SakeTami
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不知火地獄行(完全版)

夕刻の薄闇が、牢の中を湿気を含んだ潮と、鉄錆の臭いで満たしていた。湿った板張りの床は、まるで海底の泥のように冷たく、梁から吊るされた太い縄と、壁や床のところどころにある黒ずんだしみが、この部屋が如何なる目的で使われているのかを雄弁に語っていた。強い海風のごうごうという音が、遠く波濤の唸りと響き合う。その中央に無造作に転がされた虎の男の姿があった。男の名は、不知火といった。着物は全て剥ぎ取られ、白い褌一丁の逞しい体躯には、炎と桜吹雪の刺青と無数の傷が刻まれており、隻眼の顔に刻まれた一際深い傷は、かつて西の海を統べた海賊頭領の不屈の魂を物語る。廊下や壁の隙間から入る湿気を帯びた潮風が縄を揺らし、天井の梁が軋む鈍い音が牢の中に反響する。

「…う…」

短い呻きと共にもぞり、と不知火の体が動いた。やがて、荒々しい息遣いと共に、不知火の意識が闇を切り裂き浮上する。

「っ…がはっ!」

息を詰まらせながら眼を見開いた瞬間、記憶が怒濤の如く押し寄せてきた。砂浜での磔、黒灘と鋼渦の大魔羅が己が秘所を貫き蹂躙する鈍い音、はらわたが千切れ削られていく激痛、そして――絶命。

「死んだ…はずだ…」

不知火の太い声が、掠れて呻く。己の掌を見つめ、そして握り締める。

「なぜ…俺は生きている…?」

その疑問に対する答えは向こうからやってきた。不意に聞こえてくるガチャガチャという金属音。やがて、ガチャリという音と共に頑丈な鍵のついた格子戸が軋みながら開かれた。薄闇の中、漆黒の巨体がぬっと中に入ってくる。

「黒…灘…!」

不知火が呻いた。白波と紅桜の刺青がうねる黒白のぶ厚く太い体躯をもつ鯱人。額から左頬を走る十字傷と、片肌脱ぎした着物の端からちらと覗く肩から腹を裂く袈裟懸けの傷が、この男との血で血を洗う戦いを不知火に思い出させる。その肩には幅広の大太刀を思わせる巨大な鯨包丁を担いでおり、よく手入れされた抜き身の刃は薄闇で鈍く光り、潮の匂いを纏って冷たい輝きを帯びていた。

「よう、不知火。目が覚めたか」

黒灘の低い声が、氷の刃の如く響く。

「驚いてやがるな。てめぇ死んだと思ったか?ハハッ残念だったな!俺がてめぇをそう簡単には死なせねぇよ!」黒灘の声には冷酷な喜びが滲みでており、それとは正反対に、牢の隅で震える手下二人が、怯えた目で二人を見やっていた。おそらくこの二人が黒灘に不知火の目覚めを知らせたのだろう。いつの間にか壁に灯された光に、二人の影が揺らめいた。




不知火の眼が黒灘を睨みつける。

「…何をした…黒灘…!」

不知火の怒りが太い声に滾る。その問いに対し黒灘は口元を歪め、肩に担いだ鯨包丁を床にドンと突き立てる。しばしの沈黙の後、黒灘が口を開いた。

「…何を?…あぁ、あの後おっ死んだお前を大陸まで連れて行って生き返らせたのよ」

「!?…ふざけるな!そんな戯言誰が信じる!」

不知火の怒声を涼しげな顔で受け流し、淡々と話しを進める黒灘。

「ふざけちゃいねぇ大真面目だぜ。現にあの時おっ死んだお前は今こうして生きているじゃねぇか!大陸…西域ってところはな、死人を生き返らせるだけじゃねぇ、人間を不老不死にしちまうような術を創ろうなんて考える、頭のいかれた連中がゴロゴロいる土地なのさ!そこでお前を生き返らせた」

「…馬鹿な…!」

途方もなく現実離れした黒灘の話に不知火が呻いた。

「…もっとも、この西の海から外に出るなんて考えもしねぇお前にゃ、口で言っても理解はできねぇだろうがな!」

あざけるような笑みを浮かべる黒灘に不知火は歯噛みする。だが、現にしっかりと脈動する心臓の音と、少しばかり疲れを感じるものの、むしろ以前よりも良好とさえ思える体のことを考えると、黒灘の発言も甘んじて受け入れざるを得なかった。

「…俺を、どうするつもりだ」

わざわざ大陸にまで船を走らせて自分を生き返らせるような真似をした以上、何か目的があるのは確かだ。先の自身への扱いを思えば聞きたくもない質問だったが、それでもあえて不知火は問うた。その質問に大きく口の端を歪める黒灘の顔に、不知火は寒気を覚える。首輪でもつけて飼い殺しにするつもりか、それともどこかへ売り飛ばすつもりか、それとも、またあの夜のように…様々な考えが頭をよぎる。だが、その問いに対する黒灘の答えは、そのような扱いすら生ぬるい、想像を絶するほど残酷なものだった。

「そいつをてめぇに教えにきたんだよ、不知火」

おぞましい笑みを顔に張り付けたまま黒灘がスッと手を振る。すると、今まで怯えながらこの場にいた二人の手下が弾かれたように不知火の元へ駆け寄ると、天井の梁から通した太い縄であっという間に不知火を大の字に吊し上げた。さっきまで怯えていた者とは思えないほど正確かつ機敏な動きに、不知火の体は抵抗する間もなく宙に浮く。天井の梁が軋み、両の手足が締め付けられる音が不気味に響いた。

「くそっ…!」

悪態をつく不知火をよそに、床に突き刺した鯨包丁を抜く黒灘。その目は異様なまでにぎらついている。

「口で言う前に、いっぺん体で教えてやるよ不知火…動くなよ」

黒灘が鯨包丁を握り直し、ぶん!と素振りを一つすると、刃を不知火の前に突きつけた。刃に映る不知火の顔が、恐怖と憤怒に歪む。

「いくぜぇ、不知火!」

黒灘が一歩踏み出し、鯨包丁を振り上げた。




刃が鋭く風を切る音と共に、銀色の鈍い光がまっすぐ縦に一閃した。すさまじい膂力と共に振り下ろされた幅広の刃が、眼を見開いたままの不知火の額から顔面を通って喉を裂き、肋骨のど真ん中を通って一気に股下まで斬り開いた。鮮血が噴き出し、臓物が腹からまろび出る。背中の肉がかろうじて体を繋ぎ止めるが、想像を絶する激痛と熱さが不知火を焼いた。

「ごぼっ!」

血反吐が喉から溢れ、呼吸ができなくなる。しかし、ここで不知火は異変に気付いた。意識が途切れない。自分は完全に、真っ二つにされたはずだ。だが、一つしかない眼は、斬られた衝撃で焦点が定まらぬものの見えている。目の前には憎たらしい笑顔を張り付けた黒灘が、そして、吊り上げられた自分の足元には…己の内から溢れ出た臓物が赤黒い小山になって積もっているのがはっきりと見えた。どう考えても自分は死んでいる。いや、死んでいなければおかしい。なのに、体の真ん中を通る熱と痛みだけが途切れぬ意識を延々と焼き続ける。

