【雑談】あしあとを振り返る
Added 2023-11-11 17:58:01 +0000 UTCC103に出展することになった。
正直、外に出るのはめんどくさいし体力も不安。
(筋トレ1ヵ月でもしたら少しはマシになるかな・・・?)
でもまぁ、自分で出してしまったものは仕方ないので過去絵を見返していた。
僕はあんまり過去に描いた絵を見返したりしない。
せいぜい半年前まで、長くても1年前までの絵しか見たくない。
自分に自信がないので、過去の下手だった頃の絵を見てしまうと
その絵に釣られて下手になってしまいそうな気がするし、
こんなものを発表していたのか・・・という恥ずかしさもある。
昔の下手な頃の絵が見たい人はPixivを遡ると見やすいと思うので、見たい人は見てください。恥ずかしいので見たことは僕に言わないでください。
でもコミケに出す以上、過去絵を見返してまとめるのは必要な作業で、
仕方なく見返していて色々と思い出した。
僕はヲタク絵として「上手い」「下手」というのは抽象的な概念ではなく、
明確に基準のあるものだと思っている。
「画風」や「絵柄」と言われるものの強度、
絵としての正確さ、メタに沿っているかどうか、
コンセプトが強いかどうか・・・
判断基準は色々とある。
3年も前の絵を見ると、ほぼ全ての要素が今の自分より弱かった。
「描いていて辛いよぉ」という悲痛な叫びだけが今の自分より強い要素で、
当時の自分の社会への憎しみみたいなものだけが伝わってきた。
評価されないことへの辛さ、自分が進んでいる道は合っているのか分からない不安、
並んだ絵に負けている理由が理解出来ない理不尽さ。
今見ると本当に見るに堪えないし、こんな状態でよく続けていたなと思う。。。
見るのが辛くてまだ全部は見返せていない。。。
ただ、1つだけポジティブに感じたこととして、
膨大な時間をかけて自分の中で渾身の1枚だと思える絵が描けたとき、
その絵を足掛かりにして1つずつステージを上がってきたのだなと思った。
FGOイラコンの絵、
アルランディスさんのWhats a Pastaful World、
天真さんの二周年記念グッズ、
ホロライブイラコンの集合絵、
プルメリアの立ち絵なんかがその時だったと
今になって客観的に見て思う。
今でも描けたことが自信になっていて「楔」になってくれている。
「楔」は自分では全くコントロール出来ず、時間をかけたからといって描けるものではない。
浮足立たず欲なく本気で向かい合えたときに発生しているものだと思う。
自分より下手な人に対して、自分の場所まで何回の「楔」になる絵を経験すれば
同じくらいのクオリティの絵になるかはなんとなく想像がつく。
けど、自分より上手い人に対して、何回「楔」になる絵を経験すれば
その位置まで行けるのかはさっぱり分からない。
絵を描いているときはどうしても今の絵を「点」で見てしまう。
出来上がった絵が集まって「線」になる。
Pixivの過去絵たちが作っている「線」は僕にとってこの数年の人生そのもので、
この「線」に興味を持ってくれる人を増やすことこそがファンを増やすということなのだなと思った。
「線」はどこまで続いているのだろうか。