デニスは胸騒ぎに負けて控え室から出た。
そして試合場にたどり着いた時、状況を把握した彼は石像の如く硬直した。
「がっ!!?グァッ!!!」
試合場中央。
女が屈強な男を一方的に甚振っている。
「はぁっ…はぁっ…も、もうやめ……」
「ふんっ……情けないわね」
今やバレルは鼻血を流しながら涙目になって訴えていた。シアラはその様子を見て鼻を鳴らして吐き捨てると、右足を引いた。
スパァンッ!!!!
「んお"お"オッッ!!!!♡♡」
体が浮くほど強く股間を蹴り上げられたバレルはその場に膝立ちになり、やがてゆっくり前のめりに倒れた。失神した体は痙攣し、時折り脈打つかの如く奇妙に震えた。
シアラはその様子を嫌悪に満ちた目で一瞥し、踵を返した。
場内に高らかに勝者の名前が響き渡る。
シアラのそばに闘技場の運営担当が駆け寄った。
「見事な試合でした、シアラ選手!」
「あ…ありがとうございます」
「強敵バレルを汗一つかかずに倒してのけるとは驚きです!次の相手はかつての最強王者デニスですが、彼と比較しても遜色ないとの声も大きくなってきています」
「とても光栄です」
「最後に、決勝戦前の意気込みなどあれば一つよろしくお願いいたします!」
シアラは少しだけ困った顔をしたが、ふと何か思い至ったような顔つきになった。
「……王者デニスは今までで最強の相手です。きっと私などよりずっと強いのでしょう。しかし私も格闘家の端くれ。もし叶うなら……」
「叶うなら!?」
ここで言葉を切り、今度は笑みを浮かべながら明るく言った。
「彼から王者の称号をもぎ取りたいと思います」
観客の熱が急激に高まり、闘技場は最高潮に達した。
彼女の発言を聞き、デニスは拳を震わせながら試合場の入り口に立つのだった。
シアラのバレルへの心無い言葉、男性格闘家の尊厳を踏み躙るような決着、そして最後の台詞。
何としても勝たねばならない。クラウスやバレルのためにも、調子に乗ったあの女に罰を下す必要がある。次の試合、決して負けられない。
怒りが鎮まらないまま、踵を返す。
控え室まで戻り、震える手で扉を開ける。
「!?」
「……やっと戦えますね」
デニスの控え室にはシアラがいた。落ち着いた様子だ。バレルとの試合の疲れなど微塵も感じさせず、彼女はそこにいた。
デニスは怒りに震えながら、言葉を絞り出した。
「シアラ。お前がやったことは……到底許されることじゃない」
「……」
「試合を途中から見た。なぜ、あんな真似をした?なぜ、相手の誇りを汚すような真似をしたんだ?」
「……」
「容赦するつもりはない。泣いても喚いても許さん。お前は必ず俺がーーーー」
「デニス様」
「……」
「何で勃起してるんですか?」
「ーーーーーえ?」
デニスの男性器は、まるでズボンを突き破らんばかりに生地を盛り上げていた。
「なーーーこんなーーー」
「何かに興奮してるってことですよね。何にです?」
「違う!!これはッーーーー」
「何が違うんですか?私にお説教しながら何を考えてたんですか?」
「何も考えてなんか……おいッ!!!」
「デニス様…」
「デニス様は負けたことが無いからご存知ないんですね」
「なに……!!?」
「男の格闘家は女に負けそうになると皆そうやって股間を膨らませるんです」
「『俺の負けです。許してください』って言ってるのかな。完全に打つ手が無くなるとそうなるから、多分そうなのかなって」
「初めの方は私に負けるだなんてこれっぽっちも思ってなくて、自信満々に殴りかかってくるんです。相手の得意な展開を封じてやったり、とっておきの奥義を軽くいなしてやったりするとその内モゾモゾし始めて」
「気まぐれで金的したりしてみると例外なくお漏らししちゃうんです」
「そうすると皆戦いに集中できなくなって、だんだん私の胸やお尻に目が向き始めるんです。勝ち目が無いことが分かると欲に正直になっちゃうみたいで………デニス様?聞いていらっしゃいますか?」
淡々と語り続けるシアラを前に完全に固まるデニス。
「そ……そんなこと……そんなことが許されると……お前……」