(な…なぜ…だ…)

刹那、不知火の体がびくりと痙攣した。すると、裂けた肉が急激に熱を帯び、メリメリと音を立てて元に戻り始めたのだ。こぼれた内臓が這うように腹に戻っていく。流れ出た血は戻らなかったが、体内が沸き立つように熱くなり、新しい血液がすさまじい勢いで造られていくのが嫌でも理解できた。骨と血肉が蠢きながら治っていく、感じた事のない気持ち悪さが不知火の神経を抉る。やがて、体の痙攣も収まり、眼の焦点が戻る頃、不知火の体は斬られたときに浴びた自分の血と、床に落ちた血がつくった赤黒い水溜まりを残し、すべて元通りになっていた。

「…何だ…これは…!」

不知火は、恐怖と怒りに声を震わせた。




黒灘の哄笑が響き渡る。

「がっはっはっは!どうだ不知火!死ねねぇ体ってのはよ!どんな気分だ!」

不知火は目を見開き、怒りを露に吠えた。

「てめぇ…!俺の…俺の体に何しやがったァ!!」

驚愕と焦りをにじませ、けだものじみた咆哮を上げる不知火。どう考えても今、自分の身に起きた現象は常軌を逸している。動揺する不知火を楽しそうに眺めながら、黒灘は続けた。

「お前を生き返らせた西域の術士がな、お前の体をえらく気に入ったらしくてよ、そいつが研究している〝禁術〟ってやつの実験台にしてぇって言ってきたのよ。」

「な…なんだと…!」

黒灘の口から出てきた不穏な言葉に不知火はぶるぶると震えだす。

「てめぇの体、さっきみてぇにどんなにぶち壊しても元に戻る、死にたくても死ねねぇ体にされちまってるのさ!」

「ふざけるな!!」

不知火が吠える。しかし、その声色には明らかに恐怖の色が滲んでいた。

「…さっきも言ったが、こっちは大真面目さ。てめぇだけは何としてもこの俺がこの手で潰してやらなきゃ気が済まねぇんだよ…それがあの夜だけで終わっちまったなんて許せる訳ゃねえだろうが!!長年積もり積もったてめぇへの俺の恨みはあんな程度じゃ消えねぇんだよ不知火ぃ!!」

目を剥きながらまくしたてる黒灘の鬼の如き形相に、不知火は気圧される。お互い二十年近く血で血を洗う戦いを続け、そして見事に勝利を収めたこの男は、一度俺を殺しただけで満足してなどいなかった…いや、するはずがなかったのだ。現にその禍々しい執念は、遠い海の向こうの外法にまで手を出させ、結果、己が渇望する最高の形で実現させるまでに至った。不知火は改めて、この黒灘という男の執念深さに恐怖を覚えた。

「さぁ不知火、話はこれで終わりだ…こっから先は…」

隠しきれない興奮に息を荒げながらも言葉を区切る黒灘。

「地獄だぜ」

言い終えるが否や、突然牢の戸が乱暴に開け放たれ、褌一つに巨大な銛を担いだ巨漢が押し入ってきた。

「カシラ!不知火の野郎が目を覚ましたって!?」

全身に無数の傷跡と、黒い渦と紅桜の刺青を刻む巌の如き鉄色の巨体の鯨人。あの夜、黒灘と共に不知火に止めを刺し、黒灘の一番槍を名乗る大男、鋼渦の粗野な声が響きわたった。

「おう、鋼渦。呼びに行く手間が省けたぜ」

鋼渦はにやりと笑うと、狂気を帯びた目で不知火を見据える。

「待ってたぜぇ不知火!こん時をよぉ!!」

黒灘も同じく笑みを浮かべる。

「さっきは俺がわからせてやった。次はお前がやれ、鋼渦」

「おう!」

ぶん!と肩に担いだ銛をひと薙ぎすると、鋼渦は不知火に向けて銛を構えた。




切っ先に無数の返しがついた黒鉄の銛が薄闇で不気味に光る。

「カシラ、俺ぁ刀じゃ物足りねぇからよ、こいつでいいよな?」

「もちろんだ、お前の剛力見せてみろ鋼渦!」

黒灘の声に、鋼渦が吠える。

「陸モンにぶち込むのは初めてだぜ!」

現にこの銛は海竜を仕留めるための物として、鋼渦の体躯と剛力に見合うように作った特注の銛だ。鋼渦はこの銛で何匹もの海竜を仕留めている。それも一撃のもとに。

「う…あ…あ…!やめろ…!」

不知火の声が震える。だがその声に耳を貸す者などこの場にはいない。鋼渦の力を込める腕に血管が浮き立つ。大きく腰をひねり振りかぶった鋼渦の肉体からは、海の巨竜をも屠る力と気迫が漲っていた。

「ぬんっ!!」

気合一閃、たっぷりと力を込めた銛がすさまじい勢いで投じられる。

ズドオッ!!「うごおおおっ!!!!」

銛は正確に不知火の腹の中心を貫き、背中まで突き抜けた。その威力は不知火の体をくの字に折り曲げ、手足を縛る縄をも引き千切らんとする程の勢いだった。天井の梁を軋ませながら不知火の体がギシギシと宙で激しく揺れ動く。血しぶきが舞い、壁と床を赤く染め上げた。

「ごはっ!!…が…あ…あ!!」

血反吐を吐き、白目を剥きながら悶える不知火の元に、鋼渦がずかずかと近寄り、不知火の頭を掴む。

「ちっ!ぶち抜けると思ったんだがな…今までカシラに喧嘩売ってきただけの事はあるって訳か…おらどうだ不知火!こいつは今までカシラに逆らってきた報いだぜ!」

頭をぐいと下げ、銛の柄を床に突き刺す。腹に刺さった銛がさらに深く突き刺さり、返しが再生しようとしていた腹の肉を抉り引き裂かれる音が響いた。

「ごぶっ!!…がはぁあああ!!!!」

銛で貫かれたままの肉と内臓が再生するたび返しで引き裂かれていき、その激痛が絶え間なく続く。

「おらどうした!もっと啼けや!」

そしてさらに、鋼渦は不知火の頭を掴んで顔を無理やり上げさせ、銛を無造作に引き抜くと今度は背中から銛を直に撃ち込んだ。

「ぐああああ!!!!」

絶叫と共に血と肉片が飛び散り、不知火の体が震える。銛は背中を貫通し、左の胸板からその切っ先を覗かせていた。血飛沫が足元の床をさらに血で濡らし、不知火のうめき声は絶え間なく響く。

