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濁り丸
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魔性菩薩は、懲らしめられる 前編

『——ようこそ、愚かなるマスターの皆さん! 地球の運命は愚かで非才なアナタの手に委ねられました♡』  後輩系デビルヒロインこと”BBちゃん”による掟破りの未来へのレイシフトが実行された結果——カルデアのマスター”藤丸 立香”は”マリアナ海溝・海洋油田基地セラフィックス”へと誘われる。  最序盤から孤立無援となった彼が辿り着いた場所では、”月の聖杯戦争”を模した地獄が繰り広げられ、最後の一人になるまで戦いから逃れられない快楽の檻に閉じ込められてしまう。既に頭を抱える程に危機的な状況に陥っているのだが、事態を究明して解決する前に”SE.RA.PH”が海溝に沈み切ったが最後、カルデアの消滅は免れないという滅亡までのタイムリミットが迫っていた。  だが、しかし——真っ暗闇のような絶望的な状況の中にも、星が煌めくように僅かな希望は存在している。 『文字通り、地の底から羽ばたいて戻ってきたわ。もう一度、貴方たちと戦う為にね』  高らかに歌い上げるようにそう宣言する少女の姿は、舞台上に舞い戻った湖面の上の白鳥を思わせるプリマドンナであった。  吊り目という気の強さが表れている藍玉のように綺麗な瞳、艶やかな紫髪のサイドをリボンで結んだ華奢な美少女。プロのバレリーナのように極限まで贅肉という名の無駄を削ぎ落とした美を誇る肢体、金属製の鋭角的なデザインが槍を彷彿とさせるヒールが視線を惹き付ける。上半身は胸元から指先までをすっぽりと覆っている漆黒の衣装を身に纏っているのに対して、下半身はヒールを除けば股間を隠す金属製の前貼りのみという色々とギリギリな格好をしていた。  忘れたくても忘れられない美貌と破廉恥な格好をしている彼女の名前は——”衛士(センチネル)”と呼ばれるSE.RA.PHの自衛用サーヴァント”メルトリリス”である。  彼女の名は古今東西ありとあらゆる神話や伝説を調べても載っていないが、それは真名を偽っているからでは無くギリシャ神話のアルテミスと旧約聖書のレヴィアタン、インド神話のサラスヴァティーの要素を合わせた、”神霊複合体(ハイ・サーヴァント)”という得意な存在であったからだ。  利害の一致ということからメルトリリスはマスターと契約を結び、共に行動することを申し出てくれたのである。  初対面である彼と何故か既知であるかのような気安い態度や性格を知っているかのような反応をしていた。それは月世界での経験と未来で紡いだ絆、過去の自分に託された想いの結果である。 『──なんだ。こんなにも、簡単な事だったのね』  ぎこちない動作で手を上げて、メルトリリスはマスターと握手を交わす。 『……アルブレヒト、アルブレヒト。素敵なアナタ。今度こそ、私の手を放さないで──』  短期間に二人が親密な関係へと発展して行ったのは、繋いだ心が過去も未来も飛び越えたからだ。 —————————————————— 「ちょっとアナタ、もっと強く握りなさいよ……っ。優しく握られたって、殆ど感じないんだからっ!」 「このままで良いよ。傍にいるだけで幸せだから」 「〜〜〜〜っっッ゛♡♡♡ もうっ、知らないっ♡♡」  頬を赤く染めて外方を向くメルトリリスと微笑むマスターは、肩と肩が触れ合う至近距離で寄り添い、教会に設置されたチャペルチェアと呼ばれる長椅子に座っていた。初々しいカップルの如く甘酸っぱい雰囲気を漂わせ、息が詰まるような気不味い沈黙とは異なる心地良い無言の時を過ごしている。  精神的にも肉体的にも疲弊する激しい戦闘が続いている二人には、束の間の休息であったとしても必要な時間であった。行動を共にしている他のサーヴァント達は、彼女達の邪魔しないように探索をしているらしい。  邪魔をすれば諺の通りに馬に蹴られてしまいそうな二人のことを、無粋にも覗き見している出歯亀のような存在がいた。 『あっ、この二人ヤりましたね』  歯に衣着せぬという言葉を体現している呟きをしているのは、穏やかな眼差しと清楚な佇まいをした太ももの付け根まで大胆にスリットが入った尼僧の衣装を身に纏う絶世の美女である。  服の上からでも分かる身体のラインは起伏が激しく、男性の理想を体現するような魔性の魅力を秘めていた。 『男性に愛されて幸せなのでしょう……あぁっ、その満ち足りた幸せな顔を絶望に染め上げたいっ♡♡』  外見だけなら慈愛に満ち溢れた聖職者にしか見えないが、その正体は自分以外の人間は虫同然だと思って疑わない他者を踏み躙り、自分の悦楽を貪り尽くす自己愛の極致のような化身である。  ”殺生院キアラ”又の名を”随喜自在第三外法快楽天”を自称する”ヘブンズホール”、七つの人類悪の一つ『快楽』の理を持つ第三の獣の片割れ『愛欲』へと変貌した”ビーストⅢ/R”であった。 『私に融かされたカルデアのマスターの姿を見せ付けながら、絶望に染まった濁るメルトリリスの瞳で自慰行為……っ♡♡♡ 考えただけで達してしまいそうですっ♡♡』  火照った頬を両手で挟むキアラの姿は、淫魔すら魅了する程に妖艶である。 ——————————————————  殺生院キアラは、偽りなく聖女であった。  元の彼女は善性で分け隔て無く人々を救うことを第一とする、成果を上げながらも利益を求めない女性だったのだ——しかし、キアラの方針を快く思わない既得権利団体からの嫌がらせを受け、居場所を失い”海上油田基地セラフィックス”へと流れ着いたのである。  それでも彼女は教会で人々の悩みを聞き解決する、セラピストとして懸命に働き続けた。  そんな善性の塊であった筈のキアラが魔性菩薩へと堕ちてしまったのは、七つの人類悪の一つ『憐憫』の理を持つ第一の獣”魔神王ゲーティア”との決戦の際に時空神殿から逃亡した”魔神柱ゼパル”が、セラフィックスを活動拠点に定め隠れ蓑として彼女に取り憑いたことから始まった。  ゼパルは無数に存在する並行世界から最も優秀で特異な運命を辿った『月世界』——月の裏側と呼ばれる虚数空間の中でムーンセルを手に入れた最悪の”魔性菩薩”を見付けてしまう。自身の快楽のためだけに世界を滅ぼそうとした並行世界の同一存在と強制的に同期させられ、彼女は脅威的で悪辣な能力を引き摺り出されてしまったのである。  この能力によりセラフィックスは”SE.RA.PH”へと変換され、正しく運命のようにキアラは月世界の魔性菩薩と同じ運命を辿ることとなった。即ち、己が快楽の為に周囲の人々を徹底的に踏み台にするという思考の元、彼女は人知を超えた世界を終わらす脅威へと転じていく。  徐々に同期した月世界の魔性菩薩に侵食されていき、この世界のキアラは自我を喪失していった。 『こんなおぞましいものに変貌していく自分を見られたくないっ』  やがて絶望の中でカルト化した職員に左目を潰された彼女は教会に立て篭もり、変わり果てる自分自身に嘆きながらも、後に続く者のために自身の記録を残して消滅していった。そして、最悪の魔性である随喜自在第三外法快楽天へと変性した彼女は、精神を病んだセラフィックスの職員達を本格的に自らの狂信者に変え、自身を操っていた筈の魔神柱ゼパルさえ支配して捨てる悍ましき魔人と成れ果てる。  更にはSE.RA.PHに秘めらたある機構を利用して、聖杯戦争と称して大量のサーヴァントを召喚を繰り返す。延々と殺し合いを続けるサーヴァント達を栄養にする事により、いつしか知性を持った存在の天敵足り得る『愛欲』の理を持つ獣ビーストⅢ/Rへと成長して行ったのだ。 『堕ち行く先は殺生院、顎の如き天上楽土。一寸の虫にも五分の魂と申します。ふふ、ふふふ……っ、もはや何人なんびとも私からは逃れられません』 —————————————————— 「ふふふ……っ♡♡ 部屋を造りましょうっ。私が千……万の絶頂を迎えるか、マスターが私に屈服するか。それまで何があっても抜け出せない部屋です」  自身がSE.RA.PHと化しつつある全知全能にも等しいキアラは、獣の現能すら用いる”無駄遣い”をして空間を創造する。全てはメルトリリスが絶望の顔を浮かべるのを見たいがためであり、無駄に凝り過ぎたせいで一度入れば本人でさえも抜け出せない堅牢な淫楽空間が組み上げられていく。 「完成しました。それでは攫いに行きましょうか……っ♡♡」  そして、幸せそうな二人を絶望に貶めるために、キアラは突如としてメルトリリスの背後に降り立ち、壊してしまわないように注意しながら不意打ちする。弾丸のように吹き飛び建物の壁に激突する彼女の瞳に映った光景は、自分を心配して手を伸ばすマスターとその背後で嘲笑の笑みを浮かべる悪魔の姿であった。   「だめ……っ」  悲痛に満ちたメルトリリスの呟きが、教会内に虚しく木霊する。   全てが魔性菩薩の掌の上と言って程に思惑通りに事が進んでいたが、唯一見落としていることがあった。それはメルトリリスの付属品としか思っていなかったカルデアのマスターをただの凡夫であると舐め切っていたことであり、キアラと彼が淫楽空間に入ってしまった瞬間にビーストIII/Rの”敗北”が確定する。  ——淫獣退治が始まろうとしていた。

魔性菩薩は、懲らしめられる 前編

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