「まあいいです。デニス様はまだ私と試合をしていないので、そうなってる理由が分からなくてお聞きしてみただけです。じゃあ、あとで決勝戦でお会いしましょう」
話は終わったとばかりに扉から出て行こうとするシアラ。
「ま、待てオイ!!」
咄嗟に肩を掴むデニス。
次の瞬間、シアラの拳がデニスの鼻先に突きつけられていた。
「……あッ……!!!」
「この続きは試合場で致しましょう」
シアラはそう言うとさっさと控え室を後にした。
彼女がその気だったら鼻を砕かれていた。
「…くそっ!!!あいつ……!!!」
怒りとプライドが生み出す熱。
再び彼の体に活力がもたらされようとしていた。
○
男は物心ついた頃から格闘技に向き合ってきた。彼が自分を鍛え出して15年以上になる。
師に見初められて拳を磨き始め、技と体を徹底的に鍛え抜いた。若くして闘技場の覇者となり、誰もが認める真の格闘家だった。
目の前に立つのはかつて格闘技の基礎を教えた女。
女は格闘技とは無縁の人生を送ってきた。男と出会い、闘士としての人生が始まったのはたった2年前だ。
しかし天才が努力を努力と思わなかった時、常識は覆る。
鍛えられつつも女性としての豊満さを残した肉体はさながら闘技を司る女神のようだった。
向き合う両者。
言葉を交わすことはなかった。
試合開始の合図が鳴った。
○
デニスは突きの連打を繰り出した。
シアラは受け、捌き、かわした。
デニスの雷の如き蹴り。
シアラはそれを脚で受けた。
観客からは二人の動きははっきりとは見えず、ぼやけたようにしか見えなかった。闘技場史上最高の試合が展開され、観客は熱を込めた声援を送る。
デニスが押しているように見える。
「いけぇーっ!!」
「思い知らせてやれー!!!」
男の観客達がデニスに送る声援は、準決勝までのものとは質が変わっていた。
男としての代表。その頂点であるデニスに、外部の侵略者から闘技場の秩序を守ってほしい。まるでそんな叫びにも聞こえた。
デニスはそれに応えるように手数を増した。
突き、踏み込み、突くと見せかけて蹴り、またタイミングを外して今度は首筋への手刀を狙う。
シアラは捌き、防ぎ、手刀の腕部分を弾いて軌道を逸らした。
デニスは過去を思い出していた。
それは闘技場に初めて来た時の記憶や、クラウスとの戦い。そして観客からの祝福であったりした。
真の格闘家を目指すだけだった自分に闘技場王者としての側面をもたらしたそれら全ては、彼の人生の中でも光り輝くものだ。
また速度が増す。デニスの正拳が閃き、視認も許さない速度でシアラを襲う。
シアラは両腕を構えて防御する。
『閃撃』。
この正拳が彼がそう呼ばれ出した理由だ。
長年の修行で培ったこの技は彼の格闘家としての土台を支えるものであり、絶対の信頼を置くものだった。
デニスは止まらない。
大きく踏み込み、シアラの腹部へ掌底を放つ。
シアラは大きく下がって距離を取りながら後方へ倒立しつつそれを避けた。
俺は決して負けない。
クラウスやバレルのためにも。王者であるこの俺のためにも。
シアラを、絶対に倒ーーーー
ドゴォッ!!!
踏み込んだデニスの顎を、シアラの膝蹴りが打ち抜いていた。
完全に仰け反り、膝から崩れ落ちる。
悲鳴のような歓声が沸いた。
視界が回復してくる。追撃が来るーーーーいや、なぜか来ない。
ふらふらと顔を上げたデニスの視界に、立っているシアラが映る。彼女は追撃しようとしていなかった。
「…な…ぜだ?」
「………」
無言で構え直すシアラ。
デニスは即座に立ち上がり、構える。ふらつきが収まってきた。
「くそっ…!!!」
デニスはステップを踏みながらシアラに近づき、最短距離で届くジャブを放つ。
シアラはそれを避けた。
撒きだった。デニスはほぼ同じタイミングでシアラの足目掛けて飛び込む。組みついて押し倒し、地面に寝転がっての攻防を仕掛けようとした。
組みつき、思い切り引き倒そうとして……動かない。
デニスは愕然と見上げた。
強靭な足腰でデニスの組みつきを耐え切ったシアラは、無表情にデニスを抱え込むと、強烈極まる膝蹴りを彼の胴にめり込ませた。
それも1発では無い。
ドフッ!!ドフッ!!ドッドッドドドドドッッッ!!!!!!
