンルとは言えない。
隙間で壁に滑り込んだような壁サークルなので、部数とかも舞い上がらずにいつも通りかなと思ってます。
もしFANBOX会員の人が来て下さるなら、写真対応でもサインでも何でもするので、是非名乗り出てください!!
ちなみに描きおろしは2枚予定。
今年の年始頃、Vtuberの本を冬コミで出そうと思ってた。
ホロライブのブースの熱気がすごくて、今のヲタク文化の中心はやっぱりVtuberなんだなと冬コミで実感したのもある。
けど、どうしても僕はVtuberに熱狂出来なかった。
僕はお笑いが大好きで、どうしても喋りのクオリティをお笑い芸人と比べてしまうからなのかな?と思っていたのだが、少し核心とズレている気がして、どうしても腑に落ちる答えが見つからずずっと探していた。
そんなとき、この記事を読んだ。
YAGOOのインタビューだ。
僕がここで話題にあげたいことだけを要約すると、
「Vtuberはあくまでツール。配信者が操る“ロボット”」
というYAGOOの見解だった。
ものすごく腑に落ちる感覚があった。
僕は配信に限らず全ての一方通行のコミュニケーション(動画、ラジオ等)で、最も難しいのが「話を聞いてもらえるようになること」だと思っている。
漫才で言う掴み、落語で言う枕、禅宗の用語でいう“挨拶”のようなコミュニケーションの質が、その後の話を聞いてもらえるかどうかを分ける。
その“挨拶”が最も難しい。
大手のVtuberのデビューは本当に歴史的に見ても意味不明なレベルの盛り上がりだと思う。
例えばジャニーズもデビューの際は盛り上がるのだが、それはJr時代からファンがいて、下積みをファンのみんなが知っているから盛り上がるのだ。
(そういう意味ではにじさんじはまだ分かる)
吉本のNSCの卒業公演が盛り上がるなんて話は聞いたことがない。
それは“挨拶”が難しいからだと思っている。
コミュニケーションの初手。これの難しさは配信をしていて本当に実感する。
“挨拶”という言葉の語源は、
「挨=互いに心を開いて近づく」
「拶=迫る、切り込む」という二語で成り立っている。
どのように相手の心を開き、切り込んで自分を説明するのか。
挨拶の難しさが一方通行のコミュニケーションの難しさだ。
ちなみに僕のYoutubeの動画は比較的当たったコンテンツではあるのだが、
こちらでは挨拶部分を完全に放棄して内容だけを楽しむコンテンツにしている。
挨拶を放棄しているので、僕自身にファンはつかない。
心を開いていない人にも圧倒的正論を浴びせて納得させる構造だ。
ただ、挨拶の部分さえスルーしてくれれば(ファンになってもらうことさえ諦めれば)、内容は聞いてもらえるのだなという実感が確かにあった。
おそらく僕の目算で、芸人が売れるまで、落語家が二つ目に上がるまで、などを
鑑みて考えてみると、挨拶のマスターにはそれだけ考えて10年かかるんじゃないだろうか。
そのくらい挨拶は難しいものだと思う。
僕は鑑賞側の視点に立ったとき、その挨拶が面白いと思う。
M-1は掴みが面白いとワクワクするし、落語の枕だけを集めたラジオがあるのだがそれも大好きだった。
“挨拶”は仁と呼ばれる人間としての魅力であったり、予想外の角度で物事を見る切り口だったり、色々なアプローチの方法がある。
鑑賞者としてかなりめんどくさいタイプなのは自覚しているが、「どうやって僕の心を開いてくれるのか?」というアプローチが一番興味をそそられる。
だから僕はお笑いが好きなんだろうなと思う。
僕は配信という媒体では挨拶が難しいと言っているが、絵についてはかなり挨拶が出来てきている。
僕の絵は初めて見た人にも「良い」と言わせる力があり、絵に込めたメッセージで鑑賞者との対話が出来る。
僕の絵を見るだけで鑑賞者が勝手に心を開き、メッセージを受け取っている。
これも気が付けば10年くらいの修行期間はあった。
この技術は言うまでもなく僕の財産だ。
話を戻すのだが、YAGOOの言う「配信者が操る“ロボット”」は、
役割として挨拶を肩代わりしているのではないだろうか?
Vtuberのアバターはイラストで出来ていて、“挨拶”の役割はキャラクターでも代替できる。
そして“挨拶”さえスルー出来れば内容は意外と聞いてもらえるのだ。
“挨拶”のスルーにおけるデメリットである、ファンがつかない問題は一流イラストレーターが生んだキャラクターで代替する。
内容を聞いてもらうまでの道案内としてのイラスト。
上手な構造で出来ているんだな~~~と納得したのだが、僕がVtuberにあんまり食指が動かない理由も分かってしまった。
バナナマンの設楽さんの元で働いた身としては、やっぱりタレントの“挨拶”に憧れる。
どんな挨拶で他人を惹きつけるのかがコミュニケーションの醍醐味だと信じている。
コンテンツを見る時間は限られている。
どうせなら僕は“挨拶”を楽しみたいので、“挨拶”部分を突き詰めたコンテンツを描きたいなと思った。
それがアプリ立ち上げの学マスを描いた理由だ。
Vtuberは大金を積まれるか、すごいラブコールを受けるか、捻じ曲げてでも欲しい名誉があるか、何かきっかけがあったときに描けばいいかな。