SakeTami
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添削って難しい話

添削で有名な某先生が炎上している。

詳しいことはXで調べて欲しい。いきさつはここでは触れません。


僕は両方の言い分が分かる。

某先生が言っているような言葉は僕の世代の美術予備校では普通に言われていた。

大学でも言われていたと思う。


講評会という全員の絵を並べて1人ずつ先生がコメントしていく場で

「これは見る意味ないね、次」

「何見て描いたらこうなるの?次」

「うーん、わかんない。次」

などという一番辛辣な言葉を普通に言われて育ってきた人間なので、

僕は某先生が言っていることは暴言だとも認識出来ない。

講評が終わったとき、生徒の数人が泣いているのは当たり前のことだった。


絵を教わるということが辛辣な言葉と結びつき過ぎていて、

辛辣に言わないと効いていない気もしてくるくらいの感覚なのだ。



炎上させてる側の言い分は現代的だなと思う。

今の美術予備校は僕の時代と違い、暴言もそんなにないのだろうなと思う。


ただ、専門学校で先生をしていたとき、

「kainown先生は生徒の作品を生徒の席に座って手直しするのがダメ」というような言葉を言われ、「じゃあどうやって生徒に描き方を教えるんだ?」と思って他の先生の授業を見学したとき、

「生徒の絵は直しません。生徒の作品じゃなくなるので!」

と言って先生が何もせずに前に座っているのを見たとき、

本当に専門学校の高い授業料をペイ出来るほどの内容なのかと思った。


それでもそれは教える側の怠慢なのかもしれない。

柔らかい言葉で、教える方法を模索するべきなんだと思う。


でもそうなったとき、新自由主義の現代でどうなるかというと、

教えるという行為が目指す画力の平均化ではなく、

分かるヤツだけが勝てる画力格差社会だと思う。



僕は現代的な添削をなるべく心がけ始めたのだが、「ブス」という言葉だけは替えがきく言葉を思いついていない。

見ている人の惹きがあり、短文で、顔が原因で伸びていないことを言える言葉って何なんだろう。

仮に僕自身が童貞キャラだったりすると、「この顔はモテない」という言葉で大丈夫なんだろうな。コメントの「お前よりマシ」という言葉とプロレス出来るから。

僕はもっと配信でプロレスがしたいよ。





そもそもお絵描きには色々な種目がある。

ファインアートと呼ばれる芸術的な意味、イラストレーションと呼ばれる商業美術的な意味、Xで共感を呼ぶ意味、色々な意味があるのがお絵描きだと思う。


ただ、僕個人の感覚として昨今「Xでのお絵描き」という種目だけが過剰に評価されている。


バキとかケンガンアシュラでは様々な格闘スタイルのキャラが出てきてみんな評価されるけど、今の世の中はボクシングが強いヤツしか評価されないみたいな違和感だ。

僕は色々な武術をかじったので、柔道も少し出来るし、相撲も少し出来るし、今はボクシングをやっているみたいな感じの経歴で、添削ではボクシングを教えているみたいな感じだ。


「Xでのお絵描き」というジャンルはすごく偏ったジャンルなのは間違いない。

人は見て0.5秒で印象を決めるというが、それは絵も同じで、

0.5秒に詰め込める情報量をひたすら上げていくのが今の主流で、詰め込み方がパターン化されている側面もあり、かなり“競技化”していると思う。


僕は普段Xを見ていて、「燃料補給のような食事」という絵を思い出す。

最近はバズる度、この絵のように見ている人に絵を注ぎ込んでいるような罪悪感を感じる。

これを注ぎ込むことが仕事なのだが、これはこの人の幸せに関与するのだろうか。

「エンタメは幸福の代用品」と人生論ノートで三木清が言っていたけど、代用品を与えて幸福と勘違いさせる仕事をしていると思っている。

僕が考え過ぎなのかもしれないけど、辛く感じることも結構ある。


そもそも「Xでのお絵描き」というジャンルが今より栄えると思えない。

だから僕は添削を受ける人に「Xでのお絵描き」というジャンルが廃れても、絵で評価される人になって欲しい。

「Xでのお絵描き」だけに絞るには勿体ないくらい絵は広いジャンルで、

もっと楽しめるものであると思うからだ。


そうなると基礎練習多めのメニューになって、誰もいなくなっちゃうんだよな。。。


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