「おぐぶぉオオオオッッ!!!!???」
デニスの身体が蹴られるたびに『ビクッビクッ』と痙攣する。シアラは情け容赦なくデニスに膝蹴りを叩き込み続けた。
「ぉ"っ………」
デニスが白目を剥いて震えている。それを見たシアラはデニスを乱雑に突き放した。
倒されたデニスはしばらく動かずにいたが、やがて辛うじて状態を起こす。
シアラは腰に手を当ててこちらを見下ろしている。
デニスは再び立ち上がった。
固唾を飲んで見守っていた男達は歓声を上げ、王者の復活を喜ぶ。
それを見ていた女の一人が呟いた。
「最初ので終わってるのに……」
「あぁ!?」
「………」
隣の男の剣幕に黙るも、試合上での戦い……は続いている。
地面を砕かんばかりに踏み込み、腹部への掌底を繰り出すデニス。幾度も強敵達を倒してきた、必殺の一撃だった。
シアラの姿がふっ、と消えた。
「!どこへ……ぷぐァッッ!!?」
至近距離に現れたシアラの右拳がデニスの頭部を捉える。続け様に放たれたシアラの拳がデニスの顔面を何度も捉え、殴られるたびデニスの顔が何度も左右を向き、鼻血が飛び散る。
「『同じパターンでバカみたいに突っ込んで』来るから、思わず反撃しちゃいました。どうですか?私、パンチも得意なんですよ」
パターンへの対応。過去に自分が教えたことだった。教えた彼女にこうした形で使われるなどとは微塵も考えられなかった。
「はぁーッ……はぁーッ……!!」
息も絶え絶えに構え続けるデニス。シアラに顔面を潰され満足に呼吸ができないばかりか涙が滲んで視界も定かでは無い。
それでも。
デニスは腰だめに腕を構え、深く腰を落とした。
観客はただならぬ物を感じ、デニスに釘付けになった。
シアラも見覚えの無い構えを見て目を丸くしている。
これは、クラウス戦の後に編み出した必殺一撃の技だった。
集中力を高め、脳内で槍を打ち出すイメージを創る。
両脚でしっかり地面を捉え、右拳に徐々に力を溜めていく。
ただ、目の前の相手を『射る』。
「うおおおおおおお!!!」
裂帛の気合いと共に風を纏う勢いで身体が旋回し、気合いそのものを飛ばすかのように右拳が加速し、
ブォオオオッ!!!
奥義『雷撃』がシアラに迫りーーーー、
静寂が訪れる。
覚悟していた被弾音が聞こえず、観客が目を凝らして試合場中央の二人を見つめる。
デニスの右拳はシアラに受け流され空を切っていた。
そして、シアラの金的蹴りが決まっていた。
「ぉっ……ぅお"ッ……!!!!?」
デニスは股間を抑え、頭から地面に倒れ込んだ。
観客席からどよめきが響く。
決死の覚悟で撃ち込んだ、クラウス戦の為の切り札。
威力、速度共に最高の一撃だった。
完璧に合わされたカウンターの蹴りはデニスの睾丸を正確に捉えていた。余裕を持って反撃されたのだ。
デニスは激痛に耐えながら対抗策を必死に考えた。
シアラを倒す為の、策。
男の俺が、あの女を倒す術。
「(………)」
無い。
そんなものは無かった。
「ハァッ…ハァッ…ハァッ…ハァッ…」
胸騒ぎだったものは動悸に変わっていた。
心臓が激しく鳴り響く。彼の体の中を満たしていた怒りとプライドの熱が、その質を変えていく。それらは皮膚をつたい、今しがた彼女に蹴り上げられた股間に集中していった。
「(あ……ああ……や、やめろ……!!)」
デニスの意志に反し、彼の股間は控え室の時のように再び膨らみ始めていた。
生地越しでもわかるほどびくんびくんと脈打ち、異様な熱を帯びている。
見上げれば、シアラがこちらを見下ろしていた。
「最強の男って言っても、この程度なんですね。ほら、立って下さい。そんな風に地面でモゾモゾしてたら変に思われますよ。最後は戦って負けた方がかっこよく見えるでしょ?」
「ぐッ……こ、殺す……ッ!!!」
シアラの挑発に底知れない怒りが湧き、激痛を上回る。
