レッドが消えてから1年が経とうとしていた。
怪人の発生は多発し、加えて違う地点にそれぞれ一気に現れるようになっていた。ディフェンダー戦隊の人員では到底対処が追いつかない。
同時に現れる怪人の内、ディフェンダー戦隊の人員を越えた怪人の数だけ市民に被害が出た。
逃げ惑う人間の悲鳴を聞くことも以前に比べ少なくなり、生き残った人間はほぼ全員がシェルター内への避難を完了した。
シェルターは元々一部の市民が隠れる程度の規模しかなかったが、市民の数が激減したことで皮肉にもシェルター不足の問題は解消され、生き残った市民全員が安全な場所に隠れることができた。
戦う者たちは数少ない戦果を、それでも喜び今日も戦うのだった。
新たな怪人が現れたという情報が入った。
ピンクは部屋から飛び出た。
急いで走りながら呟く。
「キリがないわ……!」
ブルーは負傷して前線を離れた。今は遠く離れた安全なところから資材支援の任務に就いている。
ピンク1人となったディフェンダー戦隊は新たな隊員を募り、オペレーターのヨウコがディフェンダーバイオレットとして参加した。
彼女は元はレッドと同じ部隊から来ており、ピンクと違って実戦経験も積んでいる。隊員としての実力は申し分無かった。
ピンクは慢性的な人員不足といううんざりする事実を、しかし任務とは関係ないと頭から締め出して現場に急行した。
ホバーバイクから飛び降りて警戒態勢に入る。1分ほど当たりを捜索していると、ふと開けた場所に出た。
「あれは……!!」
目の前に広がるすり鉢状の地形。まるで決闘場のような雰囲気を醸し出す空間の中央に、それはいた。
「フーッ……フーッ……」
直立不動で微動だにしない。息遣いだけが聞こえる。俯いておりこちらに気づいている様には見えない。
「(人型だわ…。背丈も人間サイズね)」
皮膚かアーマーかは分からないが、全身がまるで血の様に赤い色をしている。
怪人らしい外見、怪人らしからぬ静かな佇まい、そして禍々しい気配。
「(強敵ね……用心してかかりましょう)」
ピンクが空間に手をかざすと、何もない空間から突如ライフルが出現した。
開発部と共同で作り出した対怪人用の特別製だ。
ピンクは油断なくライフルを構えながら怪人との距離を縮める。
距離にして20m。
ギュゥゥゥンッ………。
強力な電磁パルスが怪人から発された。咄嗟に構えたライフルの引き金を引くが、
「!?」
対怪人弾が発射されない。一体何が起こったのか。
「(こっちを見てる……)」
見れば、先ほどまで俯いていた怪人がこちらを見ている。恐らく最初に視認した時から……いや、それよりもっと前からピンクの存在に気づいていた様にすら思えた。
怪人がこちらに向かって踏み出す。
ピンクは間髪入れずに新たな銃火器を取り出そうとしたが、異空間へのアクセスが反応しない。
「そう……接近戦で戦えってことね」
遠距離攻撃は完全に封じられた様だ。ピンクは拳を構えた。
怪人は武器や爪、尻尾などを持たない完全な人型だった。肉弾戦が予想される。
怪人が立ち止まった。ピンクも動かない。
5秒、10秒と永遠にも思える時間が経ち、
ザッ……!!
