SakeTami
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憧れの君

谷川を渡る風の如く、あるいは突如のとして吹き付ける一陣の風のように

まるでその身を風そのもののように操り、舞うように空を駆ける姿は

私を魅了するに十分なものだった。

当時、天狗社会の中でも下っ端の白狼天狗、さらにその下っ端の所謂「成りたて」の私にとって

風のごとく空を舞い山の紅葉を散らしながら駆け上っていく烏天狗は憧れそのものだった。

あれからどれだけの年月が過ぎただろうか。初めて山の監視を上役に仰せつかった頃、私と同じくらいの背丈だった椛の木が

いまや頭上を覆うように腕を広げ、赤く染まった葉を揺らしている。ここでは人の営みの移り変わりも緩やかで

自らの足で山を侵そうといういうものは少ない。たまに迷い込んだ里人を”送って”やるだけが私の仕事。

「…アシスタント?」

私に思わぬ転機が訪れたのは椛の腕が赤裸になりやがて雪がちらつきだすころの朝だった。

上役から手渡された書面には山の警護役から烏天狗の作業補助への配置転換と私の名前。

聞けば天狗社会の活性化のため、固定化された人員配置を見直し埋もれた人材の発掘を目論んで、もとい目指して、とのこと。

妖怪として生まれて警護作業しか経験のない私に烏天狗の作業補助など務まるのかと思案する。

そんな私を察し差たのか上役は笑って伝えた。

「犬のように主人に尽くせばよい。生粋の犬なればできることもあろうよ」

渋々ながら新たな勤め先に向かう。このあたりはもっぱら烏天狗が住んでいる地域であり、私のような下っ端天狗の姿は珍しい。

扉の前に立ちおとないを入れる。

「すいません、本日よりお世話になることになったものですが…」

向こうからぱたぱたと足音が聞こえ扉のノブががちゃりと回る。

「あ、いらっしゃい、まだちょっと部屋が汚れてるけど、どうぞ上がって」

扉を開いて私を迎え入れたのはあのときの烏天狗だった。

彼女は射命丸文というらしい。簡単な自己紹介を終えて仕事場に案内される。

彼女の言葉通り「ちょっと」汚い状態に圧倒されるがそればかりではいられない。

「で、アシスタントと言っても難しいことはなくって、機材の持ち運びとか書類の提出かやってもらえば…」

つまり、彼女が取材に専念するため、それ以外の雑事全般をこなすのが私の仕事のようだ。

「まぁつまりは、よろしくってことで」

彼女が差し出した細い手を私のごつごつした手が握り返す。それはまるで風のようにふんわりと、だが風のように消えることなく

私の手を握り返してくれた。

「そうだ、これ記念にしようよ」

彼女はすばやく私の方へ回り肩手を回す。逆の手には小さな箱(後で知ったがコンパクトカメラだった)。

「はいチーズ」

言葉とともにカシャリと箱が音を立てる。

「あとで現像して貴方にもあげるからね」

彼女のほほえみに私はただ黙ってうなずくしかできなかった。

撮影機材を背負って山を下る。重さ自体は大したこともなく身のこなしを妨げることもない。沢を崖を獣のごとく駆けて下るが

彼女の姿はもう遥か先。木々に遮られ姿を追うことも叶わない。後で知ったが彼女は天狗社会でも最速の飛翔速度で、ほかの妖怪でも敵うものは

いないらしい。下っ端の白狼天狗であればなおさらである。

木々の密度が徐々に下がりけもの道がしっかりとした道に代わるころ、その道の遥か先で彼女が腰を掛けて待っているのが見えた。

千里眼のその先、峠の茶屋でお茶と団子を味わいながら彼女は私を待っている。

ようよう彼女に追いつくと、彼女はすでに団子を平らげた後のようで串だけになった元団子を皿に戻しながら私を出迎える。

白いブラウス、赤いネクタイの上にカーキのブレザー、眺めのキュロットパンツを纏い人間に変装した彼女の頭の上はいつもの兜巾ではなくキャスケット帽子。

すらりとした体に斜めかけたカバンがやや大きめの彼女の胸を強調し、キュロットから延びる引き締まった足が健康的に映える。

