SakeTami
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ヒトイヌもの(ボツ)


書こうとしていたヒトイヌものが上手く書けなくてボツになってしまったので供養します!


中途半端に終わってるボツ作品ですが、楽しんでいただけたら幸いです〜!


続きのアイデアなどあれば、ぜひ、コメントしてくださいな!


以下ボツ作品


————————————


ヒトイヌもの


「あぁ! もう! うるさあああああい!」


 4月下旬。

 桜の開花が終わりを告げるころ。

 私――東山美波(とうやまみなみ)――は、夜の世界へと飛び出した。

 朝から掛け持ちで働いているバイトを終えて疲れたから、本当はゆっくり休みたかったのに。入浴中から狭いボロアパートに響く騒音が煩わしくて仕方がなかったのだ。

 情動に任せたせいで、セミロングの髪を生乾きにしたまま、シャツとスエットのラフな恰好にカーディガンを羽織った部屋着姿で出てきてしまった。


「ほんと、ありえない! 他に住んでる人のことも考えなさいよ!」


 それも相まってか、世の中の何もかもぶっ壊れてしまえばいいのに。と腹の底から果てしない憤りが溢れかえる。

 早く親元を離れたいがために、周囲の反対を押し切って、高校を卒業したあと地元から離れた場所ですぐに就職を果たしたのはよかった。

 でも、数ヶ月したころから仕事に不都合なことばかり起きて、人間関係も上手くいかず、思い通りに働けない嫌気さに退職。

 再就職をしようとあちこち面接を受けてみるけど、なかなか雇ってもらえずに貯金だけが減っていって、今はボロアパートで生活するために毎日やりたくもないバイトで命を食い繋いでる。


「あぁ、何でこんな生活してんだろ。わたし」


 これまでにも何度も自分の境遇を恨んできた。

 どんなとき、どんな場所にも必ず何かしらの理不尽が蔓延っては私のやりたいことの邪魔をしてくるのだ。

 それと同時に、ここに至る何もかもが自分の自業自得が招いた結果だということも理解している。

 振り返ってみれば、私の選択は無計画だったと思うし、理不尽に対しての知識も、智慧も、経験も、行動する意思さえも、足りていなかったのだろう。

 

「だからって、こんなの酷すぎない? みんなどうやって生きてるの? もうこんな生活辞めちゃいたい……いっそのこと人間なんか辞めれたらいいのに……!」


 なんとなくやってきてしまった夜の公園のベンチで嘆いても、別に何かが変わるわけじゃないことだってわかってる。

 でも、そうしないと胸の奥底から湧き出てくる惨めさと悔しさに今にも心が押し潰されそうだった。

 だからと言って親に泣き寝入りするのは論外だ。

 そんなことするくらいなら死んだほうがマジだと胸を張って言える。


「はぁ……」


 街灯の光の下。吐いた溜め息は、暗闇の深い底に浸るほど、深いため息だった。


「こんなところででため息ついてどうしたの? 悩みごとでもあるの?」

 

「へ……?」


 そこへ突如。気品さを秘めた幼くも穏やかな声音が聞こえてきて、俯いていた顔を思わず上げる。

 彼女は、いつからそこにいたのだろう。

 あみあみに編み込まれた着飾ったロングヘアーをぶら下げた、どこか清楚めいたカジュアル風の長袖ワンピースを着こなしてる女の子が目の前に立っていた。

 端麗に整った小顔から伝わってくるあどけなさがロリータっぽい雰囲気を醸し出すファッションと相まって、私よりも幼く見えてしまう。

 けど、どうやら年下ではなさそうだった。

 

「ごめんね。急に話しかけちゃって」


 お茶目な感じでかわいらしく微笑んで、戸惑う私に気配りもしてくるあたり、同年代以上なのは間違いない。


「…………っ」


 ただ、返事をしようとした口元が動かなかった。

 

「ンんっ、んっ……っ、うぅ……ぅぅ」


 それは彼女の手に握られた頑丈そうなリードの先にいる存在が理由だった。

 だって、そのペットらしき存在の頭には、何故かアニメ風の犬っぽいキャラクターを模した全頭マスクのような仮面が被せられていて、表情が笑顔のままに固定されているのだ。


 それだけじゃない。

 四つん這いになっている首から下の全身は、ツルツルの繋ぎ目のない黒い繊維に覆われていて、手足は折り曲げた形状のままその黒い繊維で一体化させられており、その上にステンレスの金具とベルト状のストラップが沢山散りばめられた黒くて頑丈そうな分厚い装具が手や足や腹部に嵌められている。