「うっ…ごぶっっ!!」

片方の肺を潰された不知火は大量の血反吐を吐き、呼吸が途切れ途切れになるが、ここまでされても意識はけして途切れることはなく、もはやこの身体は死ぬことはおろか、気絶すらも許されないという事を、不知火は絶望と共に悟った。息ができず、体が震え視線が定まらなくなった不知火の耳に、鋼渦の狂気を帯びた声が響く。

「どうした、その程度か義賊様よォ!こんな程度でカシラも俺も、満足すると思ってんのかぁ!?」

「や…め…がひゅっ…やめ…ろ…!」

掠れる声で不知火が懇願する。

「がっはははは!馬鹿かてめぇ!やめねぇよ!てめぇが死なねぇ限り、俺もカシラも楽しめるんだ!こんな面白れぇコト、やめるわきゃねぇだろおが!」

鋼渦は大声で笑うと、またしても無理やり銛を引き抜き、今度は右の胸を貫いた。




「まだまだだ、鋼渦。こいつにゃもっと地獄を見せてやる!」

黒灘は着物を脱ぎ捨て褌一つになると鯨包丁を肩に担ぎ直し近づく。

「おう!」

鋼渦は威勢よく応えると、突き刺した銛を引き抜き、未だ吊るされたままの不知火を羽交い絞めにして黒灘が斬りやすいように固定した。

「おーら、こういうのはどうだ!」

黒灘が吠え、包丁を横薙ぎに振り抜く。最初に受けた銛の傷が癒えたばかりの不知火の腹は再びばっくりと裂け、血と臓物がぼとぼとと床にこぼれ落ちた。真っ二つにされた時よりも意識がはっきりしているからか、急激に腹の中身が無くなる感覚をよりはっきりと感じ、不知火の体は震え、白目を剥いたまま血反吐を吐いた。

「お…ご…っっっぶっ!」

刹那、鯨包丁の鋭い切り口はすぐさま元に戻ろうと再生を始める。しかし…

「させねぇぜ不知火!」

鋼渦が吠えた。間髪入れず、あえぐ不知火の肩越しに左腕を伸ばすと、その太い指で再生寸前の裂けた腹の肉を鷲掴みにし、力任せに上に引き裂いた。

「!!ぎっ!っあああああ!!」

再生を妨げられた肉が血と脂をまき散らし、戻ろうとしていた臓物が再びもろりとまろび出る。

「いいぞ鋼渦!そのまま押さえとけ!さぁ不知火!てめぇの腹ン中、ぶちまけてやるぜ!」

黒灘の声が興奮に震え、本性ともいえる残忍な海賊の口汚さが露になる。黒灘は包丁を床に突き立てると、その太い両腕を一気に不知火の腹に突き入れた。

「仕留めた獲物は生きのいいうちに捌かねぇとなァ!」

続く鋼渦も左腕で不知火の腹の肉を裂き開いたまま、右の腕を突っ込むと、すぐさま臓物を引きずり出す。

「さぁて、てめぇのはらわた、どんな味だぁ?」

狂気を孕んだ笑みを浮かべ、鋼渦は握ったはらわたに顔を近づけると、がぶりとそれに喰らいついた。

「あがあああああ!!!!」

不知火の絶叫がこだまする。鮮やかな臓物がぶちぶちと音を立て千切れていく。鋼渦はもごもごとひとしきり口を動かすと、不意に顔をしかめてぶっ!とはらわたの切れ端を吐き出した。

「けっ!てめぇのはらわた、腐った魚みてぇに臭ぇな!これじゃぁ煮ても焼いても喰えやしねぇぜ!ガハハハハ!」

鮮血と脂が滴る口元で、鋼渦が哄笑した。




二人の腕が不知火の中を絶えず蹂躙し続ける。再生しかけた腹の肉を鋼渦が引き裂き、次々と体内に復活する臓物を黒灘が千切っては引きずり出していく。

「がはははは!はらわたが次々湧いてきやがるぜ!一体どっから出てくんだァ?おい!!」

血反吐が不知火の口から溢れ、汗と血、臓物、大便、小便、精液に至るまで、不知火の体からまき散らされたあらゆるものが、座敷牢を地獄絵図に変える。不知火の体は続けざまの破壊と再生にびくびくと震え続け、腹を引き裂かれはらわたを抜かれる感覚を途切れぬ意識が延々と感じ取り、白目を剥いたまま掠れたうめき声を漏らし続けていた。

「ははは!まだ死なねぇかよ、不知火!だったらもっと啼けよ!でっけぇ声で啼き叫んでみせろや!!」

鋼渦が吠え、黒灘が続ける。

「死ねねぇてめぇの魂、どこまで耐えられるか試してやる、そーら啼けぇ!!」

もはや一人の人間の体内から引きずり出された量とは思えぬほどの臓物が、吊り上げられた不知火の足元に山を作り、床は赤黒い泥濘と化す。血と、何か得も言われぬ臭気が混ざり合い牢を満たしていった。



 

三人の足元が不知火の臓物で踏み場もなくなりかけた頃、黒灘が再び鯨包丁を手に取り、不知火の胸を切り裂いた。今度はその切っ先を心臓近くの肉と肋骨の隙間に突き刺し、捻じり上げる。

「がひゅっ!…か…!ぁ!…あ!!」

もはや疲弊し浅い呼吸を繰り返すだけだった不知火が新たな痛みに反応し僅かに声を上げた。肉と骨が、分厚い包丁の切っ先と黒灘の膂力に屈し、ぎぢゅっ…ごりっ…と不快な音を立てながらこじ開けられていく。

「てめぇのはらわたはだいぶ不味かったみてぇだなぁ…なら、こっちはどうよ」

言い終える前に刃は心臓に達し、血が勢いよく噴き出す。

「おめぇの心臓、味見させてみろや」

黒灘は鮮血に身を濡らしながら、こじ開けた胸に手を突っ込み、うごめく心臓を引きずり出した。まだ脈打つ臓器にねっとりと舌を這わせ、血の味を味わう。

「けっ…しょっぺぇなァ義賊とやらの心臓はよ!しょっぺぇ仕事しかできねぇ半端モンらしいぜ!あーしょっぺぇ!ガッハハハハハァ!」

狂気の笑い声にも、不知火の体はひたすら悶え苦しむしかできない。ほどなくしてその胸も再生が始まり、心臓があった場所に新たな肉の芽が作られるのが、塞がっていく胸の隙間からちらりと見えた。それに気づくや、鋼渦が笑いながら銛を左太腿に突き刺す。

「おめぇほんっと、しぶてぇなぁおい!カシラ、今度はこいつの肉、どんだけ削ぎ取れるか試してみねぇか!骨だけにしても元に戻んのかなぁ!」

ゴリゴリと鋸のように銛を動かす鋼渦。返しが肉を抉り、血が噴き出す。吊られた体が小刻みに震えだし、貫かれた太腿から流れ落ちた血が、不知火の足元の臓物だまりに降りかかりぴちゃぴちゃと音を立てる。その臭気は牢の空気を一層淀ませ重くした。




