今日添削をしながらふと思った。
僕が女の子をメインで描いているので添削するキャラは女の子が多い。
昨今の女の子のキャラは巨乳がデフォルトで、小さいことがアイデンティティになる。
即ち、僕は巨乳の女の子キャラを添削することが多い。
今のXのメタは顔がかわいいことが大前提。
その上で何か1つ身体の部位をフォーカスすることが勝利条件だ。
フェチとも言い換えられるが、フェチとして詰める要素は何でもいい。
脚でも、おっぱいでも、手でも。
顔がかわいくて、フェチが詰まっている絵であればXで数字がつく。
そのときに僕は何か特別な意図がない限り、おっぱいをフォーカスしていることにようやく気付いた。
ここだけの話、いつも添削していて「何でみんなおっぱいそんなに好きじゃないんだろう」と思っていた。
結論から言うと僕が好き過ぎるだけで、添削されている人は普通だったのだ。
肋骨の向き、大胸筋・小胸筋の形、三角筋に繋がるライン、肋骨に乗った脂肪、ビキニに吊られた脂肪、重力に負けた脂肪、やわらかさ、場所によって変わる脂肪の量、僕は全てが好きだ。
どの魅力も余すところなく絵に反映したい。
おっぱいは唯一と言ってもいいくらい参考にした人のいない部位だ。
色んなおっぱいの絵を見たけど誰も僕の理想のおっぱいを描いていなかった。
自分の趣味趣向に合わせて、好きなおっぱいを1つずつ研究して出来上がったのが僕のおっぱいだった。
大きければ良い訳ではない。小さければ良い訳ではない。
硬すぎても柔らかすぎてもダメだ。
僕にとっての美乳は僕だけがわかる。
全てを言語化出来ないので「おいしそう」という言葉に意味を託した。
おっぱいは毎回「おいしそう」に描けるまで頑張る。
普段イラストを描くとき、顔は世間でかわいいとされる基準に強引に寄せている。
配信でたまに言っているが、僕は顔を描くとき鼻を描きたかった。
鼻を描くことが好きだけど目はデフォルメの目が好きで、時代に合っていない顔になってしまっていた。
評価がないことは辛いので、顔は諦めた。
かわいい絵が描きたかったので、Xで「かわいい」とリプがついている比率が多い顔を徹底的に研究した。
主観を入れず、ただデータだけを信じて構築したのが顔だ。
一定以上の評価をもらえる顔は描けるようになったと思っている。
そして特にこだわりもなく、思い入れもないのでもしも明日からリアルテイストの顔が流行ったらすぐにでもデフォルメをやめるだろう。
手は嫁の手がイラストで使えそうだったので、毎回写真を撮らせてもらっている。
嫁には迷惑かもしれないけど、手が映る絵は全て嫁の手が参考元だ。
これは嫁の手がベストだというわけでなく、身近でクオリティが一定の手があったので特にこだわりもないからそうしている。
脚は構造だけ勉強してそのままだ。
違和感があるときもあるけど、そんなにフォーカスしないので困ってない。
あんまり追加で勉強する気もない。
膝の処理はどこまで描くか未だに迷う。
僕の絵の中で一番こだわりのある部位は気づけばおっぱいになっていた。
世間に良い絵だと認められることが夢だった。
いっぱい絵を描いてきたけど世間は僕の絵を認めてくれないと思っていた。
でも僕のおっぱいだけは世間が認めてくれている気がする。
それを今日添削していて初めて実感出来た。
FANBOX会員の人には女の子も多数いるので誤解を解いておきたいのだが、
僕は性欲100%でおっぱいが好きなわけではない。
上手く言えないのだが、おっぱいを描いているときの心境は「好きな人に作る手料理」に近い。
大きくても小さくても、そこにあるおっぱいが「おいしそう」になって欲しい。
愛であり祈りだと思う。
本当にただそれしか考えていない。
こんなに好きなのに乳首を描かないのか?なんていう愚問はやめてくれ。
世阿弥も「華は秘せ」と言っていた。
描いてしまえばおいしいかどうかの判断をさせてしまう。
描かないからこそ「おいしそう」なのだ。何も分かってない。
こんなに書いたけどおっぱいだけで勝負するのはリスクもある。
おっぱいを描きたいというだけの理由で肋骨の正面付近にカメラを置かざるを得ない。
顔とおっぱいがよく映るアングルを毎回ラフ段階で探しているのだが、そんなものは数が限られ過ぎている。
でもおっぱいを描きたい。
添削では「自我を消せ」と口酸っぱく言っているのに、おっぱいにだけは僕の自我が残っている。