「遅い!」

叱責するも顔は笑顔だ。

「文さんが速すぎるんですよ」

私も妖怪の端くれだ、息が切れるようなことはないがそれでも速さの次元が違う。

「それじゃ、さっそく取材に行きましょうか!」

「あ、ちょっと待ってください」

急ぐ文さんを振り向かせ、胸元のブラウスをポンポンと叩く」

「お、セクハラですか?大胆ですねぇ」

「違いますよ…。お団子のほかにもわらび餅でも食べたんでしょう?胸元にきな粉が付いてますよ」

「ご明察です。貴方はアシスタントより探偵が向いているんじゃないですか?」

彼女のアシスタントをしたことでわかってきたことがある。ひとつは意外とだらしないところがあること。

もう一つは、ちょっと抜けてるところがあること。あの谷を渡る風のような君の実態を思うと落胆しなかったとは言えないが

「それじゃ、いきましょうか」

彼女の笑顔を前にすると私は何も言えなくなってしまうのだ。

グルメ記者になったらどうか、なんて冗談で話していたが、最近ではそれも現実になりつつある。

彼女の書く記事は多岐にわたるが最近ではグルメ記事の評価が良く本人も乗り気である。

「これから取材に行くのになんで食べちゃうんですか!?」

だから取材前にはなるべく腹を空かせておく、というのがここ最近の鉄則である。

「いや、椛が遅いからさ…」

文さんが注文していた団子を受け取りながら答える。

「ほら、せっかく注文したし、貴方も1つ食べる?」

なんて言いながらぱくぱくと団子を口に放り込む。

「いりません!というか最近、太り気味なんだからちょっと自重してください!」

そう、彼女のグルメ記事の評価が上がるにつれ、取材が増えるにつれ、体型もそれに比例して膨らんできている。

すらりとしていた手足はむちむちと肉が付きソックスが軽く食い込んでいる。体型も全体に丸みを帯びスリムというよりグラマーなシルエットに。

より豊かになった胸に引っ張られブラウスには深い皺が刻まれ、いかにも窮屈そう。幸いお腹が出ているようなことはないが

くびれはずいぶん緩やかになってしまった。

「んなっ!?」

お団子を頬張ってまるくなった顔がみるみる赤く染まっていく。

「こ、これは取材が続いてしまっただけで、ホラ!私も気にしているけど致し方ない部分があるし」

矢継ぎ早に言葉を紡ぐが、だからといって体が細くなるわけではない。

「ほら、さっさと行きましょう」

文さんの背を押すとふにふにと柔らかい感触がした。

体型を指摘されたからか、彼女なりに他の記事にも力を入たりして体重の増加と戦ってきたらしい。

それなら仕事の合間に運動をしてみてはと言ってみたものの、そちらの方はあまり興味はないとのこと。

結果、日を追うごとに文さんの体は丸みを増していった。

機材を抱えて山を降りたところで、先行した文さんに追いついた。

「ねぇ、あそこの茶屋で休憩しようよ」

最近とみに血色のいい彼女が私の袖を引く。

「ダメです」

袖を引く彼女の顔は丸く、赤みを帯びている。

「……」

「…お団子一皿だけですよ」

「ありがとー」

喜んで飛び跳ねるのにあわせ全身の肉がぶるんと震えるのが見て取れる。

最近は取材の用の服が入らなくなってしまい、山にいるときと同じブラウスとスカートといった格好だ。その服も増量し続ける彼女の体に悲鳴を上げている。

すっかり丸くなった顔は整った目鼻立ちをそのままに以前の彼女よりも幼い印象を与える。首元まで太くなったのか第一ボタンはホールとボタンが引き離され留まりそうもない。

幸い二重顎にまではなっていないがそれもいつまでか、といったところ。大きくメロンのように育った胸はブラウスのボタンを引きちぎらんと左右に流れ、その下のお腹も

たぷたぷとした脂肪に覆われている。サイズが合わないのか無理に留めたスカートがわき腹に食い込みその上に肉がのっかってしまっているのがブラウスの上からでもよくわかる。