「しかしよぉ不知火、何もお前だけがこんな目に遭ってんじゃねぇんだぜ?」

血に濡れた手で不知火の顎を掴み、不意に黒灘が話し始めた。

「なんせ西域の術士に頼るのも、ましてや禁術なんてぇのもこちとら初めてだ、たとえお前がそいつで生き返ったからって、実験とやらでまた死なれちゃ元も子もねぇ…だからよ、先に試させたぜ。てめぇの手下どもでな!」

「!な…ん…だと…!?」

苦痛に悶えながら不知火が呻く。

「古参の船乗りに…鋼渦みてぇなガタイのいいやつもいたなぁ。お前を生き返らせるって言ったらホイホイついてきた奴らさ。先にそいつらに実験台になってもらったのさ。ひと通り術をかけ終えた後、術士の前で串刺しにして、はらわたを引きずり出し、火で炙り、骨を砕いた。」

心底楽しそうに話す黒灘の言葉に、息も絶え絶えだった不知火の貌が鬼の形相になっていく。

「いや~いいモン見せてもらったぜ!術士の野郎も喜んでたしな!だがあいつら、3、4回死んだあたりでみーんな気が狂ってなんも反応しなくなっちまった!ガハハハ!」

「てめえええ!!仲間を!…俺のっ…仲間をおおおお!!!!」

不知火の絶叫が牢を揺らす。縛られた腕に千切れんばかりの力を込め目前の怨敵に一矢報いようと迫る。だが…

「黙りやがれ、不知火!!てめぇの仲間なんぞ、こうやってただの肉の塊にしてやったぜ!!」

いうや否や、力任せに銛を捩じる鋼渦。

「ぎっ…!!ぎいああああああ!!!!…ちくしょう!…ぢぐじょおおお!!!!」

骨が砕ける音と共に不知火の絶叫が響き渡る。体がびくんびくんと痙攣し、肉が引きちぎられる激痛が呼吸さえも困難にしてゆく。黒灘はそんな不知火の姿をひとしきり満足げに眺めた後、額に手を当て大声で笑いながら言った。

「まぁ、おかげで代金が何倍にもなっちまって、てめぇからいただいたもん、ぜーんぶ持ってかれちまったがな!がはははは!!」

不知火がこの二十余年の間蓄えてきた財産は、城の一つや二つ余裕で建てられる程の額になる。黒灘はその全てを、不知火という一人の男にこの地獄を味わわせるためだけに投げうったのだ。いまだ狂ったように笑う黒灘の横で、鋼渦がぎりと歯噛みする。

「…カシラの言う通りだ!」

突然、鋼渦が吠えた。

「カシラがわざわざてめぇ如きに手間かけてくれたんだぞおら!ありがたがって、礼の一つでも…言いやがれえ!!」

鋼渦の怒号が響き、勢いよく引き抜かれた銛が、今度は不知火の左肩に突き刺さった。そしてそれを合図に、地獄の宴は再び幕を開けたのだった。



 

骨が砕け、肉が裂ける音が延々と響く。不知火の体は度重なる破壊と再生で途方もない熱を帯び、座敷牢はさながら沸き立つ血の池地獄と化していた。壁も床も、天井までもが血で染め上げられ、夕闇の迫る僅かな光にてらてらと光り、時折響く怒号と悲鳴、そして〝不知火だったモノ〟が叩きつけられる震動で深紅の水面が揺れる。

「そら、もっぺんぶちまけろ!」

黒灘が鯨包丁を振り下ろす。が…ガチュッ!と、袈裟懸けに振り下ろされた刃が不知火の胸半ばで止まった。

「…チッ」

忌々しげに舌打ちし包丁を眺める黒灘。

「…だいぶ鈍ってきやがったな」

いかに鯨の解体にも耐えうる頑丈さをもつ鯨包丁とはいえ、不知火を斬り苛み始めてからかれこれ一刻半(約3時間)、血脂で真っ赤に濡れた刃はところどころ欠け、切っ先は歪に曲がってしまっていた。

「こっちもだカシラ」

不知火の右脇腹を貫いていた鋼渦もまた、己の得物を引き抜いて見せる。切っ先は大きく曲がり、返しもいくつか欠けてしまっていた。

「ここまでされてもまだ生きてやがる…カシラ、こいつどこまで耐えますかね」

禁呪によって死ぬことはないからと、常人であればとっくに事切れている責め苦を何度も与え続けてきた鋼渦だが、その現実味の無さにどうしてもその事を忘れてしまう。既に不知火の体は二人が話す間も蠢きながら再生を続け、初めに大の字に吊るした時と同じ姿に戻りつつあった。

「…畜生…外道め…地獄に…堕ちろ…畜生…畜生…」

焦点の定まらぬ隻眼を震わせ、ブツブツと黒灘たちへの怨み言を呟き続ける不知火。おそらくあの地獄の責め苦の最中も、ずっとそうやって精神を保ってきたのだろう。しかしそれももはや限界に近かった。しかし、その様子は逆に二人の狂気の炎に油を注ぐ結果となった。

「わはっ!…わっはっはっはぁ!!こりゃあいい!流石は不知火!流石は俺の怨敵!…そうよ…!そうこなくっちゃなァ!!」

歓喜の声が銅鑼のように響きわたり、黒灘は得物を投げ捨てると拳を握り締めた。太い指がミキミキと音を立て、その拳骨は凶器へと変わる。そして大きく体をねじって拳を構えると、狂人じみた満面の笑みを貼り付けたまま、その巌の如き拳を不知火の胸に叩き込んだ。

ボゴオ!「ごおっ!!!!」

大きく鈍い音と短い呻き声が響き、不知火の分厚い胸板が拳の形に陥没する。

「嬉しいぜ不知火よぉ!まだ楽しませてくれるのかい!!」

黒灘は打ち込んだ拳を不知火の胸板にぐりぐりと押し付け、胸骨を完全に粉砕する。

「いいぜぇ不知火…せいぜい俺たちが飽きるまで耐えてくれや!もっとも、俺がてめえに飽きるわきゃねえけどなあ!!」

怒号と共に拳を引き抜いた黒灘。呼吸ができずぴくぴくと痙攣し、悶える不知火の胸板に間髪入れず追い打ちをかける。

ゴシャァ!「!!!!げぼおおっっ!!!!」

黒灘の拳は正確に、そして最初の一撃よりもさらに深く、不知火の胸板を陥没させ、潰れかけていた肺と心臓を完全に圧し潰していた。




(あぁ…カシラ…やっぱすげぇ…)