両者は同時に動き出した。
○
「始まったか」
ピンクと戦い始めた怪人をモニターで眺めるドクター。
「さて……」
無感情に呟き、椅子に座る。
「対ディフェンダーピンクに特化させた『怪人クリムゾン』。……順当に行けばまず負けないだろう」
○
速い。
怪人の矢継ぎ早の拳をなんとか捌きながら、ピンクは飛び退った。
この怪人の攻撃は正確で重い。まともにガードすれば腕ごと持っていかれそうだ。
「(遠距離攻撃を封じ、接近して圧倒する。……私を対策してるの?)」
まるでピンクの戦法を分析したかのような怪人の性質と強さ。ピンクはこの怪人の裏にある狙いに悪寒が走る思いだった。
「このっ!!」
カウンターを合わせようと右のジャブを繰り出す。当たり次第連撃を繋ぐつもりが、怪人はそのジャブをあっさり見切ってかわした。
「反応速度も……!!」
この怪人は特別製だ。根拠は無いがそんな気がする。今までの怪人より強い。
それに人間の格闘技を理解している様に思える。怪人らしく荒々しい攻撃ではあるがどこか真っ当な闘い方に感じるし、ピンクに攻撃された時の捌き方、防ぎ方に型のような動作が見えるのだ。
怪人が目の前に迫る。一見大振りだが目にも止まらないスピード。そして急所を正確に狙う知能。
咄嗟に展開したシールドが怪人の膂力で粉々に粉砕される。途方もない威力だ。
「クッ……!!」
ピンクは防戦一方になりつつあった。
やっとこの瞬間が来た。
クリムゾンは目の前の女を圧倒しながら歓喜していた。
「(殺す……必ず…………オレが………オレの手で………!!!)」
彼の記憶はところどころに穴が生じていた。かつて自分が何者だったかはおぼろげにしか思い出せない。
しかし、この憎しみだけははっきりと色濃く残っている。それどころか日々強くなっていった。
こいつのせいで俺は。
報いを受けさせてやる。
そのひ弱な体をズタズタに引き裂き、絶望の中で殺してやる。
愚かにも俺に挑んだことを後悔し、圧倒的な力の差を理解しながらお前は殺されるのだ。
俺に屈辱を味わせた罪を死で贖え。
己の弱さを恨みながら。
怪人としての力を得た今、得意な武装を封じられたピンクが彼に叶う道理は無かった。
「ピンクゥゥゥウウウ"ウ"ウ"ッッ!!!!」
身の毛もよだつような叫び。
ピンクは、目の前の怪人が自分に差し向けられた刺客であることを確信した。
「やはり私のことを……ぐぅっ!!?」
不意の一撃がピンクを捉える。ガードの上からの打撃にも関わらず、まるでダンプカーに跳ねられたかのようにピンクの体が吹き飛んだ。
「きゃあっ!!」
地面に激突し、ゴロゴロと転がる。
「くっ……強いっ……!!」
地面に手をついて立ち上がり、前を見据える。
勝利が揺るがないことを確信したのだろうか。怪人は悠々とこちらに歩を進めてきている。
「こいつ……!」
勝ったつもりでいるのか。
私は負けない。負けるわけにはいかない。
ピンクは空間に手をかざした。
「………」
怪人はそれを見て肩を揺らした。音もなく笑っている。ピンクと異空間コンテナとの繋がりは断ってある。己の不利を忘れたかのような滑稽な行動に見えたーーー。
次の瞬間、ピンクの掌から閃光が放たれた。
○
モニターを見ていたドクターは突如発生した閃光とモニターのノイズを見て目を丸くした。
「驚いたな……実用化に至っていたのか」
そこまで開発が進んでいるとは思わなかった。可能性はあったが、少々見誤っていたか。
ドクターの決断は冷静かつ早かった。
いや、冷徹であると言った方が良かったかもしれない。
手元の端末を操作すると、モニターの端にヒルダとの映像通信が入った。
『ドクター、何か用かしら?』
「ああ、ポイント127へ向かってくれ」
『了解。10分で着くわ』
「頼むよ」
ヒルダとの通信が終わる。
「まあ……仕方ないか」
そう呟いたドクターの目には何の感情も感じ取れなかった。
○
「………!!?」
光がピンクを一瞬で包み込み、辺りに突風が吹く。
何だか分からないが、あの女にトドメを刺す。
「ギィッ!!」
怪人は跳躍してあっという間に距離を詰め、光の中心めがけて拳を振り下ろした。
手応えがあった。しかし軽い。
発光が収まり、視界が回復する。
「……!?」
ピンクがいない。いや、破損した戦闘服の切れ端が自らの手に引っかかっている。
俺が引き裂いたのか?それにしては切れ端の形がおかしい。まるで内側から破裂したかのようなーーー
「ちゃんと起動したわね…」