 

 おまけに、肌に密着しているツルツルの黒い膜が織りなす曲線を強調するように胸やら腰やら股の下やらのあちこちをボンデージ調のハーネスベルトでギチギチに締めつけられていて、パンパンに張ったツルツルのお尻の根本から生やしたふさふさの尻尾が胸元にある二つの膨らみと一緒にぶらんぶらんと宙空に揺れている様はこの世のものとは思えないほど、人の境地を逸脱していた。


 一体、わたしは何を見てしまったのだろうか。


「~~~~ッ」


 彼女の足もとにいるそれの情報が整理されていくにつれ、見ているこっちのほうが恥ずかしく思えてきて、意味の分からない存在を直視するたび、胸の奥がドキドキしてくる。

 ――関わってはいけない。

 ――これは危険な存在だ。

 頭ではそう、理解してるはずなのに――どうしてか私の身体は、この訳の分からない存在に不思議な魅力を感じ取ってしまったらしい。

 浮ついた思考がずっと私の脳裏を駆け巡ってる。


「ねぇ、ちょっと。聞いてる? あたしで良かったら話し相手になるよ?」


「いや、えっと……その……」


 そこへ彼女が理路整然と言葉を続けてくる。分からない生き物に惚けているわけにもいかず。彼女とその生き物をちらちらとで比較し合いながら、どう言葉を紡ぐべきが思案する。


 でも、——何も思い浮かばない。


 ここで私はどういう行動をとるのが正しいのか。

 それが何一つわからない。

 気づけば、ベンチから立ち上がろうとしていたはずの足に力が入らず、言葉を発しようとする唇はただ震えてるだけになっていた。


「んぉ、ぉ、ンォッ! おおぉ、ぅごッ!? ぅオォ~~~ッ!」


「――ひ、ちょっ、なに!? なんなの!?」


「ンんッ! ンぉおおうーーッ! ん、ぅ、んぶッ!? ぅんーー!?」


 すると突然、飼い主を跳ね避けるように、それはよちよちとおぼつかない足取りで、顔面を覆い尽くす犬っぽいキャラクターの面影どおりに、問答無用で私にすり寄ってきた。


「ぅお、おぉッ! んおぉお! うぅッ、んぅ、ンッ! ンんぉお〜〜ッ!」


「————ッ」


 街灯の光をテカテカと艶かしく反射する黒一色に包まれたパンパンのお尻をグネグネと左右前後に動かし、その根本から不自然に飛び出してるふさふさの尻尾を何度も何度も揺らし続けては、グチュグチュ、と生々しい肉の擦れるような音をどこからか響かせて荒れ狂ってる。