その様子を見ていた鋼渦は己が従う男の力と暴力、そして50半ばを過ぎて尚、圧倒される黒灘の肉体に胸を高鳴らせていた。幼い頃から力が強く、乱暴な性格だったが故に元服を待たずに出奔し、黒灘に拾われてから二十余年。己の力のみを信じ、数多の海の戦場を渡り、無数の傷をこしらえながらも必死にこの男に付いてきた。何度命を助けられ、そして助けたかわからない。文字の読み書きも教わった。ヘマをした時は何度も殴られた。いつしか鋼渦にとって黒灘という男の存在は、信仰の対象ともいえる程に大きくなっていた。そして、ある日唐突に己の心の奥底に芽生えた敬愛する男に対する淫らな劣情…四十を過ぎ、幾人もの女を知っているにも関わらず、鋼渦が未だ身を固めない理由はそこにあった。許されない、分かっている。しかし日増しに大きくなるこの感情は、如何ともし難いものになりつつあった。黒灘の不知火に対する執着心が敵同士の関係からくる感情であると、頭では理解しているものの、不知火と相対した時にだけ見せる黒灘の言動や表情は、それがいかに些細なものだったとしても、片腕としていつも傍らにいる鋼渦にしてみれば、大好きな親…はたまた恋人の関心が日頃最も憎んでいる相手に奪われていると感じるに等しく、その仄暗い嫉妬の感情はいつしか、不知火に対する殺意という形で向けられるようになっていた。そして今、その憎むべき男、不知火は目の前でなすすべもなく生き地獄を味わっている。

(…カシラは…てめぇなんぞにゃ渡さねぇ…!)

「カシラ!!次は俺にまかせてくれや!!」

ひときわ大きく吠えた鋼渦の声に一瞬面食らった顔をした黒灘であったが、鋼渦の前にも増してギラつく視線を見てニヤリと笑うと

「…やってみろ」

と一言だけ言い放ち、後ずさる。

「おう!!」入れ替わり、不知火の眼前に立つ鋼渦。その巨体は不知火よりも上背のある黒灘をも凌ぐほどの大きさで、筋肉質な力士のような体格の黒灘とは異なり、全身が巌の如き筋肉で覆われていた。鉄黒色の肌には幾つもの古傷と、黒い渦に紅桜が舞う刺青が刻まれ、その逞しさを一層引き立てる。太くごつごつした指は、船の柱を握りつぶせるほどのすさまじい膂力を秘め、その指をボキボキと鳴らす音が牢内に不気味に響き渡った。

「銛で突くのも飽きちまったぜ、不知火…」

地の底から響くような低い声。鋼渦の不知火に対する憎悪が如何ほどのものかがわかる。それは必死に睨み返す不知火をも圧倒していた。無意識にカタカタと歯の根が合わなくなる。これまでさんざん不知火を嬲りつくしてきた銛は、牢の隅に転がされていた。

「カシラの拳骨はどうだった…痛ぇだろ?俺も何回喰らったわからねぇ」

そう言うと鋼渦もまた、不知火の眼前で拳を握り締めた。でかい。体格的にも黒灘に勝る鋼渦の拳骨は、幾度となく浴びた不知火の血脂と己の汗でてらてらと滑り、さながら金属の塊ような威容を見せつけていた。

(くる…!)

かすれる意識の中でも、長年戦に身を投じてきた不知火の防衛本能は、全身を固く強張らせ、歯を食いしばらせる。その様子ににやりと笑みを浮かべた鋼渦。刹那、ぐばっ!と拳が解かれ、金属の塊は途端に野性味を帯びた獰猛な猛禽の鉤爪に変わった。

ドバァン!!「うぐおおおおおお!!!!」

猛烈な破裂音と同時に、腹部に感じる激痛に不知火の体はくの字に曲がり、吐き出すような呻きが肺の奥から放たれる。不知火を大の字に縛る太い縄がミリミリと音を立て、手足に千切れんばかりの痛みが走る。やがて、鷲掴みにされた不知火のぶ厚い腹筋がメリメリと音を立て始め、鋼渦の太い指が徐々に食い込んでいった。

「が…あ…あ!!ああああああ!!!!」

鋼渦はわざとゆっくり力を込め、不知火の苦痛を長引かせる。

「おら、こういうのは…どうだ!!」

たっぷりと間を作り不知火の悲鳴を堪能した後、腹の肉を掴んだまま一息に腕を引く鋼渦。くの字に曲がった不知火の体が、今度はへの字にのけ反り、手足を縛る縄が限界まで張り詰める。鋼渦の手で握り潰された不知火の腹の肉は、はらわたごとごっそりと引きちぎられていた。

「ぐ…あ…あああ…!!」

これまでの包丁や銛で受ける痛みとは違う、一気に広範囲にもたらされる破壊の激痛に、大の字のままなすすべもなく呻く不知火。

「ほれ、てめぇの肉、こんな簡単に千切れちまったぜ」

そう言うと鋼渦は、不知火の眼前で握り締めた拳を開く。べちゃり、とまるで腐った果実のような赤黒い塊が不知火の前に落ちた。

「く…そっ…くそぉぉぉぉぉ!!」

ぶんぶんと身体を振り、縛られて動かぬ手足をばたつかせる不知火。そんな無意味な抵抗を鼻で笑い、何の苦も無くその右腕を太い両腕で掴むと、鋼渦は無言のまま、まるで雑巾を絞るように不知火の右腕を捻じり折った。

「あぎゃあああああああ!!!!」

視界の外でベキベキブチブチと肉と骨が折れ千切れる音が聞こえ、同時に鮮血が顔に降りかかり不知火は絶叫する。

「ぎゃあぎゃあうるせえぞ不知火!もうこれくらいどうってことねぇだろぉ!?」

もう片方の腕も同様に捻じり折って不知火の絶叫を堪能する鋼渦。

「オラ、どうした早く治せ。てめぇの体、バラバラにしても元に戻るんだろ…もっと派手にぶち壊してやるからよぉ…!」

その目は獲物を弄ぶ獣の如くギラつき、血管を浮き立たせた黒い体はまるで沸き立つ油で磨かれた鉄の巨像のようだった。

「とっとと治せやオラぁぁぁぁ!!!!」

牢を震わす咆哮とともに腕を広げる鋼渦。いまだ腹と腕が再生しきれていない不知火に狂気を帯びた両腕が迫り、今度はその脇腹を鷲掴みにしたかと思うと、一気に腰周りの筋肉を腱ごとねじ切り、引きちぎった。

「ごぼがあああ!!!!」

隻眼がぐるりと白目をむき、血反吐が口から大量に吐き出され、腹部からは内臓が発破をかけたように爆散する。

「あ…!あがっ…!っがはあっ…!!」

「治りが遅くなってるなァ不知火…だんだん分かってきたぜ、てめぇの体、あちこち別のトコぶっ壊してやりゃ、それだけ治りも遅くなっていくみてぇだな…」

両腕と腹を間を置かずに破壊され、腹部に至っては背骨が露出し向こう側が見えるまでになってしまった不知火の肉体は、確かに再生が遅く、沸き立つ血液が蒸気を放ちながらドロドロと体を伝い落ちていった。