ぱんぱんに張りつめたスカートから延びる足は丸太のように太く、茶屋のベンチに座ろうと歩を進めるたびにぶるりと揺れる。

その後ろ姿は丸く、グラマーというには少々くびれが足りない。

「おばちゃん、団子とわらび餅つづつね!」

呆れてしまうがいつもの光景だ。両方平らげた後、なおもおかわりを頼もうとする文さんをなんとか持ち上げて取材に向かう。

その体はもっちりとしていてとても重かった。

晴れ渡る空は青く、風も穏やか。ゆっくりと流れる雲を眺めながら呟く。

「そろそろか」

私は振り向き、背後の女性に告げる。

「おばちゃん、わらび餅とお団子2つづつね」

茶屋のおばちゃんもすっかり承知していたようにうなずくと茶屋の中へ戻っていく。

やがて山の方からふよふよと丸いものが飛んできて私の前に降り立つ。

「ふぅー、はぁーっ…ひぃー」

文さんである。

息も絶え絶えのまま手近なベンチにどっかりと腰を下ろし、ぱたぱたと顔を仰ぎながら息を整える。

一向に衰えぬグルメ記事人気と文さんの食欲によって、今や彼女は立派な肥満体と化してしまった。

かつて最速とうたわれた飛翔速度は風に流される風船のごとくゆるやかに。その推力のほとんどを重たい体を上昇させるためだけに使っている。

私は用意しておいたお茶を彼女に手渡す。

「ぶぃー、ひぃー」

相当きつかったのかいまだに息が整わない。

どっかりとベンチに腰をかけて足を投げ出した文さんを見てあらためてその変貌ぶりに驚かされる。

真ん丸な顔は紅潮し幾筋もの汗が伝っている。二の腕はたぷたぷとした贅肉に覆われブラウスの袖口が食い込んでいる。お茶を飲もうと腕を上げるたびにむにむにと肉が押し出され