「ンっ、んんッ! んぉおぉお~~~ッ、お、おぉお~~~ッ!」


 その姿はまさに性欲に飢えた獣と何一つ変わりはなく。

 見た目は可愛らしいわんこの顔を模しているというのに、発情しきった獣のように私の太ももに縋りついて、私の身体の上に乗り上がろうとしてくる。


「んぉ、お、ぉぉお〜〜!」


「〜〜〜〜〜〜ッ!?」


「こらッ! 急に襲い掛かったらだめでしょ!」


 ガチャンッ。とステンレスの首輪に繋がっているリードが物々しい音を立てる。

 私に覆いかぶさろうとするペットを引き離すために彼女がリードを強く引っ張ったのだ。


「んごッ!? お、ぉおおッ! んぉおッ!」


 それでも諦めずに私のほうへ向かって来ようとするからか、重厚なステンレスの首輪がガチャガチャと鉄の擦れる音を立て続け、ひたすらに荒れ狂ってうめき声を響かせてくる。


「こら! いい加減にしなさいッ!」


「んおッ、おぉ、ンぐっ、うぅう!」


 しかし、彼女は手慣れた手つきでリードを短く持ったまま強く握って、ペットが私のもとへすり寄らないように意図も容易く抑え込む。

 明らかに喉がステンレスの首輪に絞めつけられて、ペットが苦しそうな声をあげているのがわかる。

 されど彼女は、躾けのなっていない犬に対応する飼い主が如く、容赦なくリードを吊り上げてペットの動きをその場に留め続けていた。


「うちのペットがごめんね? なんか、あなたのことが気に入っちゃったみたい。よかったら、頭でも撫でてあげてほしいな。そしたら、少しは落ち着くかもしれないから」


「んぉ、おぉおお~~~ッ!」


「あ、あたまを……?」


「そうそう。頭を撫でるの」


「…………ッ」


 頭をなでると言われ、逡巡する。

 だって、彼女の連れているペットは、あまりにも異質で、近寄りがたい卑猥な雰囲気を醸し出している。

 こんなにも現実味のない異様な存在に触れてしまったら、私という存在が呑み込まれてしまのではないだろうか。

 その恐れからか胸の奥がぎゅっと縮こまってしまう。


「――――」


 でも、しばらくして、胸の奥のつっかえが別の物へ変化していくのがわかった。

 なんだろう。この気持ちは……。


 ――触りたくないのに。触ってみたい……?


 二つの相反する気持ちがぐちゃぐちゃに混ざり合って、恐怖よりも好奇心が激しく募り、胸の鼓動が早まってくる。

 異常極まりないこの存在がどうして、こんな姿をしているのか。

 なぜ、こうまでして異質な雰囲気をまとっているのか。

 知りたくて、知りたくて、たまらない。


「ほら、早く」


「は、はい!」


 だから、私は彼女に言われるがまま、彼女にリードを引かれて地べたに這いずるしかなくなったソレの頭を恐る恐る撫でてみた。


「ンッ、んん……んぅ、ぅぅ……ッ」


「う、うわ……」


 全頭マスクに覆われた頭を触ってみる。

 顔面を覆う犬っぽいキャラクターのマスクの表面は、つるつるしているようで、ごわごわしているような。鋼鉄のように冷たい肌触りをしていた。

 こんな無機質なものを顔面に被せられて、辛くないのだろうか。

 怖くないのだろうか。

 私だったら、こんなマスクを被れと言われても絶対に被りたくない。

 だって、こんなの被ったら、自分という尊厳の全てがこの世界からまるっきり失われてしまう。

 このわんこの全頭マスクを被っている中身の子がどんな顔をしているのか私がわからないように。

 仮面一つで、人の存在を別のものに変えることができてしまう恐ろしい装具を望んで身につけようなんて思えるはずがなかった。


「どう……? 結構可愛いでしょう?」


「か、かわいい……? こんな姿なのに……?」


「あれ、もしかして可愛くない? できればもっと褒めてあげて欲しいなぁ。この子は自分から望んでこの姿をしてるんだからさ」


「え? 自分からこの姿って、本当なの……?」


「そうだよ? これは全部この子が望んでやってる遊びなんだよ。何かよくわかんないけど、人間がしがらみから離れられるのは、こういう意味不明なもののほうがいいんだって」


 なのに、目の前にいるこの存在は自分の意志でこの装具を身に着けているというのだ。

 てっきり、無理矢理着せられているのかと思っていたけれど、彼女の言う通り、しがらみから離れられるっていうのは、どことなく説得感があるような気がしてならない。

 たしかに、こんな姿になってしまったら、自分が人間であることなんてどうでもよくなっちゃいそうだった。

 

「変身願望だか、破滅願望だか、私にはよくわかんないけど。この子みたいにそういうのに浸って遊ぶのは悪くないと思うよ? 最終的にどこにたどり着くのかは別として、一時の現実逃避ってやつは生きてる人間には必要な手段だろうしね。あなたもそんな風に現実から逃げ出したいって思うことはあるでしょ? この子は他人よりもそのことに正直なだけなんだよ」


「そ、そうなんだ……?」


 それはある意味、この世界や社会のしがらみとも、おさらばできるってことになるんだろうか。

 人間であることを自らの手で辞める。というのは一体どんな気持ちなのだろう?

 

「でもまぁ、飼い主であるあたしの許可なしに勝手な行動するのはダメだから、この子にお仕置きはするけどね」


「え? お仕置き……?」


「そうだよ。そういうルールだから」


 そういって彼女は、どこからかスマホを取り出し何かの操作をする。

 

「ンごッ!? お、おぉおおッ! んごおおおおおッ!」


 その刹那。わんこのマスクを被ったペットが大きな声をあげながら、お尻をグネグネと激しく震わせ始めた。


「な、なにしたの……?」


 あまりにも突然な手のひら返しに、ちょっとだけ怖くなって、思わず質問してしまう。

 彼女はお仕置きと言っていたけど、やっぱり、無理矢理いうことを聞かせられているのではないだろうか。


「んーとね。この子に取り付けてある玩具の刺激を強くしたの。1~10まで段階があって、さっきまでは3だったんだけど。今はその二倍の6に変更したから、さっきよりも強い刺激に襲われてるはずだよ」