「今まであんだけ派手にぶっ壊してたってのに、夢中になって気づかなかったぜ…てめぇ、ずいぶんと嬉しい体になってくれたじゃねぇか!なぁ!!」

鋼渦はさらに力を込め、今度は不知火の両の胸板を引きちぎった。絶叫とともに皮膚が裂け、肋骨が露出する。血飛沫が鋼渦の顔を濡らし、その太い腕を彩る血染めの刺青は、まるで生き物のようにうねりながら淫猥な光を放っていた。

「ハハっ!お前の肉、魚の腹みてぇに柔らけぇな!そのガタイはハリボテかぁ?」

鋼渦は嘲りながら、いまだ再生が緩やかでがらんどうなままの腹の下から不知火の胸に向かって腕を深く突き入れる。そして黒灘と同じように脈動する心臓を引きずり出すと、そのままばくりと口に放り込み、ぐちゃぐちゃと音を立てて咀嚼し始めたのだ。鋼渦の口内で不知火の心臓が、徐々にどぶろくのようになっていく。そしてそれを、不知火の顔面目掛けて思い切り噴きかけた。血と涎でドロドロの挽肉となった心臓が不知火の顔をべっとりと濡らした。

「臭ぇはらわたに、しょっぺえ心臓…てめぇの体、どうしようもねぇゴミだなぁ!がっはははははは!!!!」

大声で不知火を嘲り、高笑いを上げる鋼渦。その一部始終を、床に腰を下ろして見ていた黒灘は、目を細め、まるで己の子供の成長に満足する父親のように呟いた。

「…流石は俺の一番槍だ、鋼渦…こりゃぁ、俺も負けていられねぇなァ!」

バン!と膝を叩き、黒灘が立ち上がった。



 

黒灘が鯨包丁を床に投げ捨てずかずかと歩み寄る。

「おう、鋼。そろそろ俺も混ぜてくれや」

「っ!カシラ!…おう!」

突然愛称で呼ばれた鋼渦が動揺と喜びを露にする。

「…おめぇは分かりやすいよなぁ…表裏がないのはいい事だが、てめぇの本音はもっとうまく隠せ」

黒灘の言葉に一瞬、顔を強張らせる鋼渦。しばしの沈黙が流れた後、黒灘が再び口を開いた。

「それじゃあ鋼、まずはこいつおろせ」

「…え?…このままやんねぇんですかい?」

黒灘は鋼渦のきょとんとした顔には見向きもせず一層声を低くし、再度命じる。

「早 く 下 ろ せ」

「!!へ、へい!」

こうなった時の黒灘の怖さを誰よりも知る鋼渦。慌てて不知火の背後に駆け寄ると、やおら不知火の両足首を鷲掴みにして一気に引きちぎった。

ベキィ!「あがああああああああああ!!!!」

絶叫と共に不知火の脚が足首からきれいに千切れる。そして両腕も

バキィ!「いぎいいいいいいいいいい!!!!」

手首から見事に引き千切れた。鋼渦は喘ぐ不知火を無造作に床に放り投げると、念のため抵抗できぬようにその足で不知火の胸板を踏みつけ、あばらを数本へし折る。

「がっ!!…ごほっ!…ごっ…!」

バキッ、ベキッと、骨の折れる音が断続的に響く中、黒灘はゆっくりと近づき、仰向けに倒れる不知火に馬乗りになる。鋼渦も素早く足を放して不知火の頭の側へ陣取った。そして、再生したばかりの両腕を大の字に押さえつける。

「も一つ教えてやるぜ不知火、おめぇの体のことをな」

黒灘が低い声で話し始めると、ひとしきり指を鳴らしたのち、不知火の腕の内側の筋に親指をあてがうようにがっつりと握り締める。そして…

「ふん!」

気合とともに力を込めた。刹那、ブツリという音と同時に、黒灘の太い親指が付け根まで突き刺さる。鮮血が飛び散った。

「がぁああああああ!!!!」

絶叫と同時に、不知火の体はまるで雷にでも打たれたかのように強張り、全身の筋肉がビクビクと痙攣し始める。

「どうだ、効くだろう?〝腕順〟ってぇ急所だ、普通の人間がこんなとこに指突っ込まれたらそれだけでお陀仏よ」

淡々と説明をする黒灘。その顔には狂気の笑みが貼り付いていた。

「そんでもって…こうだ!」

言うや否や、黒灘は指を突き刺したまま、腕の筋肉を削ぎ落とすように肘の関節に向けて滑らせる。

グジュウウウッ「がひゅっ!!!!」

不知火の口から洩れたのは悲鳴ではなく反射的に息を吸い込む呼吸音だった。だが次の瞬間、

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

これまでとは比べ物にならない程の絶叫が響き渡った。

「くそっ!うるせえ!」

鋼渦が顔をしかめ悪態をつく。しかし黒灘はその結果に満足げだ。

「なんでぇ、まだまだ元気じゃねぇか、不知火よぉ!」

べろりと引き剥がされた急所の筋肉は、肘の筋にかろうじてへばりついているだけになり両腕に力が入らなくなる。これまでとは違う、体の芯から全身を襲う激痛に不知火は呼吸すらままならない。

「これで終わりじゃねぇぜ?…おう!そこのヘタレども!」

黒灘が声を張る。

「!!へ、へい!」

牢の隅からうわずった返事がした。床の血糊に脚をもつらせ、臓物にえずきながら、慌てて駆け寄る二人の手下。二人は不知火を縛り上げた後も残るよう命じられており、これまでの地獄に目を逸らし、耳を塞いでやり過ごしていたのだ。急にその地獄の真ん中にいく羽目になり、もはや気が気ではない。

「なんだそのツラぁ!もうちっとしゃんとしろや!」

鋼渦の無茶な叱責にも頭を下げて謝るしかない二人。

「お前ら、今から言うものを今すぐもってこい」

黒灘はドスの利いた声で指示を出す。慌てて出て行った彼らが戻ってくるまで五分とかからなかった。その間、不知火の腕には黒灘の指が埋め込まれたままで、引き剥がされた腕の肉が元に戻ろうと蠢いていた。ジャラッ!程なくして二人の手下が、持ってきた物を黒灘の傍らに置く。

「よし、下がってろ」

短い命令に、そそくさと隅に戻る手下たち。その顔は終始強張ったままだった。

「さぁて不知火、こいつが何か、当然わかるよなぁ」

持ってこさせた道具をくるくると指で弄びながら不知火に問う黒灘。それは船釘だった。文字通り船を作るための釘で、その形はまるで楔のような独特の形をしている。

「いちど打ちこんだらそう簡単にゃぁ抜けねぇぜ。こいつをな、どうすると思う?」

わざとらしくもったいつける黒灘に苛立ちを感じながらも、どうする事もできない不知火はただひたすら眼前の二人を睨みつける。

「鋼、ぶち込め」

「おう!」

意を解した鋼渦が押さえつける腕を放し、釘と槌に持ち変える。そして…

「おーらよぉ!」

掛け声とともに、その船釘は不知火の体ではなく、いまだ元の位置に戻ろうとする剥がれた腕の急所の筋肉に打ち込まれた。

ゴン!「があっ!!」

ゴン!「あがっ!!」

ゴン!「ぎぃっ!!」

ゴン!「っ~~!!」

鈍い音とともに不知火が悲鳴を上げる。船釘は座敷牢の床板に斜めに食い込み、肉をしっかりと縫い止め、いまだ神経がつながっている筋肉を通して、不知火に断続的な激痛をもたらした。