「!?」
怪人が弾かれたように声のした方に向き直る。
そこには放電と共にピンクが立っていた。いや、あの姿は……。
敗れた戦闘服の下に着ていた新型の戦闘服が露わになっていた。
怪人はその戦闘服を凝視した。
ありえない。まさかあれは……。
○
新型戦闘服『ヒーローブースター』。
ディフェンダー戦隊の新しいスーツとして開発が進んでいたものだ。
開発部とピンクの共同開発によるもので、高密度の特殊繊維を織り込んであるため防御力に優れ、装着者のパワーを精神感応により増幅するシステムを搭載している。
戦況悪化により部品や部材の入手が難しくなったため試作品より生地面積が減少するという欠点はあったものの、それでも当初の予想通りの出力を維持。むしろ動きやすいというメリットもある。
このスーツの性能は装着者の精神のありように大きく左右され、真の正義を示す者だけがスーツの能力を発揮できる。
つまり真のヒーローのみに許された装備であり、それ以外の人間が着ても真の性能はまるで発揮されない。
今、ピンクはそれを着て途方もないエネルギーを示している。
あのスーツはかつてレッドも着用したことがあった。
結果はーーー『無反応』だった。
○
怪人はピンクの姿を見て大気が震えるほどの殺気を放出した。
怒気か、憎しみか。途方もない負の感情は空間が歪んで見える程の密度で辺りを支配した。
「グルゥ……ッッ!!!」
明らかにピンクの変化に反応している。怪人がどのような負の感情に支配されたのかは分からなかったが、先ほどより更に凶悪な存在に変貌したのは間違いなさそうだった。
ピンクは冷静だった。
遠距離武器やトラップが使えないのは悪いことばかりではない。小難しいことを考えず、全力でやれるということでもある。
「何か気に障ったかしら?」
「フーッ…フーッ………!!!」
「私を倒すために来たのに申し訳ないけど、あなたは私に勝てないわ。私はディフェンダーピンク。あなた達怪人から人類を守る、平和の戦士よ!」
「グ……グルァァア"ア"ア"ッッ!!!」
抑えていた感情が限界を超えて破裂するかのように、叫びながら跳躍する怪人。高速で迫る怪人から恐るべき勢いで放たれる右拳の軌道は、まるでピンクの口を封じるかのようにも見えた。台詞の一つ一つに許し難い殺意を抱いたかのように。
しかしピンクは機敏に反応した。
「ふっ!!」
ガゴッ!!!
「ゲグァッッ!!!?」
カウンターの拳が顔面に決まる。
先ほどまでのピンクからは想像もできないパワーに吹き飛ばされる怪人。
「その程度?本気でやりなさいよ」
体勢を立て直した怪人に向かってピンクが言い放つ。
「ガルァ"ア"ッ!!!」
怪人は更に怒り狂い、周辺の地面が震動するほどの力で地面を踏み締め、跳躍する。
両者が交錯し、目にも止まらぬ攻防が展開された。
○
クリムゾンは特別性だ。今までの怪人研究の成果を全て注ぎ込んだ研究で生まれた、最強の怪人だった。
これまでの戦闘データの全て、素体となったディフェンダーレッドが持つ格闘能力、そして遠距離武器を軒並み使用不能にする電磁パルス。
それらを組み合わせることにより、強靭極まりない肉体を持ち格闘戦にも秀でたクリムゾン相手に接近戦せざるを得ない状況に陥らせるという強力な戦法を取ることができる。
少々目障りなディフェンダー戦隊を壊滅させるために作られた存在であり、彼の存在意義はそれ以外に無い。
そしてクリムゾン………いや、弱り切ったレッド本人もそれを望んだ。
ディフェンダー戦隊を率いるリーダーとしての地位も。
『ディフェンダー戦隊最強』という市民を守る盾の筆頭であるという自負も。
どちらも奪ったこの女が、よりにもよってあの戦闘服(形は変わったがクリムゾンには分かった。あの特徴的な輝きは「ヒーローブースター」の系譜を継ぐ物だ)を着て前に立っている。
スーツは彼を選ばず、彼女を選んだ。
真のヒーローは彼ではなく、彼女だ。
今やこの女の生存そのものがクリムゾンの全てを嘲笑うかのようだった。
○
クリムゾンはとめどなく溢れてくる怒りと憎しみを叩きつけるように攻撃を繰り出し続ける。
岩を穿つほどの拳を放ち、コンクリートを破砕するほどの蹴りを打ち込む。それらは通常の怪人ではあり得ない格闘技の技術が合わさっており、一撃決まれば相手は必ず絶命するほどの威力を持っていた。
ピンクは怪人の究極系が繰り出す嵐のような攻撃を前になす術もなくーーー
ドゴォッ!ベキャッ!!ズグシャアッッ!!!