デニスはどうにか立ち上がり、構えながら目の前の女を殺気立った目で睨んだ。
「ぶっ殺してやる!!!」
○
闘技場の観客席は静まり返っていた。
あるものはうなだれて試合を見ようともせず、またある者は虚ろな目で試合……いや、一方的な処刑を見ていた。
しかし、何故か女の観客達はそれほどでも無かった。逆に、試合場の中央で対戦相手をなぶる様子を見て声援を送る者もいた。
「いけーっ!!」
「そんなやつやっちゃえ!!」
「うわ、男の方なんかアヘってない?ヤバそー笑」
「ふう。こんなものかな」
シアラは一仕事終えたかのように額の汗を拭った。頬に小さく血がついていたがそれは彼女のものでは無かった。
デニスはボロ雑巾のように成り果てていた。
衣服は裂け、身体中の打撲と傷があらわになっている。ズボンの裂け目から無様にまろび出たそれはこの期に及んで天を向いて屹立し、先端からとめどなく透明な液体を流し続けていた。
シアラは腰に手を当てながら虫の息の王者を眺め、冷め切った目で股間の醜態を見下した。
王者としてのプライドを殴り潰され、
最強の男の称号を蹴り砕かれ、
デニスは積み上げた生涯そのものを否定されようとしていた。
「呆れました。更に大きくなってませんか?」
「お"……あ"……♡♡」
「デニス様。これで分かりましたよね。デニス様は私より弱くて、おまけに女に殴られてチンポ硬くしちゃう変態ってことが」
「…えぁ"……♡♡」
「殴られてる最中にずっと私の体舐めるように見てましたよね?真剣勝負の最中に、ボコボコにされてる相手に欲情してましたよね?」
「…………」
「これからデニス様は女に金玉潰されて失神敗北するんですけど、何か言い残したことはありますか?」
「…………な…ぜ…」
「?」
「なぜ……お前は……女なのにそれほど……強い……」
一瞬、きょとんとした顔をするシアラ。それはすぐ呆れ顔に変わり、最後には子供に言い聞かせるような表情に変わった。
「デニス様。格闘に女も男もありません。真っ当に努力して、日々の練習に向き合って、そして戦い方を考え、考えるだけじゃなく実戦も交える。それを繰り返しながらそれらを都度反省して、直せるところを一つでも多く探すんです」
「デニス様は確かに強い方です。でも性別なんてくだらないものに囚われてるようじゃまだまだです。そんな風に変なプライドにこだわってるから『自分より劣ってる女』に足元をすくわれるんですよ?」
シアラはそう言いながらデニスの前に来て構えた。
「女だといって舐めてかかるからそんなザマになるんです。これに懲りたら普段の戦い方を見直しなさいな。デニス様の技は隙だらけでしたよ」
嫌味でもなんでもない。格闘に真摯な彼女だからこその率直な意見なのだろう。だからこそそれらはデニスのプライドを深く抉るのだった。
観客席の男達は悠然と構える女の姿を見て、王者の末路を悟り、絶望した。
場内には女達の黄色い声援、そして女に敗北するデニスへの誹謗だけがこだましている。
シアラが脚を振りかぶる。太い脚が唸りを上げながらデニスの股間目掛けて一直線に走った。後ろにまとめた髪が風に舞う。
「イキなさいッ!!!」
スパァァンッッッッッ!!!!
「ん"お"ッッッッッ……………!!!!!!♡♡♡♡」
最後の慈悲とばかりにデニスの最も感じるポイントに捩じ込まれた金的蹴りは、デニスの意識を痛みと快楽で白く染め上げ、どこかへと連れ去ってしまった。
hagitotti
2024-05-04 01:56:43 +0000 UTCjavada
2024-05-02 12:28:48 +0000 UTCjavada
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2024-05-01 18:20:40 +0000 UTC