「が!…あ!…あ!あああああああああ!!!!」

僅かでも動けば腕を通じて全身に電撃を受けたような激痛が走る。

「もうわかっただろう不知火、お前の体は肉が裂けようが、骨が折れようが、はらわたまき散らそうが、体と繋がっていればそいつが元の場所に戻って治そうとする。そして、体から離れたモノは…ま、周りを見りゃわかるよな」

話すうち、黒灘の声に喜色が滲み出るのが分かった。

「さぁ不知火、いい声で啼けよぉ?人間の急所はまだまだある…釘もたっぷりあるぜぇ!」

「く……そ……」

呼吸もままならない不知火にゆっくりと黒灘の腕が迫り、そして再びその指が不知火の肉を抉っていった。

「村雨!」じゃぐっ!

「がああああああ!!!!」

「おら!もっと喚け!」ゴン!ゴン!ゴン!

「松風!」ぐじゅっ!

「ぎいっ!!!!」

「声がちいせぇぞオラぁ!」ゴン!ゴン!ガン!

「肘詰」ブヅッ…ベリッ!

「あぎっ!!っぎゃあああああ!!!」

「いいぞォ!その調子だぁ!」ガン!ガン!ガン!

「章門!」

「電光!」

「がああっ!あがあああ!!!!」

「どうだ不知火!死ねねぇ体に何度も死ぬ痛みぶち込まれる気分はよォ!」

黒灘が吠える。

「てめぇの魂、ズタズタにしてやるぜ!…水月!!」ズドオッ!

「うごおおおおっ!!!!」

興奮が最高潮に達した黒灘は、不知火の鳩尾に直接船釘を打ち込んだ。ガクガクと大きく痙攣しだす不知火。しかし船釘は不知火の肉の再生にも抜けることはなく、常人ならば確実に死に至らしめる激痛をもって、不知火を延々と苦しめ続けていた。そして…

「ふぅ~、これで全部か」

黒灘が額の汗をぬぐい、船釘がすべてなくなる頃、大の字に横たわる不知火の体は、あらゆる急所のあらゆる肉がべろりと引き剥がされ、そしてそれは座敷の板の間に磔られたままビクビクと蠢き、再生することもできぬまま、不知火を幾つもの死の痛みで苛み続けていた。「どうした不知火、まだ途中だぜ、てめぇはそんなヤワじゃねぇだろ、なぁ」黒灘の声にも白目を剥いたままぴくぴくと蠢くことしかできなくなった不知火に鋼渦が吠える。

「オラぁ!不知火!オカシラがまだ途中だっつってんだろうが!!」

言うや一閃、その腹にに拳を叩き込む。

「ごぶふぉっ!!」

不知火が血反吐を吐き散らすもその反応は弱弱しいままだ。

「やれやれ、こりゃもっいっぺん発破かけてやらねぇとだなぁ…おう、不知火!今から言う事をよっく聞きな!お前と同じ目にあった奴らのコトだけどなァ、その後どうなったと思う?」

その言葉に一瞬、ピクリと反応した不知火を黒灘は見逃さなかった。言葉を区切り、ニヤリと笑う。

「トチ狂ったゴミに用はねぇからよ、あの後、海に沈めて鮫の餌にしてやったぜ」

「…!…!!」

ビクビクと不知火が反応し始める。

「だいぶ苦しんだと思うぜ?死ななくても息することは必要みてぇだったからなぁ」

「が!…ぐがあああああ!!」

「何日か経ってから見に行ったがよ、まだ体が残ってたぜ、ずっと再生し続けてたんだろうなぁ、でな、その辺の鮫も腹いっぱいになったみてぇだったからよ、今度は沖に引っ張って行って海竜の巣に放り込んできてやったぜ!今頃は海竜どもの糞になって、生きたまま海を漂ってんだろうなぁ。がっはっはっはっは!」

「く…ろ…な…だあああああああああ!!!!!!!

不知火の絶叫が空気を震わせた。動けぬ体を無理やり引き起こし黒灘に食って掛かる。しかしそれを許す鋼渦ではない。丸太のような腕が頭を鷲掴みにして、ドゴン!と不知火を床に戻す。

「クソッ!…く…そぉぉぉぉ!!!!」

「はっはっはぁ!やっぱり効果てきめんだったなァ!てめぇはそういう奴さ!てめぇよりも仲間やよその身を案じて自分から地獄を見ようとする…まったくもって義賊様ってのは難儀な生き物だよなぁ!」

黒灘の狂ったような笑い声が座敷牢に響き渡る。

「…しかしまぁ、ちょいとちまちまし過ぎたもなぁ、可愛い子分がいる手前、つい説教臭くなっちまった」

可愛い子分という言葉を自分の事と受け取ったのか、鋼渦が急に目を逸らし頭を掻きだした。

「嬉しいぜ不知火ぃ、戻ってきてくれてよ…お望みどおり、見せてやるぜ…お前の為に用意した…」

掌を顔面に押し当て、顔についた汗を払う。

「俺の地獄をよ」

そうして面を上げた黒灘の貌は、不知火がよく知る、そして最も恐れている狡猾で残忍な「黒灘一家」の頭領、黒灘のそれだった。




「しらぬいいいいい!!!!」

黒灘が吠えた。先ほどまでの冷徹さは霧散し、鬼の如き形相で床に磔になった不知火に襲いかかると、血に濡れた両腕であまり急所の肉が剥がされていない不知火の胸板を鷲掴みにした。

「おごっ!」

不知火が呻く。黒灘の指はぶ厚い肉の下にあるあばら骨の隙間に正確に入り込み、先刻、力任せに不知火の胸を引きちぎった鋼渦とは比べ物にならないほど深く、そしてより多くの肉を鷲掴みにした。

「お前の肉、魚の腹みてぇに柔らかいんだって?」

興奮で息を荒げながら、黒灘の両腕が不知火の胸板を左右に引き裂く。

「がぶあっ!!!!」

飛び散る鮮血と共に不知火の胸の肉がごっそりと抉れ、あっという間に肋骨が露出する。そしてすかさず手に持つ肉塊を投げ捨てると、肋骨の一本に指をかけ力任せに引きちぎった。べぎっ!と骨が折れ肉が千切れる鋭い音が響き、黒灘の顔面に不知火の血反吐が吹きかかる。それは明らかに冷静さを欠いた者の動きではなかった。黒灘の長年の経験は、その身の内に己の凶暴さと冷静さを同時に住まわせるに至り、その動きまさに、獲物の急所を精密かつ冷酷に、そして最大の効率で肉を抉り仕留める海の屠殺者そのものだった。