「と、取り付けて……って?」


「もちろん、女の子のデリケートなところ。乳首とか、おまんことか、クリトリスとか、アナルとか、まぁ簡単に言っちゃえば性器に大人の玩具を取り付けてあるんだけど、それをこのスマホのアプリで操作できちゃうってわけ」


 私の疑問に対して、彼女は淡々と説明してくれる。

 たしかにオナニーするときは、そういう部位を意識して指で刺激する。

 けど、人前でその単語を口にするのはいくら何でも破廉恥すぎる。おまんこやら、クリトリスやら……。と当たり前のように羅列される肉体的な部位の名前を聞いているだけで自分の恥部を想像しちゃって顔が熱くなってくる。


「ンッ、んぉ、お、おぉおッ、おんぉぉお~~ッ、おおぉお~~~ッ!」


 それに加えて彼女の足もとで、四足歩行の身体を前後運動させながら、ぐちゅぐちゅッ。と鈍く響き渡る生々しい音と一緒に、辛そうというよりも、何故か気持ちよさそうなうめき声をあげるペットがいるから、なおのこと意識してしまう。


「まぁ、どれもこれも全部この子が自分で用意したものだから、お仕置きというよりもご褒美になっちゃうわけなんだけど。こればっかりはどうすることもできないよね。だって、この子ドMすぎて何しても悦んじゃうんだもん」


 彼女はそう言って、足もとで悶えているペットを冷ややかな眼差しで見下して、私へ視線を戻す。

 どうやら、目の前で悶えているこの子は、「お仕置き」という行為にさえ悦びを見出しているらしい。

 あまりの見た目と扱われ方に犯罪的な雰囲気を感じていたけれど、この子にとっては、そのリスクを伴う行為そのものが、悦びであり、生きがいらしい。


「ン、ン~~~~ッ!? ん、ンぉ、おぉ~~~ッ!?」


 それは、今もなお、彼女の足もとで気持ちよさそうに身体を震わせている様子を見れば一目瞭然だった。


「——————」


 それが何故か羨ましいと感じてしまうのは、どうしてだろう。

 もしかして、私ってそういうことに興味があったりするんだろうか。

 いや、違う。

 たぶんこれは、ホラー映画を見ているときの気持ちと一緒だ。

 恐怖の先に何が待っているのか。

 ちょっとだけ覗いてみたい。という好奇心が私を唆しているだけ。


「あ、ごめんね? こんな変態に付き合わせちゃって。それで話それちゃったんだけどさ。夜中に一人でいるなんて、何か悩んでたんでしょ? あたしで良かったら話聞くよ? ただの通りすがりだと思って試しに話してみたら気が楽になるかも?」


「あ、あはは……」


 もう、苦笑いするしかなかった。

 突然声をかけられて、意味の分からない存在を目撃しちゃって、一体何なのかとパニックになりかけたけど、どうやら悪い人たちではないっぽい。

 世間からちょっとばかり逸脱している趣味趣向ではあるけれど、元をたどれば子供のままごとのようなものだ。

 ただまぁ、こんなにも常軌を逸脱した遊びをするのなら、外でするより屋内でやったほうが安全なのではないか。と思うけれども。

 とはいえ、そのような突っ込みをするほどの勇気が私にあるはずもなく――


「――なるほどね、アパートの騒音かぁ……それはあたしも同じ気持ちになりそう」


「それでちょっと時間をつぶすために出てきただけで、悩みっていうか……イライラしてただけで……。だから、このイライラが収まったら帰るつもり」

 

 流れのまま、私は彼女に成り行きを伝えて、この出会いを終わらせようとする。

 彼女たちには彼女たちの事情があるように、私には私の事情があるのだ。

 これで全て解決。あとはさよならするだけ。

 そしたら、私の胸の奥で渦巻いているおかしな動悸もゆっくりと静まってくるに違いない。


 なのに彼女は――


「ふ~ん、じゃあさ。せっかくだし、あたしらと遊ぼうよ?」


「え? あ、遊ぶって、何して……?」


「そりゃもちろん。楽しいことしてだよ? ゲームっていったほうがいいかな? ――はい、リードもって」


「え、えぇえッ?」


「ほら、早くもって」


「う――」


 変に断ることもできず、彼女から強引に手渡されたリードを握ってしまった私は、一時的に彼女のペットのご主人様になってしまった。

 しかも、想像していたよりも、リードが重たい。

 本当に頑丈な作りをしてるリードみたいだ。


「じゃ、玩具とめるから、この子のこと散歩してあげて。何があってもリードは放しちゃダメだよ? 結構いうこと聞かないから。それじゃあ、いってらっしゃい。――ほら、いつまでも気持ち良くなってないでアンタは歩きなさい」