その形を変えていく。激しく上下する胸は西瓜ように膨れボタンとボタンの間から肌色が覗く。その巨大な胸を持ち上げるようにせりあがった腹はたっぷりとした脂肪が

蓄えられており前へ横へとせり出している。息を整えようと上下する胸に合わせて徐々にブラウスが巻き上げられつつあり、締りのない下腹が裾の下から見えている。

投げ出された2本の脚はかつての文さん1人分ほどの太さがありまんべんなく脂肪に覆われている。その付け根のウエストはでっぷりとせり出した下腹が段を作り

巨大な尻はベンチの上に広がっていた。

やがて注文しておいた茶菓子が届くと一皿づつ手渡していく。

「ふひーっ、いやー、悪いですね」

なんて言いながら文さんは団子を片付けていく。

「さすがに太りすぎですよ」なんて言っても聞きやしないので最近は黙っている。

「今日は5件ほど取材が入ってます。どうせ遅くなると思ったので時間も遅めに設定しておきました」

今日の予定を説明しながらさらに茶菓子を渡す。

「5件もあるんですか。いやいや、人気ライターはつらいですね」

確かに、文さんの記事は人気がある。彼女の体重と比例するように人気も質も向上していった。おかげで今はこんな体になっているのだが。

「あややや、早く痩せたいですね~」

なんて言いながら腹をたたく。ぶるりと衝撃が伝わり腹が波を打つ。

やがてすべての茶菓子を一人で平らげると手をこちらに伸ばす。

「んっ」

文さんが催促する。

私は呆れながらもその手をつかみ体重を後ろにかける。

のっしりとその重たい尻が持ち上がり彼女の体が立ち上がる。

「もう、私に頼りっきりで…立てなくなっても知りませんからね」

「そのときは貴方が世話してくれるんですよね」

文さんが微笑む。顔はだいぶ丸くなったけどその笑顔は出会った頃と変わらないままだ。

「冗談にしては笑えませんよ」

それならそれでかまいませんけど。

茶屋から離れ人目がないことを確認すると、私は山道を逸れて沢を渡って里へ向かう。文さんはその翼で空から里の付近まで飛んで向かい現地で

落ち合うのがいつものだ。しかし今日は振り向けども振り向けども文さんの姿が見えなかった。

気になって戻るとどたどたと道を走る文さんの姿。

「あれ?運動でも始めたんですか?」

と問うも返事はなし。

顔を赤くしてどたどたと…羽も一緒にバサバサ動かしながら走っている。

「も、もしかして…」

「い、言わないでっ」

文さんがさらに赤くなって声をあげる。

そう、彼女はついに飛べなくなっていたのだ。

妖怪の山からふもとの茶屋までで彼女の翼は限界だったらしい。そこへさらに飲食を重ねたものだからついに重量オーバーを迎えてしまったようだ。

「ちょ、ちょっともういちど!」

勢い込んでドスドスと大地を踏みしめながら文さんが疾走する。全身の肉を振り回すように手足を動かし

「えいっ!」

踏み切って翼をバサバサと動かすがそのままゆっくりと降下し「ドスン」という重い音をたてて着陸する。

「文さん、無理ですって…」

「そ、そんなはずありません。幻想郷最速の私が飛べもしなくなるなんてことおかしいです!」

彼女はもう一度、来た道を戻り大地を駆ける。しかし重たい体を無理やり何度も走らせたせいか、振り回される贅肉によってバランス崩しあらぬ方向へ走っていく

「文さん!危ない!」

思わず彼女の方へ駆け寄り腕をつかんで引き寄せる。

「えっ!?ひやっ!??」

藪の方へ突っ込もうとした彼女はバランスを崩し、その巨体がゆっくりと反対側に倒れ、私の上にのしかかってくる。

ズドンっという重たい音とともに私と文さんが転がり藪の手前で止まった。

「う、痛たた…って」

「あ、文さんどいてください…」

文さんの巨大な尻の下敷きになった私の意識はそこで途絶えた。

「文さーん、今日の取材の分ですー」

声をかけて扉をくぐる。一抱えもあるほどの箱の中身は新作のお菓子やら話題のおつまみなどでいっぱいだ。

あの日を境に文さんは里に取材に出ることを辞めた。飛んで移動することもできなければ辞めざるを得なかったという方が正確だ。

おそらく特注サイズであろう椅子がギシリと軋む。

「あ、ありがとう。その辺に置いておいてください。まだ昨日の分が残っていまして、あむっ」

彼女の太い指の隙間からドーナツが見える。

当初はさすがに太りすぎと反省しグルメ記事引退を宣言した文さんだが、かえってその記事の希少性が高まってしまい

在宅限定でなら執筆を受けることにした。そこからはあれもこれもと仕事が舞い込み、自宅にこもったまま大量の「取材」をこなす羽目になっている。

まるまるとしたほっぺは先ほどドーナツを頬張ったせいだけではないだろう。その口元にドーナツを運ぶ指はぷっくりと太く、赤子の手のごとく丸々としている。

腕そのものにも大量の脂肪がつき特注品であるはずのブラウスの袖口が食い込んでしまっている。あの頃よりさらに巨大になったはずの胸だが

その下からでっぷりとせり出した腹の前ではその大きさもかすむ。ブラウスは左右引きちぎられそうなほど張りつめて、姿勢を変えるたびにぎちぎちと嫌な音をたてている。

巨大な尻は特注サイズの椅子にもおさまりきらず、ひじ掛けの間までみっちりと肉がつまっている。

籠り切りで仕事をするようになって体重の増加はますます加速したようで、先日仕立て直したはずのブラウスやスカートはどこもかしこも悲鳴を上げている。

「そうそう、あと上役から書面が一つ来ていますよ」

ドーナツを平らげた文さんに封筒を手渡す。文さんはドーナツの甘みが恋しいのか指をぺろりと一舐めしてから封筒を開けていく。

私はそんな彼女を横目に部屋に散らばったごみを片付けていく。

「ね、ねぇ、これちょっと…」

文さんの声を聴いて振り向くと血色の良さMAXの彼女にしては青ざめた顔をしていた。

「えーと、射命丸文を警護役見回りの任に命ず…」

警護役見回りとは用は白狼天狗のやっている山の監視や見回りのことだ。

「…良かったんじゃないですか?これで痩せられますよ?」

精一杯の励ましのつもり。

まぁ、太りすぎて飛べない天狗というのもさすがに見過ごせなかったのか

このまま太り続けたらさすがに文さんも可哀そうだし。

実はこっそり上役にいいつけたのも内緒のことなんだけども。

そんなわけで、山の監視役に代わった新人が加わることになった。

「ひぃ、ぶひぃっ、ちょっと、無理っ!」

飛べないならば我々白狼天狗と同じように地を駆けるしかない。すでに汗だくの文さんはどすどすと私の後を追う。

ぴっちりとしたスポーツウェアを着た文さんの数メートル先を私はゆっくりと歩く。

「山の見回りルートはこのほかに10本あります。今日はその半分ほど回る予定です」

全身の脂肪を揺らしながら歩く文さんが息も切れ切れに顔をあげる

「その途中に、茶屋とかは…」

「ありません」

「ひぃーん」

ある程度脂肪を落とせば文さんも再び飛べるようになるだろう。もちろん今の丸い彼女も好きだけど

またいつか、風の様に舞う文さんが見られたら。そう思うのだ。

「そ、そろそろ休憩しましょうよー」

…当分先のことになりそうだけど。

憧れの君

Comments

再び飛べるくらいに軽くなったらまた沢山食べてリバウンドしそうですな!

カイロス大統領


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