「グギャァ"ア"ア"ア"ッ!!??」
的確にカウンターを合わせ、怯んだ怪人の顔面に拳をめり込ませ、ガラ空きの腹に前蹴りをぶち込む。
鍛え上げられた肉体から繰り出される連撃を喰らい、クリムゾンは吹き飛ばされた。
呻きながら起き上がるクリムゾン。
「ギィィイイ……!!」
「まだよ!!」
「!?ゲァッ!!!!」
ゴッ!!!
一瞬で目の前に到達したピンクの膝が顔面を捉える。怪人は再び地面に叩きつけられた。
ドザァッ!!!
クリムゾンは後転しながら起き上がるが、目の前には誰もいない。
「どこ見てんのよっ!!」
パッカァァン!!!
振り返った瞬間ピンクのハイキックが怪人の頭を蹴り飛ばした。
一年前とは比べ物にならないほど発達した太い脚から繰り出される一撃。怪人はその場にくずおれる。
「さっきまでの勢いはどうしたの?」
ピンクはすかさず怪人の首を抱え込み、体重の乗った重い膝蹴りを何度もぶち込んだ。
ドッ!!ドフッ!!ドグォッ!!!
「ゲギャァァアッッ!!!?」
クリムゾンは腕の力だけでなんとか逃れ、大きく距離をとった。しかし腹部に亀裂が走るほどの連撃を受けたことにより、呼吸すらままならず立ち上がることすらできない。四つん這いでどうにか前を見るのが精一杯だった。
「グェッ…!!ギィッ……!!!」
「隠してる能力があるなら見せることね。それともここで倒されたいかしら?」
「……!!」
「今度はこっちから行くわよ!!」
○
身体中を覆う装甲のような皮膚が、拳打の嵐の前にガリガリと削られていく。
必殺の一撃であったはずの右拳が、ピンクの左拳と正面衝突し、一方的に砕かれ弾かれる。
ムチムチと太く、鍛え上げられた脚が鞭の如く振るわれるたび、嵐の中の木の葉のように怪人の体が右へ左へ吹き飛ばされる。
勝っていたはずの格闘技すら、今や彼よりピンクの方が上だった。
「観念しなさい!!お前はもう終わりよ!!」
「ゲァッ…!!ガッ!!!おグァッッ!!?」
全身を叩きのめされて悲鳴を上げながら、クリムゾンの体は徐々に外皮が砕かれていった。
怪人でしかない外見が、徐々に素体の体格に近づいていく。
同時にうっすらとクリムゾンの素体の意識が呼び起こされていく。正義の鞭の前に正気を戻されていくように。
「これでも……食らえっ!!!」
丸太のような脚が振り上げられ、怪人の股間を正確に捉えた。
ずぱぁんっ!!!!
「イ"ぎゅぉォオ"オ"オ"オ"ッッ!!!?」
乾いた炸裂音が木霊し、怪人が股間を押さえて地面に倒れ込む。
「ふん……怪人にもここは効くのよね。元は男だったりするのかしら?」
「オ"ォ……オッ………おぉ………!!!」
「これで終わりにするわ」
「………!!」
ピンクの体を包むようにオーラが発生する。それらはやがて熱に変わり、怪人を滅ぼすエネルギーへと変わっていく。
怪人はそれを見ることしかできない。最早立ち上がる力すら残されてはいなかった。
怪人はただ茫然と見上げた。
股間を熱く、硬くしながら、こちらに踏み込んでくる正義の戦士の体を。
平和のために戦うヒーローには似つかわしくないほどたわわに実った巨乳が「ぷるんっ!」と震え、強烈な蹴りの威力を裏付けるかのような大き過ぎる尻と太ももが卑猥なほどに躍動し、戦いの最中匂い立つ雌の香りが相手の男に「女に負ける」現実を残酷に突きつけ、ピンクの恐るべき実力との決定的なまでの差を理解させる。
ピンクはどこまでも平和の戦士であり、清廉な精神を持っていた。しかしその有り様こそがレッドを堕落させ、劣情を煽り、絶望させた。
初めから叶う相手ではなかったのだ。
審判の一撃が迫る。
「爆散!!ディフェンダーストライク!!」
怪人の顔面にピンクの足がめり込み、彼はゴミのように吹き飛んだ。