「由良はスパイだ」
さて、磯風は私の言葉をどう捉えるだろうか。
冗談だと思って笑うか。
真面目に受け取って驚くか。
──それとも、「同志」の正体が暴かれて、動揺するか。
彼女の反応は、その何れとも違った。
「何だ、そんなことか。」
私は呆気にとられた。
「そんなこと、とは・・・知っていたのか?」
「いや、知らん。第一、前線の一艦娘である私が、知る由もない。」
磯風は、相変わらず涼しそうな顔のまま答える。
「誰がどのような思想を持っているだとか、誰の密命を帯びているだとか、”そんなこと”は、艦を並べて戦う艦娘同士では、大した問題ではない。」
彼女は、私に向かって正対する。
「──憲兵殿は、我々艦娘が、どうやって”造られている”か、ご存じか?」
・・・何だ?急に。
艦娘の建造方法は、特級の国家秘密だ。
海軍の最高幹部クラスですら、知っているものは少ない。
一応、世間では、艦娘は造船所で”建造”される人造人間、謂わば”生体兵器”である、というのが一般的な見解だ。
ただ、一見して、彼女ら”艦娘”は、機械らしい部分は一切無い。
年頃の女子と同じように喜び、怒り、嘆き、笑う。
食事をし、風呂に入り、夜には睡眠を取る。
どこからどう見ても、我々と同じ”ヒト”なのだ。
だから私は、艦娘とは「身体を構成する物質は人間と同じ、人造された有機生物、バイオロイドのような存在である」と認識している。
私は私なりの見解を、磯風に向けてみた。
それを聞いた磯風は、ふっ、と鼻を鳴らしたが、その目はどこか愁いを帯びているようだった。私の勘違いかもしれないが。
「そうなのかもしれない。だが実際のところ、私達自身もわからないのだ。」
「ある時ベッドで目覚め『君は”艦娘”という兵器であり、人類のために深海棲艦と戦うことが使命だ』ということを教え込まされる。」
「間もなく訓練の日々だ。そしてある時、何の前触れも無く艦隊への異動がかかり、心の準備も出来ぬままに実戦へ投入される。」
「生き残れば良し。戦って、生きて、帰って。また戦って、生きて、帰って。敵の直撃を受けて、沈むその日まで、延々と海へ繰り出していく。」
「不運にも敵に沈められ、海の藻屑となっていった仲間達はどうなったのか。そして、このまま戦い続け、幸いにも沈まずに終戦を迎えることができたら、私達はどうなるのか。──そんな事を考えずにはいられない。」
私はふと、彼女らの気持ちになって考えさせられた。
”兵器”は、戦争があるから必要とされる。
戦争が終われば、”兵器”は不要となるどころか、かつての戦禍の象徴として、民からは”忌むべきもの”として蔑まされることとなる。
それは、今までの歴史が証明している。
ともすれば、兵器として生まれた彼女らを待ち受けているのは、きっと──
「憲兵殿。私が”こんなこと”を考えることができるのは、おかしいと思わないか?」
磯風の言葉で、私は思考の世界から現世へと帰ってきた。
いかん、あまり情の入れすぎは、仕事に障る。
「・・・こんなこと、というと?」
「”戦い続けること”について疑問を持つことだ。私が艦娘を造った科学者なら、”兵器”にはそんな自我を与えない。ただ命令に忠実な、戦闘マシーンを造るだろう。」
確かにそうだ。
人が持つ自我(エゴ)は、兵器にはそぐわない。
命令を守って戦う上では、そのような”エゴ”はデメリットでしかないからだ。
更に言えば、同じように”戦い続けること”に疑問を覚えた艦娘同士が密かにコミュニティを形成し、クーデターを起こす可能性だってある。
可能なら、艦娘を製造する段階で、自我を殆ど取り払ってしまうのが定石だろう。
艦娘の自我を排除しなかったのは、それが「できなかった」からか、意図して「しなかった」からなのか・・・
艦娘の中でも「武人」として称される磯風ですら、「将来の不安」と「戦う意義」について考えているなら、おそらく殆どの艦娘が同じような不安を持っているのではないか。
ならば、このまま軍の命令のままに戦うことを良しとしない艦娘らの間で「地下組織」が形成されることは、何ら不自然ではない。
というより、当然の流れであると言える。
私が思っているより、この根は深いかもしれない。
つづく ('ω')