「ンんッ!? んぐっ!」


「へ? えぇ?」


 少し前まで悶えていたはずなのに、彼女の命令に反応するとペットはよちよち、とおぼつかない足取りで歩き出す。

 放しちゃダメ。と言われた手前、リードを掴んでいるから、歩き出すペットに連れられて、私も歩くしかなくなった。


「ん、ンん……っ、んっ! ンぅ……ッ! うぅぅ~ッ!」


「~~~~~っ」


 犬の散歩をするように、手足を拘束され、わんこの全頭マスクを被った女の子と夜の公園を歩いて回る。

 彼女はゲームといっていたけれど、一体、私は何をしているんだろうか。――犬の散歩? それとも変態の調教? 

 正直、何もわからない。

 でも、リードの先の女の子は嬉しそうに、よちよち、と折り曲げられた手足を動かして、ひたすら歩いてる。


「ンんっ、ん、んぅ……ッ、うぅうッ」


「――――っ」


 だから、私もその後を追うように歩くのだけれど、時々マスク越しに幼くもはかなげな、少女特有のうめき声が聞こえてくるのが、なんだかえっちで仕方がない。

 こんなにも無力な存在になり果てるまで身体中拘束されて……。

 それでも健気にお尻を振って、一歩、一歩、と前に進むために手足を動かして、歩いて……。

 ――折り曲げたままツルツルの繊維の内側に包まれた手足には、分厚くて頑強な装具を嵌められてるというのに。――それがこの子にとっては悦びだというのだから、不思議だ。


 意思も、尊厳も、個性も、全部剥奪されて、この子はなんでこれほどにも嬉しそうなのだろう。


「ンッ、んん……んぅ、ぅぅ……ッ」


「…………っ」


 がんばって歩いているこの子の姿を眺めていると、なんだか私のほうまでおかしな気分になってきた。


 ――これ、想像以上にヤバい。


 私はただ、リードを持っているだけなのに。

 ありえないくらい背徳感がスゴイのだ。


 手足を拘束した女の子にリードをつけて散歩する。

 そんなの許されていい行為のはずがない。


「これ、絶対体験したらダメな奴だ……」


 今更そのことに気づいてももう遅い。

 心臓が張り裂けそうなくらいドクドクと脈打ってしまってる。

 普通の生活をしていたら絶対に味わえない色欲の味。

 リードを持つ側でもこれだけ邪な感情が溢れ出すのに、それをこの子は、自ら人間を辞めることでさらに深い色欲の味を得ている。

 まともな人間だったら、こんなこと絶対やらないだろう。

 それに付き合わされている私は、人間の道から外れかけているのかもしれない。


「——————ッ」


 そう理解した途端に、なおのこと胸の奥がドクドクと激しく締めつけられた。


 ——想像してしまったのだ。


 何かの因果があって、口の自由も、手足の自由も、意思も、しがらみも、何もかもを捨てて。

 人間を辞めるために、私がこの子と同じ姿になったとしたら……。


 私も、しがらみから解放されて、この子のように何もかも忘れて今を楽しむことができるのかな……? ——って


「はーい、じゃあ戻ってきて!」


「————ッ」


 ベンチから暫く歩いて、数十メートルほど距離ができたころに彼女が合図を出してきて、正気にもどる。


「りょ、りょうかーい!」


 私はその合図に何でもないふりをして、今もなお胸の奥でジュクジュクと溢れ出し続けている邪な感情を手放すように手を振って反応する。

 私の返事を受け取った彼女も手を上げて反応してくれる。

 どうやら、この気持ちは気づかれていないみたい。


「お友だちが戻ってきてだって」


 だから、私は四つん這いでも頑張って前に進み続けようとする女の子にUターンを促す。


 それなのに――


「ンんぉッ!? んッ、ンオッ、おぉおお!」


「え、ちょっと? ど、どうしたの? どこ行くの?」


 戻ろうとしたリードに反抗するように、女の子は無理やり歩いていこうとしてしまう。

 だから、仕方なく私もそれに連れられて一緒に歩くしかなかった。


「ちゃんとリード引っ張って! ご主人様が言うこと聞かせないとだめだよ。ほら、がんばれ~!」


「あ、そっか。そういうこと……?」


 その様子を見兼ねてか、アドバイスを送ってきた彼女の言葉に、私は彼女が最初に言っていたことを思い出す。