「ははっ!たしかに柔らけえな!それに骨も、こんなに脆ぇとはよ!」

先程の船釘のように、今度は不知火のあばら骨をくるくると指先で弄ぶ黒灘。白波と紅桜の刺青がうねる太い腕の筋肉が小気味よく躍動する。

「そーら、もう一丁!」

手に持つあばら骨を指先でへし折り、今度は両腕で2本同時に骨を胸から引きちぎる。

「がっ!…がぶっ…!!!!」

短い呻きが途切れ途切れになる。

「そらそらどうしたァ!さっさと治さねぇとあばらが全部なくなっちまうぜ不知火よォ!!」

しかし急所から引きちぎった肉を磔にし、最大限、再生を遅らされた不知火の胸は、熱を帯びているものの一向に肉が盛り上がる気配がない。

「そぉらお次は一気に六本いくぜえ!!」

今度は両腕で左右の肋骨を鷲掴みにし、黒灘は渾身の力でそれを引きちぎった。…程なくして、不知火の胸から肋骨がすべて引き剥がされ、脈動する心臓と肺が露出してもまだ再生はほとんどなされず、身を焼く熱だけが不知火の全身を苛んでいた。

「よぉーし鋼渦!〝綱引き〟だ!こいつの体、もっと派手にバラしてやる!」

興奮冷めやらぬ勢いで黒灘が吠える。

「そう来なくっちゃぁなぁ!カシラ!」

鋼渦が豪快に笑い、待ってましたとばかりに不知火の体を床から引き剥がしにかかる。しかし、不知火を縫い止める船釘は鋼渦の剛力を持っても抜けることは無く、不知火の体は全身から剥がされた急所の肉を床に残したままブチブチと無理やり引き起こされた。

「!!!!…!!!!…!!!!」

十や二十どころではない死の激痛に不知火の息は詰まり、絶叫すらあげることができない。鋼渦はそのまま不知火の左腕を両手で掴み、黒灘は右腕を掴む。そして…

「「そーらよいせぇ!!!!」」

威勢のいい掛け声とともに、二人はまるで巨大な魚を解体するように不知火の体を左右から引き裂きにかかった。

「うぎゃあああああああああああああ!!!!!」

一人でも不知火の肉体を素手でばらばらにできる程の膂力が二人分同時に襲いかかり、メリメリと肉と骨が裂ける音と絶叫が響き渡る。

「おおおおおらあああ!!」

鋼渦が左腕を力任せに引きちぎりにかかり、

「ぬうううううううう!!」

黒灘は右腕をより多く肉が千切れるように上手く力を調節しながら引き絞る。絶叫と、肉が裂ける音、骨が砕ける音、血が噴き出す音が重なり合い、牢の中は阿鼻叫喚の地獄と化した。



 

「くそう!負けちまった!流石はカシラだぜ!」

肩口から裂けた不知火の左腕を持ちながら鋼渦が悔しそうに叫ぶ。

「おめぇは相変わらず力まかせだな…もっと駆け引きを覚えろといつも言ってるだろうが」

対する黒灘は不知火の頸筋から脇腹までの肉を付けた右腕を握っていた。

「おら、不知火!てめぇの体、こうやってバラバラにされんのはどんな気分だ!」

不知火の残った体を片腕で持ち上げ、大声で笑う鋼渦。不知火の体は再生を遅らせる拘束が解かれたにもかかわらず、いまだにじわじわとしか再生できずにいた。鋼渦によって宙に持ち上げられた体は、内臓を支える筋肉が戻らぬうちに、臓物が再生する端から自重に耐えきれずボトボトと千切れ、流れ落ちてしまい、それが他の部分の再生を遅らせるという悪循環をもたらしていた。全身から発する熱は再生する血を沸かし、肉を焼く痛みに変え、より再生を遅らせる。しかしそれでも、決してその意識は途切れることは無く、不知火の口からは絶えずうめき声が洩れ、沸き立つ血反吐が喉からとめどなく溢れ出ていた。

「まだ死なねぇかよ、不知火!そんなにカシラの地獄が気に入ったのかァ!?ならもっと味わわせてやらねぇといけねぇなぁ!!」

鋼渦が吠え、今度は不知火の太い右脚を掴み逆さに吊り上げる。その様子に黒灘も大きな笑い声をあげた。

「がっはっはっはぁ!もうひと勝負ってか鋼渦!いいぜ!こいつの命、俺たちの手で徹底的に弄んでやろうじゃあねぇか!」

黒灘が嬉々として不知火の左脚を掴む。今度は逆さ吊りになった不知火のひきつった顔に、己の血と臓物がぼとぼとと流れ落ちた。

「…てめぇの魂、もっと…もっと!ズタズタに引き裂いてやるからなぁ!」

地の底から響くような黒灘の声。二人の腕に力がこもり、不知火の股座が左右に裂き開かれる。牢は再び、血と、肉と、骨が裂ける音、そして、不知火の断末魔に満たされていた。




日が落ちて、宵闇が牢を包む頃、黒灘と鋼渦は汗と血脂に濡れ息を荒げながら、目の前でじわじわと集まりながらグチュグチュと蠢く肉塊を見下ろしていた。あの後、不知火の頭以外の全てを破壊しつくした二人は、再生が始まる前にその頭をも完全に潰しきっていた。最期まで、無様にまき散らされた自身の残骸をその眼に焼き付けられるように、苦痛を長引かせるようにしながら。そうして、黒灘が最後に残った目玉を、鋼渦が頭蓋を割り脳みそを潰したのち、それを掃きだめと化した牢内にばら撒いたのである。すると、ある一点にじわじわと肉が集まりだし、繋がっては崩れ落ちるを繰り返しながらも少しずつ少しずつ、容を取り戻し始めたのだ。その様子を驚きの顔で見据える鋼渦。その傍らで、黒灘は恍惚とした貌で呟いた。

「どうだ、不知火…何べん死んだ…百か?二百か?」

その言葉が届いていない事など百も承知だったが、待ちきれない思いの黒灘は続ける。

「俺ぁまだ足りねぇ…てめぇは何べん殺しても殺したりねぇ。だから、早く戻ってこい…てめぇには俺の命が尽きるまで、この世でたっぷりと、生き地獄を味わわせてやるぜ…不知火…!」

肉の掃きだめの中で、なにかがもぞり、と蠢いた。それは不知火の、割れて半分になった頭だった。再生した虚ろな目玉が、朧げに二人の海人の姿を映す。その頬に、一筋の涙が零れ落ちていた。




かつて、西の海にその名を馳せた海賊、不知火。

戦に敗れたかの男は、誰にも看取られる事なく

そしてその最期を、誰にも知られぬまま

歴史の大海から消えうせた。


そして、この男が今も尚

この世の地獄で生き永らえている事を知る者は


もう、いない



『不知火地獄行』了

不知火地獄行(完全版) 不知火地獄行(完全版)

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