 ——この子のこと散歩してあげて。何があってもリードは放しちゃダメだよ? 結構いうこと聞かないから。


 彼女は私にリードを渡したとき、そう言っていた。

 つまり、これはペットの散歩。いわゆる――ゲームなのだ。


 犬である女の子も、それがわかってて自由に歩き続けようとしてるのだろう。

 それなら、リードをもっている私が進行方向を正してあげなくちゃいけない。

 だから、リードに力を込めて引っ張ってみることにした。


「あぐッ!? う、うぅうッ!? ――んぐッ、うぅううッ!」


「え、ちょ……そんな抵抗しなくても……」


 でも、リードに繋がれた女の子は首輪が締まることも恐れずに、何としてでも公園の外へ出ようとしてしまう。

 リードを握りしめた手にはそれなりの力を入れてるはずなのに。


「ね、ねぇ、こっちっ、こっちだよ?」


 もう一度、グイグイとリードを引っ張って方向を示す。


 「ングッ、うぅぅッ! ングぅッ!」


 けど、女の子は一向に言うことを聞いてくれない。

 それどころか。首輪がミチミチと音を響かせ、肌に密着する滑らかな繊維により食い込み、突っ張ったリードがさらに強く引っ張られる。


「ねぇ、お願い言うこと聞いて……っ」


 このまま続けたら女の子が窒息してしまうのが何となくわかる。

 それでも、できるだけ首を絞めないように気を遣って、引っ張ってみる。

 しかし、この綱引きはどちらかが負けるまで終わりそうになかった。


「…………ッ」


 さすがに、これ以上は引っ張れない。

 だって、私はこの子のことを知らない。

 こんなに酷い扱いをしていいのか。どうか、判断がつけられなくなってきた。

 それならいっそのことこの子の好きなようにさせてあげるのがいいんじゃないだろうか。

 そう思って、リードの引っ張る力を緩めたころだった。


「んごっ!? お、おぉおおッ!? んぉっ、おぉおお~~~ッ!?」


 突然、女の子がその場で動きを止めて、お尻をひくひくと動かしながら悶え始めた。

 生々しい肉の擦れるようなグチュグチュという音が女の子の身体から聞こえてくる。


「お、おぉおおッ~~~ッ!? おご、ンごぉッ!? ~~~~~~~ッ!? ンおぉおおおお~~~~~ッ!」


 四つん這いで立っていることもできなくなった女の子は、ものすごいうめき声と同時に芝生の上に身体を倒すと折り曲げられた手足をバタバタと振り回しながら、身を縮めて、ビクビク震え続ける。

 なのに、表情はずっと笑顔で固定されていて、全身で嬉しさを表現しているように見えてしまうのが、ものすごく惨めでかわいそうだった。


「こら、ダメだよ? リードはちゃんと引っ張ってあげなくちゃ。どこまでも歩いて行っちゃうでしょ?」


 そこへゆっくりとした歩調で彼女がやってくる。

 どうやら、私がいつまでもリードを強引に引っ張らないから、様子を見に来たらしい。


「そんなこと言われても、首絞まっちゃってたし……なんか可哀想って思っちゃって……」


「ふ〜ん、優しいんだね。でも、この子はそういうの求めてないから、もっと厳しく躾けてあげたほうがいいよ。――自分から望んでこんな姿になっちゃうドMだ。って教えてあげたでしょ?」


 たしかに彼女のいう通りなのは間違いない。

 理由はどうあれ、この子は自分から望んでこんな姿になっちゃう変態だ。

 他人から支配されたりすることを望む被虐体質剥き出しの破滅願望者で、人間のしがらみを捨てたい女の子。

 そんな子に情けをかけるというのは、優しさではないかもしれない。

 けど、それでも私はこの子を調教する気持ちにはなれなかった。

 もし、私がこの子の立場なら、散歩のときくらい自由に歩かせてほしい。と思うからだ。


「ちょっと、私には向いてないかも」


「そっか、残念。もしかして、逆のほうがよかった?」


「ぎゃ、逆って……?」


「わかってるくせに。ほら、この子みたいに拘束されて、人間を辞めちゃうほうだよ」







 



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